2021/12/20

【社長直撃】「クリエイターが最も偉い」“テレビの変革期”に言い切るトップの覚悟

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 ネットやSNSの台頭でメディアが多様化し、新聞や雑誌などオールドメディアの衰退が著しい。それは今なおマスへの圧倒的な力を持つテレビも例外ではない。
 近年では、NetflixやAmazonプライムビデオといった動画配信サービスとも苛烈な競争を強いられている。
 そんななか、在京キー局の一つとして開局70周年を迎えたTBSは、5月に発表した『VISION2030』の中で「メディアグループからコンテンツグループへの変革」を打ち出した。
 2030年までに地上波放送以外の事業を成長させ、国内のみならず世界中にコンテンツを届けていくという。
 注目すべきは、主軸である放送事業の売上比率が大きく変化していくことだろう。
 はたしてTBSテレビは、どんな未来を目指すのか。テレビ局の現状とビジョンの詳細について、TBSホールディングス代表取締役社長の佐々木卓氏に伺った。
INDEX
  • Netflixはライバルでありパートナー
  • 放送以外の事業を“爆発的”に伸ばす
  • 指標は、視聴率から“コンテンツのLTV”へ
  • 最高の“時”を提供する企業へ

Netflixはライバルでありパートナー

──Netflixなどの動画配信サービスが拡大を続けていることについて、どのように受け止めていますか。
佐々木 これまで我々の主戦場だったテレビモニターの中には、地上波放送以外のメディアが入ってきています。
 特にNetflixやAmazonプライムビデオといった動画配信サービスには、もはや巨大なキー局が新たに誕生したに等しいインパクトを感じています。
 これからは私たちもテレビモニターの中だけにとどまらず、そうした配信サービスが得意とするデバイスにも、積極的にコンテンツを出していく必要があるでしょう。
──TBSドラマ『日本沈没 ―希望のひと―』は、地上波での放送の3時間後にNetflixで配信開始しています。結局のところ、動画配信会社はパートナーかライバルか、どちらでしょうか?
 「昨日の敵は今日の友。だけど、明日はまた敵」というところですかね(笑)。
 つまり、それは日によって変わると思うんですよ。掌を返すようですが、それくらいの柔軟な考え方が必要です。
 Netflixさんとは『日本沈没―希望のひと―』の放送同日配信だけでなく、2023年にはTBSの新作ドラマ『離婚しようよ』の独占配信も決定しました。
 こうした連携をとりつつ、時には競い合う姿勢を持つことが望ましいのではないでしょうか。
 それは、地上波の各テレビ局に対するスタンスも同じです。日々の放送では他局に負けじと競っていますが、TVerのように共同でやったほうが効果的な施策については、手を取り合うこともある。
──現時点で、佐々木社長が配信のポテンシャルを最も感じるジャンルは何でしょうか?
 まずはドラマ。そこに注力していきます。
 TBSはこれまでも、映画と変わらないスケールを方針としてドラマを制作してきました。その点では、配信でもNetflixのオリジナルドラマに負けないクオリティが出せるはずです。
 また、『日本沈没』のようなスケールの大きい作品だけでなく、低予算でライトタッチなドラマまでコンテンツをカバーできる点は、我々の強みといえるのではないでしょうか。

