2021/10/6

【田中修治】14億の負債から這い上がった起業家の「お金論」

NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
スタートアップを取り巻く環境が大きく変化している。
未上場のままでも大きく資金調達をできるようになるなど、昨今の日本では以前と比較してスタートアップに資金が集まりやすい環境になっている。
その一方で、調達する金額のタイミングや規模を間違えたり、頼るべき投資家を間違えたりと、​​お金にまつわる判断を見誤ってしまう起業家はあとを絶たない。
資金が集まりやすい環境になったいまだからこそ、より一層経営者には「お金」との正しい向き合い方が問われているのではないだろうか。
そのヒントを探るべく、自らの経験をもってお金について考え尽くしてきた、メガネチェーンOWNDAYS(オンデーズ)代表、田中修治氏を訪ねた。
30歳の時に、14億円もの負債を抱え倒産寸前だったメガネチェーン店OWNDAYSを個人で買収。
年間売上額は20億円あったものの、月に8000万円から1億2000万円の約定返済額(返済期日までに返済する金額)、加えて毎月営業赤字が2000万円近く出ていたという異常な資金繰りに陥っていた同社。
当時誰もが「絶対倒産する」と言い切っていたが、買収時にあった14億円の負債を約7年で完済し、見事に企業再生を成し遂げた。
いまでは、売上高220億円(2020年2月実績)、日本を含め12カ国に約400店舗を展開するまでに成長を遂げている。
度重なる倒産の危機、決死の資金繰りを幾度も乗り越えてきた田中氏が語る「お金論」とは──。
INDEX
  • 失う怖さを知らないと、頑張りきれない
  • ビジネスの鉄則は「負けないこと」
  • お金を区別できていなかった
  • 会社を大きくする3つのステップ
  • 「儲かる」ことを証明できるか
  • その挑戦に「即戦力」を

失う怖さを知らないと、頑張りきれない

──NewsPicksの動画番組などで「資金調達や上場がステータスになっているのではないか」という発言も以前されていましたが、いまの起業環境をどのように見ていますか。
田中 まあ、それは半分嫉妬も混ざってますけどね(笑)。僕の経営人生は、常にお金に悩まされてきたので。
1977年生まれ。10代から起業し、21歳でWEBデザイン会社を経営。30歳の時、多額の債務を抱え倒産寸前だったメガネ製造販売チェーン「OWNDAYS」を買収。代表取締役社長に就任し、債務超過に陥った同社を再建させる。2011年に国内100店舗を達成。2013年にシンガポールに海外初出店。現在海外を含めて400店舗近く展開している。著書に、自伝的小説『破天荒フェニックス オンデーズ 再生物語』(News Picks Book)、『大きな木の下で ~僕がOWNDAYSを経営しながら考えていた10のウソ。~』(NewsPicksBook)がある。
 もちろん、良い面も悪い面もあると思いますよ。僕が起業した頃は、資金調達なんて夢のような話でしたから。
 信用のない若者がお金を借りる手段といえば高金利の消費者金融。結局は返済できず自己破産に追い込まれるケースも多かった。
 当時に比べれば、現在は比較的容易に資金調達ができるようになりました。十分に事業に集中できる環境が整えられています。
 ただその反面、お金に対する意識が希薄になり、起業してもうまくいかない原因になっていると感じます。
 失う怖さがあるからこそ成功するために頑張れるのであって、失う怖さを知らない人は、あと一歩を頑張りきれない。
 僕が経営者を始めたのは20年前のことですし、「OWNDAYS」を再生していたのも10年前。これから創業する人たちが置かれている事業環境とはまったく違いますし、あくまで僕から見えている景色ですけどね。
──お金を手に入れやすくなった代わりに、それが逆に起業に失敗する要因にもなっている。
 そもそも起業なんて“千三つ(せんみつ)”の世界です。成功するのは1000件のうち3件もない。
 NewsPicksを読んでいると、誰でも起業家として成功しているかのように錯覚するかもしれないけど、現実には大半がうまくいっていない。
 それにもかかわらず、なんだかいまカジュアルに起業を推奨するような雰囲気もありますよね。
 成功確率が低いものに対して、起業家を取り巻く大人たちやメディアも含めてみんなで煽っているところがあるように感じます。 
「失敗しなければ成長しない」「失敗を恐れずチャレンジしろ」みたいなビジネス書にあるような言葉を並べて。
 それはそれで良いんですが、あまりに夢を見させて、現実を直視させないのはどうかなと思います。
 僕が起業を目指す人にアドバイスするのであれば、絶対に「失敗してもいいからやってみろ」などとは言いません。

