2021/11/1
【熱視線】イノベーションの源、オープンソースに大企業も注目するワケ
NewsPicks Brand Design Senior Editor
オープンソースという言葉をご存じだろうか。
その定義はこうだ。
・オープンソースとは、ソフトウェアを構成するプログラムの設計図「ソースコード」が、無償で一般公開されたソフトウェア、ならびにその開発手法
・商用、非商用の目的を問わず、利用・修正・頒布することができる
・ライセンス条件が付与されており、条件に従えば、著作者の許可を取らなくても利用できる(クレジット表記をする、派生物も同じ条件が適用される等の条件がある)
多くの人は、こう聞くと、オープンソースとはソフトウェア開発におけるひとつの選択肢であり、自身とはあまり関係ない話であると捉えるかもしれない。
しかし、もはやオープンソースはソフトウェアの領域を飛び出し、大きな社会運動となりカルチャーとなり、その影響力を拡大している。
その潮流を遡ると、数々の変革がオープンソースから生まれた。
そう今、オープンソースが世界のイノベーションの源泉となっているのだ。
たとえば、スマホOSの世界シェア1位を誇るAndroidも、Googleが進めるオープンソースプロジェクトのひとつ。このように私たちの身近なところにも、オープンソースによって進化を続けるプロダクトがある。
非エンジニアも知っておきたい、オープンソースの本質的な価値とは何か。グローバルでオープンソース活用をリードしてきたレッドハットの岡下浩明氏と、シビックテックで社会課題解決に挑むCode for Japan関治之氏とともに、その可能性を探る。
“爆速開発”されたコロナ対策サイトの裏側
岡下 関さんたちがオープンソースで手掛けた東京都の「新型コロナウイルス感染症対策サイト」が、わかりやすいと話題になりました。まず、このお話から聞かせていただけますか。
関 実は、あのサイトは最初のバージョンを、1日半で立ち上げたんです。
関氏が代表を務めるCode for Japanは東京都からの委託を受け、「新型コロナウイルス感染症対策サイト」を2020年3月に公開。シンプルなデザインと使いやすさが評判を呼んだ
なぜ、そんなことができたかと言うと、我々Code for Japanでは、テクノロジーの力で社会課題に貢献しようと、以前からコミュニティ内でさまざまなプロジェクトを進めてきたから。
たとえば、震災が起きたときに被害状況を地図上にマッピングし印刷できるソフトウェアを作って、避難所に貼れるようにしようとか。
何かが起きるたびにアドホックに集まって、「最短距離で価値を出すにはどうすべきか」を議論してきました。
コロナのときも、仲間から自然と声が上がり、感染状況がひと目でわかる仕組みを作ろうと、都から委託を受ける前から動き出していた。
何千人もの仲間の中から、技術とアイデアと意欲のあるメンバーがパッと集まってチームを作れたのは、オープンソースならではですね。
岡下 そして、サイトのソースコードを公開したことで、全国約80の自治体にまですばやく広がっていった。
もし同様のサイト構築を業者に依頼し、あれだけの範囲で人を動かすとなると、莫大な予算が必要ですし、各自治体が要件定義に割く時間も加えると、とんでもない時間と工数がかかったでしょう。
オープンであることを武器に、時代が求めるスピード感、アジリティ(機敏さ)を実現した象徴的なプロジェクトだと感じます。
意見を交わし改善を続ける先に変革がある
関 オープンソースの思想の背景には、「多くの人に使われることで、どんどん良いものになっていく」という考え方がありますよね。
東京都のコロナ対策サイトも、GitHubを通じて広く改善提案を受け入れることで公開後も幾度も修正を重ねながら進化を続けています。台湾のオードリー・タンさんからも、プルリクエスト(修正提案)が寄せられましたが、どこにいても誰でも参加できるのがオープンソースの特徴です。
そもそも技術者たちは、儲かることとは別の軸で「自分の技術で世の中の役に立ちたい」というマインドが強い。
みんなで改変、改良し合って、いい社会づくりにつながれば自分にとっても得になる。それが、自然な考え方なのだと思います。
岡下 オープンソースは、インターネット文化と一緒に育ってきた背景もあります。
ネットで自分の考えを共有すると賛否両論が巻き起こるように、ソフトウェアがオープンソース化されると「こんな機能をつけてみよう」「こうした方が便利だ」とさまざまなアイデアが取り入れられていく。
特定企業の権利としてソースコードを非公開にし、自社の思想に合った者だけが開発に取り組む現場ではまったく想像もできなかったような新しいアイデアが次々と生まれる、それがオープンソースの世界。
我々が、オープンソースが「イノベーションの源泉」だと考える理由はここにあります。
そして、最も重要なのは、ひとつのコードに対してさまざまな意見を交え改善を重ねる中で、自然に「コミュニティ」と「コミュニティ文化」が生まれていくこと。
多様な意見を取り込みながら、継続的に成長していくコミュニティには、あらゆる可能性が詰まっています。
さまざまな考えがぶつかることで、思いもよらなかったアイデアが生まれる。この創発性の先に、変革というイノベーションの可能性がある。
