【野村忠宏×金沢景敏】アスリートの価値は「競技パフォーマンス」だけではない

2021/10/30
スポーツとビジネスに共通点は多い――。多くの人が感じていることではないだろうか。
昨年亡くなった野球界の名将・野村克也氏の著書や、元サッカー日本代表監督のイビチャ・オシム氏の本がロングセラーになっているのも、ビジネスパーソンに支持されているからだろう。元サッカー日本代表キャプテンの長谷部誠の『心を整える』は累計発行部数が150万部を越えた。
そんなスポーツとビジネスをつなぐ視点から「圧倒的な結果を出し続ける人」の共通項を見出したのが、柔道男子60kg級で前人未到の五輪三連覇を成し遂げた野村忠宏氏と、プルデンシャル生命保険のトップセールスとして伝説的な結果を残した金沢景敏氏である。
「圧倒的に結果を出す」ために何が必要なのか? NewsPicks NewSchool「超一流アスリート×伝説のトップセールス 〜圧倒的な結果を出す共通の思考法〜」のプロジェクト開始に先駆け、2人の対談をお届けする。

弱い自分を認める

金沢 個人的にいろんなトップアスリートと交流させていただいているんですが、「できない自分を認められる」ことも彼らに共通しているかなと。野村さんはどう思いますか?
野村 私もそう思います。
金沢 弱い自分を認められないとダメ。できていない自分を認められない人って、結果が出ないですよね。
野村 長い柔道人生、弱い自分と向き合うことの方が多かったです。特に自分の中でそれが見えたのが、シドニー五輪からアテネ五輪までの過程でした。シドニー五輪後に2年間休んで、競技に復帰したんですが、そこから全然勝てなかった。
一本負けしまくる私を見て、まわりからは「二連覇した時は凄かったのに惨めだな」「野村は終わった」と評され、現役復帰したことを後悔した時もあった。長い柔道人生の中で一番のドン底を味わい、人生で初めて円形脱毛症にもなりました。
野村 忠宏/柔道家・株式会社Nextend 代表取締役
柔道男子60kg級でアトランタオリンピック、シドニーオリンピック、アテネオリンピックで柔道史上初、また全競技を通じてアジア人初となるオリンピック3連覇を達成。2013年に弘前大学大学院で医学博士号を取得。2015年に40歳で現役引退後は国内外で柔道の普及活動を行い、スポーツキャスターやコメンテーターとしても活動する。
金沢 そこをどう乗り越えたんですか?
野村 最初は乗り越えようがなかった。世界一になる自分のつくり方は理解しているつもりだったし、勝負できる強さはある程度取り戻した感覚があるのに試合では勝てない。勝てない理由がわからない。すごく苦しんだ。そのとき最終的に気がついたのは、自分のプライドが自分を弱くしているんだと。
あるとき恩師から指摘されたんですよ。以前は試合で負けたら、号泣するか、鬼のように怒るか、とにかくすごい表情をしていたのに、今は笑っているよね、と。自分で映像を見返したら、苦笑いしていた。負けを誤魔化している自分がいたんです。
そのときこれじゃダメだなと思った。もう今はチャンピオンじゃない、実力が伴っていない見栄としてのプライドは全部捨てようと。本物の強さを取り戻すために、勝敗に拘らず、ガムシャラに自分の力を出し切るところから始めようと思いました。
ただし同時に、今まで歩んできた道と、これから三連覇を目指す自分に対しての誇りは失わないようにしようと思いました。
金沢 野村さんとはレベルが違うんですが、僕もTBS退社後に同じようなことを感じました。TBS時代は名刺を出せば誰もが会ってくれたし、編成のときはまわりがちやほやしてくれた。けれど保険の営業マンになった瞬間、人の態度が180度変わったんですよ。
TBSという光に照らされていただけで、自分は何者でもなかった。現実を受け入れるまでつらかったけど、自分は営業マンなんだと受け入れた瞬間、世界が変わりました。
だから自分で光を出せばいいと。人からとやかく言われて傷つくようなプライドは本当のプライドではない、と気づきました。
野村 そこで大事なのは、変わりたいという思いを持ち続けて、継続できるかですよね。人間って単純だから、心に響く映画を見たり、音楽を聴いたりしたら、よし頑張ろうってなるけど、それを保つのは簡単ではない。
金沢 僕はプルデンシャル生命保険の入社1年目、平日は会社に寝泊まりして国内トップになり、また2年目も会社で寝泊まりして未だに塗り替えられていない会社史上最高額のボーナスをもらったんですね。
でももう1年、僕は会社の床で寝ていました。一発屋と思われたくなかったんで。結果が出なかったら恥ずかしいから、もう1年やろうと。強制的に、甘えられない環境をつくった。
変化を持続させるには、ルーティンや強制力がカギだと思います。たとえば、僕はトレーニングをしない言い訳をするのが天才的だと自分でわかっているから、パーソナルトレーナーをつけている。
また、朝と昼は食べず、1日1食を続けている。めっちゃお腹が減るんですけど、夜になったら絶対においしい夕飯を食べられるんですよね。今日の夜食べる一口目のオイキムチを、誰よりも楽しみに生きているし、誰よりもおいしいと感じられます。
金沢 景敏/AthReebo(アスリーボ)株式会社 代表取締役
京都大学工学部卒業後、TBSに入社しスポーツ番組のディレクターや編成などを担当。2012年よりプルデンシャル生命保険に転職。入社1年目にして、プルデンシャル生命保険の国内営業社員約3200人中の1位になったのみならず、日本の生命保険募集人登録者のトップ0.01%しか認定されない「Top of the Table(TOT)」に3年目で到達。最終的には、TOT基準の4倍の成績をあげ、個人の営業マンとして伝説的な実績を残した。人生トータルでアスリートの生涯価値を最大化し、新たな価値と収益を創出するAthReebo(アスリーボ)株式会社を2020年に起業。著書に『超★営業思考』(ダイヤモンド社)。

