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藤原和博氏が語る、リクルートのこれから(上)

リクルートが「10兆円企業」になるための戦略

2014/10/16
10月16日に上場を果たしたリクルート。今後、リクルートがさらに成長するためのカギはなにか。リクルートは世界でも競争に勝てるのか。そして、これまでどおり、イノベーティブな人材を輩出し続けることができるのか。
その質問をぶつけるのに、藤原和博氏ほどの適任はいない。1978年にリクルートに入社後、東京営業統括部長、新規事業担当部長などを歴任し、江副体制下のリクルートの成長を牽引した、「ミスターリクルート」ともいえる存在だ。著書の『リクルートという奇跡』はリクルートという会社を知るための必読書と言える。リクルートを知り尽くした藤原氏に、これからのリクルートについて話を聞いた。

ネオ・リクルート時代の到来

——リクルートは今後も成長を続けることができると思いますか。

リクルートは1963年の創業以来、柏木斉前社長までは、江副さんが創った会社の延長線上にあったと思う。柏木社長は、2007年にスタッフサービスを買収し、売上高1兆円にまで持って行った。すばらしい業績だ。この1兆円までは江副さんの延長としての50年だったと言える。

そして、2012年の峰岸真澄社長の就任とともに、江副さんの時代は終わり、新しい「ネオ・リクルート時代」が始まった。

峰岸社長は結婚情報誌『ゼクシィ』を伸ばした人物だ。私は過去、リクルートで新規事業の開発室長をやったこともあるが、結婚の世界は就職や住宅の情報などは違って、せいぜい10億円程度の小さいマーケットだと思っていた。それを数百億円のビジネスに育てた峰岸社長の手腕は尊敬に値する。

今のリクルートは、峰岸社長を筆頭に、ゼクシィ系、じゃらん系の人が存在感を増している。リクルートが遊び、学び、仕事し、人生する機会を提供するパートナーとして、ものを扱うわけではない「アマゾン」になれるかどうかは、ここからの50年で決まる。それも、2020年までに何をなすかで決まってしまうだろう。その意味で、分岐点の5年になる。
 藤原和博氏

——その5年の中で、カギとなるポイントは何ですか。

軸は次の3つが考えられる。

1つ目は、上場で得たお金を世界一の人材派遣業者になるための買収に投資することだ。

派遣業はどこの国でも必需なのでビジネスとして固い。アジア、アフリカと中間層が伸びれば堅調に成長もするだろう。カギとなるのは、人材派遣会社を各国の事情に合わせてマネジメントできるグローバル人材の確保だ。これまでは、国内のリクルート流マネジメントができる人材を育ててきたが、これからは世界レベルでマネジメントできる人材が必要になる。

そもそも、リクルートの最初のロマンは、「日本の人事部」になりたいという思いから始まっている。そこからさらに進んで、「世界の人事部」になるためには、派遣業だけでは足りない。人事を網羅するには、コーン・フェリーのようなエグゼクティブ・サーチ会社や、(TOEFLなどを運営する)ETSのようなテスト会社も必要になるだろう。

ただ、「世界の人事部」まで行くのは、相当大変。たとえば、ユダヤのカルチャーを理解しないといけないし、アフリカ情勢や宗教も理解しないといけない。日本人だけが経営陣を固めているようでは無理ではないかと思う。「世界の派遣業」までであれば、ある程度システムができればマネジメントできると思うが、「世界の人事部」は、ちょっとハードルが高いだろう。

「受験サプリ」のものすごいポテンシャル

成長の2つ目のカギは、スマホの個人向け課金サービス。「遊び、学び、仕事し、人生する機会を提供する」サービスをスマホ向けに投下することだ。10年後に世界の50億人がスマホにつながる時代に、一番相性の良い会社であれるかどうかがポイントになる。

実は、リクルートの弱みは、人生の一大イベントはカバーしているが、日常のトランザクションに弱いという点にある。日々、親しまなければ、気が気ではないサービスが欲しい。

その中で、ものすごく注目しているのは、受験サプリ(月980円でカリスマ教授の授業が受け放題のインターネット予備校)。リクルートの収益モデルは広告が中心だが、「受験サプリ」は課金一本のビジネスだ。そう簡単にはビジネスにならないと思うが、すでに会員が28万人もいる。これがどこまで伸びるかは、リクルートの未来を占う、ひとつのメルクマークとなると思う。

——なぜ「受験サプリ」にそこまでのポテンシャルがあるのですか。

結局、少子化が起きると、塾も予備校も教材会社も量で勝負していたところはパワーを失う。以前は、数が増えている市場であれば、おこぼれちょうだいができた。それほど付加価値がない企業でも、大手の下で手を出せばビジネスが転がってきていた。