レッドハットの歩みはコミュニティとともに
関 まさにコミュニティは、オープンソースの価値ですね。Code for Japanの活動も、社会を変えたいという思いを持った方たちが集うからこそ可能になっている。
岡下 我々レッドハットでも、グローバルで約2万人の従業員のうち、半数以上を占めるエンジニアのほとんどが、なんらかのかたちでオープンソースのコミュニティに参加しています。
エンジニアの多くが自社の製品開発ではなく、オープンソースでソフトウェア開発を進めるコミュニティに業務時間の大半を費やしますが、そこにレッドハットの思想が入る余地は微塵もありません。
コミュニティでは、最も優れたアイデアのみがソフトウェアとして実現され、それを叶えた人の活動が評価される。
そして、レッドハットはコミュニティで開発されたソフトウェアを安心して利用できる使いやすいソフトウェアとして組み立て、徹底的な品質改善を施し、企業に提供しています。
さらに、そのソフトウェアを使っていただいた企業から上がってくる使い勝手や不具合に対する声を受け止め、コミュニティにソースコードとして還元。
つまり、レッドハットはコミュニティとユーザー企業の間の、潤滑油的な役割を担っているのです。
こうお話しすると、ソフトウェアのソースコードを「無償で公開」することは、企業の収益性と相反するのでは、と考える方もいますが、その心配はありません。
ITがビジネスを先導する近年、企業は先進的で新しいアイデアが詰まったソフトウェアを使いたいと考えています。 一方で、オープンソースから生まれるソフトウェアには革新的な機能が多数あるものの、企業が使う際にはさまざまな課題にぶつかります。
この問題を解決するのが、レッドハットです。
たとえば、レッドハットの主力製品のひとつ、「Red Hat Enterprise Linux」は法人向けLinuxディストリビューション。そのビジネスモデルは、ソフトウェアライセンス費用は無料とし、代わりにソフトウェアの更新や保守サポート、オープンソースを安全に利用できる権利を支援するさまざまなサービスをサブスクリプション(購読契約)で提供するものです。
近年、“サブスク”は一般的な用語になりましたが、レッドハットはライセンス販売が一般的だったソフトウェア業界において、2000年前半から先駆けてこのビジネスモデルを採用しています。
関 僕も商用サービスでレッドハットさんのOSを活用してきましたが、オープンソースのいいところは、用途に応じてどこまでコマーシャルな(商用に即した)パッケージを頼むか自分で決められるところですよね。
セキュリティ面や商用サービスで重要なシステムとして使うときにはサポートを活用した方が問題解決は早いですし、最終的には自分で直すこともできる。社内のノウハウ蓄積にもつながります。
岡下 そうですね。実は最近、AIやビッグデータ分析の最新技術が、オープンソースコミュニティから生まれる傾向が強いんです。
多様性のある環境で新しいアイデアを活発に議論しているコミュニティから生まれるソフトウェアと、特定企業の狭いR&Dの発想から生まれるソフトウェア、どちらが優れているかといえば当然、前者でしょう。
このような背景から、オープンソースソフトウェアを使いたいという企業が年々増えているのです。
自律的に進化する組織文化のカギとは
岡下 オープンソースのコミュニティに宿る、組織文化も重要なポイントです。
参加する人は常に平等で、熱い情熱のもとボトムアップで自律的に進化していく。
たとえば「代表の関さんがこう言ったからやる」のではなく、もし今日参加したばかりのメンバーであっても、「彼がとても良いアイデアを持っており、そのアイデアがコミュニティのメンバーから強い賛同を得る」ことができれば、組織はそれを目指して進んでいく。
ここには、従来の会社経営とはまったく異なる意思決定の流れがあります。
このオープンソースのコミュニティ文化が、レッドハットの企業文化のDNAになっています。
我々は、自由・勇気・義務・責任という4つの理念を掲げています。
重要なのは、この4つの理念は常に平等で同じくらい大切な価値観であるため、それぞれのバランスを絶妙に取らなければならない点です。
そこで重要なのが「リーダー」の存在です。
リーダーといっても、組織のトップだけを指すものではありません。小さなプロジェクトを遂行する、チームで何かを実現する、仕事のほとんどが人との関わりで成立することを考えると、すべての人がリーダーになる権利を持ちます。
この4つの理念のバランスをいかにして取るか、リーダーの手腕が問われるのです。
関 図の中にある「責任のない自由は、カオスである」は、まさにそうですね。
Code for Japanではいろんな人がいろんなかたちのリーダーシップを発揮していますが、ビジョンがしっかりしていないと、合意形成がうまくいかずにプロジェクトが頓挫してしまうことも。レッドハットでは、どう進めているのか非常に興味があります。
岡下 レッドハットでは、すべての社員がこの4つの理念のバランスを取れるよう、5つの行動指針「オープンソースウェイ」を掲げています。
たとえば、関さんたちがコロナ対策サイトを1日半で作ったことにも共通しますが、まずはできるだけ早くリリースし、そこから改善を繰り返し成長していくこと。