放送以外の事業を“爆発的”に伸ばす

──TBSの『VISION2030』では、放送事業以外の収益を飛躍的に拡大する目標を掲げています。現在の売上高比率は「放送事業60%:放送事業以外40%」ですが、これを10年後には逆転させる、と。
 はい。放送事業以外の成長領域事業を伸ばし、売上高比率60%にまで持っていきたいと考えています。
 ただ、誤解していただきたくないのは、決して放送事業のボリュームを縮小させるわけではないということ。むしろ、こちらの売上高も10年をかけて少しずつ増やしていく目算です。
 その上で、放送以外の事業を“爆発的に”伸ばし、放送を上回る売上を達成したいと考えています。
──そんなことが可能なのでしょうか? 他のオールドメディアと同様に、地上波放送もシュリンクしていくのでは。
 確かに、ただでさえ国内の人口は減っていますし、“テレビ離れ”ともいわれています。しかし、こうした厳しい状況下でも、広告収入は増やせると考えているんです。
 たとえばインターネットのCMはターゲティングが強みですが、今後はテレビCMもログを取り、より個人にフォーカスしていく。CMの効果と価値を高めれば、広告の単価を上げていけるはずです。
 同時に、番組の質も変えていく必要があります。
 現在TBSが「新ファミリーコア層*」と呼んでいる4〜49歳の男女、CMがより有効になるこの世代に訴求できる番組を作っていきます。年配の方を度外視するわけではありませんが、これまでよりは若い方に向けた番組作りにシフトしていくでしょう。
*2021年にTBSが打ち出した重点ターゲット層。前年に設定したファミリーコア層からさらに10歳若返った。
──では、放送以外の事業を爆発的に伸ばすための施策はありますか?
 VISION2030では“夢”を語っている部分もありますが、決して不可能ではないと考えています。そのためのテコ入れや新たな施策もスタートしています。
 その中核となる戦略を、我々は「EDGE」という語呂合わせで呼んでいます。
 海外・ライブエンターテインメントや小売といったBtoCビジネス、もちろん配信も。それらを飛躍的に伸ばしていく。そのためには、IPビジネスへの注力が欠かせません。
 一例として、世界マーケットへの進出・拡大を推進するための新会社を作ります。TBSの既存の人気コンテンツを世界に売り込むだけでなく、最初から海外に目を向けたコンテンツを作り、世界のマーケットで勝負していきます
 先ほどお話しした『離婚しようよ』も、その1つですね。脚本は宮藤官九郎さんと大石静さんの共同執筆、プロデューサーはTBSスパークルのトップクリエイター・磯山晶が務めます。
 通常の地上波の作品としても非常に豪華な面々が、Netflixオリジナルシリーズとしてドラマを作る点も、我々にとっては大きなチャレンジです。
──これまでにも作品の海外展開はあったと思いますが、今後はそれをさらに強化していくと。
 そうですね。たとえば『風雲!たけし城』や『SASUKE』は海外でも人気が高く、番組のフォーマット自体が世界中で売れています。
 新会社ではもっと大きなバジェットで、新しい販売ルートも開拓していきます。
 300億円の予算を投じて海外に向けたコンセプトのコンテンツを作る。そして、それをNetflixやAmazon、HBO、イギリスのBBCにちゃんと売り込む。そのための人材を集めます。
 日本発のコンテンツを海外に供給する、専門商社に近いイメージですね。これを10年かけて育てていくつもりです。
 このほかにも、放送の枠を超えてコンテンツを無限に拡げ、グローバルコンテンツブランドへと成長していくことが急務だと考えています。

