医療イノベーション

医師免許に忍び寄る国際化の波

まだ100年前のまま、ガラパゴス化する医学部教育

2014/10/1
日本国内で最高峰のエリート職業の一つと言えば、医者だ。医学部へ入るため親子二人三脚で受験勉強を頑張った美談はよく、塾の宣伝の定番として使われている。もちろん、医師免許はその知名度に加えて、給料や結婚という面において、「ゴールドライセンス」として多くの人の羨望の眼差しを集めきた。だが、威光が遠くない将来、陰る可能性があったとしたら??

実は、教育・メディアと並んで「ガラパゴス」と言われていた医療業界に今、変革の波が静かに、そしてまた着実に押し寄せている。

焦眉の急とされているのが、国際競争力の向上だ。安倍首相は成長戦略スピーチにおいて、医療の国際的イノベーションを起こすことを明言。すでに“感度のいい”医師たちは動き始めている。筆者が住んでいるロンドンにも連日のように、年齢・性別に関わらず日本人医師が視察や留学、研究に頻繁に訪れる。

イギリスを訪れた医師たちは口をそろえて「国際化からの遅れは深刻な問題になるだろう」と懸念する。なぜこのような言葉が出るのか。今、日本の医療は国際化が進む世界の中で、どのような焦りがあるのだろうか。

この連載では、日本の医療の現場で起きている国際化の動きや、世界の最新医療トレンド、また国際的に活躍する医師のキャリアについて、医療関係者以外にも分かりやすく取り上げていこうと思う。

100年前のドイツの教育課程が続く日本

連載1回目は、医学部の教育改革だ。これから、子どもを医学部に通わせたい家庭や若い医師も無視できない話題だろう。

昨年、筆者が東京で会ったベテラン医師から「マスコミでは、よく医療特集を組んでいるが、誌面をにぎわすのは医学部受験や医療改革の部分で、その中間の大事な医学部教育についての発信がほとんどない。実はこの部分こそ日本の医学教育関係者の間で大きな話題になっているのに」と聞かされた。今、日本の医学部教育の変革が急ピッチで強いられているのだ。

現在、日本にある医学部の数は80。いずれも一学年100人程度の少人数教育を6年間行っている。この6年制という制度は第二次世界大戦後に連合国の占領下で定められた制度であり、それまで4年制だった。一方、肝心の教育内容そのものに目を向けると、実は、日本の医学教育は戦前から、ほとんど変わってきていないという。

「カルテ」や「ガーゼ」といった医療用語がドイツ語由来であるように、日本の近代医学教育は1870年代のドイツをモデルに始まった。しかし、教育期間は増えても、戦前のドイツから学んだ形式は変わらず、知識詰め込み型を取り続けている。

その典型が現在の医学部カリキュラム。1年目に教養を学び、2 、3年で基礎医学、4年生からようやく臨床医学や解剖、病理などの実習が始まるも、依然として座学講義の時間が多い。5年生で臨床実習をし、6年生の4か月に選択実習(大学病院で実習を行っても学外の医療施設で行ってもよい)が始まったとしても、しばらくすると国家試験が待ち受ける。6年生の後半は学生同士がグループ学習を行い医師国家試験に備えて勉強に励むのが一般的だ。

しかし「この形式だと問題がいくつかある。まず、最初に教養科目があるので、医師としてプロフェッショナリズムを十分に涵養できない。また、講義に重点が置かれ、評価はペーパー試験であるため、学生は知識の詰め込みに終始する。さらに、臨床実習の期間が短く見学型実習が中心なので、詰め込み知識が“使える知識”にならない」と、東京慈恵会医科大学放射線医学講座の福田国彦教授は指摘する。

どうやら、医学の分野もご多分に漏れず、座学中心の知識詰め込みスタイルが問題となっているようだ。 「医学教育の先輩から伝え聞いた話では、1990年代にドイツの医学教育関係者が来日した時に、『我々は驚いた、今のドイツにない、100年前のドイツがここにある』と言ったそうだ」と、東京慈恵会医科大学の教育センター長であり、日本医学教育学会副理事長も勤める福島統教授は吐露する。

欧米レベルの医学部は数えるほど

一方、ドイツを筆頭に欧米諸国は大きく変わった。実践的な臨床実習を増やし、平行して知識を習得させることで、「自ら問題を発見・解決できる医師」を育てることに主眼をおく教育にシフトした。

例えば、米国では医師免許を取る時、カリフォルニア州では免許事務所で登録する際に、卒前教育として72週の臨床実習が当たり前のように要求される。「72週というのは、臨床に2年以上を費やすことになる。しかし、日本で今72週を超える臨床実習をしているのは数えるほどしかない」(福島教授)。「2013年医学教育カリキュラムの現状」では東大、筑波、自治医大などが70週を超える実習時間を設けている一方で、50週に満たない医学部が多々あり、世界基準からはかけ離れているのが現状だ。

「どの国の医学教育も、変化していく中で日本の医学教育は変わらなかった。実は私の祖父は大正3年の長崎医専の卒業、父は昭和22年の千葉医大の卒業、そして私は昭和56年の慈恵医大の卒業だが、父から昔聞いたところでは、私が習った医学教育のカリキュラムと父や祖父のカリキュラムには大きな違いはなかったという」(福島教授)。

はっきり言えるのは、医学部教育は、「ガラパゴス化」しているということだ。しかし、ITの発達によって医療情報が国を超えて共有されるようになる中、日本も国際競争力のある医師や医療の質を保つには、医学教育の国際基準による外部評価の必要性が叫ばれるようになった。

そんな中、日本の医学教育の基準が世界の基準を満たしていないことで新たな問題が生じてきている。それが「2023年問題」だ。実はこの問題、一般にはまったくと言っていいほど知られていないが、すでに医療関係者の中では問題視されている。次回はこの問題について詳しくとりあげていこう。