2021/9/30

【必須科目】人生100年時代に、学び直すべき3つのスキル

NewsPicks Brand Design / 編集者
 DXを重点課題に掲げる企業が増えるなか、来るべきイノベーションに備え、“新しい仕事”に対応する人材の確保が急務となっている。
 そこで注目を集めているのが、未来の事業に必要なスキルを備えた人材へと社員を再教育する「リスキリング(reskilling)」だ。
 その動きは、グローバルで活発化。アマゾンやマイクロソフトといったテックジャイアントたちも、社員の再教育に力を注いでいる。
「リスキリングは、自分自身が“どう生きたいか”を考えるきっかけになる」
 そう語るのは、総合人材サービスのグローバルカンパニーであるアデコグループ日本法人代表の川崎健一郎氏だ。同社は、国内でいち早くリスキングのプログラムを開発してきた。
 そんな川崎氏とウェルビーイング研究者の石川善樹氏との対話から、今本当に学ぶべき“リスキリングの本質”について考える。
INDEX
  • なぜ今「リスキリング」の重要性が増しているのか?
  • リスキリングは、人生100年時代を「よりよく生きる術」
  • 必須科目としてのリスキリング+「内発的動機」のコントロール
  • 「何のために生きるのか」を言語化する

なぜ今「リスキリング」の重要性が増しているのか?

──今、リスキリングが重視されている背景について、川崎社長はどのようにお考えでしょうか?
川崎 数年前から盛んに言われていますが、100年時代やDX時代の到来により、これまでの働き方に大きな変革が起きつつあります。
「これさえやっていれば、この先10年20年ずっと安泰」ではなく、一人ひとりのビジネスパーソンが積極的にデジタルツールを活用し、新しい価値を生み出していく姿勢が求められるようになりました。
 具体的に職種を挙げると、従来の「営業職」はここ十数年で求人数が減少傾向にあります。
 その一因として考えられるのが、SNSをはじめとする営業チャネルの多様化。コロナ禍で訪問営業ができなくなったことで、デジタルツールを活用したインサイドセールスに舵を切る企業も少なくありません。
 そうなると、従来の訪問営業は不要になり、営業職に求められる役割が変わっていきます。
 ただ、こうした変化は、ほとんどの職種で起こっています。DXによって仕事そのものが変わってしまえば、新しいやり方に適応できるスキルを開発し直さねばならない。リスキリングに注目が集まるのは必然でしょう。
石川 実際、近年は国や投資家からも「リスキリングを含む人材教育」への注力が企業に求められていると思います。
 経済産業省が2020年に発表した「人材版伊藤レポート*」では、企業の人材戦略で「目指すべき将来と現在との間のスキルギャップを埋めていく要素」として、リスキル・学び直しの重要性が示されています。
*「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書」の通称。一橋大学CFO教育研究センター長の伊藤邦雄氏を座長に、「人的資本」の価値を最大限に引き出す重要性を提言した。
 これからは、従業員一人ひとりの「学び」にどれだけ投資しているかが企業価値を測る指標とされ、投資家向けに情報公開するのが当たり前の時代がやってくるのではないでしょうか。
──では、“学ぶ側”のビジネスパーソンは、どう臨めばいいのでしょうか?
川崎 デジタルスキルを例に挙げて、説明しましょう。
 第1フェーズは、データやデジタル技術に対するリテラシーを高め、使いこなせるようになること。
 現在、企業や官公庁でデジタル改革が叫ばれていますが、優れたデータやツールがあっても、使う側がそのポテンシャルを最大限に引き出せなければ、宝の持ち腐れになってしまいます。
 そして第2フェーズは、これらのデータを“利活用する側”から、データを使って新しい顧客体験を“作る側”になること。
 これは完全な職種転換レベルのリスキリングですね。当然、1〜2カ月の勉強では、修得は難しいと言えます。
 リスキリングとひと口に言っても、勉強しなければいけないレベルの差はあります。第1フェーズはエントリーレベルですが、次のフェーズは本格的な学び直しが必要になる。
 本気でジョブチェンジをしようと思ったら、そこまでやり切る覚悟が必要だと思います。

