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初めてコメントします。
トランスジェンダーのアスリートがエリートの女子種目に参加する規則については、2020年10月に国際パラリンピック委員会、国際テニス連盟、ワールド・ローイング、国際ゴルフ連盟、国際陸上競技連盟を含む国際競技連盟が議論を行い、以下の点に合意しています。
・女子アスリートの公平かつ平等な機会を確保することに引き続きコミットする
・女子カテゴリーでのトランスジェンダーの女性の参加は、強引な不公平さを生み出さない範囲で、意味のある出場要件の 基準をもって促進されるべきである
・トラスジェンダーアスリートの規則は、スポーツ特有の要素に適応したものであるべきで、適切な国際的連盟によって作られるべきである。
・テストステロンは、男女のパフォーマンスの差を生み出す既に分かっている主な要素であり、血清テストステロンは男子、女子を見分けるため方法として認められるものである。
・連盟が血清テストステロンを使うことを決めた場合、女性のカテゴリーの出場要件は5nmol/L以下という一定の基準を採用すべきである。
・この問題に関してさらなる調査が必要であり、競技連盟はこれを促進すべきである。この会議では国際競技連盟がトランスジェンダーの規則をそれぞれ作成し、医科学ネットワークを構築しトランスジェンダーの アスリートに関する研究を促進するために2つのワーキンググループが設置された。
 
また、国際陸上競技連盟では「高アンドロゲン血症の女性の出場資格に関する規則」を出しています。この規則は、トランスジェンダーのアスリートに限らず、例えばアンドロゲン不応症(男性ホルモンは分泌されているが、受容体変異によりアンドロゲンの作用が欠如する性分化疾患)のアスリート等も考慮した内容となっています。

多様性を受け入れながら公平性を保つためどうすれば良いか。
長年にわたり議論されてきた問題ではありますが、今回オリンピックにトランスジェンダーのアスリートが出場したことを受け、IOCだけでなく国際競技連盟でも更なる議論が進みそうです。
政府が、個人に「生殖腺の除去」という医学的侵襲性の高い行為を求める性同一性障害特例法。一刻も早い改正が待たれます。

スポーツのインクルージョンに関しては、私自身、「シスジェンダーとトランスジェンダーを分けるのは仕方がないのではないか」と思っていました。しかし、専門家のお話を聞いたり、論文を読んでいるうちに、私の中で思い込みのようなものがあることに気付かされました。

例えば、平均身長は性別だけでなく、国ごとにも大きく異なります。その身長の影響が大きそうなバスケットボールは、身長ごとに分けて競技をした方が、もしかしたら公平かもしれません。このように、既存の制度の妥当性を、一旦疑ってみるような態度が必要です。

私たちは、何を基準にスポーツを分けているのか。そもそも、公平性とは何か。最新の医学やスポーツ科学の知見をもって、改めて問い直すべき時期が来ています。
私も勉強が足りないトピックですが、ちょうど先日友人から、ティーンエージャーの姪っ子が「自分は心は男性なので、自分のことは今後チャーリーと呼んで欲しい」と家族に宣言したという話をきいたばかりです。けれど、自認する性とセクシュアリティーはまた別なのだそうで、その子が好きになるのは男性なのか女性なのかはよくわからない、とのこと。自分はこれまでシスジェンダー+ヘテロセクシュアルというマジョリティーのポジションにあり、こういったマイノリティーの人の苦労や苦悩にあまり気付いていなかったと反省しています。今どき、しかもノルウェーで、家族や友人がサポートしない、ということは考えにくいですが、法や規制の点でどのようになっているのかよく知らないな、と思いました。この記事の日本の要件はちょっと前時代的な感じがします。伝統とか今までそうだったから、などで思考停止に陥ってしまわないようにしたいものです。伝統だから、といまだに女性性器切除など酷いことがが行われている国もあります。

私は十代の娘がふたりいますが、娘たちの世代は性やセクシュアリティをもっと柔軟にとらえている印象です。上の友人の娘さん(娘の学校の友達)は、なんの抵抗もなく代名詞が"she" から"he"に変わったと言っていましたし、そもそも、その人が呼んで欲しい代名詞を使う(she、he、 zeなど)のが礼儀のようです。娘たちを見ていると、自分が古い人間であると感じることが多々あります。
この課題を前に進めるためには、既存の法やスポーツ規則をどう変えるかというアプローチから入るのではなく、まずは性別という概念の捉え方を再考することが必要で、法律や規則の問題は次のステップという形で考える必要がありそうです。

こういった課題が社会に浸透し始める際に、「時代の流れでそうなってきたから」「今は◯◯って使ったらダメらしいよ」といった言葉をよく耳にしますが、これは新しい考え方に柔軟なようで、根本的な理解にはなっていないのではと感じています。

個人的には、人々のジェンダーは2つの山を持つグラデーションのように分布されているものと捉えるべきなのかな?とも思ったり。表面的な制度の文言改訂ではなく、土台となる哲学的な議論を深めていきたいですね。
まだまだ自分自身も知らないことが多い領域です。よって、ここから学んでいくことが重要と思います。スポーツにおいてはテストステロンで見ているから、まずは大丈夫なのかなと思っていましたが、この記事を読んで、勉強不足とわかりました。個々を尊重し、お互いが歩み寄っていく社会に、対話を重ねながら進んでいけたらと思います。
先日、トランスジェンダーで元アスリートの杉山文野さんが
『スポーツにおける「公平性」とは何か?  ~トランスジェンダーの競技参加から考える~』というnoteを公開されていました。

こちらも併せてぜひ読んでいただきたいなと思います。
https://note.com/fuminosugiyama/n/na3c7fbaa4f1a

また、テストステロンを基準にするからこそ、逆の問題も発生します。
今大会ではじめて、メダル候補のナミビア、ベアトリス・マシリンギ選手がテストステロンの基準値を上回っていることから、専門の女子400メートルに出場することができませんでした。

同じく、20歳以下の女子400メートルで世界新記録を出したナミビアのクリスティン・ムボマ選手も、400メートル出場ができませんでした。

両選手は200メートルに種目変更したことで今大会は出場することができましたが、それもまた厳しい選択を呑まなければいけない状況となりました。

【東京五輪】 「女性じゃないとは言わせない」 ナミビアの陸上選手、200メートル出場へ
https://www.bbc.com/japanese/58053479
トランスジェンダーならオリンピック出場できるのに、怪我してるだけでパラリンピックになる方が異常。