勝つために必要なことを認識する

金沢 練習をしていてしんどいときがあるじゃないですか。「がんばれ俺」みたいな言葉を自分自身にかけたりしますか?
野村 柔道は対人競技なので、相手がいるから自然と闘争心が湧き上がってきます。しんどい時や気分が乗らない時でも、投げられたら「カチン」ときて熱くなるしね。それでもダメな時は、割り切って稽古を中断しました。手を抜くことに慣れるのが一番イヤだったので。
日々の稽古では、いかに試合に近い緊張感を持って取り組むかが重要です。
金沢 結果を出すために何が必要かを分解して、行動に落とし込むことがすごく大事ですよね。
野村 結局、それを突き詰めて考えられる人間、実行できる人間が成長していけるのかな。
それぞれの価値観があるので、程々に仕事をして、そこそこの結果で満足できる人はそれで良いと思います。しかし、今回のNewSchoolのプロジェクトでは、自分で人生を切り開き、自分の理想を実現したいと強く願う人と時間を共有したいと思います。
本気の思いはあるけどやり方が見えていない人や、本気だけど結果が出なくてあがいている人に、「本物の勝負の世界」や「突き抜けた結果を出す喜び」を伝えて、目標達成のサポートをしたいです。
金沢  野村さんは弱い自分を受け入れ、それに向き合い、すべてを出し切った結果、今がある。その言葉には重みがありますね。
野村 現役時代、よく「野村は天才だ」って言われたんですが、そうじゃないんですよ。
体が小さくてずっと結果が出ず、中学の時は女子選手に負け、高校に入るときに父から「無理して柔道を続けなくてもいいぞ」と言われ、大学1年のときは校内予選で負けて関西大会にも出られない選手でした。
そこからライバルたちをまくって代表に選ばれ、アトランタ五輪で金メダルを獲った。
結果が出るまで、どういう思いでやり続けられたのか。チャンピオンになってから、変化を受け入れながら、どう勝ち続けたのか。体がボロボロになりながら、なぜ40歳まで現役を続けたのか。いろんな状況を経験してきました。
天才って一言ではすませないぞ、っていう思いがあります。
金沢 これまで数々の講演をしてきたと思うんですが、人数限定でビジネスマン対象の講座は初めてですよね。講座をやろうと思った動機を聞かせてください。
野村 2015年に引退してからは、コメンテーターやキャスターとしてメディアに出る傍ら、講演の仕事をしてきました。ただ、講演会ではあくまで経験を伝えるだけで、話を聴いてくれた人がどう変わり、どういう人生を歩み始めたかまでは知る由もなかった。
言い方を変えれば、講演を聞いて、あとは自分の中で生かしてくださいという感じです。
今、自分が経営する会社で、柔道イベントのプロデュースや東京五輪で金メダルを獲った阿部一二三選手と阿部詩選手のマネジメントをしているのですが、今後は、大学院の教育学修士課程・医学博士課程で学んだことや度重なる怪我や手術でのリハビリ・トレーニングの経験を生かして、教育や医療関係、そしてスポーツの価値を高めて生きるようなビジネスを展開していきたいと考えています。
自分が柔道人生を通して学んだこと、築き上げてきたものをビジネスの資本として使っていくとなったときに、本気でビジネスと向き合おうとしている皆さんと、もっと深く交流したいと思いました。
金沢 野村さんにとっても新しいチャレンジの1つなんですね。
野村 大きなチャレンジです。勝負の世界、報われる努力と報われない努力がありますが、本気のチャレンジは間違いなく自分を成長させてくれます。そしていつか結果に繋がります。その過程も含めて私の今後の人生の大きな力となり、武器となるかなと。
金沢 野村さんは柔道の世界でオンリーワンです。「アスリートの価値は何か」を考えた時に、卓越した競技のパフォーマンスをイメージする方が多いかもしれません。ただ、それだけでは決してありません。試合で結果を出すまでに培った経験や思考そのものが、大きな価値です。
そこにいたるまでの経験や思考を分解し、結果を出したい人に翻訳してインストールしたら、必ず変わるという確信があるんです。
絶えず環境が変化する時代だからこそ、明確なゴールに対して圧倒的結果を出した野村さんからの学びは、苦しい時にも持ち堪える「城壁」となる。
受講してくださった20人が、満足度120%で行動変容が起きて、何かが変わったとなったら、社会にとってもアスリートにとっても、すごくいい流れをつくれると思うんです。それをつくりたい、つくれると信じています。
(取材、構成:木崎伸也、撮影:鈴木大喜)
「NewsPicks NewSchool」では、2021年11月から「超一流アスリート×伝説のトップセールス」を開講します。詳細はこちらをご覧ください。