【本田哲也×田中安人】なぜいま「パーパス」の時代と言われるのか

2021/10/31
NewsPicks NewSchoolでは、2021年10月から「実践パーパスドリブン・マーケティング」、11月から「企業を変革する『ナラティブ』の創り方」を開講します。
実践パーパスドリブン・マーケティング」の講師を務めるのは吉野家CMOの田中安人氏、「企業を変革する『ナラティブ』の創り方」の講師を務めるのは、PRストラテジストの本田哲也氏です。
ともに「パーパス(企業の存在意義)」という時代の流れを捉えた2つのプロジェクト。開講に先立ち、以前からお互いをリスペクトしていたという2人の対談が実現しました。

なぜ「パーパスの時代」なのか

──お二人はいつからの知り合いになりますか。
本田 私の独立前ですから、2017、2018年あたりでしょうか。
田中 最初は知人からの紹介でしたね。本田さんは戦略PRの第一任者ですから、私も実践型のマーケターとして現場で感じたことを、「PR視点ではどうなのか」と相談したりしていました。
本田 私も田中さんのことは実際にお会いする以前から知っていました。吉野家のCMOとしてはもちろん、ものすごくバズった、はなまるうどんの「まるごとダイオウイカ天」は、「すごいな」と。PRの人間として驚かされました。
田中さんはマーケターとはいえ、PRへの理解やセンスといった、物事を話題にすることに長けている印象があります。
田中 ありがとうございます。私は実践型マーケターとして、血みどろなりながら0を1にするのが好きで。はなまるうどんのときも予算がなく、それでも話題にするためには、PR視点を取り入れていかざるを得ませんでした。
商品の完成後にPRをはじめるには限界があるため、まず商品開発からネタを仕込んでいくという発想になり、それが結果的に実を結んで私のスタイルが作り上げられました。
本田さんはアカデミアと実務の中間にいる印象で、実践型の私としては相談事を構造化や抽象化してもらえ、非常にありがたい存在です。やはり具体と抽象の両方が連携できていなければ、普及はありませんからね。
──昨今は「パーパスの時代」と言われることが増えています。PRとマーケティングの目線から、なぜ「パーパスの時代」が到来しているかを聞かせてください。
本田 私のプロジェクトは、企業と消費者との共体験の物語である、「ナラティブ」がテーマになりますが、「ナラティブ」の起点は「パーパス」になります。
言い換えれば「パーパス」がなければ物語は始まらないので、「ナラティブ」と「パーパス」は切っても切れない関係になります。
20年以上に渡ってPRに従事してきた経験から、「パーパス=社会的存在意義」という考えには馴染みがありました。さらに言えば、戦略PRの真髄は、「パーパス」を作りあげることに近いとも言えます。
戦略PRは「商品を売るために世の中の空気を作る」と定義していますが、オムツを例にすれば、「漏れない」「吸水力アップ」といった機能性を謳うのではなく、「赤ちゃんの睡眠が問題になっていますよね」という話題から入り、「このオムツは一番快適な睡眠を提供できるオムツなんです」と訴えたりします。
睡眠に関する空気を生み出してオムツを売るという流れですが、結局ところ戦略PRは大義名分を引き出す役割とも言えます。
その大義名分は決して営利目的ではなく、社会的な存在意義からアプローチするわけです。
田中 英語になると印象は変わりますが、「パーパス」を日本的に追求していくと、「買い手よし、売り手よし、世間よし」の「三方よし」という、近江商人の哲学に行き当たります。
「三方よし」も社会課題の解決を軸に考えなければ実現しないため、近江商人も実際には商売ばかりではなく、町の橋を作ったりしていました。
以前から日本に根付いていた考えが、現代においてなぜ「パーパス」として注目されているかと言えば、世界最大の資産運用会社であるブラックロックが、「これからSDGsやESGを重視しない企業には投資をしない」と表明した影響はあるはずです。
さらに、今後の流行をリードするZ世代も、地球を汚すようなブランドの商品は購入しない傾向もあります。これら投資業界やZ世代の消費行動の関係から、「パーパス」が世界的に注目されていると言えそうです。
自分自身で実感した例としては、コロナ禍で吉野家が行った「お子様割引」になります。学校が休校となった際、子どもたちの食事のサポートとして行ったキャンペーンで、世間的に「ソーシャルグッド」と取り上げられました。
一方、同じ様なキャンペーンを行いながらも炎上してしまった企業もあります。
この違いを考えてみると、普段の企業の性格の差と言えるのではないでしょうか。炎上しているケースの多くは、普段の性格が悪いのに世間の流れに乗じ、性格よくふるまっているように見えました。
重要なポイントは、平時から「パーパス経営」に取り組み、非常事態でもその延長線上の行動をすること。PRだけでなくマーケティング視点でも、そのポイントを抑えた商品やサービスでなければ、世間から受け入れられないことが顕著に表れはじめています。

