2022/1/28

成熟期に入ったSaaSビジネス「次なる本命領域」はどこだ

NewsPicks Brand Design Editor
 クラウド上で提供されるソフトウェア、通称SaaS(Software as a Service)。
 日本でブームが起きた2018年から4年が経った今でも市場は盛況だが、果たしてこの活況は長く続くのか。
 成熟期に入った、今後のSaaSビジネスの「本命領域」はどこにあるのか。
 SaaS投資に強みを持つベンチャーキャピタル・One Capital浅田慎二と、同キャピタルが出資するデジタルセールスSaaS企業・ベーシック秋山勝氏が、SaaSビジネスの展望を語り合う。

「攻めのSaaS」の時代が来た

── 「SaaS」がバズワード化して数年が経ちました。お二方は、現在のトレンドをどう捉えていますか?
浅田 企業のDX(デジタル・トランスフォーメーション)需要が追い風となり、国内外問わず市場は年々拡大しています。中でも注目したいのが「攻めのSaaS」
 これまでのSaaSは「守り=業務効率化」が中心でした。経理や人事、法務といったバックオフィス業務を効率化するものです。
参考:One Capital Japan SaaS Insights 2021
 一方、今後来ると言われているSaaSは「攻め=売り上げを創出する」
 コロナ禍の影響で、この「攻め」を実現するセールスやマーケティング領域にもデジタル化の波が一気に押し寄せました。
 この領域はもともと企業の予算配分が大きいこともあり、SaaSビジネスにとってかなり可能性があると思います。
秋山 私たちベーシックもその流れを肌で感じ、昨年に創業事業である比較メディア事業を売却。経営リソースをSaaSビジネスに集中させると決めました。
 現在展開しているSaaSのプロダクトは2つ。
 BtoBのマーケティングをオールインワンで支援する「ferret One(フェレットワン)」と、誰でも簡単にフォームが作成・管理できるツール「formrun(フォームラン)」です。
 どちらのプロダクトもローンチしてから順調にユーザー数は増えていましたが、特にコロナ禍での問い合わせ数の伸びがすごかった。
 それもあって「今しかない」とアクセルを踏みました。
浅田 ベーシックのことは前職のSalesforce Ventures(セールスフォース・ベンチャーズ)時代から知っていましたが、SaaSに注力すると聞いた時は驚きました。
 SaaSはサブスクリプションで課金を積み上げるビジネスモデルなので、まとまったお金が入るまでには時間がかかります。
 それに耐えきれず、結局は短期間でも利益が出せる既存ビジネスに戻ってしまう、という経営者は多い。
 好調だった創業事業を売却するのは、大きな決断だったんじゃないですか。
秋山 もちろん悩みました(苦笑)。ですが、それ以上にSaaSに賭けてみたいという気持ちが大きかったですね。
 私は20年近くインターネット業界に身を置いていますが、今の市場の盛り上がりには、2000年頃のEコマース黎明期に近いものを感じています。
 今でこそ当たり前になったEコマースの設計も、当時は型と呼べるものがなく、「サイトをどう作るのがベストか」「決済手段は何がいいのか」と、すべてが手探りの状態でした。
 そしてその後、型がある程度定まった段階で急速に世界に普及していったんです。
 同様に、私たちが現在特に注力しているBtoBのデジタルセールス領域もたくさんのツールが出てきてはいますが、まだまだ個別最適かつ複雑で型が無い状態
 バックオフィス領域のように法律や会計といった「企業を超えた共通ルール」に立脚しているわけではないので、型化が難しいという事情もあります。
 しかし、だからこそこのデジタルセールス領域に「誰でも使えるわかりやすいSaaS」が必要だ──そう考え、この事業に専念する決断をしたのです。

“アウトバウンド”と“インバウンド”の両軸が強み

── ベーシックは、昨年12月にOne Capitalをリードインベスターとした11億の資金調達を発表しました。One Capitalとして、ベーシックへの出資を決めた理由を教えてください。
浅田 2つ理由があって、1つは、ベーシックがアウトバウンドとインバウンド、両方のマーケティングツールを提供していることです。
 広告やメルマガなどの配信もトータルで管理できる「ferret One」は、顧客に自社からアプローチする=アウトバウンドのツール。
 各種フォームがつくれる「formrun」は、自社に興味を持ってくれた顧客が自発的にアプローチしてくれる=インバウンドのツールです。
 プッシュ型のマーケティングで自社に興味を惹きつけながら、問い合わせまできちんとフォローする。
 この2つの機能を1社で提供できている企業は非常に稀有だな、と。
 もう1つは、CEOである秋山さんの人柄です。
 17年間ベーシックという会社を経営し、これまで10以上の事業を売却してきたビジネスのプロでありながら、とにかくまっすぐ、実直に事業に向かうスタンスが印象的でして。
 SaaSは構造上、「売って終わり」ではなく、いつでも解約できるサブスクリプションモデルです。
 だからこそ、経営者にはユーザーの期待に応え続ける首尾一貫した姿勢が求められるのですが、それが秋山さんに非常にフィットしていると思うんですよ。
秋山 ありがとうございます。自分で言うのは恥ずかしいですが、SaaSは自分の性に合っているなと感じるんです。
 ビジネスをしていると、建前というか、少し誇張した表現をしてでもお客様の信頼を勝ち取らなきゃいけない瞬間ってあるじゃないですか。それが本当に苦手で。
 ですが、浅田さんのおっしゃる通り、SaaSは「売って終わり」ではなく、むしろそこが「はじまり」。
 常に顧客の期待を超えていく必要がある、「嘘がつけないビジネスモデル」です。
 それに気づいた時、人生を賭けて挑戦してみたいと心から思ったんです。