次に、リーダーがなんらかの意思決定をしたときは、その理由をオープンに利害関係者に伝えること。メンバー全員での議論は大切ですが、満場一致を待っていては時間がかかってしまうため、勇気を持って意思決定する場面も必要です。
そのためには、徹底的なコラボレーションが大切です。すべてのメンバーがお互いを尊重しあいながら自分の意見を言える場を作ることがリーダーには求められます。
そして、その際に最も大切なのが「Meritocracy」です。日本語では“実力主義”という訳になるため、少し違和感があるのですが、たとえば「Democracy(民主主義)」を多数決と考えた場合、“少数ではあるが最も良い意見”が採択されない事態が発生することがあります。
オープンソースのコミュニティ文化で、重視されるのはDemocracyでなくMeritocracyです。
誰が言ったかではなく、何を言ったか。採択されるのは、最も良い意見。そのために徹底的な議論・コラボレーションで新しいアイデアを創発する。限られた時間ですばやく判断するためには、リーダーの強い信念のもと、透明性をもった理由のもとで決断を下す。
ただし、それは完全な解決策ではないため、決断後も継続的に改善して、組織自身を成長させていく。そのために、常にオープンなコミュニティに積極的に参加する。
この5つが、我々が考える組織やチームを自律的に進化させるための規律であり、オープンソースコミュニティが培ってきた原則でもあるのです。
「参加すること」が変革への第一歩
関 この考え方は、そのままCode for Japanの「ともに考え、ともにつくる。」のミッションにも結びつきますね。
Code for Japanがやりたいことは「シビックテック」で、市民が主体性を持ちながら行政と一緒に社会課題を解決していくことです。
そこで忘れてはいけないのは“ともにつくる”こと。
市民に参加する意識がないと公共サービスに対して「税金を払っているんだから当たり前」と受け身の姿勢になってしまいます。
市民が主体に回るためには考える場が必要ですし、考えるための情報がなければいけません。
さらに言えば、ともに手を動かす協業の機会がないと、なかなか一体感は生まれません。このオープンソースウェイの考え方があれば、住民が関わりやすい参加型の民主主義ができると感じます。
岡下 おっしゃるとおりですね。オープンソースに対し、「無償であることに価値がある」と捉える方が少なくありませんが、わたしの考えはまったく異なります。
オープンソースの真の価値は、コミュニティに「参加すること」。これにつきます。
情熱とともに体験すること。目的を持って参加すること。そこでアイデアが共有され、徹底的な議論が交わされる中で創発的なアイデアが生まれていく。つまり、「共創」です。
この創発的なアイデアが、革新的なイノベーションを生み出していく。そして、繰り返される学習が、組織の創造性を高め、より強くしていきます。
関 フィードバックサイクルを回し、「学習の成果を場に戻す」というのは、オープンソースの重要な考えのひとつですよね。
ベースを作って、使ってみて、うまくいかなかったところを直す。その積み重ねによって、社会で共有できる知恵がどんどん溜まっていきます。
Code for Japanがやっているのは、その共有財産づくりだと考えています。
僕自身、36歳の時に東日本大震災が起こり、たまたまオープンソースコミュニティの仲間とサイトを立ち上げたおかげで、自分が貢献できる領域を見つけました。
隙間時間で少しずつ活動していたら、今のような大きなコミュニティにつながっていった。その時々の決断は、決してすごいことをやろうと思って動いていたわけではありません。
今の自分よりちょっと成長できそうなことをやってみるだけでいいし、やり方も人それぞれ。
会社を辞めなくても生活を変えなくても活動できる機会はあるので、この記事を読んで、「ちょっとやってみよう」とコミュニティに参加していただけるとうれしいですね。
岡下 まさにオープンソースのコミュニティは、参加してなんぼの世界です。
参加せずに周りから見ていても何も起こらないし、何も変えられません。
このままでいたいというカンファタブルゾーンを抜け出し、行動を起こしてこそ変革が起こせる。
世界を変えるための第一歩は、参加から始まる。
行動を起こせば、必ず変化が起きる。そして、その変化を相乗効果で大きく育てていく仲間がコミュニティには存在します。
わたしは、オープンソースの世界に入ってまだ15年です。しかし、最近の日本のオープンソースのコミュニティは正しく成長しているのだとワクワクしています。
今回、関さんがリードするCode for Japanの「ともに考え、ともにつくる。」というミッションを知ってとても感激し、強い共感も覚えました。
オープンソースのコミュニティ文化をDNAに持つレッドハットには、チャレンジできる環境があります。もちろんチャレンジには責任が伴いますが、すばらしいリーダーがいる組織では、その挑戦が支援されます。そして、すべての人に、この文化を牽引するリーダーになるチャンスがあります。
オープンソースのコミュニティ文化の普及とともに、 これからも良い日本の企業文化を作るため我々ももっと貢献できればと思っています。
執筆:田中瑠子
写真:竹井俊晴
デザイン:小谷玖実
編集:樫本倫子