2021/9/30

【Session】地の利、人材、そしてDX。九州で躍進する地方企業の秘訣

編集ライター (NewsPicks Brand Design 特約エディター)
NewsPicksが始めた“地域性”をビジネスの熱に変えるプロジェクト「Re:gion」。その一環で推進する全国都市イベントの第一弾「NewEra,NewCity」を8月31日、福岡県福岡市で開催した。

複数のセッションを用意した中、本記事では九州エリアの有力企業をパネラーに招いたパネルディスカッションを紹介する。

地方にいながらも地域の特性を強みにして、全国、さらには世界で活躍できる力を持つ企業は存在する。そうした企業「The Local Top Runners」の秘訣は何なのか。主に「地方の強み」「人材」「DX(デジタル変革)」をテーマに語ってもらった。
<Speaker>
井口 統律子
株式会社セールスフォース・ドットコム
エンタープライズ金融&地域DX営業統括本部 金融&地域DX営業本部統括部長

佐藤 崇史
株式会社資さん 代表取締役社長

山本 正秀
株式会社やまやコミュニケーションズ 代表取締役社長

<Moderator>
森戸 裕一
一般社団法人日本デジタルトランスフォーメーション推進協会 代表理事

海外が近く、来る者拒まずのオープンな商圏

森戸(日本デジタルトランスフォーメーション推進協会) 山本さんは明太子で有名なやまやコミュニケーションズを、佐藤さんは北九州のソウルフード「資さんうどん」を運営する資さんを経営されています。
 どちらも九州に本社を置いて展開されていますが、そもそも九州の商圏の魅力は何だと感じていますか。
山本(やまやコミュニケーションズ) 九州には、外に出て勝負をする気質があると思うんです。
 東京に行くのと変わらない距離や時間で台湾や韓国、中国に行けるので、九州のモノやコンテンツを国内に展開するのと同時に、世界に広げる発想を持つ地域だと思います。
 実際、やまやコミュニケーションズの明太子はアメリカやアジアに広まっていますし、「博多もつ鍋やまや」や「博多天ぷらやまや」「焼肉やまや」といった外食事業は、国内だけでなく海外にも多数出店しています。
佐藤(資さん) 私は、1976年に創業してから北九州を中心にソウルフードとして愛されてきた株式会社資さんを3年半前に受け継ぎ、それまでご縁のなかった福岡に引っ越してきました。
 最初は「九州内での強いコミュニティがあるから、閉鎖的で受け入れられないんじゃないか」と心配していたのですが、全くそんなことはなくて、“来る者拒まず”だったんですね。
 九州は明治時代、日本中からたくさんの人が集まって製鉄所を作るなど、産業界をけん引してきた歴史があります。
 だから、外のいいものはどんどん受け入れるし、自分たちのいいものは誇りを持って広める文化が根付いていた。すごくオープンでした。
 しかも、韓国や台湾も近いため、そのオープンなマインドは世界を巻き込みながら広がり続けていると感じています。
森戸 井口さんは、全国の自治体や金融機関を通じて地域企業を支援されていますが、その立場からみて、九州の特徴をどのように捉えていますか。
井口(セールスフォース・ドットコム) 九州は、地域内での消費も周辺地域との競争も活発なので、常に変化、進化するカルチャーが根付いていると感じています。
 最新のデジタルテクノロジーを導入するタイミングも九州のお客様は早い。「まずはやってみよう!」というマインドが九州の特徴ではないでしょうか。

