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ゼロリスクで生きてきた人に限って、交通事故に巻き込まれたりするもんだ。
エラーもしないかわりに全然ヒットが打てない野球選手だけのチームは絶対に勝てない。ボギーは打たないがバーディーとれないゴルフ選手も絶対に勝てない。フラれることを怖れて行動しない奴には恋愛はできない。
ゼロリスク信奉は日本に限った話ではなく、広義の論理的思考力の問題なんですよね。
論理よりも感情が先立つところがゼロリスク信奉なので、なかなか理屈と相容れるのは難しいと思う。世の中を分断を産むだけで、それが埋められることもなく進んでいって、また、リスクを考えざるを得ない出来事が起こった際に、また分断が目に見えるだけなのかもしれない。

そういった場合、ネット空間だったら、関係を切らざるを得ないだろうし、リアルな人間関係なら、距離を置くしかない。
ゼロリスクの議論の前提として、リスクの定義を理解する必要があります。ISO(JIS Q)31000では、リスクは「目的に対する不確かさの影響  影響とは,期待されていることからかい(乖)離することをいう。」と定義されます。この基本的な理解が進んでいないため、次のような基本的な理解が共有されないという問題が起きていると考えます。
1. リスクとは影響であって、事象そのものではありません。例えば、ワクチンを打ったことで副反応が出ることがリスクでは無く、副反応が想定より多く(または少なく)発生することがリスクです。
2. リスクには悪い結果につながるダウンサイドリスクだけではなく、良い結果につながるアップサイドリスクも存在します。「薬が思ったよりも効いた」のは、アップサイドリスクの結果です。リスクの意味は「悪いこと、よくないこと」ではありません。
3. リスクは、その起こりやすさと影響から定量的に評価可能なものであり、評価不可能なものは「不確実性」といわれます。リスクはコントロール可能ですが、不確実性はコントロールできません。
4. リスクの程度が同じでも、その影響は人によって異なります。リスクに耐える力(または許容する力)がある人も、そうでない人も存在します。
5. リスクは、条件が変化するとその大きさや影響も変化します。そのため、リスクを取らないという選択(条件の変化)の結果、新たなリスクが発生することもあります。

理想的には、こうしたリスクの基本は学校教育でしっかりと教えるべきでしょうが、その基礎となる確率統計の知識事項の教育で止まっているのが現状でしょう。なので、リスクとは何かをしっかりと理解することがないまま、「リスク=悪いこと、よくないこと」であり、「ゼロリスクが最善」という意識が国民レベルで広まっているのだと考えます。
有識者の中にもこのような考えの方がたびたび見受けられます。中には、ゼロリスクを持ち出して自分の主張を推し進める「政治的利用」もみられます。リスクの無知につけ込むような主張に対しては、リスクの取り扱いを業とする立場から嫌悪感を覚えることも少なくありません。
人間は何かを行う前に「チャンス」と「リスク」を秤に掛けて判断する

東京五輪では選手が国民に感動を与えることがチャンスで試合場の選手団や観客から新型コロナウイルスが広がるのがリスクである

しかしテレビや新聞はリスクだけを報道し秤に掛けるような議論は進まなかった

日本人の中には感情的な「ゼロリスク」信者が多く存在する。ゼロリスクは「安心」とも言い換えられる。安心の達成レベルは人それぞれで異なり、いくら説明しても絶対に安心できない人もいる

東京五輪を中止寸前まで追い込んだ最大の力はこのゼロリスクである。議論は要らない、イヤなものはイヤなのである。でもこの信者を減らさないと日本の将来は暗い

くれぐれもワイドショーであおられた話を簡単に信用してリスクを過大評価してはいけない