指標は、視聴率から“コンテンツのLTV”へ

──メディアグループからコンテンツグループへ転換していくにあたり、これまで以上にクリエイターの力が重要になっていくと思います。クリエイターが働きやすい環境づくりについては、どうお考えですか?
 ここ数年、社員の前でしきりに「クリエイターをリスペクトしよう」と呼びかけています。
 もちろん、クリエイターを支えるバックヤードの社員も大切です。しかし、そこであえて「ものづくりできる人が最も偉い」と言い切っているのは、メディアグループからコンテンツグループへと転換する決意の表れでもあります。
 社長である私もバックヤードの一人です。私が率先してクリエイターを尊敬し、バックアップし、それが会社の成長につながるんだという姿勢を示していきたいと思っています。
──クリエイターを評価する仕組みなどはあるのでしょうか?
 クリエイターをエキスパート職と位置付け、突出した成果を挙げた人にボーナスを支給するシステムを作りました。
 従来のテレビ局の人事評価制度は古い年功序列で、これはなかなか変えられません。そこで、旧来の制度とは別に、頑張ったクリエイターが報われるインセンティブを設けたんです。
 もしかすると、こうした評価をおもしろく思わない社員もいるでしょう。しかし今は、TBSがコンテンツ会社になる変革期。当然ながらクリエイターにとっては厳しい戦いが待っています。
 前面に出ていく彼らを、会社としてもり立てていくのは当然だと考えています。
──インセンティブの指標は、やはり視聴率でしょうか?
 視聴率ももちろんですが、コンテンツの「LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)」を新しい指標として重視しています。
 つまり、その瞬間だけでなく放送終了後も継続して利益をもたらしてくれる、あるいはTBSのブランド価値を高めてくれる“長生きするコンテンツ”こそが、最も評価されるべきだろう、と。
 たとえば2020年に放送した『MIU404』というドラマは、地上波でも大ヒットしましたが、その後もファンが多い作品です。
 実はドラマ内に登場する「まるごとメロンパン号」が、現在も日本全国を巡回してグッズを販売し、利益を生み続けています。
 視聴率でいえば、『MIU404』は『半沢直樹』にはかないませんでした。しかし、放送が終わった後も、メロンパン号が全国を回って売り上げを伸ばし続ける新たなビジネスモデルを実現しています。
 ほかにも、『99.9 -刑事専門弁護士-』というドラマもDVDや配信、スペシャルドラマ、映画などに波及し、長く稼ぎ続ける優秀なコンテンツです。
──視聴率だけでなく、先のビジネスとしての展開まで見据えるようになる。クリエイターの視点も変わりそうですね。
 ただし、権利関係が複雑になると、地上波はOKでも舞台化や映画化はNGだったり、海外に展開できなかったりすることもあります。
 それを避けるには、できる限りTBSオリジナルのIP(知的財産)を開発していく必要もあるでしょう。「オリジナルIP開発の推進」も、VISION2030の改革の柱の1つに掲げています。
──そういえばこの部屋に来るエレベーターの中で、社員の方々に向けて「TBSはIPでもっと稼げる」と、社内のIP対応窓口についての告知映像が流れていました。
 そうなんです。社内で繰り返し伝え続けた結果、現在では「IPで稼ぐ」という意識が浸透してきたように感じます。
 今までのテレビ局の感覚では、他からの知恵や原作をお借りするのも厭わず、とにかく視聴率を取りにいく姿勢が“正義”でした。
 しかし、今はTBS独自で1から10までオリジナルにこだわって作る方針に舵を切っています。
 より厳しい条件下でコンテンツの質を維持せねばならない現場のクリエイターたちは、息苦しく、手足を縛られたような感覚になったかもしれません。
 しかし、ここにこだわる重要性を社員みんなが受け入れてくれて、今では「IP」「IP」と、合言葉のようになっています。

最高の“時”を提供する企業へ

──率直に申し上げて、現在のテレビ離れはマスメディアへの信頼が薄れているのも一因ではないかと感じます。テレビ業界はいかにして信頼を取り戻していきますか?
 これは地に足をつけて、コツコツと長くやっていくことで信頼性を高めていくしかありません。
 もし大きな災害が起こっても、しっかりと放送を継続し、正確な一次情報を届ける。私たちは、視聴者のみなさまの命と財産を守るために動く心構えを常に持ち、そのための訓練も積んでいます。
 また、番組はもちろん、扱うCMにも責任を持つこと。コンテンツの合間に流す以上は、たとえ広告といえども、メディアが責任を持ってその品質を保証すべきですからね。
 ファクトだけは絶対に間違えてはいけません。過去にミスや過ちを犯したこともあります。それでも長い時間をかけて、新たに信頼を築き上げていくしかない。その先に、TBSテレビへの圧倒的な信頼を得られる日が来ると信じています。
──ネット時代のマスメディアとして、TBSはどんな役割を担っていくのでしょうか。
 私たちは、VISION2030の中で「最高の“時”で、明日の世界をつくる」というブランドプロミスを掲げました。これは私たち自身の志を高める合言葉であり、お客様に対する約束でもあります。
 そもそもテレビ局の役割は、素敵な“時間”を作ってお届けし、多くの人に喜んでいただくことだったはずです。
 仕事や生活でくたびれてしまったとき、ドラマに涙して少し心が晴れる。地方から都会に出てきた青年が、コント番組で笑顔になり寂しさを紛らわす。災害時に、避難所の体育館で聞いたラジオ放送で安心する。
 私たちは、そういう“ちょっと良い時間”を提供し、微笑んでもらうことを喜びとしてきたはずなんです。
 それを、テレビやラジオだけに限定する必要はないと思います。映画や舞台、配信、あるいは教育や小売なども含め、すべてがTBSのコンテンツです。ですから、今後は放送の枠を超え、“最高の時”を提供するサービス業でありたいと考えています。