しかし、「受験サプリ」のようなサービスが出ることで、今後、中途半端なところはどんどんつぶれていく。たとえば、中高一貫校ブームで実力以上に生徒が増えたところや、中途半端な私立大学は危ないはずだ。そうした淘汰を加速するだけのパワーが「受験サプリ」にはある。

今、通常の習いごとは、月謝9000円が相場で、塾や予備校の場合は下手すると月に5万円〜10万円かかる。それが、受験サプリなら980円ですむ。2、3割引ぐらいなら人はさほど移らないが、10分の1、20分の1ならガッと動く。コストが20分の1になるなら「スマホで学べばいいじゃない」と、より主体的になると思う。勉強の仕方に革命が起きる可能性があるということ。

リクルートよ、保険屋になれ

――3つ目の成長のカギは何ですか。

金融業、保険業に近い業態に変換することだ。

リクルートポイント、リクルートカードが、どこまで行けるかのかが重要になる。ただ、今のところ、リクルートポイントやカードの成長戦略が何なのか見えていない。最初に、リクルートポイントのCMを見たときは、なんだこのセンス、悪いけどダメじゃんとまで思った。何のためのCMかがわからない。今後、楽天やTカードなど他社と提携する作戦もあるかもしれないが、金融分野でも買収を行うのはどうだろう。

本来、リクルートが江副さん時代に第二電電に対抗して情報通信事業を始めたのは、最後には今日ソフトバンクがやっているケータイビジネス(当時は第一種通信事業者になりたいと思っていた。できないから、第二種のリセール事業から始めただけ)をやるためだった。私はリクルート事件で、これはもはや芽がないとして退却を訴えたが、聞き入れられず、結局10年で2000億円を投資してゼロになった。

じつは、「受験サプリ」が細々と実現しているが、本来、自宅にリクルート名の請求書が届いて銀行からの引き落としが毎月あっても、いつものことだからと気にされないくらいの課金クレジットのある会社が強い。

受験サプリのような月980円という価格設定はいい線だと思う。それぐらいの額なら、引き落とされても気にならない。そのわずかな金額を引き上げて、さらに広げていく。このサービスには、やっぱり入っておきたいよね、という安定的な地位を獲得していく。そのためには、「保険屋」になるしかない。

——「保険屋」になるとはどういう意味ですか。

日本では、日常に食い込めば「保険業」としてのクレジットが得られる。その典型例は、朝日新聞だ。朝日新聞の記者は、読者は自分の書いたニュースを買ってくれていると思っているが、それは全体の付加価値の半分くらいではないか。残り半分は、朝日が毎日届くという安心感、朝日をとっていることで周りに知的だと思われる証明を買っているのだと思う。

朝日新聞があれだけの大問題を起こしても、壊滅的に部数が落ちていないのは、保険屋だからだ。NHKもそう。みんなが素直に受信料を払うのは、NHKに入っている安心感を得るため。ニュースそのものの価値におカネを払っている人はそんなにいないのではないか。

だからリクルートは「保険屋」にならないといけない。毎日気になる何かを提供していかないといけない。今までのリクルートは、団塊の世代の就職、転職、住宅取得ニーズとともに伸びてきた。しかし、1500兆円の個人資産の大半を保有する団塊の世代は、そうした人生の一大イベントを終えてしまい、団塊ジュニアも2020年になれば子育てが終わる。

残りは葬式や介護ぐらいだが、昔からリクルートは、葬式や介護を新規事業でさんざん議論してきたが、非常に難しくて収入源にできてはいない。

現在はシニア向けの温泉宿・旅館予約サービスの「ゆこゆこ」などが伸びているが、まだまだ。団塊の世代の人たちも含めて、銀行から毎月毎月引き落とされても、気にせず払ってもらえる段階にならないといけない。

——そうした「保険屋」としてのビジネスを世界中で展開できれば、成長力が一気に高まる。

もし、世界の中間層の人々が、「遊び、学び、仕事し、人生する機会を提供する」パートナー会社に「自宅に請求書が届いて銀行からの引き落としが毎月1000円あっても、いつものことだからと気にされないくらいのクレジット」を与えてくれるなら、年間1万円を10億人に課金することは可能だろう。そのとき、リクルートの売上げ規模は現在の10倍、10兆円に到達するはずだ。峰岸社長にはぜひ、2020年代に売上高10兆円を実現してほしい。

※続きは明日公開します