2022/3/28

【日独の共創】東レ×シーメンス・エナジー。グリーン水素で世界を変える

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 2020年10月、当時の菅首相が2050年までにCO2排出を実質ゼロにし、脱炭素社会の実現を目指すと宣言。世界は「カーボン・ニュートラル」の目標を共有し、経済成長と環境保護を両立する成長戦略の策定と、脱炭素を目指す挑戦を加速している。
 いま世界が目指しているのは、産業革命以降、増え続けたCO2排出量を減少に転じさせ、CO2排出量と吸収量のバランスの取れた社会を実現すること。温室効果ガスを発生させないグリーンエネルギーに転換することで、産業構造や社会経済を変革し、成長につなげるグリーン・トランスフォーメーション(GX)だ。
 世界各国で、産業・ビジネスモデルの構築が進められているなか、このGXの鍵を握るのが、再生可能エネルギーを用いる水電解によって製造し、燃焼させてもCO2を排出しない「グリーン水素」。その製造に欠かせないキーマテリアルを創出し、世界中のパートナーとともに、カーボンニュートラル実現に挑戦するキーパーソンへのインタビューをお届けする。
INDEX
  • 水素社会実現に向けた東レの取り組みとは?
  • 世界のリーディングカンパニーとの共創
  • なぜ、いま「グリーン水素」がアツいのか
  • グリーン水素のコストはどこまで下がる?

水素社会実現に向けた東レの取り組みとは?

── 脱炭素の流れのなかで「グリーン水素」が注目されています。
出原 東レは、低炭素・循環型社会の実現を目指し、水素の製造では、風力発電用の風車翼や水電解装置、輸送・貯蔵では水素圧縮機や水素タンク用炭素繊維など、各段階で様々な製品の研究・技術開発を推進しています。
 燃料電池自動車の心臓部である燃料電池セルスタックには、東レの炭素繊維の加工品であるカーボンペーパーとGDL(ガス拡散層)が採用されています。
 東レ独自の「炭化水素系(HC)電解質膜」は、「製造」に関わる水電解、「輸送・貯蔵」に関わる水素圧縮、「利用」に関わる燃料電池に共通のキーマテリアルになると考えています。
また、東レグループは、ドイツを拠点とするGreenerity社を通して触媒層付き電解質膜(Catalyst Coated Membrane)や膜電極接合体(Membrane Electrode Assembly)まで、事業を拡大してきました。

世界のリーディングカンパニーとの共創

── 2021年9月には、大規模水電解システムのグローバルリーディングカンパニー、シーメンス・エナジーとの「戦略的パートナーシップ構築」を発表しました。
出原 カーボンニュートラル社会の実現に向けて、東レとシーメンス・エナジーの水素・燃料電池関連事業や技術、ネットワークを活かして、世界各国・地域の顧客にソリューションを提供し、グリーン水素の導入拡大、および戦略的なグローバル事業展開を共同で推進していく。それが、パートナーシップの趣旨です。
2021年9月、東レとシーメンス・エナジーはパートナーシップ締結を共同発表。左が東レ・日覺昭廣社長、右がシーメンス・エナジーAG エグゼクティブバイスプレジデント(当時)のアーミン・シュネッテラー氏。
シーメンス・エナジーは、2020年に、ドイツの大手重電メーカー・シーメンスのエネルギーおよび関連サービス事業を分社化して発足。エネルギーのバリューチェーンのほぼ全体をカバーし、製品ポートフォリオとして水電解装置、ガス・蒸気タービン、発電機や変圧器に加えて、再生可能エネルギーの世界的なマーケットリーダーである傘下のシーメンス・ガメサ・リニューアブル・エナジーの風力発電機も有する。(資料提供:シーメンス・エナジー、東レ)
 東レとシーメンス・エナジーは、再生可能エネルギーなどの電力を用いた水電解によってグリーン水素を製造し、それを電力用途だけでなく、熱・輸送燃料・産業用途で活用する「セクターカップリング」によって、地球環境の課題解決に貢献することを共通のビジョンとして掲げています。
EU政府では2030年までに、累計80GWの水電解装置導入を計画。また、産官学からなるHydrogen Europe(欧州水素・燃料電池協会)では、2030年までにEU域内で40GW、EU域外(ウクライナや北アフリカなど)で40GW、計80GWの水電解装置導入を目標とする「2×40GW Green Hydrogen Initiative」も発表されている。
 今後は、経済産業省/NEDOのグリーンイノベーション基金を活用し、両社の技術を融合させることで、東レの「炭化水素系(HC)電解質膜」を実装した革新的なシーメンス・エナジー水電解装置を実現し、グローバルなグリーン水素サプライチェーンの構築に貢献していきたいと考えています。

