2021/10/22

【入門】アドビに学べ。「顧客体験」を実践する4つのヒント

NewsPicks Brand Design Editor
 2020年代のキーワードとして語られることが多くなったCX(Customer Experience)、つまり顧客体験。「顧客体験が大事」と言われれば当たり前のことのようにも感じるが、結局のところCXとは何をすることなのか?

 CXM(Customer Experience Management: 顧客体験管理)基盤を提供するアドビ株式会社の代表 神谷知信氏へのインタビューと国内外の最新事例から、CXの現状と展望をひもとく。
INDEX
  • 【1】「CX」時代の背景を理解しよう
  • 【2】「CX」を事例から学ぼう
  • 【3】優れた「CX」はどのように生まれる?
  • 【4】「CX」の国内最大級のカンファレンスに参加する

【1】「CX」時代の背景を理解しよう

 なぜ、今さら顧客体験なのか? 顧客体験の向上と言われると「お客さま第一」「顧客中心主義」の観念的な話にも思えるが、今日のCXという言葉は「※デジタルで」というただし書きのニュアンスを含む。
 テクノロジーとデータを駆使して、デジタルの接点における顧客体験を向上させる。それがトレンドワードとして語られるCXがおおまかに意味するところだ。
 そして、その背景には世界中で起こるDX(Digital Transformation)の潮流がある。
神谷「2021年4月に代表に就任してから約半年間。さまざまな経営層の方々とお話しする中で感じるのは、DXという言葉が当たり前のように使われるようになったということです。
 逆にITという言葉はあまり聞かなくなった。なぜITではなく、DXになったのか。それは、デジタルがコスト削減や効率化のためだけの道具ではなくなり、事業の核として不可欠になってきたからです。
 新型コロナの影響で外出が制限されて、物理的に顧客体験を提供することが難しくなりました。店舗を訪れた人に対して、商品を並べて、販促するという時代ではなくなってしまったのです。
 これまで日本では流通を介さずにメーカーが直販することがタブーとされることもありました。でも、もうそんなことは言っていられません。デジタルを活用してメーカーが直接、価値を届ける時代になったのです。
 また、コロナ禍において生活者がソーシャルメディアに触れる時間も大幅に増えました。デジタルにおける顧客体験は瞬く間に評価され、拡散されるようになったのです」
 コロナ禍により、デジタルを介したメーカーとユーザーの接点が新たに生まれた。
 ブランドとの接点が購買の前からアフターケアに至るまで、メーカーのコントロールのもと、データで把握できるようになった。
 これにより、本格的なCX時代がはじまっている。
神谷「お客さまが商品を購入して、またその後にリピートする。これには顧客体験の良し悪しが大きく影響します。
 検討段階での魅力的な見せ方。商品が広告の訴求メッセージと乖離していないこと。購入後のアフターケアで高い顧客満足度を維持すること。
 顧客体験においては購入前だけではなく、購入後のアプローチも重要です。メーカーが顧客体験の最初から最後まできちんとフォローしなければなりません。つまり、CXM(顧客体験管理)の重要性は増す一方です」
 CXM基盤「Adobe Experience Cloud」を提供するアドビはForrester社に依頼し、顧客体験を重視している企業とそうでない企業を分析した。
 その結果、CXを重視している企業は、そうでない企業の1.7倍の速さで収益を伸ばし、顧客のLTV(ライフタイムバリュー)は2.3倍になることがわかった。
 今やCXへの投資は企業の明暗をわける喫緊の課題となっている。

【2】「CX」を事例から学ぼう

 では、CXへの投資とは具体的に何をすれば良いのか?「Experience Maker」が鍵になる、とアドビは唱える。
 アドビでは、顧客を第一に考え、より良い顧客体験を設計/実行する人々を「Experience Maker」と呼び、先進的な顧客体験を提供する取り組みを行う個人や企業を定期的に表彰している。
 そして世界がパンデミックで大きな変化の波に直面することになった昨年からは「Experience Makers Live」というイベントをグローバルで開催し、各国の「Experience Maker」たちの取り組みを世界中に発信している。
 本記事ではそんな「Experience Maker」たちの2つの先進事例を取り上げて紹介する。
【海外事例】「BOSE」のバーチャル・デモによる没入体験の創出
 オーディオメーカーの「BOSE」は、アドビ主催の「2021 Experience Maker Awards」においてアーキテクト部門とチーム部門を受賞した。
「BOSE」は2020年のコロナ禍において、世界中のリアル店舗を閉鎖して、デジタルを中心に小売りを変革していくことを決断。店舗での体験ができなくなったことで、それをデジタルで代替するCX開発の必要があった。
 また、「BOSE」は同じ時期にオーディオ機能を搭載したサングラスのリリースを準備していた。リアルでの試着ができない中でどう販売をするのか?
 同社は店舗での試着に代わる新たな顧客体験の創出のために、「顧客心理のテスト/学習」「アジャイル」「テクノロジー」の3つのアプローチで、顧客インサイトに辿り着こうと試みた。
 その中で大きな選択肢になったのが、既製のバーチャルフィッティングシステムを利用するか、もしくは自社開発を行うか。Adobe Experience Cloudを用いて、テストを重ねながら慎重に検討した結果、最終的に自社開発のプロダクトを選択。
 「BOSE」はオンラインでサングラスのフレームやレンズを自由に変更できるバーチャルフィッティングを構築した。
 顧客インサイトを探りながら開発したバーチャルフィッティングシステムはサイトのエンゲージメントを55%向上させ、52%のコンバージョン上昇に寄与。サイト訪問者の10%以上がバーチャルフィッティングを利用しているという。
 「BOSE」は同プロダクトを「Powered by BOSE」として、自社サイト以外の通販サイトで展開することも検討している。
【国内事例】カシオが目指す「ユーザー中心のバリューチェーン」
 「2021 Adobe Experience Maker Awards」において「The Experience Maker Team of the Year」を受賞したカシオ計算機。同社は「優れた製品を届ける」メーカーから「優れた体験を提供し続ける」メーカーへ変革を遂げようとしている。
 「Webサイトの訪問状況」「店舗の訪問状況」「ECサイトでの購買行動」「サポートの利用状況」など、製品の購入前から購入後までのさまざまな顧客との接点から取得したデータを統合して管理。
 部門や施策ごとに管理されていたユーザーデータを統合することで、ユーザー像をより鮮明化して、理解を深めることを目指す。
 これにより、同社はユーザーの嗜好性、購入意向、ブランドへのロイヤルティに合わせて適切なタイミングに適切な情報発信やサービス提供を行えるようにした。
 例えば、ユーザーデータを店舗と連携し、オフラインとオンラインを融合した買い物体験や最適な接客も可能になる。また、購入後のユーザーに適切なロイヤルティプログラムも実施することもできる。
 つまり、パーソナライズされた顧客体験を一貫して提供することができるのだ。
 これらのOne to Oneのマーケティングを可能にするのが、同社が構築したユーザーコミュニケーションプラットフォーム及びデータプラットフォームだ。
 その裏側ではAdobe Analyticsによるエクスペリエンス単位でのデータ収集や、Adobe Experience Managerによるコンテンツ管理やAdobe Targetによるパーソナライゼーションなど、Adobe Experience Cloudのさまざまな機能が利用されている。
 カシオ計算機は今後、営業/マーケティング領域にとどまらず生産管理や商品開発など、バリューチェーン全体をユーザー中心に構築することを目指している。