リスキリングは、人生100年時代を「よりよく生きる術」

──石川さんは「人がよく生きる(Good Life)とは何か」をテーマに、ウェルビーイング研究に取り組まれています。この観点からリスキリングをどのように捉えていますか?
石川 人生100年時代が到来して、従来よしとされてきた人生観、仕事観は大きく変わりつつあります。
 これまでは、良い大学を出て良い会社に入り、まずはさまざまな部署を転々としながら各分野の“ミニエキスパート”になる。その後、徐々にジェネラルなマネジメントのスキルを身につけて組織の階段を上がっていく。そんな構造でした。
 しかし、人生100年時代となると60歳で定年している場合ではありません。
 70歳、75歳まで活躍できる人材になるためにも、営業からエンジニアに転身するくらい思い切ったスキルチェンジが必要なのだと思います。
「リタイヤ」って、“引退”や“隠居”みたいな意味合いで使われていますけど、本来は“タイヤを付け替える”だと思うんです。
 つまり、いつでもスキルを付け替えて、また走り出す。僕はそんなふうにリスキリングを捉えています。
──とはいえ、スキルの付け替えは簡単ではありません。定年後も「これまで培ったスキルを生かして働く」ではダメなのでしょうか?
石川 たしかに定年まで勤め上げた方々は、これまでの経験やスキルで新しいことを始めようとします。ただ、実際にはそんなに都合のいい仕事はなかなかないようです。
 一方で、定年退職後に自分が活躍できる場所をしっかりと見据え、思い切ってスキルを変える人もいます。
 50歳くらいでリスキルができた人は、「今できたんだから、もし何かあってもまたスキルチェンジすればいい」と、変化に対応する自信がみなぎっています。
 それは人生100年時代を生き抜く、大きな力になるのではないでしょうか。

必須科目としてのリスキリング+「内発的動機」のコントロール

──リスキリングに取り組む以前に、どんなスキルを身につけるべきか悩んでしまう人も多いと思います。
石川 川崎さんが「リスキリングには2段階ある」と言われましたが、第1段階で学ぶべきなのは、これからの時代に必ず求められるスキルです。
 たとえば、英語やプログラミング、デジタルリテラシー。あとは、ダイバーシティの時代におけるコミュニケーション作法もそうですね。
川崎 私も同感です。第1段階のリスキリングとは、ビジネスパーソンにとっての“新しい読み書きそろばん”とも言えます。
 こうした義務教育で教わる内容は、最低限覚えておかないと将来を生き抜く上でリスクが高まる。デジタルリテラシーなどは、これから働き続けるなら、まさに必須のスキルでしょう。
 私はこの必須科目に加え、あと2つ重要なことがあると考えています。
 1つはデザイン思考に代表されるような、本質的な問題を発見して解決するスキルを身につけること。
 そして、これが最も重要なのですが、自分がその仕事をする理由。つまり「内発的動機」のセルフコントロールです。
──「内発的動機」ですか。具体的には、どのようなものでしょうか?
川崎 人の行動要因には、外発的動機と内発的動機の2種類があります。
 外発的動機は「自分がそうしたい」というよりも、上司や社会といった外部からの刺激です。一方、内発的動機は、自身の内面から湧き上がってくるもの。これは、とても強いエネルギーになります。
 実際に私たちアデコグループが2020年に行った3000人規模の調査でも、内発的動機付けに基づいて仕事をしている人のほうが圧倒的に高いパフォーマンスを発揮し、幸せを感じている率が高いとわかっています。
 だからこそ、内発的動機を自ら生み出せるようになることが、学び直すべきスキルのなかで最も重要なのです。
石川 なるほど。それは物事を「始める理由」と「続ける理由」の違いですね。
 何かを始める理由は、外発的動機付けである場合が多い。たとえば子どもの習い事も、親から言われて始めるケースが大半ですよね。でも、それだけだと長続きしません。
 以前、70代・80代の方から、こんな話を聞きました。若いうちは「いくら稼ぐか」が働く価値基準で、そのためにどんなスキルを身につけるかという発想だった。
 でも、年を重ねるにつれ、「いくら稼いだか」よりも「その仕事をどれだけ愛したか」のほうが重要で、価値のあるものに思えてきた、と。
 つまり、仕事を長く続けてきた人ほど、内発的動機付けの重要性に気づくわけです。
川崎 そこに若いうちから気づければ、リスキリングを前向きに捉えられるようになると思います。
 人は「何を学ぶのか?」ばかりに気を取られがちですが、それよりも重要なのは「なぜ学ぶのか?」という動機の部分です。