離れても地元企業を応援する、強い「地元愛」

森戸 九州の魅力は、アジアに近い地の利やオープンなマインドとのことですが、さらに踏み込んで、経営に生かせる九州の強みを教えてください。
山本 国内外をまわって強く実感しているのが、九州は農作物、畜産、水産など食文化に恵まれた土地であること。だから、我々飲食業にとって、調達にはほとんど困りません。
 また、恵まれた食や九州のオープンなマインドはビジネスパーソンにも人気で、九州で働きたいという方が継続的にいらっしゃいます。
 外から新しい風がたくさん入ってくるのも強みだと思います。
佐藤 地元の人や九州に関係する人が、地元企業の応援団になってくれることも強みですよね。
 2018年に東京で開催された北九州の魅力を伝えるイベント「KitaQフェス in Tokyo」で、初めて資さんうどんを出店したとき、なんと最大90分待ちの行列ができました。
写真提供:資さん
 北九州出身の方が「待ってました!」と来てくれただけでなく、北九州や福岡など地元出身の方がSNSで拡散してくれたり、友人知人に「美味しいから食べて」と声をかけてくれたりしたことが、ものすごい数の来場者につながったんです。
 地元企業の応援団になるほどの地元愛の強さが、我々の事業の強みにもなっていると感じています。
山本 私は福岡出身だから他と比較できないのですが、九州は地元愛が強いんですか。
井口 強いと思いますよ。地元愛が深いから、何かしらで関わると「関係人口」になりやすいと思います。
森戸 九州の自治体や金融機関にも、他の地域とは違う特徴を感じますか。
井口 「他地域よりも早く」という意識を持って情報を集め、事業者を支援されている印象があります。
 しかも、個々が単体で存在しているのではなく、九州の自治体や金融機関が協力してネットワークを構築しているのは、他にはない強さだと感じます。
森戸 私も全国の自治体のDXを支援していますが、たしかに九州の自治体は新しいことにチャレンジする心意気が他地域よりもあるかもしれません。
井口 その通りで、新しいことでも他より早く「まずは、やってみよう」と取り組む。
森戸 地方において一番大きな“組織”は自治体であることが多いので、自治体が「まずは、やってみよう」とデジタル化などに着手すると、周辺の地域企業が影響されます。
 だから九州の自治体はすごく頼もしいですね。

コロナ禍でUIターンが増加。人材不足が解消

森戸 ここまで九州という土地の特徴について伺ってきましたが、次は企業における「人材」事情について伺います。
 コロナ前に比べると人材不足がさほど話題に上がらなくなりましたが、現在の人材事情はいかがでしょうか。
山本 コロナ前は本当に人材不足が深刻で、工場のアルバイト採用も非常に困難でした。
 でも今はそれが解消されていますし、UIターンによる就職希望者も増えています。ただ、デジタル人材の採用は引き続き苦戦していますね。
佐藤 飲食業は、お客様も提供する側も「人」なので、育成が充実していないと良いサービスが提供できません。
 だから私たちは「人材育成企業」になることを1つの目標として掲げていますが、コロナ前は育成以前に採用が進まず、苦しい時期が続いていました。
 でも、山本さんが仰るように、この1〜2年でUIターンが増え、今までは探しても見つからなかったような人材が入社してくれるようになりました。
森戸 多拠点生活や副業など、コロナ禍で働き方の多様化は加速していますが、副業人材もいらっしゃいますか。
佐藤 もちろんです。リモート等を活用して週に数日間働いてくれる人も増えています。
 弊社は第二創業を迎え、DXや出店拡大、人材育成等に力をいれていますが、それらは副業人材の力なくして成り立ちません。
 もちろん最初は、短時間しか関わらない副業人材に対して、「コミットしてくれないのではないか」という不安や抵抗感が社内にはありました。
 でもいざ始めると、副業の人たちは副業の日以外でも困ったことが発生したらリモートで相談に乗ってくれるなど、コミットも高く、これならオフィスで一緒に働いているのと変わらないねと、定着してきました。
森戸 セールスフォース・ドットコムは地域企業のデジタル領域における人材育成も支援されているんですよね。
井口 そうですね。山本さんがデジタル人材の採用に苦戦していると仰っていましたが、これは地方に限らず都心部でも同じなんですね。
 しかも、デジタル人材はソフトウェアエンジニアだと思われがちですが、デジタルを活用した営業やマーケティングができる人も重要です。
 だから、昨年からデジタルを活用できる営業、マーケティング、コールセンタースタッフなどを育成する無料のオンライントレーニングプログラムを始めました。
 加えて、開発者向けのオンライン講習も提供しています。

