2021/7/21

ビジネスエリートが集まる“超合金”医療スタートアップの正体

NewsPicks Brand Design Editor
  急速な人口減少が予測される日本で、医療は指折りの成長産業だ。
 この巨大市場で、急拡大を見せるのがUbie(ユビー)。医師とエンジニアが、2017年に創業した医療スタートアップ企業だ。 
 創業4年目にして、累計44.8億円の資金調達に成功。市場の成長性とプロダクトの独自性に、投資家やベンチャーキャピタルから高い期待が寄せられている。
 さらに、Google Japanの元事業統括部長、リクルートやメルカリ、DeNA、エムスリーなどの事業会社、ボストン コンサルティング グループやモルガン・スタンレーなどの外資プロフェッショナルファームで経験を積んだビジネスエリートが集い、社員数は120名を突破。
 あらゆる業種の異能が融合する、“超合金”スタートアップとしての顔を持つ。
 肝心のサービスは、BtoBの「AI問診サービス」BtoCの「AI受診相談サービス」 という、極めてオーソドックスなものだ。
 果たして、このシンプルなサービスのどこに勝ち筋があるのだろうか。
 Ubieの阿部代表に、ビジョンと成長戦略を聞いた。

医療業務の効率化は待ったなし

── コロナ禍の影響もあり、医療業界に注目が集まっています。ビジネス環境としての特徴を教えてください。
阿部  そもそものマーケットの大きさに加え、解くべき課題が山積している業界です。
 最も大きな課題は、高齢者の増加に伴い、医療へのニーズは確実に増える一方で、労働人口は減少する、という構造的なもの。
 こうした状況の改善に、テクノロジーやビジネスの力が必要不可欠なのは、NewsPicks読者のみなさんなら、きっとおわかりだと思います。
 私は起業以前から医師として大学病院などで働いてきたので、こうした業界の課題を肌で感じていました。
2015年東京大学医学部医学科卒。東京大学医学部付属病院、東京都健康長寿医療センターで初期研修を修了。その後、データサイエンスの世界へ。独学でアルゴリズムを学び、Ubie質問選定アルゴリズムを開発。2017年5月にUbie株式会社を共同創業、医療の働き方改革を実現すべく、全国の病院向けにAIを使った問診システムの提供を始める。2019年12月より、日本救急医学会救急AI研究活性化特別委員会委員。
── 深刻な人手不足は、今までどのように対応していたのでしょうか。
 日本のクオリティの高い医療は、志ある医療従事者の献身によって支えられてきました。
 実は全体の約40%の医師が、過労死ラインといわれる月80時間、うち10%の医師はその2倍を上回る月166時間の残業をしています。
 月166時間というと、1日約16時間労働に相当する、過酷な労働環境です。
 それだけでもサステナブルでないのですが、さらなる困難が生まれています。
「働き方改革」の波を受け、国から2024年までに全医師の残業時間を月80時間に収めましょう、と号令がかかったのです。
── 急ピッチで業務を効率化しなくてはいけなくなった。
 その通りです。そこで、医療業界では急速にテクノロジー導入が進んでいるわけです。
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 ですが、これはあくまで院内における発想です。
 さらに深刻なのは「患者さんが適切なタイミングで診察を受けられていない」という問題。これには、医療機関の「外」からのアプローチが必要だと考えています。
── 医療機関の「外」ですか?
 きっかけは、私の研修医時代の経験です。
 ある夜、救急外来で当直勤務をしていると、看護師さんから「腰痛の48歳の女性が運ばれてきます」とコールがかかってきました。
「これは整形外科かな」と想定しながら駆けつけると、その方はかなりやつれている様子で、ただの腰痛には見えません。
 話を聞いていくと、2年前から血便が出る、ここ最近で体重が急減しているなどの症状があるとわかった。駆け出し医師の私でも、「これは大腸がんの骨転移ではないか」と予測ができました。
 そして、翌日に精密検査をすると、予測は的中。がんはすでにステージ4※と、もう手の施しようがない状態でした。
※ステージ4:がんの進行度を表す0から4までのステージ(病期)の最終段階。大腸がんの場合、ステージ4の5年後の生存率は19%程度とされる(大腸癌研究会HPより)。
  この経験に、私は悔しさとともに強い違和感を覚えました。 
 もし、あと2年早く診察ができていれば、その患者さんはあと40年は生きられたかもしれない。大腸がんは、早期発見で十分治せる病気ですから。
 ですが、彼女は「仕事が忙しくて、ついつい受診を後回しにしてしまった」と。
 この言葉を聞いて、適切なタイミングで患者さんに診療を受けていただく必要性を切に感じました。
 もし、病気の早期発見・早期治療ができれば、患者さんの通院・入院期間も短くなりますし、病床不足や医師の長時間労働など、医療リソースの問題も改善できます。
 院内業務の効率化に加え、院外でも最適なタイミングで医療にアクセスできる環境整備が必要だ──そう考え、起業する決意をしました。

