2021/12/14

2022年のマーケティング大予測。キーワードは「人材育成」「ノイズ」「パーパス」

NewsPicks Brand Design Editor
長く続いていた“緊急事態”が明けて、社会は新しい日常と共に再び動き出そうとしている。マーケティングは再びリアルに回帰するのか。それとも、メタバース(仮想空間)が主役になるのか。マーケティング業界の第一線で活躍する4人の賢者が、2022年のマーケティングの動向を占う。
INDEX
  • 「オンラインID」が生命線になった2021年
  • “運動神経”の良い企業になるには?
  • リアルとデジタルで複合的に顧客とつながり続ける
  • 顧客体験に「ノイズ」は必要か?
  • 賢者が選んだ2022年のマーケティングの重要キーワード

「オンラインID」が生命線になった2021年

秋田 まずは2021年の企業のマーケティング戦略について、皆さんに振り返っていただきたいと思います。まず山口さん、いかがでしょうか?
山口 そうですね。僕はコンサルティングの仕事をしているため、さまざまな企業のことを知る機会があります。その中で、今年、コロナ禍から早期に回復した企業には、大きく2つの傾向がありました。
 1つは「ここから買いたい」という愛着を持たれているような、ブランドロイヤルティを有する企業。
 やはり指名されるブランドは、売り上げの回復も早かった。
 もう1つはオンラインID、つまり顧客へ直接アクセスするためのメールアドレスやLINE IDなどの顧客データを自社で保有している企業です。
 店舗やメディア、自社ECなどの “顧客へアクセスできる手段”を持つ企業は、直接アプローチできるため、低コストでトライアル・アンド・エラーができる。
 そのため、コロナ禍のような市場環境の変化が訪れた際にも、リカバリーの糸口をすぐに掴みとれていた印象がありました。
奥谷 確かにオンラインIDが、これほど重要に感じた時期はないですね。
 弊社は昨年から「Oisixおうちレストラン」という、レストランの味を自宅で楽しむためのサービスをスタートさせました。
 売り上げが好調なのは、オンラインでお客様と直接コミュニケーションできる環境が弊社にあることに起因していると思います。
 お客様の声や反応をもとに、高速でPDCAを回しながらサービス改善を行ったことで、売り上げも上向いています。
秋田 ありがとうございます。井上さん、いかがでしょう。
井上 まさに今、二人の話を聞いていて感じたのは、環境がここまで変化して予測不能だと計画の立てようがないということですかね。なので、顧客データを活用した試行錯誤の前提として、「状況の変化にクイックに対応できる組織」であることが重要だと思いました。
 私が今年すごいなと思ったのはユニクロです。私はユニクロのLINEを購読しているのですが、ユニクロは、コロナ禍でいち早く部屋着に注力し、LINEで顧客とコミュニケーションをとり、ECに誘導していました。
 環境の変化に応じて4P(Product:製品・Price:価格・Place:流通・Promotion:販売促進)のすべてを素早く柔軟に組み替えられるのは素晴らしいと思います。

“運動神経”の良い企業になるには?

秋田 今はまさに中長期計画が立てにくい “VUCAの時代”と言われています。
 予測困難な中では、データを軸として状況に応じた判断をすることが重要なのだと、皆さんの発言を聞いて思いました。
 一方で、現在の状況下だからこそ気づけた経営・マーケティングの課題もあったと感じます。
井上 ちょっと上手く言葉にできないというか、言語化しにくいのですが、組織の運動神経が求められる時代なのかな、と思いました。
 例えば、野球のバッターの場合、「ボールがインコースに来た」ということを察知して、どうするかのアクションを決め、体に伝達します。
 それと同じように組織も、末端のセンサーが変化を感じ、それを脳の中枢が判断して、身体中の器官に伝えて行動に移す、この一連の流れがきれいだと、ユニクロのような柔軟性のある取り組みができるのではと思いました。
 山口さんにぜひお聞きしたいのですが、どうすれば“運動神経の良い企業”になれるのでしょうか?
山口 創業者が経営を担っている企業は、運動神経の良さが結果に表れていますね。変化に応じた判断をした後、自ら現場に手を突っ込んで変化を先導していく経営者がいる企業はコロナ禍でもすぐに回復した印象がありました。
奥谷 よくオイシックスでは“戦時と平時のマーケティング”という言葉を使うのですが、やはりベンチャーは緊急事態があったときに燃える。これは経営者のグリップ力と関係している気がします。
山口 確かに。創業期という戦時を戦い抜いてきた創業経営者がいる企業は、コロナ禍でも「今が私の活躍するときだ」と燃え、平時と違うことをやりきる胆力に満ちていました。戦時で日頃よりもモチベーションが上がった結果、数字を跳ね上げたところも多かったです。
秋田 欧米でも創業者が経営に携わっていると、そのDNAが隅々まで行き渡っている印象があります。
 ただ、すでに創業者がいない企業は、どのように運動神経を高め、PDCAを回せる組織になればいいでしょう?
山口 僕は2つあるかなと思っています。
 まず、今多くの企業がDXしようとしている前提に立てば、DX人材の問題があります。
 そこまで多く経験者がいるわけではないため、新たに採用するDX人材の中には素人同然の社員もいる。そういった社員をいかに即戦力として育てるか、組織の育成能力が問われているのが1つ。
 もう1つは社員になるべく事業の一部でも数値責任を負わせて、それを前提にプロセスではなく結果を良くする方向でコミットメントを持ってもらうようにコミュニケーションをしていくことです。
 この2つが回っていると、運動神経の良い個々人が活発に動ける。自分のフィールドで自由に動ける人が育っていくようになるのだと思います。そのためには、ちゃんと任せる領域を区切ってあげるという適切な業務と権限の設計も必要。
 言葉は物騒ですけど、平時からあえて戦時に近い環境を作り、そこに人を放り込んで当事者意識を育てていくことが大切です。