小手先のアクションでは意味がない

──多くの企業が「パーパス経営」を上手く取り入れられない理由は、どこにあるのでしょうか。
本田 日本企業の経営層と仕事で関わると、その企業の本質を見失っていると感じることが多いですね。そのため、「ナラティブアプローチをしたい」と依頼を受けると、その企業の「パーパス」は何かを探るところから始めなければなりません。
さらに、企業の歴史が長ければ長いほど、創業期にあった考えが言語化できずに暗黙知化されているものです。
田中さんが例に挙げた普段の行いは、私の言葉では「オーセンティシティ」、つまり「自分らしさ」になります。事業の多角化やM&Aを過剰に行った結果、増改築を繰り返したように、本来の姿がわからなくなっているケースは少なくありません。
これらが積み重なった状態で、「パーパス」と整合させるとなれば、非常に困難が伴います。
田中 いずれにせよ「パーパス」を企業活動や商品に組み込むには、小手先だけのアクションでは意味がありません。一つの事業責任者でもあずかり知らないレベルの話ですから、経営層がどれほど注力できるかに左右されそうです。
本田 その点、戦略PRの価値は世間への情報の伝え方の工夫でもあり、もちろん嘘をついてはいけないのは当然として、発信の工夫次第で「パーパス」と実態の乖離をある程度つなぎとめることはできます。
実際に、しっかり議論なりヒアリングなりをしていると、「こう言い換えれば、創業の理念やパーパスと繋がりますよね」「これは社会的意義になるんじゃないですか」と、外部から指摘されてはじめて気づきを得る企業も少なくありません。
(写真:lopurice/istock.com)
田中 マーケティングの目線から見ても、企業の暗黙知が言語化されていないケースは多いと言えます。
あとは、形だけ捉えて表面的なミッション・ビジョン・バリューを掲げているものの、実態が伴っていない看板倒れの場合も少なくありません。
カッコいい言葉で示された、形だけのミッション・ビジョン・バリューより、泥臭くても「30年前から自分たちのものだった」と言われる様な、その企業のDNAから紡いできた連綿とした文化を表現したモノの方が意味があります。
その多くは形式知にされておらず現場に答えがあるので、現場の社員の文化を紐解いてみたら「パーパス」が眠っていた、というケースもあるものです。
本田 創業者が亡くなっていたとしても、企業の文化は根付いていたりしますからね。それをどう表層化するかがポイントと言えそうです。
田中 結論を言ってしまえば、現場にしか答えはないでしょうね。ところが、難しいのは「パーパス」を表層化するにはトップ自らが動かなければいけないところ。そのため、トップと現場の両方から考えを引き出す必要があります。
本田 なるほど。

「パーパス」で現場をどう変えるのか

──具体的には、田中さんはどのように現場から「パーパス」を導いているのでしょうか。
田中 一般的に引き出し方のフォーマットは2つあり、1つは社員アンケートで、もう1つは取材です。
例えば、50人ほどに1時間半の取材をすると、非常にわかりやすい結果が出ます。
ほとんどの場合、社員にはミッション・ビジョン・バリューが浸透しておらず、逆に役員クラスになると浸透率が高まるものです。
出て来た結果から役員はショックを受けますが、その衝撃も大切な要素となります。何しろハーバード大学には、組織変革には8つの条件があり、危機意識がない組織では変革できないと口にする教授もいるほどですから。
役員からするとミッション・ビジョン・バリューは浸透し、戦略設計もできていると思っていたところに、現場の社員による予想外の言葉は当然響きますから、はじめに危機意識を持ってもらうアプローチをしたりもします。
(写真:michaelmjc/istock.com)
本田 経営層と現場の考えに乖離があるときは、田中さんの立場からすると「やりがいがある」と考えますか。
田中 そうですね。「パーパス」を定め、ミッション・ビジョン・バリューを明確にしたときに初めて、進みたい道が開けます。その際に発生する問題によって課題が明確になり、変革の糸口も見えてくるものです。
本田 私も戦略PRやナラティブ策定のオーダーは経営層から受ける場合が多いものの、現場社員へのヒアリングは必ず入れるようにしています。ただ、その際、ヒアリング相手の設定に難しさがあり、今も試行錯誤しています。
中堅どころにヒアリングしてもその企業に馴染みすぎている印象があったり、一方で若手社員に話を聞き過ぎても問題点は浮き彫りになりにくい。
田中 確かに、新入社員や入社数年の社員の話ばかりでは難しいですね。
本田 ほかには、役員に近い部長や課長の場合でも、忖度する可能性も考慮しなければなりません。
なので、性別や年齢に偏りがなく、社内に精通しつつ、批判もできる人材からヒアリングをすることが多いです。
田中 批判も社内の内情を知っているからこそ、できるところがありますからね。
本田 客観性とも言い換えられそうです。可視化できないものの、主観と客観の割合が半々であれば望ましいですね。そういう人材にヒアリングできると、社内の問題点もクリアになっていきます。
※後編に続く
(構成:小谷紘友 )
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