ビジネスの鉄則は「負けないこと」

──それはなぜでしょうか。
 ビジネスの鉄則は、「負けないこと」だからです。だから「失敗しないためにどうしたらいいか、徹底的に考えて万全の準備をするように」と言います。
 当たり前です。「ミスをしていいから挑戦してみよう」なんて言ったら、失敗するに決まっています。だいたい顧客に対しても失礼です。
 しかもお金を借りているのに、最初から「失敗してもいい」なんて考えていたら、そんなビジネスは大抵失敗します。
 だから周囲の仕事も、失敗をさせてあげることではありません。成功に導くためにしっかりと伴走することだと、僕は思います。
 それだけ努力した末の失敗にこそ、意味があります。
 これもメディアが成功者の失敗談ばかりを取り上げたりするので、失敗が美談になってしまい勘違いしてしまうことがあるのでしょう。
 そもそも事業を失敗するということは、失うのはお金だけではありません。
 社員の人生やその家族の未来を路頭に迷わす可能性だってあります。
 信頼してくれた人たちを裏切ることになりますし、悲しむ人がどこかにいるということは忘れてはいけない。
 本来であれば、ごく僅かな成功者より、その後ろにいる何千社の失敗を分析すべきです。失敗のパターンを知ることで、大抵のミスは避けることができますから。
──成功よりも、失敗のパターンから学ぶことの方が多いと?
 そうです。「成功はアート、失敗はサイエンス」というように、成功事例に再現性はありません。
 そもそも商売に「成功の法則」もない。だから結果を出すための努力を地道に続けるしかありません。
 でも努力ってつまらないし、「つまらないことをやり続けなさい」というアドバイスを聞くのも面白くない。
 だからビジネス系のセミナーでも派手な成功体験ばかり取り上げる。努力せずにうまくいく法則が存在するとみんなが思い込んでしまうわけです。
──つまらない努力、とは?
 例えば僕がラーメン店の経営者に「どうすれば経営がうまくいきますか?」と質問されたら、「店に行けばいいじゃん」と答えます。
 自分で皿を洗いながら、お客さん一人一人に「おいしかったですか?」と聞いて、まずかったと言われたら、「どこが悪かったですか?」とさらに聞く。
 相手にしつこいと思われようと、それをやり続ければ必ず経営は良くなっていくはずです。でもそれって楽しくないし、つまらないでしょ?
 だからみんなやろうとしない。でも成功している人たちは、「つまらない努力」をしています。
 それさえできれば、人間の力にさほど差なんてありませんから、商売はうまくいくはずです。

お金を区別できていなかった

──ご自身は14億円もの負債を抱えたOWNDAYSを個人で買収し、幾多の危機的状況を乗り越え会社を再生させました。起業当時はファイナンスのことをどれくらい理解されていたのですか。
 これまで偉そうに語ってしまいましたが、まったく理解していなかったです(笑)。
 そもそも当時の僕は、大学で経営を学んだり、MBAを取得したりしたこともない。経営者らしいことは全然知らなかった。
 僕が20代で最初の会社を始めたときは、店のレジからお金を掴んで、そのまま遊びに行くような生活をしていました。
 それくらいお金の管理がずさんだったので、従業員にお金を盗まれたり、売上をごまかされたりと、何度も痛い目に遭いました。
 会社の会計処理も適当だったので、当然ながら銀行もお金を貸してくれません。
 様々な経験を経て、ようやく「自分のお金」と「会社のお金」を分けて管理することの大切さを学びました。
──なぜ二つのお金を区別することが大切なのでしょうか。
 危機に直面した際に、社員や銀行から協力が得られないからです。実はスタートアップや地方の中小企業では、この二つを区別できていないケースが多い。
 中小企業のなかには、社長の車や自宅の家賃、プライベートの食事代や旅行代まで、会社の経費で落としているケースも珍しくない。でも社員たちは、社長の行動をしっかり見ています。
 「社長のベンツを買う金があるなら、自分たちの給料を上げてくれよ」と思うわけです。だからコロナ禍のような危機が訪れて会社の業績が傾くと、一気に人が辞めていく。
 「社長は経営が苦しいって言うけど、だったらお前のベンツを売れよ」と社員が不満を募らせるのは当然です。
 資金繰りが苦しくなって銀行からお金を借りようとしても、帳簿を見れば「この社長は会社のお金を自分で使い込んでいるな」とわかる。そんな経営者に融資したいと考える銀行はありません。
 社員からも銀行からも信用を得られない経営者は、たとえ目の前のピンチは一時的に凌いだとしても、会社がそれ以上伸びることはないですね。

