2021/12/13

「本質的社会課題」をビジネスで解決するスタートアップたち

編集ライター (NewsPicks Brand Design 特約エディター)
超成熟社会になり、モノやサービスがあふれる今、持続的な社会の実現に向けて、真の課題と解決策を用意できる企業こそが生き残る──。

2021年11月16日、「アフター万博の新しい共創」をテーマに、大阪で開催した大型イベント「WestShip」。

その1セッションとして「ビジネスは世界を変える最良の手段。社会を変革するビジネスの創り方」をテーマに、それを実践するスタートアップ、テクノロジーで支援する企業、経営学者が集まり意見を交わした。

社会課題のなかでも今回取り上げたのは「教育」と「子育て」。この分野に潜む課題と解決策とは。
INDEX
  • テスラが社会を変革している理由
  • Monoxerで記憶するのが当たり前の日常に
  • 子育てを楽しいと思える社会を目指す
  • 待機児童問題は収束。新たな課題のフェーズへ
  • テクノロジーは、何のためにどう使うか
  • 一つずつ着実に、社会変革を目指して歩む

テスラが社会を変革している理由

久川 成熟した社会や人口の減少。BtoB、BtoCを問わず、ビジネスを伸ばすことが困難になっている今、根本的な社会課題に着目しその解決に向けた企業が成長しているように思います。
 田中先生は、本当に社会を変革するビジネスは、どうすれば作れるとお考えでしょうか。
田中 社会を変革するビジネスの創り方に大きな示唆を与えてくれる例として、イーロン・マスクが創業したテスラの事例を紹介したいと思います。
 テスラは2021年1月、全自動車メーカーの時価総額の合計をテスラ1社で超えるという驚くべき数字を叩き出しました。
 そして、10月25日には、ついに時価総額がGAFAM並みの1兆ドルを突破しています。
 なぜ、テスラは世界の自動車メーカーを寄せ付けないほど成長しているのか。それは、単なる自動車メーカーではないからです。
 テスラは太陽光で発電し、蓄電池でエネルギーを蓄えて、EV車でエネルギーを使う。
 つまり、持続可能な輸送とエネルギーを作る「クリーンエネルギーのエコシステム」を作っている会社なんです。
 私は、社会を変革するビジネスを創るためには3つのポイントがあると思っています。
 それは「メガトレンドを掴む」「価値観の変化を掴む」「大胆なミッションとビジョンを描く」の3つ。
 テスラは2006年に創業し、当時は顕在化していなかった「エネルギー」と「デジタル」「モビリティ」の3つのメガトレンドを掴みました。
 そのとき掲げたミッションは「人類を救済する」で、ビジョンは「クリーンエネルギーのエコシステムを構築する」という大胆で崇高なもの。これを、着実に有言実行しています。
 そして、持続可能な社会を作るという価値観の変化も見事に掴みました。
 まさに、社会を変革するビジネスを創るために必要な3つのポイントを15年前にすべておさえたのが、テスラのイーロン・マスク。実際に社会を変革し、未来を作っています。
 このイーロン・マスクのミッション、ビジョンと戦略は、たとえ規模や業種・業界が異なる企業でも学ぶべき点が多いと思います。

Monoxerで記憶するのが当たり前の日常に

久川 なるほど。テスラは、15年後のメガトレンドを掴んでいたというわけですね。
 竹内さんもニーズが顕在化していなかった市場で事業を展開しています。モノグサの事業を教えてください。
竹内 モノグサは、「記憶を日常に」というミッションを掲げ、記憶定着のための“解いて覚える”記憶アプリ「Monoxer」を提供しています。
 記憶というのはとても重要なもので、私たちが日々アウトプットしているアイデアや知性は、今までの地味な記憶の集合体の結果です。
 だけど、「憶える」ことに対して苦手意識を持つ人は少なくないですよね。
 「今日食べた朝ごはん」は意識せずとも憶えているのに、「1週間後までに1000の単語を憶えなさい」と言われた途端、憶えることが苦しいものに変わってしまう。
 日常の生活の中で自然と物事を記憶しているけれど、“意識して”記憶しようとすると苦しいのはなぜか。
 我々は、その苦しさの原因は「何を憶えたのか」「どのように憶えるか」「何を忘れたのか」といった、記憶を「管理」することだと考え、この管理をテクノロジーに任せる仕組みを作りました。
 目指しているのは、検索エンジンによって「調べる」ことが当たり前になったように、Monoxerによって「記憶」を日常にすること。
 今は、フランス語をマスターしたいと思って教材を買っても、本当に憶えられるか自信を持てなくても、Monoxerが当たり前に使われる世界では、憶えきるのが当たり前の日常になります。
久川 「記憶は人類の知的活動の根幹を担う」ということですね。具体的にどんなサービスを提供しているのでしょうか?
竹内 提供しているのは、“解いて憶える”記憶アプリで、全国の小学校・中学校・高校と学習塾に主に使っていただいています。
 たとえば、大学受験のために憶える「情報の塊」自体は、整理されているのですが、それは人にとって憶えにくいという課題があるんですね。
 Monoxerは、人に合わせて難易度を変えながら、解いているだけで憶えられる学習アプリ。記憶度も可視化され、忘れそうになるタイミングでリコメンドもしてくれますよ。

