医療イノベーション

日本の医学部もようやく動き出した!

世界基準に追いつけ!医学部教育に必要な「大手術」

2014/10/16
日本国内で最高峰のエリート職業の一つと言えば、医者だ。医学部へ入るため親子二人三脚で受験勉強を頑張った美談はよく、塾の宣伝の定番として使われている。もちろん、医師免許はその知名度に加えて、給料や結婚という面において、「ゴールドライセンス」として多くの人の羨望の眼差しを集めきた。だが、威光が遠くない将来、陰る可能性があったとしたら??

第1回目では、日本の医学部教育のガラパゴス化、第2回目では、このままでは現在医療水準が高くても、近い将来痛い目をみるという事を話して来た。今回は、まだほんの一部ではあるが、実際に改革を始めた日本の医学部の取り組みの現状を紹介していこう。

世界からみて日本の医学部教育に決定的に足りないものは何か。一言で言えば、医学部教育の分野別品質保証をする制度がない事だ。つまり、臨床実習の時間や、医師としての適正といった様々な分野から評価を行い、その医学部が一定の基準を満たしている事を保証する仕組みがないのである。

仕組みがない事で、すでに現場レベルでは欧米の医学生との間に差がでている。「欧米の医学生は、入学直後から病歴聴取をするなど患者との接触を通してプロフェッショナリズムやコミュニケーション能力を養い、医学を学び始める前に医師になるための基本的態度を身に付ける。その上で、長期間にわたる臨床実習を通して能動的に医学を学ぶため、卒業時に医師として必要な“使える”知識と技術を身に付けている」と、東京慈恵会医科大学放射線医学講座の福田国彦教授は説明する。

特に、イギリスでは日本と同様に高校から直接医学部に入学するが、1年目から患者との接触を重視する。また、入学面接に大学の教職員以外に一般人も面接に加わる医学部が多い。日本では、入学1年目に教養と称して高校の延長のような講義が続くことで、学生の医師としてのモチベーションが落ちやすい。日本方式では、イギリスのような医学部入学時のふるいの掛け方の工夫や入学早期から医学生をプロとして叩き上げをする作り込みが参考になる。

医学部教育こそ「大手術」が必要

「なら、まずはさっさと臨床実習を増やせばいい」とごもっともな意見が出てくる所だが、仕組み上簡単ではない。国際基準の72週というのは、丸2年間を臨床実習に費やすことになる。だが、日本の医学部では国家試験対策の時間も確保する必要があり、必然的に4年次から臨床実習を開始する必要がある。そうなれば、1年次や2年次に設けられている、一般教養や基礎医学等の教育の時間配分を再考しなければならない。まさに今までの医学部教育を根本的に変える「大手術」が始まる。

現時点では、東大や筑波、自治医大以外にも、慈恵医大や信州医大などが、72週に向けてカリキュラム変更に取り組んでいる。すぐには「72週制」に移行できなくとも今後の医学部教育のトレンドとなることは間違いない。

他にも、課題は山積みだ。その一つが“使える医学英語”がある。前出の福田教授によれば、「今後、日本語で授業を受けるのが当たり前、という価値観は変わってくる」という。現状では、「日本のお受験」の勝ち組とされる医学生の大半は英語を自由に使いこなせない。

「海外の学会で発表経験のある医師が少ないことも問題だ。仮に英語で発表ができたとしてもその後の質疑応答が上手く行かない。また、発表後の情報交換もままならない。そのため日本の医学技術は進んでいるにも関わらず、それを広めることが十分にできていない」と、福田教授は指摘する。臨床実習時間に英語カリキュラムの導入——。これから激化する国際競争の中で、改革は急務だ。

世界基準は硬直的なものではない

この連載では多くの方々から「世界基準を設ける上で、日本固有の問題を考慮しないことは危険ではないか」という指摘をいただいた。ご指摘、もっともである。ただ、誤解してほしくないのは、世界基準は硬直的なものではない、ということだ。

医療には各国固有の問題がある中、世界基準は画一的に定められていない。その基準の方向性は2つに絞られている。達成しなければならない「基本的水準」と、今後の改善の方向性を示した「質的向上のための水準」だ。

医師の知識や技術の定着を図るのは試験でも可能だが、医師としての「素質」を確認し、保証する場がないからこそ、教育機関が医師のプロフェッショナリズムを保証する場所でなくてはいけない、というシンプルかつ重要な考えから、世界基準はつくられている。

また、基準を満たしているかの判断もその国固有の事情を斟酌しようとしている。2005年にWHOとWFMEは、「WHO/WFME Guideline for Accreditation of Basic Medical Education」を発表し、認証を彼らが行うのではないことを明らかにした。その国(地域)の認証団体が行い、彼らはその国の活動を“支援するだけ”であるとした。

しかし、その国にあった多様性を考慮した上で世界基準の教育を証明しようとも、日本には「その認証機関」そのものが存在していない。認証機関とは何か。簡単にいうと、医学教育の品質管理をしていくための自己改善の環境を作るという事だ。

教育の質を改善するには、

1:自己点検のためのデータ収集

2:自己点検評価書の作成による自己内省

3:そして自分たちでは気づかないことを外部が指摘する外部評価

4:以上の結果から自分の活動の得失を見極めて自己改善のための行動プランを作り

5:その結果を医学教育のステークホールダーである国民(と世界市民)に公表する事だ。この一連の流れが認証制度だ。

この仕組みが日本国内にないため、患者に医学部教育の質の基準を伝える方法がないのが現状だ。誰でも患者になる可能性があるにも関わらず、「医療の世界ってよくわからない」という今の状況がまさにそうだろう。

そこで、日本の医学部が国際水準の教育を実施していることを証明するために、認証を受けるための仕組み作りが2012年からようやく動き出した。認証評価機関として、日本医学教育認証評価評議会(JACME)の設立を急ぐ。その旗ふり役を担うのが東京医科歯科大を中心とした千葉大、東大、新潟大、慈恵大、東京女子医大の6校だ。

「この6大学中5大学が国際的なやり方による認証を受けるための外部評価トライアルを受け、2015年の2月には東大も受審する事となっている。認証はマストだという雰囲気ができつつあり、80医学部全部がそのうち外部評価を受けることになるはずだ」と、東京慈恵会医科大学の教育センター長であり、日本医学教育学会副理事長をも勤める福島統教授は期待する。今後は2023年に向けて、6大学が中心となって試行を重ね、国際基準を満たした評価制度や仕組みへと改善させていく。

では、それぞれの事情がある日本以外の各国はどうしているのだろうか。ここまで日本の遅れと急ピッチで取り組む姿をみてきたが、このイノベーション期に世界の医学部教育の現場がそれぞれどう取り組んでいるのか、次回はみていこう。

本連載は毎週木曜日に掲載予定です