リアルとデジタルで複合的に顧客とつながり続ける

秋田 さて、ここから後半のテーマに移っていきたいと思います。日本のワクチン接種率も74%を超えてきています(2021年11月9日時点)。ウィズコロナ、アフターコロナを見据えて、今後どういったマーケティング施策が必要になってくるか議論したいと思います。
山口 冒頭でブランドロイヤルティを意識する企業の回復が早かったとお伝えしましたが、マーケットで競争に勝ち残るためには何かしらのビジョンや目的・価値が顧客へ伝わることが重要だと思います。
 特に、近年ではデジタルテクノロジーによって企業レベルが底上げされましたが、一方でテクノロジーはコモディティ化していく恐れもあります。
 また、デジタルマーケティングにおけるパフォーマンスを追求していくとCPA(獲得単価)やLTV(顧客生涯価値)の数値が行き詰まることもあるでしょう。
 そうなると、リアルとデジタルを複合的に使っていく必要が出てくるように感じます。リアルで良い印象を与えていれば、ブランドパーセプションが良くなり、それがデジタルでのコンバージョン改善にも繋がっていきます。
秋田 ありがとうございます。リアルな顧客接点とデジタルの複合技をどう増やしていくかですね。では続きまして、井上さんいかがでしょうか。
井上 そうですね。いろいろあると思いますが、私は、変化を感じ、判断して、行動に移すという一連の流れの出発点になる「感じ取る能力」が求められていると思います。
 例えば、今は手の消毒が生活におけるノーマルになっていますが、もしかしたら今後の研究次第で消毒自体が重要ではないという結論に至るかもしれない。
 現場がそうした変化にいち早く気づき、経営層にインプットするためのセンサーが常に求められます。むしろその機能が狂うと致命傷になりかねません。
 意思決定に至らなくとも、そうした敏感なセンサーのもたらす情報をもとに、一度議論を重ねているだけで違うはず。また、理想的には顧客の変化を最も感じやすい現場が“第二の脳”として自律的に判断して動けるような仕組み・制度を作っていくのが1つの解だと考えています。
奥谷 2人にかなり言われてしまいましたが、山口さんのおっしゃるように、今後はデジタルを活用しながら、リアルも楽しむようなマーケットへと変化していくと思います。
 そのときにマーケターは「リアルに人が戻ってよかったね」と安心するのではなく、リアルとデジタル、両者を継続して体験してもらうための施策を考える必要があると思います。
 私はよく「エンゲージメントする理由を3回考えてほしい」と言うのですが、製品・サービスがもたらす機能、体験価値が生まれたところで足を止めるべきではありません。これらの体験を通じて、さらに顧客に繋がり続けたいと思ってもらうためにどうすれば良いかを考えなくてはならない。
 そのためにリアルとネットの両方で顧客と繋がり続ける理由を考え、NRS(ネットリテンションスコア、売上継続率)を高め続けることが重要だと思います。

顧客体験に「ノイズ」は必要か?

