2021/10/4

変わらない「丸投げ」文化。富士通が産業構造の“ゆがみ”に挑む理由 

NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
「デジタル土方」「多重下請け構造」「人月ビジネス」──。
これらの言葉を一度は聞いたことがある人も多いのではないだろうか。IT産業の過酷な労働状況や構造問題を表す際にたびたび使用される表現だ。
2030年には約79万人の国内IT人材が不足するともされ、ますます未来が危惧されるIT産業。ここ数年ビジネス環境の急激な変化を受け、業界の未来について各所でさまざまな議論が行われている。
そんななか国内IT産業の構造改革を目指し、自らも大きく変わろうとしているのが富士通だ。
富士通自身が抱えるIT人材の育成や開発リソースの最適化などの問題意識を起点に、世界8カ国にわたる開発拠点の標準化を実現しようとしている。
日本固有のIT業界の構造問題を、富士通はどう変えようとしているのか。そもそもなぜ富士通はIT産業の構造改革を目指すのか。
2021年の4月に本格始動した「ジャパン・グローバルゲートウェイ(以下、JGG)」の本部長、浦元克浩氏に聞いた。
INDEX
  • 30年間変わらないIT産業構造
  • 「オフショア開発」は禁句
  • 未来への危機感が、経営層を動かした
  • ヒエラルキーはいらない

30年間変わらないIT産業構造

──今年度から新組織を立ち上げ、富士通とIT産業の構造改革を目指しています。改革に着手した背景をお伺いさせてください。
浦元 当社が抱える問題はIT産業の課題でもあります。富士通自身が変革を実現することで、国内のIT産業に変化を促したい。この考えが前提にあります。
 ではまず富士通が抱える課題とは何か。もちろん課題はいくつもありますが、まずは人材の高齢化と男性偏重があげられます。現在社員は、40%が50歳以上、82%が男性です。
 ただ海外と比べて特徴的かつ最も深刻な課題は、細分化・多段階化したグループ会社構成や多重下請け構造による組織のサイロ化です。
 親会社、子会社、孫会社……というヒエラルキーに沿って会社が細分化されている。それぞれの会社内でも階層化された組織構造があります。
 企業組織が縦割り構造になっていて、部署やチームの機能が孤立化してしまう。情報の共有や横の連携が不完全なため、資源や投資の重複を誘発してしまう状況がありました。
 従来の組織モデルは我々がこれまで得意としていた、上流工程から下流工程に向けて順に開発するようなウォーターフォール型のモデルには適していました。
 しかし技術選定の柔軟性やユーザーの声を素早くプロダクトに反映する必要性が高まっているいまの時代においては、アジャイル開発に適応した組織構成が求められます。
 加えて、技術の空洞化も大きな問題です。パートナー各社様に質・量的に過度に依存し続ける限り、当社の技術力は低下してしまう。
 技術変化が激しい昨今、我々自身がその変化に対応できるだけの技術力を持っていなければ、簡単に市場から取り残されてしまいます。
 これらは当社の課題でもありますが、国内IT産業全体の構造問題でもあると捉えています。いまは多くの企業が売り上げを伸ばしているものの、人材不足やユーザーニーズと開発現場のスピード感の乖離などから、このモデル自体に持続性がないことは明白です。
 これまで30年近くIT産業に携わってきましたが、この30年間構造的にあまり変わっていない。いまこそ我々自身が変わらなければ、この国のIT産業に明るい未来は待っていない。そんな危機感が強くあります。
──深刻な状況にもかかわらず、30年間業界が変わっていない。その原因についてどうお考えですか。
 終身雇用を前提とした労働環境のもと、プロジェクトの需要に合わせた雇用調整が難しい日本では、IT産業においてもアウトソースの形態が適していました。誰が悪いということではなく、こうした社会特性が原点にあると考えています。
 日本では事業会社はSIerに、SIerは下請けに「請負」で開発を外注する。この形態が続いたことが「丸投げ」と言われる事象を誘発してしまったのではないでしょうか。
 これでは自社内にスキルやノウハウはたまりません。技術の空洞化が進むにつれ、技術力の低下のみならず、ビジネスとテクノロジー活用の距離は必然的に遠くなります。
 一方で、雇用条件に流動性を持たせることが可能な欧米においては、システム開発は内製が基本です。あくまで一時的に人手が足りなくなった時に、それを補うためにアウトソーシングが選択されます。
 日本と対比するとすれば、ビジネスとテクノロジー活用の距離は近く、緊密に連携できる環境を保持できます。
 本来、企業にとって自社の業務を自社でシステム化することは当然のニーズであるはずです。しかし当たり前に外注する時代が長く続き、技術の空洞化が進んでしまった。
 昨今のトレンドである内製化の実現も、お客様にとっては「容易なことではない」というのが本音だと思います。

