2022/1/26

【香川】資源×地域支援×ビジネス、国・企業も巻き込む

フリーランスライター・通訳ガイド
制服を買うのに苦労した経験から、2011年に中古制服店「さくらや」を起業した馬場加奈子さん。

子育て中でも店を回せる仕組みを取り入れ、80店近くまで増えました。

制服を入り口に、地域の困りごとに入り込むのが「さくらや」のスピリット。企業や自治体、国をも巻き込んで、その動きはとどまるところを知りません。

ただ、馬場さんはすでに、その先を見ています。
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INDEX
  • 中古学生服回収ボックスがもたらしたもの
  • 大企業との協業
  • 「これで前に進める」
  • 「やりたいことに突き進んでいく」

中古学生服回収ボックスがもたらしたもの

「さくらや」の地域支援が全国規模に広がったのは、内閣府の「子供の未来応援国民運動」に参加したことがきっかけでした。
「国民運動」は、個人や企業、子ども支援の団体、国や自治体が、それぞれ協力し合い、支援の活動やそのための資金や場を提供する取り組みで、2015年から始まりました。
「国民運動」の啓発イベントが高松市で開かれた2018年、パネラーとして登壇した馬場さんは、「さくらや」の資料を手に、来場していた内閣府の役人に声をかけます。
「ぜひ一緒に活動させてください」
では、何ができる? 2年近くかけ、内閣府の担当者と、中古制服が支援に結びつく仕組みを考えました。
まず、いらなくなった中古学生服を入れる回収ボックスを置かせてもらいました。置き場所は、スーパー、塾、学校、銀行、自動車教習所などなど200カ所以上。
回収ボックスに寄付された中古学生服は、「さくらや」が値段を査定、相当額を「子供の未来応援基金」に寄付します。寄付金は、経済的に恵まれない家庭の子どものため、学習支援や子ども食堂の運営費などに使われます。
この仕組みは、「さくらや」の課題だった、制服の仕入れ不足の解消にもつながりました。
「さくらや」は、子育て中でも店を営めるよう、午後3時ごろまでの短時間営業が基本です。一方、中古制服を持ち込んでくるのは働く保護者たち。客は夕方から動けるのに、店は午後で閉まってしまう。増え続ける需要を満たすだけの制服を安定的に仕入れる仕組みの構築が急務でした。
回収ボックスを置くと、次々に制服が寄付され始めました。
「ごみで出すより『さくらや』に寄付した方が安心できるとお母さんたちは言います。私たちは仕入れが増えます。ビジネスと支援をうまく兼ね合わせたプロジェクトです」と馬場さんは言います。
回収ボックスにはもう一つ、ねらいがあります。
「いろんなところに回収ボックスを置けば、大人たちが『何これ?』と気づいてくれます。日本にも子どもの貧困があると知ってほしいんです。大人たちが意識を変えてくれるだけで、地域の子育て環境は変わっていくと思うから」

大企業との協業

さらに、動き続ける馬場さん。今度は環境省の紹介で、新たな出会いにつながります。
有名アパレル・ブランドを数多く手がける大手総合商社が、学校生活に必要な物品を販売するECサイトを2020年8月に開設。そこで「さくらや」が扱う商品が販売できることになったのです。
「さくらや」もかつて、ECサイトの自社運営を検討しましたが、その維持コストの高さから断念していました。その矢先の、またとない販路拡大の話でした。
「商社の担当者に制服リユースの販売を説明すると『大手ができんことをやっている。一緒に組みたい』と。仕事が忙しくて買いに行けない、そんな親の支援につながれば、と思いが一致しました」と振り返ります。
もう一つは、リサイクル企業の「日本環境設計」との出会いでした。同社は古着から再生したポリエステルを素材に、おしゃれな衣料品・雑貨を製造。「ブリング(BRING)」というブランド名で、販売しています。
一方「さくらや」は、回収ボックスで手に入った中古制服のうち、店頭販売に回せるのは2割程度。残りの8割は生地の変色や破損から処分するしかありませんでした。
そこで馬場さんは、リユースに回せない中古制服から卒業記念品を作ろうと思いつきました。
「学校に回収ボックスを置き、卒業生に制服を入れてもらう。リユースできないものは、トートバッグやTシャツ、トレーナーに作り変え、校章を入れて生徒たちに販売するんです。環境や貧困について学ぶ機会にもなります」
さくらやのような地域密着型のビジネスと、大企業や行政が協働をすすめ始めた背景には、持続可能な開発目標(SDGs)を掲げる、社会的なトレンドがあります。
さくらやでも、高松店は2018年からSDGs四国88を立ち上げ、香川県内の企業などとSDGsの啓発に取り組んできました。
「SDGsが広まる前から、社会の中で循環するシステムをビジネスに生かそうと考えていました。でも、こういう考え方をパートナーたちに理解してもらうのに、苦労していました。SDGsという概念を知った時、これで説明しやすくなると思ったんです」