秋田 続いてお伺いしたいのが、2022年以降に「顧客体験の創造」にどんな変化が起きてくるか。皆さん、いかがでしょうか?
奥谷 アフターコロナで一度はリアルに回帰すると思いますが、デジタルの可能性はさらに広がっていくでしょう。
 購買体験もどこからでもできるようになりましたし、海外のカンファレンスではメタバース(仮想空間)の話も頻繁に出てきます。
 今はリアルの店舗の体験をそのままネットで展開すると不評を買います。例えば、デジタルにおける買い物で、店舗のようにまずはバーチャルの階段があって…なんていうプロセスが必要ですかね? ネットはネットらしい合理的な購買体験が求められる。
 でも、もしかしたらメタバースに慣れてきたら、自然なネットとリアルが融合した購買体験が生まれるのかもしれない。
 メタバースの中で、僕らは新しい身体性を獲得しているかもしれないし、デジタルだから感情を刺激されないということではなく、デジタルならではの感受性というものがあり得るのではないでしょうか。
井上 デジタルとリアルの世界の違いにノイズの多寡があると思います。リアルの世界にはノイズが多く、そのノイズが体験を邪魔することもありますよね。一方、ノイズがあったからこそ新たな発想が生まれることもあります。
 ノイズレスな空間で起こる顧客体験は便利で安全な一方、失われるものもあるのでは、と思いました。
山口 例えば、Zoomと対面では伝わるニュアンスが違います。弊社のBtoB企業のコンサルティング案件で、クライアントの取引先のお客様にインタビューを行うときなどは、BtoBは購買理由として、言語で説明できる合理性の比重が高いのでZoomでも対応できます。
 でも、BtoC企業のコンサルティングで、化粧品や水を売りたいときのインタビュー調査では、コンセプトやパッケージの案に対する表情などの非言語のニュアンスで読み取らないと判断を誤ります。
 合理性の高いテーマであればデジタルに合っていて、ニュアンスが大事なテーマは対面、という分け方はポイントになるのではと思いました。
 一方で、マーケティング業界で生き残っている人って、キャラクターが強いじゃないですか(笑)。そのアクの強さも一種のノイズと言えますよね。
 合理性の世界の中では不要なノイズこそが「この人と仕事をしてみたい」と愛される個性になるかもしれない。
奥谷 今、リアルの現場にもノイズレスが生まれつつありますよね。商品が並んでいて、接客もしてもらえるのに「あとはネットで買ってください」というお店もある。
井上 自動レジやAIレジもノイズレスな店舗の一例ですよね。デジタルの顧客体験は合理化が行き着くところまで来てしまった感覚はあります。
 これからデジタルの顧客体験でイノベーションが起きるとしたら、ノイズオンで非合理な体験が鍵になるかもしれませんね。
 水は重いからデジタルで買ったほうが合理的だけど、それでもスーパーに行くのって楽しいじゃないですか。スーパーで買い物した思い出はあっても、ECで買い物した思い出ってなかなかない。「思い出に残るような買い物体験」をオンラインで試みるような動きがあれば面白そうです。

賢者が選んだ2022年のマーケティングの重要キーワード

秋田 最後に、2022年以降のマーケティング戦略において重要なキーワードをお聞かせください。
山口 「戦略を実行する体制にリソースを投資する」というのが僕の答えです。だから「全メンバーのマーケティング能力底上げ」をキーワードに選びました。
 マーケティングの知識は井上さんがおっしゃっていた「実行力のある組織」に変わるための一番の基礎。職種に関わらずマーケティングの能力を身につけることで、会社の戦闘力が上がると思います。
 特にこの1年の戦時では「戦略が良かったから勝った会社」というのはほとんどなく、むしろ変化の実行力があった会社に軍配が上がりました。
 コロナ禍に限らず、日々変化が起こるからこそ、組織としてマーケティングへの意識と能力に投資し、人を育成していかなければなりません。
井上 僕は「敏感肌」という言葉にしました。デジタルの顧客体験をめぐる今現在の状況はまさに「イノベーションのジレンマ」状態で、お客様の期待値を超えたところで企業は合理性をめぐる競争をしてしまっているのだと思います。
 だからこそ、むしろ非合理でノイズオンの顧客体験を追求することで、破壊的イノベーションを起こせるのではないかと感じました。
 そんななか、意味のあるノイズとそうでないノイズを感じ分ける感性を磨き上げることが、今後の鍵になると思います。そのための「敏感肌」です。
 合理的な顧客体験は理性でつくることができますが、非合理ながら思い出に残る体験はそうではありません。明確な答えがなく恐縮ですが、それは感性の話であることは間違いないと思います。
奥谷 僕は近年でよく言われるようになった「Marketing with purpose」に「Engagement」を加え「[Engagement] Marketing with purpose」という言葉で締めくくろうと思います。
単に営利活動をこなし、そこそこ儲かっているだけでは新しい時代を生き残れなくなっています。
もう一度、自分たちのミッション、つまり「パーパス」を考えるべきです。
そのうえで「お客様と繋がりたい」という想いは忘れない。来年以降はその想いを尊重しながら、考え、実践していくことが戦略の鍵になるはずです。