伊賀大記

[東京 16日 ロイター] - 日本の新発10年国債利回り(長期金利)がゼロ%を視界に入れてきた。2019年夏のような日銀の利下げ観測が高まっていない中での金利低下には、過去最大の円債買いを行った海外勢の存在が大きい。ヘッジファンドなどが「リフレトレード」をいったん諦めたことによるポジションの巻き戻しが日本にも波及し、金利低下を促している。

<金利上がらず方針転換>

ある外資系投信の債券ファンドマネージャーは、米長期金利が1.4%を割り込んだことでショートポジションを外したと明かす。インフレ高進と米連邦準備理事会(FRB)のタカ派転換を警戒し金利上昇を見込んだ債券売りのポジションを構築していたが、金利が上昇せず低下に転じたことで方針を転換したという。

債券市場関係者の間でよく聞かれるのが「Capitulation(降伏)」という言葉だ。「CPI(消費者物価指数)が強くても、FRBがタカ派方向に転換しても、米長期金利は上がらなかった。節目を割り込んだことで、ショートポジション閉鎖の動きが一気に出た」と、アライアンス・バーンスタインの債券運用調査部長、駱正彦氏は分析する。

日本の長期金利が低下しているのも、こうしたリフレトレードの巻き戻しの波及が一因だとみられている。ヘッジファンドなどの投機勢は、6月末時点5.9万枚あった米長期国債先物のショートポジションを前週末に2.5万枚に縮小。その過程で、日本国債の先物にもショートカバーを入れた可能性がある。

7月4日―7月10日に、海外勢は日本の中長期債を2兆5678億円買い越した。遡及可能な14年1月以来、過去最大の規模だ。為替スワップによる上乗せ金利の拡大などの要因もあるが、海外勢のショートカバーで国債先物が現物債券に対し割高になった反動で、先物売り・現物買いが入ったとの見方が多い。

<日本株には「逆風」>

金利低下は通常、株高要因だが、株買い・債券売りの「リフレトレード」の巻き戻し過程では、話は別だ。米国株は他のリフレ資産から逃避する形で資金が流入し最高値水準にある一方、MSCI新興国株指数などは軟調となっている。

米国の金融緩和継続期待が高まることは「ゴルディロックス(適温)相場」の継続を期待させ、日本株にとってもプラスとなる。しかし、日本株はバリュー株の象徴として位置づけられており、その面では金利低下はネガティブ要因だ。

ドル/円は、相関性が最近高い米5年債の金利低下が限定的であるため円高はそれほど進んでいないが、金利低下は日本株にとって今のところ相対的なパフォーマンスを弱める「逆風」となっている。

「中国経済減速に不安が強い中、世界景気のピークアウト懸念もリフレトレードの巻き戻しの要因だ。日本は世界の景気敏感株であり、金利低下によるバリュー株軟化と合わさり、出遅れ感が強まっている」と、フィデリティ・インスティテュートのマクロストラテジスト、重見吉徳氏は指摘する。

海外勢の日本株売買(現物と先物合計)は、6月第5週が5808億円、7月第1週が2048億円、年初来の累計では1兆4611億円と売り越しが続いている。円債の買い越しトレンドとは、大きく異なる状況だ。

<白熱するインフレ議論>

投機勢は、ショートカバー体制にいったん入ると一気にロングポジションまで積み上げる傾向がある。「円債先物はすでにロングとなっているもようだが、トレンドフォロー型のCTA(商品投資顧問業者)などは米金利が低下した局面で、円債先物も買う可能性がある」と、野村証券のチーフ金利ストラテジスト、中島武信氏はみる。

ただ、インフレを巡る議論は白熱している。FRBのパウエル議長は14日、物価の高進が一過性であるという認識を改めて示した。発言内容は従来とほぼ同様だったが、米国のCPIや卸売物価指数(PPI)が上振れる中でも発言が変わらなかったことで金融緩和継続への安心感が広がり、金利が低下した。

一方、ブラックロックのフィンク最高経営責任者(CEO)は14日、物価高騰が一時的との見方を否定、FRBはインフレの高まりに対応せざるを得なくなると述べている。「1970年代のようなインフレになるとは言わないが、物価上昇率が2%を超えて恐らく3.5─4%になる世界を私はまさに考えている」という。

ポジションの巻き戻しであれば、いつかは終わる。債券のポジションがショートからロングに変わったとしても、長期的に新型コロナウイルスワクチンの普及とともに経済が回復するとすれば、大幅な積み増しにはならない。インフレが一時的かどうかの議論は、少なくとも秋までは続く見通しだ。きっかけがあればすぐにリフレトレードが再開する可能性も小さくはない。

(編集:田中志保)