「これで前に進める」

中古制服を入り口に、地域を巻き込む活動を続けてきた馬場さん。今、別のプロジェクトが立ち上がろうとしています。
高松市郊外に障害者就労支援施設を開く計画を進めています。養護学校に通っていた長女のために、以前から温めていた夢でした。
「でも、当時の私は信用も何もなかった。だから、障害のある子に仕事をくださいなんて、言えませんでした。だから起業して信用をつけたかった」と振り返ります。
前に進める、と確信が持てたのは2018年。香川県関係の功労者を顕彰する「かがわ21世紀大賞」を受賞した時だそうです。
「これで社会的な信用ができた。ずっとやりたかったことにようやく取り組める、と肩の荷が下りました」
長女が養護学校を卒業した5年前から、さくらや高松店の隣の空き部屋を使って月1回、養護学校の卒業生たちの居場所「にちよう会」を開いてきました。
「卒業したての子たちって、何もできんのですけど、3、4年目になると計画立てて、買い物行って、今度はこれがしたいいう気持ちがどんどん生まれてくる。その姿を見た時に、もっと社会性を教えてあげられる場所を作ろうと思った」
出張のたびに現地の障害者施設を見て回りました。2年ほど前、福島県郡山市で自分がやりたいことを具現化した施設と出会いました。「ここを見て、『やらなあかんな』と思いました」
さくらやの経営の一線からは身を引き、福祉の専門家や元教員と共に理想の就労支援施設を作るそうです。施設でこじんまりとノウハウを作り上げてから、「さくらや」の開業支援のように、パッケージにして全国の施設に売りだそうと、馬場さんは考えています。
「社会性を教えて、主体的に動ける力を伸ばしたい。障害のある子もない子も、引きこもりの子も受け入れ、さくらやで接客から運営、営業を学んでもらい、社会で実践してもらいたい」

「やりたいことに突き進んでいく」

2021年から、「さくらや」のパートナーの中から「サスティナブルリーダー」を育てる制度を設けました。馬場さんと問題意識や情報を共有し、補佐し、全国のパートナー向けの研修講師も務めてもらうのです。これまで馬場さんが一手に引き受けていた仕事を分散するためでもあります。
「自分たちの資源をうまく使ってやっていくのが『さくらや』の運営。人こそが資源です。リーダーは増えれば増えるほどいい」
この年は、コロナ禍で仕事のペースが落ち、体調を崩した時期と重なりました。
「仕事を休んで、スーパーをぶらぶらしていました。その時に気づいたんです。各地のパートナーが営業行って、SNSでばんばん情報をあげてくれるし……、私が動けなくても、それぞれのパートナーが情報を発信してくれていると改めて気づかされたんです」
長男の高校進学を機に上京。新たなパートナーとも出会い、再婚もしました。今、香川と東京を行き来する生活を送っています。
「今まで、ひとりで走らなければいけないという不安や、いろいろなものを背負いながらやってきた。結婚で基盤、安心もできる。さくらやは趣味のような感じで続けながら、自分のやりたいことに突き進んでいくしかないと思っています」
完 ※(NewsPicks +dの詳細はこちらから)