会社を大きくする3つのステップ

──規模の小さい会社やスタートアップこそ、会社を長期的に成長させるためにお金の管理が重要になるのですね。
 会社を大きくするには3つのステップがあります。
 起業した当初は、お金も公私一体にならざるを得ない。自宅を仕事や社員との生活の場にすることで発生する家賃や私生活で共通して使うお金は経費で落としながら、なんとか手元のお金で商売を軌道に乗せることを考えるのが先決です。
 ただし商売が回り始めたら、次のステップとして会社の収支を個人の家計から完全に切り離し、経費についても公私を分ける必要がある。
 さらに会社が利益を安定的に出せるようになったら、適正な役員報酬を設定して「社長が個人的に使うお金は役員報酬の中から全て賄う」と明確に線引きします。
 この3ステップを踏まないと、どこかの時点で会社は伸びなくなる。中小企業のままで終わります。
 「公私一体」から「公私分離」へ切り替えることが会社の発展には欠かせません。それが経営者として成長できるかどうかの分かれ目になります。
 僕自身が経営者として何度も死にかけながら、そのことを学んできました。
──OWNDAYSの経営でも、お金の公私分離は実践されていますか。
 もちろんです。OWNDAYSの社長に就任した当初から僕は会社のお金にはノータッチ。当時はCFOの奥野(良孝)に、会社の通帳や印鑑を全部預けていました。
 それを社員たちも知っているので、「社長の私腹を肥やすために自分たちが働かされているわけではないんだな」ということは早い段階で理解してもらえたし、比較的短い期間で社内の協力を得られた。
 健全な経営を実践したので、会社が債務超過に陥っていた時期でも出資してくれる人が現れたり、取引先のメーカーが支払いを待ってくれたりしたことが何度もありました。
 だから度重なるピンチを乗り越えられたんです。
 僕は見た目がこんな感じなので、だからこそお金に対しては異常なほど潔癖です。
 その評判が社内外に伝わって、僕が無理なお願いをしたときも、「あの社長は意外とちゃんとしているから、困っているなら助けてあげよう」と思ってもらえたんじゃないでしょうか。

「儲かる」ことを証明できるか

──ファイナンスの紆余曲折を経てきた田中さんにとって、お金とは?
 ファイナンスは、ゲームの駒でしかない。お金がなくなれば、ゲームは終わり。それ以上でもそれ以下でもないですね。
 だから「たかがお金」なんです。お金そのものは所詮紙切れでしかない。
 それを使って何をするかが大事。お金は道具であり、戦うための武器みたいなものです。
 とはいえ武器がなければ戦えないので、お金を借りられるならどんどん借りればいい。お金を借りるとは、すなわち時間を買うこと。
 10万円でやれることがあるなら、先にそのお金を借りる。それができれば、10万円貯まるまで待つより時間が節約できる。
 僕は出資を受けるくらいなら、借り入れをした方がいいと思っています。
──それはなぜですか?
 出資を受けると、出資者のために働くことになるからです。頑張って会社を大きくしても、結局会社は出資者のもので、自分のものにはならない。
 でも借りたお金なら自分のために使えるし、返済すれば会社は自分のもの。同じ努力をするなら、返ってくるリターンが大きい方がいいはずです。
──とはいえ、借り入れはハードルが高いのでは? まだ実績も信用もないスタートアップが金融機関から融資を受けるのは難しいので、VCやエンジェル投資家に頼らざるを得ないのではないでしょうか。
 それは単なる思い込みです。起業するなら、まずは手持ちの資金で小さく始めて、1万円でいいから利益を出せばいい。
 すると、そのビジネスが利益を出せると証明できるので、お金も借りられる。あとはその利益を1000万円、1億円と増やしていけばいいだけです。
 裏を返せば、最初から利益を出せない商売はうまくいかない。AmazonもAirbnbも楽天も、最初から利益を出せるビジネスモデルがあった。
 たとえその時点では10万円の売上に対して利益が1万円しかなくても、「売上が1000万円になれば利益は100万円、売上が1億円になれば利益は1000万円、売上が10億円になれば利益が1億円になります」とプレゼンできるので、金融機関からお金を借りることは十分可能です。
──借り入れできない起業家は、そもそもビジネスモデルに問題がある?
 というより、机上の空論でお金を集めようとするのがいけないんじゃないですか。
 「マーケティング分析によれば、これくらい儲かります」と言われても、まだ実際に儲かっていない商売にお金を出そうと考える人はいないでしょう。
 だからまずは市場にサービスを出してみて、それで利益が出ることを証明してから「お金を貸してください」と言えばいい。
 お金を借りられない起業家がいるとしたら、それは利益を生み出す仕組みを作っていないからです。
──資金調達を考えるより、まずは小さくていいから実践して、そのビジネスが儲かることを証明しろと。
 そもそもお金を借りたことがない人が、いきなり1億円の出資を受けても失敗するだけです。
 商売でお金を回すとはどういうことかも知らないまま、大金を手にしてもうまくいくはずがない。
 だから本気で起業したいなら、まずは少額でいいからお金を借りて、実際に商売をやってみるといい。
 親戚や友人からでも頭を下げてかき集めれば、500万円くらいは作れるでしょう。逆に500万円も借りられない人は、そもそも起業に向いていないと思います。
 その程度の信用も泥臭さもない人が考えたサービスや商品に、世の中の人たちが乗っかるわけがないので。
 資金調達を考える前に、まずは自分でお金を借りられないか駆け回ってみる。目の前の物事を考え尽くし、小さな一歩でいいから実践してみる。
 僕はそんな泥臭いアドバイスしかできませんが、商売の本質はそういうことだと思います。

その挑戦に「即戦力」を

スタートアップや中小企業の経営者向けに新たな法人カード「セゾンプラチナ・ビジネス プロ・アメリカン・エキスプレス®・カード」が2021年5月にリリースされた。起業家の挑戦を、決済金額の最大1%キャッシュバックや、最大84日間の支払猶予が可能になるなどの機能からサポートする。今回インタビューに協力いただいた田中氏の特別コメントをお届けする。