「オフショア開発」は禁句

──まずは富士通自身の変革を目指すことになりますが、どのようにアプローチを進めていきますか。
 全体像からお話しさせていただくと、富士通自身の変革を実現するために、大きく3つのポイントを掲げています。
 SIグループ会社の再編、海外の開発拠点を統括するJGGの設置、国内事業を統括する富士通Japanの設立です。
 なかでも私が率いるJGGは、ITサービスのデリバリー改革を目指します。わかりやすくいうと、システム開発や運用保守サービス提供体制の再編成と全体最適化です。
──従来のデリバリーモデルでは、何が問題だったのでしょうか。
 人材やスキル、技術が固定化されてしまうことです。柔軟性に欠けるため、変化の激しい顧客ニーズに対応できないばかりか、人材の成長の機会も限られていました。
 またあるお客様との間で複数の契約がある場合において、サービスする組織が契約別になってしまうケースもあります。その結果、契約毎にお客様の窓口が個別化したり、社内では情報蓄積・横連携や人材有効活用ができなかったりという状況もありました。
──それをどのように変えようとしているのですか。
 まず、GDC(Global Delivery Center)のメンバーとともに、富士通グループ全体で最適なプロジェクト体制を構築できる環境づくりを目指します。そこで導入したのが、「シェアードサービス」と「プロジェクト固有」というモデルです。
 シェアードサービスは、グループ企業内の主要業務を1か所に集約して標準化し、グループ全体の経営効率と体質強化を図る手法です。
 開発プロセスや技術の標準化を徹底的に進めることで、曖昧さや行間を排除・最小化させ、技術力の結集を進めます。そうすることで、言語や文化の違いといった「壁」を超えて、海外8拠点とともにシステム開発から保守まで一貫して担うことができる体制を構築します。
 また人材の情報や案件を全社管理することで、案件の特性と人材スキルをマッチングさせながら、最適なプロジェクト体制を、迅速に立ち上げることが可能になります。
 次に、これはグループ全体ですでに取り組んでいることでもありますが、ダイバーシティ&インクルージョン。働き方改革も含めて、サービスの現場で女性のみならずすべての方が活躍できる環境づくりを目指します。
──この仕組みがグローバル人材の登用や、ダイバーシティ&インクルージョンにどのようにつながっていくのでしょうか。
 この試みは、単純に人件費が安い海外拠点に開発をアウトソースしようというものではありません。日本で海外人材を開発に活用するというと、オフショア開発といって、下位工程だけを丸投げしているだけのケースが多い。
 でも下位工程だけでは、海外人材の成長機会は限られてしまいます。加えて、同じ社内メンバーでありながら、海外人材を「下請け」と見做してしまう風潮につながってしまいます。
 我々は、あくまで標準化した開発プロセスや技術に基づいて、後述する「One Fujitsuプロジェクト体制」の考え方のもと、相互にコミュニケーションをとりながら、GDCメンバーと一体でサービス提供を進めます。
 つまり国籍や性別に関係なく成長機会の提供を実現することを目指しているのです。従来型デリバリーの象徴である「オフショア開発」という言葉も、全社レベルで使用を禁止することとしました。
 さらにこれまでIT業界では、出産や育児、介護でフルタイムが難しい場合、離職を余儀なくされる状況が多かった。これに対して、コロナ禍の影響でテレワークが加速したことで、「現地で執務」する形態から、「リモートでワークライフバランスを取りながら執務」する働き方が形成されています。
 その一方で多様なメンバーが働きやすい環境をつくるためには、適切な人材配置だけでなく、お互いの理解を促すような試みが必要でした。
 そこでひとつの取り組みとして、多様なメンバーと全員が対等な組織になっていこうという宣言を「JGGマニフェスト」としてまとめました。
 それぞれができる範囲でパフォーマンスを発揮し、社員個々の自主性に応じてスキルを育成する。すべてのメンバーにその機会を提供する組織となることを目指しています。

