iモードの猛獣使い

スーパーサラリーマンが過去40年を振り返る

iモードの出発はたった1人の“裏稼業”

2014/9/25

私がiモードについて、いま回想してみようと思ったのには理由があります。

それは本書のテーマであるiモードの開発プロセスを広く知ってもらいたい、サラリーマン、特に中間管理職の方たちに知ってもらいたいということです。

私はサラリーマンとして、上司の命令でiモード開発を始めました。

“裏稼業”として開発が始まる

最初は私一人で、正確に言うと別に表稼業を持っていたので、0.5人で裏稼業としてiモードの開発を始めました。人を集め、商品を創り、売りました。大成功を収めましたが、私は2014年6月定年を迎える最後までひとりのサラリーマンでした。

iモードに関しては、松永真理さんのベストセラー『iモード事件』、iモード戦略を詳細に記述した夏野剛さんの『iモード・ストラテジー』、iモード・サーバー開発の立役者である川端正樹さんと矢部俊康さんを中心とした『不器用な技術屋iモードを生む』(中野不二男著)、iモード携帯電話機の開発者・山本正明さんが主人公の『叛骨の集団ケータイ端末の未来を創る』(山崎潤一郎著)とすでに何冊も出版されています。

いずれの皆さんもiモードの成功には欠かせないキーマンとして私の下で働いてくれた方です。今回私があえて回想録を書いたのは、まだ書かれていない視点である、プロジェクト・マネージャーという私の立場から見たiモードを知っていただきたかったからです。

プロジェクト・マネージャーとは、一定の目標を持ったチームをとりまとめ、その目標を達成する責任を負った人間で……まあ、いわゆる中間管理職です。同じような境遇に立たされるサラリーマンの皆さんは多いのではないでしょうか。

私の場合は新商品開発でしたが、研究、開発、製造、営業、経理、事務……すべての分野において、上司から突然未知の仕事を命令されるのが、中間管理職には多いのではないかと思います。

当時の私がどう思って、どう行動したか、私と同じような境遇に立たされるみなさんのヒントになればと思って書きました。

それに、iモード開発は最初、私ひとりからはじめましたから、最初の一歩を経験しているのは世界で私ただひとり。これは私にしか書けない話なのです。

iモードについての講演を時々頼まれることがあります。

iモードがサービス開始した当初は、「iモードって何ですか?」という内容を話してほしいというリクエストが多かったのですが、iモードが普及すると、「どうやって創ったのか?」「開発プロセスを話してくれ」という依頼に変わりました。

話をする相手は、商品開発の担当者や新任役員さんたちです。みなさん、財務やマーケティングの訓練を大学の先生やコンサルタントの方から受けます。しかし、講義だけ、理屈だけでは駄目のようで、現実の話、ケース・スタディーが必要とのことで、私が呼ばれるようです。

社内で事業を立ち上げることと起業の違い

大手企業を飛び出し、ベンチャー企業を起こして成功された方の話は面白くて、非常に魅力があるのですが、ひとつ問題があります。「会社を辞める」ということです。

開発費や訓練費用を出している会社から見れば、自社に残って新たな成果を挙げて欲しいわけで、独立されるのは実はとても困ります。読者の方にしても、会社を辞めて成功を収めた本は山のようにありますが、ほとんどの方は会社に留まるという現実的な選択の中でのビジネスに役立つ話の方が、ホントは役に立つと思うのですが、そういう本は見たことがありません。

私の場合は、あくまでもサラリーマンとしてiモードを開発し、累計で10兆から20兆円の売り上げに貢献しました。役員にしてもらいましたが、あくまでもサラリーマンです。最後まで文句も言わずに働きました。

こういう滅私奉公の事例が社員教育をする企業にとっては望ましいようです。

また、世間で先進的と思われている企業の人間の話ならば、うちの会社の参考にはならない、真似はできないと諦める可能性がありますが、ドコモという会社は元は電電公社なので仕事の仕方は官僚的だろう、こんな会社にできて我が社でできないわけがない、というイメージが全国津々浦々に浸透しているので妙な説得力と親近感を持って私の話を聞いていただけるようです。

もうひとつの理由は、40年に渡るサラリーマン生活を終え、毎日が日曜日状態に突入する前に、自分の人生を振り返り、自分の足跡を残しておきたいという思いです。

この気持ちは、私と同じように定年を迎える方はどなたでも抱いていると思います。それがこのような形で世に出せたのは、私の残した足跡がiモードという社会に大きなイノベーションをもたらした商品だったからに他なりません。

では、私というプロジェクト・マネージャーから見たiモード開発物語の始まりです。