「何のために生きるのか」を言語化する

──内発的動機を呼び起こすには、どうすればいいのでしょう。
川崎 そもそも自分が「どういう人生を生きたいか」を見つめ直す。つまり、ライフビジョンを持つことからだと思います。
 働くことは、それを叶えるための手段でしかありません。ライフビジョンあってのキャリアビジョンであるべきです。
 しかし、日本のビジネスパーソンは、このライフビジョンを明確に言語化できている人が少ないと言えます。
 先ほど申し上げた調査でも、「自身のライフビジョンが明確である」と回答した人は4割以下。残り6割は「こんな人生を生きたい」という明確なものがない。
 そんな状態では働きがいを持てませんよね。実際に「働きがいを持てていますか?」という質問に対しても、「はい」という回答は4割前後でした。
──6割もの人に明確なライフビジョンがないというのは驚きですね。
川崎 一方で、海外の人に同じ質問をすると、多くの人が明確に答えます。こうした海外との差は、やはり日本の教育や社会システムによるところが大きいと思います。
石川 これまでのように都合のいいロールモデルが存在しない以上、自分の内面からビジョンを生み出していくしかありません。
 特に40代・50代の仕事は、自分の価値観がベースになければ、どんどん行き詰まっていくでしょう。
 以前、とある先輩から「20代は若さだけでいい。30代はスキルや経験を問われる。40代以降になると、それに加えて“志”や“価値観”を見られて、仕事が来るかが決まるんだよ」と言われて、本当にそのとおりだなぁ、と。
川崎 だからこそ、改めて個人にフォーカスし、自律的な人材を育てていくことが重要だと私は考えています。
 そのために、企業研修のあり方も、今一度考える必要がありそうです。
──従来の研修メニューには、どのような課題がありますか?
川崎 国としても山ほど教育訓練メニューが用意されていますし、企業もたくさんの教育コンテンツを持っています。
 ですが、あまり活用されていないのが実情でしょう。いくら素晴らしいコンテンツを用意しても、本人の学ぼうとするスイッチが入らなければ、意味がありません。
 当社も多種多様な教育コンテンツを揃えていますが、まず内発的動機付けを高めるコーチングプログラムを組み込んでいます。
 質問を繰り返しながら、徹底的に内面と向き合ってもらう。極端に言えば、内発的動機付けさえできれば、人は自発的に勉強するようになります。
石川 内発的動機とは、どうすれば自分の心に火がつくか、です。机の前に座って考えているだけでは、なかなか火はつきません。
 じゃあどうすればいいかと言うと、実はそんなに難しくなくて、「いろいろ移動して、いろんな人を見る」だと思うんです。
 たとえば今、イノベーションを起こす人材がどこの会社でも求められていますが、実際にそういう人に触れると、「自分もやってみたい。できるかも」と、自然に心に火がつく。
 人間って、見ることが最大の学びなんです。物理的によく移動している人のほうがウェルビーイングは高いという結果も出ています。
 こうした自分の価値観を言語化するには、それは何も「生涯変わらない、首尾一貫した価値観」である必要はありません。価値観なんて、年齢や経験とともに、どうせ変わりますからね。
川崎 ただ、その言語化が実は非常に難しい。「ライフビジョンがある」と答えた人たちに、「じゃあ言語化してみてください」と言うと、言葉に詰まってしまうケースも少なくありません。
 でも、そこで粘り強く自分と向き合うことが大事です。石川さんがおっしゃる通り、途中で変わったっていいんです。その時は、年齢やライフステージに合わせてまたアップデートしていけばいい。
 近年、パーパス経営を掲げる企業が増えていますが、これからの時代は企業だけでなく個人にもパーパスやビジョンが必要になると思います。
 何のために生きるのかを考え、言葉にする。それはどんな知識や技術よりも、大事なスキルだと言えます。