なぜ、いま「グリーン水素」がアツいのか

── 欧州をはじめ、日本でも「水素エネルギーの活用」が脱炭素の重点施策として掲げられています。なぜでしょうか。
出原 背景には、地球温暖化をはじめとした世界的な気候変動への強い危機感があります。2050年のカーボンニュートラルを実現するには、電力セクターからの再生可能エネルギーを使用して、すべてのセクターでエネルギーを脱炭素化することが必要です。
「電力セクター」における不安定な再生可能エネルギーの平準化と拡大、 「非電力セクター」の脱炭素化。その両方で鍵になるのが、エネルギー、モビリティ、産業など、様々なセクターをつなぐことができる「水電解によるグリーン水素」だと考えられています。
経産省から昨年末に発表された「グリーン成長戦略」では、水素エネルギーが2050年のカーボンニュートラルに必要不可欠なエネルギー源と位置づけられている。
── 再エネ電力をグリーン水素に転換して使うことで、化石燃料が排出するCO2も削減できるんですね。
出原 そうです。電気は電気のまま使う方がエネルギーロスが少ないので、「非電力セクター」のうち、電化できるものは電化を進め、産業部門の熱需要や運輸部門の燃料など、電化が困難な領域にグリーン水素を投入し、脱炭素化を前進させていく。
 産業部門では、製鉄、製油所、化学工場などの電化が困難な燃料や原料にグリーン水素を導入し、CO2排出量を大幅に削減していく。
 また、運輸部門では、長距離や決まった場所を移動する大型トラック(商用車)やバス、船舶、航空機などに、グリーン水素を燃料とする燃料電池を投入し、水素ステーションの整備とともに、燃料電池自動車(乗用車)の本格普及につなげていく。
 グリーン水素は、燃料として直接使用することも可能ですし、より運びやすくするために、アンモニアやガソリンなどのグリーンな「合成燃料(e-fuel)」に転換することもできます。
 カーボンニュートラルは、これから世界中で爆発的に増えてくる再生可能エネルギーの不安定性を吸収し、化石燃料用途のすべてを代替できる「グリーン水素」抜きには考えられないのではないしょうか。

グリーン水素のコストはどこまで下がる?

── そのような再エネと水素のサプライチェーンを実現できれば、カーボンニュートラルの実現に大きく近づきそうです。今の課題は?
出原 最大の課題は、水素コストです。
 欧州のケースでは、現在キログラムあたり6ユーロ程度の水素コストを、2030年には化石燃料に匹敵するレベルの2ユーロくらいまで低減することが求められています。
 東レはシーメンス・エナジーなどのパートナーと協力し、東レHC電解質膜の特長を活かして、水電解の高効率化、スタックコストの低減、稼働率の向上などに取り組み、水素コストの目標達成に貢献したいと考えています。
 追い風になっているのは、再生可能エネルギーの調達コストが一気に下がってきていること。日本の再エネ電力の価格はまだ高いですが、例えば 、南米、中東、インド、オーストラリア 、北アフリカなど、地球規模で見ると、1年を通して、安価で安定した再生可能エネルギー電力を調達できる国・地域が多くあります。
IEA(International Energy Agency)による太陽光発電と陸上風力のハイブリッドシステムによる長期的な水素コストの予測。世界各地で再生可能エネルギーのコストが下がっており、水素製造プラントの設置場所や供給の最適化によってグリーン水素のコストもより下がっていくと見られている。
出典:IEA「Hydrogen costs from hybrid solar PV and onshore wind systems in the long term」
 例えば、ポルシェとシーメンス・エナジーは共同で、チリ南部パタゴニア地方の安価な風力発電を活用し、グリーン水素とCO2から作る合成ガソリンのパイロット生産を始めると発表しています。
 1年を通じて強い風が吹くパタゴニアで、グリーン水素を生産することで、PEM型水電解装置の稼働率を上げ、グリーン水素のコストを低減し、欧州などに輸送する計画です。
 シーメンス・エナジーは、2025年までに、グリーン水素コストを1kgあたり1.5ドル(15円/Nm³)、言い換えると、化石燃料に匹敵するレベルの実現を目指すと発表しています。
資料提供:シーメンス・エナジー
── シーメンス・エナジーが東レとパートナーシップを締結するのは、彼らも東レのHC電解質膜を水電解のキーマテリアルと考えているからですね。
出原 私たちも、シーメンス・エナジーのようなビジョンを共有できるパートナーとの共創がなければ、技術課題を解決し、脱炭素化を前進させることはできないと考えています。
 シーメンス・エナジーの大規模システムに関する専門性に、東レのポリマー技術に関する専門性を組み合わせることにより、PEM型水電解技術をさらに深化させ、高性能化、長寿命化、グリーン水素のコスト低減、ひいては、グローバルなグリーン水素サプライチェーンの構築に貢献したい。
 東レが目指すのは、先端素材の力で、カーボンニュートラル社会の実現に貢献すること。シーメンス・エナジーをはじめとする世界中の異分野パートナーとの共創によって、東レの先端素材を社会的価値に変換し、地球規模の課題へのソリューションを提供していきたいと考えています。