目指すは、「Webマーケティングの『大衆化』」

── セールス・マーケティング領域のSaaSというと、SalesforceやHubSpotなど海外にも強力な競合プロダクトがあります。ベーシックならではの強みは何ですか?
秋山 日本人が使いやすいUIを追求しつつ、きめ細かなオンボーディングやフォローを行う。
 シンプルですが、これを徹底しているのが私たちの強みです。
 もちろん、海外には素晴らしいSaaSプロダクトがたくさんあります。
 ですが、自由度が高すぎるがゆえにユーザーが使いこなせず、最終的にはチャーン(解約)されるケースが非常に多い。
 私たちは日本生まれのプロダクトとして、日本企業が圧倒的に使いやすいソリューションを届けていきます。
「ferret One」でWebページを作る画面の様子。欲しい機能をドラッグ&ドロップするだけで、ページに追加できる。導入企業からも直感的で使いやすいUIが好評だ。
浅田 私もプロダクトを触ったことがありますが、すごく使いやすいUIですよね。
 相当研究されているんだろうなと感じました。
秋山  そう言っていただけて嬉しいです。
 UIは企業としての哲学や理念がもっとも如実に表れる場所だと常々考えています。
 たとえば、ベーシックのビジョンは、「Webマーケティングの『大衆化』」です。
 私たちのビジネスの対象はデジタルセールスですが、その出発点は顧客との最初の接点をつくるWebマーケティングにある。そう考えて、あえてこの表現を使っています。
 先ほどお話しした海外SaaSにも通じますが、今のWebマーケティングはやはり難しいし複雑。
 何より、「こうすれば上手くいく」というはっきりとした型が存在しません。
 専門人材がいれば別ですが、そのためツールを使いこなせている企業はほんの一握りでしょう。
 ですから私たちは、「どんな人であっても、プロダクトさえあればWebマーケティング活動ができる」状態を目指しています。
 ノーコードかつ直感的に操作できるプロダクトづくりをしているのも、そのためです。
浅田 市場に目を広げてみても、SaaSは盛り上がっているとはいえ、国内企業のIT投資の総額のほんの1割にも至っていません。逆に言えば、ここからの成長の伸びしろが大きい。
 SaaSの比率がグローバルと同水準になると想定すると、現在の市場規模の4倍、およそ2.4兆円になるという試算も出ています。
 その意味でも、ベーシックのような「誰でも使えるSaaS」は非常にポテンシャルがあるでしょう。
 秋山さんのおっしゃるとおり、市場がすでに成熟している海外で生まれたプロダクトを、そのまま日本企業が使いこなすのはハードルが高いですから。
秋山 ぜひ頑張っていきたいです。
 事業をしていて感じるのですが、いいものを作っているのに、「知られていない」「商品の良さが上手く伝わっていない」といった理由で機会損失をしている企業は少なくありません。
 BtoCでは、買い手が事前にネットで情報収集するのはもはや当たり前ですが、BtoBでもその傾向が強くなっています。
 「BtoB取引において、約7割の顧客は営業担当との接触前の情報収集でほぼ購入の意思決定をしている」というデータもあるほどです。
 ところが、現時点でネットを介して買い手への情報発信が適切にできている企業は極めて少ない。
 そこで、ベーシックのプロダクトを通じてそれぞれの企業の魅力を最大化するお手伝いができればと考えています。
  BtoB取引のマーケットは日本でも最大規模の約350兆円あると言われていますから、ここに変化をもたらし、企業、ひいては日本全体にポジティブなインパクトを届けていきたいですね。

人手が足りないSaaS業界。飛び込むなら今

── ベーシックが「Webマーケティングの大衆化」を実現するにあたっての課題はなんでしょうか。
秋山 月並みな回答ですが、一番のボトルネックは採用です。
 私たちにはまだまだやりたいこと、やらなくてはいけないことがたくさんあります。それに一緒に取り組んでくれるメンバーを全力で募集しています。
 特に今足りていないのが、新しいビジネスを作れる人材
 現在展開しているのは「ferret One」と「formrun」ですが、今後もデジタルセールス領域で新しいプロダクトを仕込んでいきたい。そこに共感してくれる方にぜひ仲間になってもらいたいですね。
浅田 採用はどこのSaaS企業も抱えている課題ですね。ブームが来てから4年ほどですから、新しい市場です。経験者はそう多くありません。
 ですが、裏を返せば、異業種からチャレンジする余地も十分あるということ。
 実際、私の前職のセールスフォースにもさまざまな業界・職種の出身者がいました。
 SIerなどソフトウェア企業はもちろん、クラウドサービスやアプリ企業の経験者、正反対のオフラインビジネスの出身者も珍しくなかったです。
秋山 おっしゃるとおり、私たちも異業種からのチャレンジは大歓迎です。
 実際、ベーシックで活躍しているのも、リクルート、ソニー、DeNA、他にも大手の監査法人や証券会社などSaaSとは異なった業界はもちろん、なんなら元パティシエや、アパレル販売員など、デジタルから程遠い世界から飛び込んだ人もいます。
共通しているのは、「社会の問題を解決する」というミッションへの共感です。この世の「負」のボトルネックを見極め、考え抜いて手を尽くしたい。
 そんな熱い思いをもってジョインしてくれたメンバーがたくさんいます。
 Webマーケティングを大衆化し、いいものを作っているのに「知られない」という機会損失をなくす。目下は、この問題の解決に力を注いでいきたいです。
浅田 冒頭で申し上げた通り、SaaS業界もここから大きくなるタイミングです。
 熾烈な競争が予想されますが、ベーシックはそこを勝ち抜くポテンシャルを持った企業だと思います。
 好機を逃さずチャレンジして、業界全体を盛り上げてほしいですね。