九州で躍進する企業は、DXも当たり前

森戸 デジタル人材の話が出たので、それぞれが進められているDXについて伺いたいと思います。やまやコミュニケーションズはどのようにテクノロジーを活用していますか。
山本 身近な業務からデジタル化を進めていますが、現在注力しているのは「明太子選別のデジタル化」です。
 明太子の選別は、それぞれに違う色や形、熟度をベテランスタッフが直接見て触って判断する必要があり、とても時間がかかる工程なんですね
 そこで、AIに20万枚以上の明太子の画像を読み込ませ、機械学習させたところ、最近ようやく判別の精度がベテランレベルに到達しました。
 もう少しでミスを限りなくゼロにできるAIシステムができるので、それを工程に落とし込むのが楽しみです。
森戸 面白いですね。佐藤さんは飲食店なのでリアルとデジタルをうまく融合させることが必要だと思います。デジタル化を進める上で気をつけていることはありますか。
佐藤 気をつけているのは、お客様視点を第一に考えることです。
 コロナ禍は飲食業に大打撃を与えていますが、一方で今まで「変えたくない」からと進まなかったデジタル化が、一気に進み始めた側面もあります。
 世の中から求められる「非接触」はまさにその象徴ですよね。
 ただ、従業員が前のめりに「新しいことをやろう」とするのは嬉しい一方で、やりすぎてしまうリスクもあるなと感じています。
 資さんうどんは「目配り、気配り、心配り」など、お客様への温かみのあるサービスを大切にしています。
 それがお客様に提供する大きな付加価値でもあるのですが、その付加価値を奪うくらい進めてしまうと本末転倒になってしまいます。
 だから、私たちのお客様への提供価値が何かを明確にした上で、それを壊さないようなDXの「設計」が必要だと思っています。
森戸 山本さんや佐藤さんのように、自分たちでDXを進められる地域企業は多くないと思います。
 そこで、セールスフォース・ドットコムは、自治体や金融機関を通じて地域DXを実現させるために、「人材育成」と「事業者DX」「まちの仕組みづくり」の3つを支援していると伺いました。
井口 何か1つを変えたら、一足飛びに大きく変わることなんてなくて、「まちの仕組みづくり」や「事業者DX」の相互作用の積み重ねが、地域や経済を変えていきます。
 そして、それを支えるために最も重要なのが「人材育成」です。
 だから、事業者向けの「DX推進リーダー人材育成プログラム」で、プロジェクトマネジメントやデザイン思考、ファシリテーションなどの基礎学習を提供しているんです。

コロナ禍でも海外出店。九州の魅力を世界に

森戸 最後に、国内はもちろん、海外でも躍進する企業になるために、これからどのような展開を考えているのか教えてください。
山本 やまやコミュニケーションズは、「味への妥協を許さない」という信念を持ち、世界に誇れる「九州」の食文化にこだわって、世界中に届けてきました。
 コロナ禍でもその歩みは止めず、台湾に天ぷら店と韓国にもつ鍋店をオープンしています。
 しかも、デジタルを活用すれば、我々が日本から現地に行けなくても、現地スタッフだけで伝えたいことをちゃんと表現してくれることがわかったんですね。
 だから、今後はさらに国内外の展開を加速しながら、いろんなことに挑戦したいと思っています。
佐藤 資さんうどんは、これまで北九州をはじめ、その近隣地域から愛され育まれてきました。それをより多くの人々に届けるため、実はコロナ前に海外進出計画を立てていました。
 現在、コロナ禍の状況を踏まえ、進出を一旦ストップしていますが、アジアに一番近い福岡に拠点を置いているのに挑戦しない手はありません。タイミングを見て改めて挑戦したいと思っています。
 それから、九州は縁もゆかりもない人を受け入れてくれる、全国でも飛び抜けてオープンなマーケットで、地元の人や関係する人たちが事業成長を支えてくれる場所です。
 だから、私も九州の良いサイクルを広げていく一員となって、地方創生にも寄与したい。地方で、事業承継に悩む企業の参考になるような取り組みができたらいいなと思っています。
井口 九州はポテンシャルが高いですし、何より新しいものが生まれていくワクワク感がありますよね。
 熱量の高さが九州の力になっているので、これからもいろんな形でご支援したいと思っています。