Why Artificial Intelligence Isn’t Intelligent
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なんでもかんでも「AI」と一括りに呼称してしまう昨今の社会状況の功罪に関する歴史的視点からの考察が WSJ に。以下要約。
Microsoft で CTOを務める Kevin Scott 「人工知能という言葉を口にした途端、人びとは自分自身の知能や、自分にとって何が簡単で何が難しいかということを連想し始め、その期待をソフトウェアシステムに重ね合わせてしまう」と嘆く。
AIは近いうちに、さまざまな領域で人間の能力を大幅に超えるようになるという主張は、Mark ZuckerbergやElon Musk、あるいはOpenAIのCEOである Sam Altman などらにより高らかに謳い上げられてきた。
しかし実際のところ、OpenAI社は Altman へのコメントを控えている。Teslaもまた、公式にはコメントに応じていない。FacebookのAI担当副社長である Jerome Pesenti はさらに一歩踏み込み、AIの分野では、人間レベル、あるいは超人レベルの人工知能を作るといった曖昧な概念ではなく、より科学的で現実的な目標を掲げた方が良いだろうと述べている。
AIやその関連システムを構築するプログラマーのためのツールを提供するクラウドソフトウェア企業、Julia Computing のCEOであるViral Shah は「AI」をどのように表現すべきか、それが将来の能力にとってどのような意味を持つのかを議論するのは好きだが、意味論にとらわれることはない」と言う。そして「哲学的な質問はやめにしよう」と訴える。
AI 黎明期の1950年代半ばには、AIという分野をどのように呼ぶかについて、友好的な議論が行われていた。この分野の創始者である Herbert Simon (1978年ノーベル経済学賞者)は、現在我々が AI と呼んでいるものを「Complex Information Processing 」と呼ぶべきだ。と主張していたという。