未来への危機感が、経営層を動かした

──とはいえ富士通ほどの大企業だと、これほどの変革は一筋縄ではいかないのでは。
 私だって、変えずに済むのであれば変えたくないですよ(笑)。明日もゆとりをもって過ごしたいです。
 実際、反発というほどではありませんが、1年前に入社して、議論を開始した直後の反応は渋いものでした。
 基本的な考え方は理解してもらえるのですが、現状のモデルに慣れてしまった当社社員にとって、いままでのやり方を変えたくないと。
 いわゆる、総論賛成各論反対です。現場保全の立場からは、もっともな反応ですよね。
 変わらなくても、いまは良いのかもしれません。ビジネスは堅調であり、パートナー企業様のご協力・ご支援のもとサービスは実現できていますから。
 ただ4年後の2025年には、最大で約60万人の国内IT人材が枯渇します。当社社員の平均年齢も50歳を超え、未来の担い手が不足していくでしょう。
 現在ではなく、5年後、10年後に富士通の未来を担う社員に、自信を持って会社を手渡せるのかと。そういう視点でまず話をしました。
 すると経営層が、改革テーマとして経営アジェンダに取り上げると言ってくれました。社長の時田(隆仁)、副社長の古田(英範)が後ろ盾になる、と。これが非常に大きな原動力になっています。
 またいつしか同じ志を持ち、富士通が好きなメンバーも集結してきまして。いま、それが非常に大きなエネルギーになっています。
 もしこの改革がボトムアップだったら、改革を進める中で想定される不安や反発が非常に大きくなる。それを経営側がトップダウンで実施することで、会社が危機感を持って、何とかして変わろうとしている姿勢が伝わっていると思います。
 JGGは今年度中には7,000名体制となり、国内向けサービスに従事するGDCは9,000人体制になる想定です。しかし、そこがゴールではありません。並行して中期計画を改定し、モデル定着に合わせてより高い目標の設定を目指しています。

ヒエラルキーはいらない

──浦元さんご自身は、なぜIT産業の改革にチャレンジしようと思われるのですか。
 私は昨年富士通に入社しましたが、このチャレンジをキャリアの集大成だと捉えています。
 これまでのキャリアを振り返ってみますと、エンジニアとしてキャリアをスタートさせたNTTデータに在籍していた時から、“国内発のグローバルベストプラクティスを生み出す”という挑戦をしてきました。
 アクセンチュアでは東京ソリューションセンターの設立と拡大を通じて、グローバルファームにおける非英語圏のデリバリー変革を担いました。
 また、わずかな期間ではありましたが、日本発グローバルプラットフォーマーである楽天で、ビジネスとテクノロジーが一体化したアジャイル経営・アジャイル開発の最先端を学べたことは、非常に大きな財産になっています。
 ただやはり国内発のグローバルベストプラクティスをつくるためには、IT産業そのものが変わらないといけない。だから私は、富士通に参画したのです。国内IT産業のリーダー企業である当社が変われば、業界全体も変われるはず。
 今回のJGGは、富士通の改革でありながら、国内IT産業の処方箋になるチャンスがある。キャリアの集大成でもあり、大袈裟かもしれませんが私と富士通の「使命」であると捉えています。
 同時に、これまでお伝えした課題認識は、お客様のIT活用体制に関する課題でもあるでしょうし、当社のパートナー各社様においての課題でもあるでしょう。
 何とかして変わらなければ。この思いを共有いただけるお客様への貢献を目指しながら、パートナー各社様ともDXなど新しいモデル構築に向けて切磋琢磨していきたいと考えています。
──国内発のグローバルベストプラクティス、ですか。
 はい。例えば、改革当事者となるJGGのメンバーは、将来、他社も含めたフィールドで活躍できるスキルを習得することでしょう。
 そのようにして、業界全体の活性化に貢献できるとすれば、こんなに嬉しいことはありません。もちろん、他社に負けないように富士通をより魅力的にしていかないといけませんが(笑)。
 JGGは国内のIT産業を変革する道筋をつくる組織でもありますが、個人のキャリアとしてもグローバルに通用するスキルを身につける場所としては申し分ないと自負しています。
──現在メンバーを募集されていますが、JGGではどのようなキャリアパスを描けるのでしょうか。
 JGGでは、社員が「One Fujitsuプロジェクト体制」への参加・貢献を通じて、自己実現できる環境を整えています。
 例えば、もともとモビリティのエンジニアでした、というメンバーがJGGに所属するとします。でもその社員が実は、「テクノロジーエバンジェリストを目指してキャリアを伸ばしたい」ということであれば、One Fujitsuプロジェクト体制のもとで企画・プランニングフェーズでの経験を積み、キャリアを磨いてもらう。
 同じように、エンジニアスキルを伸ばしていく過程で、業種専門性を磨きたくなる社員、さらにはグローバルのメンバーと仕事をするうちに、海外赴任にチャレンジしたいという社員も出てくるでしょう。
 そうした場面で、社員には業種を問わず、国を問わず、どこへでも行けるチャンスを提供できる。そのような組織を目指しています。
 私はヒエラルキーが大嫌いで、そういうものにとらわれない、むしろ何にでもチャレンジしたい方が向いています。
 英語ができない、アジャイル開発の経験がない、アプリしかつくったことがない、それらは気にする必要はありません。
 すべてJGGで身につければいい。自らキャリアを描いて、選択して、チャレンジしたいと思える方。グローバルな環境で働きながら、自身の活躍の土壌を広げていきたい方。そしてIT産業の構造に違和感を持っているような方。
 そのような方にとって、成長や活躍ができる場所を用意しています。ぜひ我々と一緒に同じ未来を志す方に仲間になっていただけると嬉しく思います。