子育てを楽しいと思える社会を目指す

久川 竹内さんが社会課題の一つである「教育」に注力されている一方で、脇さんはBABY JOBでどんな社会課題に取り組んでいるのかを教えてください。
 BABY JOBでは、「すべての人が子育てを楽しいと思える社会」を目指しています。
 現在提供しているのは、保育施設に直接“紙おむつやおしりふき”が届く定額サービス「手ぶら登園」です。
 保育園で使う子どものおむつは、保護者が子どもの名前を書いて持っていくのが基本です。
 でも、共働きで忙しい保護者にとって、おむつに名前を書いて持っていくだけのことでも、想像以上に大変なんですね。
 そこで、ユニ・チャームと事業提携をして、保育園に紙おむつとおしりふきをお届けするサブスクリプションサービスを提供しています。
 なぜこのサービスを提供するに至ったか、その背景にある大きな社会問題をお話ししたいと思います。
 世界経済フォーラムが発表している「ジェンダーギャップ指数」で、日本は156カ国中120位と、先進国では最低レベルを推移しています。
 この指数は、「経済」「政治」「教育」「健康」の4つの分野のデータから作成されているのですが、日本は「政治」と「経済」のスコアが低いんですね。
 特に「経済」は、女性管理職の割合が14.7%と低いだけでなく、働く女性が増えたものの、パートの比率が男性の2倍に上っています。
 出産と育児のライフイベントを経た女性は、なぜ非正規になってしまうのか。社会や会社の制度を改善する動きはあるものの、実際は叶っていません。
 その理由として挙げられるのが、女性の日々のタスクの多さです。あるデータによると、女性は男性よりも1日あたり4時間多く労働していると言われているんです。
 だから、保護者のタスクを1つでも減らすために「紙おむつに名前を書いて持っていく」というタスクをBABY JOBが代替しました。
 このサービスは、保護者だけでなく保育園も契約できます。そのメリットは、保護者に持ってきてもらう「名前が書かれた紙おむつ」の個別管理が不要になること。
 保護者は忙しいから、うっかりおむつを忘れることもあるし、子どもの体調によっては持ってきてもらったおむつ以上の数が必要になることもあります。
 それを保護者に伝えるのは保育士にとってストレスで、保育以外の時間はなるべく減らしたいものです。
 さらに、保育士のストレスが減ることは、保育士定着の観点から経営者にとってもプラスになります。
 非常にニッチなサービスなので、社会課題の解決という崇高なテーマとはギャップを感じるかもしれません。でも、子育て支援は間違いなく必要不可欠なこと。
 保護者、保育士、経営者のそれぞれにメリットがある「手ぶら登園」のサービスをきっかけに、保育の現場から少しずつ変化を起こし、すべての人が子育てを楽しいと思える社会を作りたい。
 子育てに関するさまざまなサービスを提供することで、子育て支援の総合サービスベンダーになりたいと思っています。
久川 私も双子がいまして、保育園に通っていた頃にこのサービスがあったら、どんなに楽だっただろうと思いました。
 仕事と子育てを両立させていると、自宅から徒歩数分のドラッグストアに行く時間すらないんですよね。行けたとしても、大きな荷物を抱えて帰るのは結構大変で……。
 これからは、保育園のサービス内容の充実度、BABY JOBのサービスを導入しているかどうかなどで選ぶ時代になりそうですね。
田中 竹内さんと脇さんの共通点は、いきなり社会を変革しようとしていないことですよね。
 重要なのは、目の前にいる人が抱える問題を解決すること、あるいは新しい価値を提供すること。
 目の前の人の課題解決をコツコツと進めていくと、その集合体が大きな社会課題解決につながります。
 だから、小さくても目の前の人の課題を解決するような事業に挑戦する人が増えるといいですね。