【3】優れた「CX」はどのように生まれる?

「BOSE」は特定のタッチポイントにおける顧客体験をリアル店舗に劣らないレベルに磨き上げ、カシオ計算機はすべてのタッチポイントにおける顧客体験を全社レベルで統合的に管理しようとした。
 では、優れた「CX」に共通するものとは何か?
 神谷氏は顧客体験管理のキーワードとして「パーソナライズ」「一貫したコミュニケーション」を挙げる。
神谷「私のチームのメンバーの話ですが、とあるサービスを利用しているときに、ヘビーユーザーであるにも関わらず、初回無料キャンペーンの情報が送られてきたことがありました。
 そんなものだろう、と思われるかもしれません。
 しかし、こうした小さな体験の一つひとつがブランドと顧客との関係を毀損している可能性があります。
 ユーザーごとにパーソナライズされた体験を提供すること。顧客を深く理解して、最適なタイミングに適切な情報を発信することが大切です。
 ユーザーのすべての体験を調和させることが、顧客体験管理の役割だと言えます。
 そのためには、何百万という顧客を抱えるエンタープライズ企業のユーザーデータを一元的に管理する必要があるでしょう。
 部署ごとにユーザーデータを管理していると、例えば購入経験のあるユーザーにそれを知らずに他部署が連絡してしまうなどのリスクもあります。部署にとっては別のユーザーでも、お客さまにとっては自分という人間は1人です。
 ブランドとユーザーの関係を最初から最後まで一貫したコミュニケーションで設計していくことが求められているのです」
 CXM基盤「Adobe Experience Cloud」を提供するアドビだが、アドビ自身が顧客体験を軸にDXに成功した企業の1つでもある。
 パッケージソフトウェアだったクリエイティブツールを2012年にクラウドベースのサブスクリプション型へと移行。2015年にはAdobe Acrobatも「Adobe Document Cloud」としてサブスクリプション化した。
 日本におけるサブスクリプション化を推進した神谷氏は「サブスクリプションビジネスにはCXMが重要だ」と語る。
神谷「サブスクリプションに移行して徐々にユーザーが増えていくわけですが、ご購入後の課題はユーザーごとにまったく異なります。
 ダウンロードの方法がわからないという方もいれば、最新の機能について知りたいという方もいる。
 既存のユーザーのみなさんとどのようにエンゲージメントを深めていけば良いか。長年取り組んだ結果たどり着いたのが、最適なコンテンツを最適なタイミングで提供すると、顧客満足度が上がり、サブスクリプションを継続いただけるということなのです。
 私たちアドビにとっても、まさにCXMは事業の要なのだと思います」

【4】「CX」の国内最大級のカンファレンスに参加する

 デジタルを中心にした顧客体験への本格的な取り組みが、すでに多くの企業ではじまっている。
 アドビとNewsPicksが共催する「Experience Makers Live 2021」では、「CX」の実践者が多数登壇予定。
 有識者によるキーセッションのほか、国内実践企業10社によるプレゼンテーションなど、顧客体験の未来が凝縮されたオンラインイベントだ。
 アドビのバイスプレジデントの秋田夏実氏は同イベントに次のように期待を寄せる。
秋田「我々アドビもCXMの実践に日々取り組んでおりますが、お客さまの体験をより良いものにしていくチャレンジに終わりはありません。
 今回、魅力的なThought Leaderの方々に加え、さまざまな業界の10人のExperience Makersの皆さまから、CXMのベストケースについてそれぞれの視点からお話しいただきます。これからの顧客体験/マーケティングを考えていく上での、多様な示唆に溢れたイベントになると確信しております。
 皆さまの今後のお取り組みにつながるヒントを見つけていただければと思いますので、ぜひご参加ください」