待機児童問題は収束。新たな課題のフェーズへ

久川 BABY JOBは、関西を拠点に全国展開されていますが、子育てに関して関西特有の課題はありますか?
 望む保育園に入れるかどうかは別として、保育の受け皿が年々増加したことで、全国的に待機児童は減少しています。
 一方、関西圏に注目すると、2021年は保育施設の定員数に比べて、申込数が少なくなったんです。
 首都圏も同じような傾向にありますが、関西ほど大きな差は出ていません。
久川 待機児童問題に頭を抱えるフェーズは終わって、保育園が経営を考えないといけないフェーズに入ったということでしょうか。
 そうです。保護者は保育園を選べるようになり、保育園はこだわりや哲学を発信して保護者に伝える必要が出てきた。これが今後の課題になるでしょう。
久川 セールスフォース・ドットコムの浦さんは、5年前に関西に移ってきたと聞いていますが、東京と関西の違いをどのように感じていますか?
 5年前はまだ東京と関西で情報格差を感じていました。でもコロナ禍で一気に距離が縮まりましたよね。
 今までは、関西圏のイベントは関西圏で完結していましたが、今は世界中のイベントにオンライン参加ができます。
 それくらい情報格差はなくなったものの、首都圏と関西では、チャレンジする人としない人の格差はまだあります。
 新しいチャレンジをする人がもっと増えたら関西圏は大きく変わると思うので、挑戦したい人を全力で支援したいと思っています。

テクノロジーは、何のためにどう使うか

久川 事業を推進する上で、他社との共創やテクノロジーの活用は欠かせません。BABY JOBは保育園に対してどのようにテクノロジーを活用していますか?
 保育士や保育園はアナログが主体で、デジタルはあまり得意ではないという業界の特徴があります。
 だから、紙おむつの在庫確認や発注作業を、いかに簡単なオペレーションにするかが大きな課題でした。
 そこで開発したのが、紙おむつを利用する園児数や月齢、期間から、必要な発注数を保育園の管理画面に自動で表示させるシステムです。
 保育士は在庫を数えるだけでいいので、ストレスなくご利用いただいています。
 もう一つ、テクノロジーを活用しているのが、我々の営業活動です。
 保育園は認可や認可外、大規模・小規模などいろんな形があります。それに、保育士と話すのと園長と話すのでは話す内容も違う。
 そこで、それらをセールスフォース・ドットコムのソリューションで可視化して、オンライン商談システムと組み合わせました。
 結果、2年で全国の保育園にインサイドセールスのみでリーチできるようになったんです。
久川 アナログな保育の現場に、オンラインでリーチできるようになったのは素晴らしいですね。竹内さんはどんな考えでテクノロジーを活用されていますか?
竹内 メガトレンドを掴み、いつか社会に大きなインパクトを与えたいなら、「今あるものを安くするため」にテクノロジーを使わないことが大切だと思っています。
 我々が事業を開始したときは、誰も記憶にお金を払っていなかったので、市場はありませんでした。
 これは2000年当時のCRMも同じだと思うのですが、メガトレンドに乗ろうと思うと、価値観が成立していない領域を開拓する必要があるんですね。
 そこで大切なのが、テクノロジーによって価値がより増幅する使い方を考えること。
 我々は、紙よりもデジタルの方が憶える体験ができると思ったから、技術を投資しました。

一つずつ着実に、社会変革を目指して歩む

久川 最後に今後注力していくことを教えてください。
竹内 これからトライしたいのは、社会人の学習領域です。
 今までは、一度習得したスキルで一生食べていけたかもしれませんが、これだけ変化の早い時代を生き抜くには、一つのスキルだけでは立ち行かなくなります。
 そこで、社会人向けに資格領域での展開を始めました。
 今後は産業別、地域別の学習・記憶ができるようにして、いずれは認知症防止の領域まで広げたい。最終的には全人類にとって必要不可欠な存在になりたいです。
 20年後、情報は機械に憶えさせるのが当たり前の社会になると信じています。
 私が実現させたいのは、みんなが子育てに参加する社会です。一昔前は、地域や社会で子育てをするのが当たり前でしたが、その規模はどんどん縮小しました。
 でも今、その潮流は変わりつつあります。
 5年前まで、子育ては女性だけがやればいい、男性が育休を取るなんて考えられないと言われていたのが、今は男性が育休を取るのは普通のことですよね。
 5年後、10年後は、もっとみんなが子育てに参加する社会に近づくはずなので、我々は子育てのタスクを一つずつ減らしながら、みんなで子育てをする社会の実現を1年でも2年でも早めたいと思っています。
 今、ほとんどの企業は変革が必要だとわかっています。
 特にここ数年で、アナログな商材を扱う老舗企業や、アナログな仕事の仕方をしている企業からのご相談が増えました。
 セールスフォース・ドットコムは、「現場」「IT」「経営」のどこがスタートでもいいので、Trailblazer(先駆者)を支援しながら、3つをつないで変革を支援します。
 そして、真のビジネスパートナーになる。それが我々の展望です。
田中 「教育」と「子育て」に限らず、どんな社会課題も最初からいきなり解決するのは難しいでしょう。
 だけど、壮大なミッション・ビジョンを掲げて、地道に目の前の顧客の課題をコツコツと解決していけば、やがて大きな社会課題の解決につながっていくはずです。
 竹内さんや脇さんのように、一見地味に見えても目の前の課題解決に取り組むスタートアップが増えることを願っています。