4年がかりで作りあげた「秘蔵」のデータベース

── それらの課題を解決するために、Ubieではどんなプロダクトを提供しているのですか。
 サービスは2つあります。
 1つは、医師が患者さんに病歴や症状を聞く行為=問診を効率化するシステム「AI問診ユビー」です。現在、400を超える医療機関に導入いただいています。
 これは、医師の残業時間の大部分を占める事務作業を効率化できないか、という発想から生まれました。
 医療機関に行くと、はじめに看護師さんから、紙の問診票が手渡されますよね。
 その代わりとして、タブレット端末を手渡し、AIが自動で分析・生成する症状に関する約20の質問に答えてもらうのです。
 続いて、回答内容を、医療用語に置き換えた「診察の下準備シート」として医師に転送します。
 これにより、カルテの9割があらかじめ埋まった状態で診療がスタートするので、問診の時間を3分の1程度に短縮できるのです。
── 便利そうだと感じる一方で、サービス自体は極めてシンプルです。競争優位性はどこにあるのですか。
 おっしゃる通りで、小学生でも思いつく、単純なアイデアだと思います。
 実際、私たちが参入するはるか前の1990年代にスタンフォード大学が、2010年ごろには、IBMも同様の研究を行っていました。
 ですが、どのプロジェクトもクローズしてしまった。おそらく、AIのインフラが整っていなかったことや、ビジネス化のめどがつきにくかったのが原因でしょう。
 というのも、症状から参考病名を提示する最大の難しさは、「症状と病名の紐付け」にあります。これに、膨大な時間と労力がかかるのです。
 私も共同創業者とともに、約5万もの論文に目を通し、あらゆる病気とそれに顕著な症状の病名の紐付け作業を行いました。
 AIの「脳みそ」となる機械学習ライブラリに、一つ一つ粒度を考慮しながら症状のデータを打ち込んでいく、砂金拾いのような作業です(笑)。
 幸い、私たちは2013年の第三次AIブームの波にうまく乗れたこともあり、約4年の歳月を経てプロダクト化にこぎつけました。2017年、創業時のことです。
── 地道な作業の積み重ねがサービスにつながったのですね。現在、競合プロダクトはありますか。
 海外でいくつかありますが、日本では今のところ私たちのサービスだけという認識です。
 参入障壁も、かなり高いと踏んでいます。
 2年前であれば、後発でも追いつけたかもしれませんが、今からは難しいでしょう。
──それはどうしてでしょうか。
 利用者が増えれば増えるほど、データベースの精度が高まる仕組みになっているからです。
 また、順天堂大学病院や慶應義塾大学病院といった、名実ともに最高峰に位置する病院の多くに導入いただいているのも大きいですね。
 医療業界は、とにかく信用が大事な世界なので、こうした実績をベースに他の医療機関へも着実にアプローチしていきたいと考えています。
── すでに、医療機関との信頼関係を構築しているわけですね。もう一つのプロダクトについても教えてください。
 もう一つは、「AI問診ユビー」を一般生活者向けに改変したWeb医療情報提供サービス 「AI受診相談ユビー」です。
 PCやスマホでサイトにアクセスし、症状に関する20問程度の質問に答えていくだけで、参考病名と適切な受診先を知ることができます。
 さきほどの患者さんでいえば、血便や体重の急減などの症状が現れた時、このサービスで3分間ほど質問に答えていけば、適切な受診行動の手がかりにできる。また、回答結果をもとに適切な医療機関や診療科の案内も行っています。 
 現在ローンチから1年ほどですが、コロナ禍の影響もあり、月間利用者が100万人を超えました。
 このサービスを通じて、医療機関の「外」からも、疾患の早期発見・早期受診にアプローチしたいと考えています。

巨大市場で描くUbieの「大戦略」

── ここまで順調にビジネスを伸ばされています。事業としては、この2つのプロダクトをグロースさせるのがゴールなのでしょうか。
 いえ、まだまだこれからです。我々がやるべきこと、やれることは山のようにあります。
 戦略は、大きく3つです。
①医療データプラットフォームの構築

②周辺領域での積極的な協業・事業創出

③グローバル進出
 まずは、①医療データプラットフォームの構築です。
 現在、Ubieには「AI問診ユビー」と「AI受診相談ユビー」の2つのプロダクトを通じて、日夜膨大な量のデータが集まってきています。
 たとえば、疾患の発症歴や服薬歴、年齢・性別・地域ごとの疾患傾向など。これらのデータは、これまで医療機関ごとで分断されていました。
 そこで私たちは、プラットフォームを通じてデータを結合し、新たな医療エビデンスの発見や、患者さんと医療機関の適切なマッチングなどに役立てていきたい。
 目指すは、医療版の「Google」です。
 一般生活者にとっても、医療機関にとっても、受診のシーンでは絶対に使うでしょう、というサービスにしていきたいと考えています。
 2つ目の戦略は、②周辺領域での積極的な協業・事業創出です。
 現在のビジネスパートナーは病院やクリニックなどの医療機関がメインです。
 今後は、それ以外にも製薬会社や研究機関、地方自治体、保険会社などさまざまな業種とのアライアンスを視野に入れています。
 すでに実行に移っているプロジェクトもありますが、共同研究を行う、保有データを組み合わせる、ビジネスやプロダクトを開発するなど、コラボレーションの可能性は無限に考えられます。
──他社と協業しながら、国内マーケットでのプレゼンスを高めていく、と。
 はい。その上で、事業を非連続的に成長させていくには、③グローバル進出 が欠かせません。
 世界で見ても、医療マーケットは年々拡大しています。 
 2014年に9兆ドルだった世界の医療費は、2040年には24兆ドルになるとされています。
 先進国の高齢化や、新興国や途上国の経済発展にともない、医療行為を受ける人口そのものが増加しているのが主な理由です。
 そこで私たちは、この日本で培った医療ソリューションを、全世界に輸出していきたい。
 医療ビジネスの面白いところは、国を超えても、相手が人間であれば提供価値がほとんど変わらないことです。
 もちろん、国ごとの細かな医療ルールや、疾患の発症傾向の違いなどはありますが、基本的なソリューションは変わりません。
 つまり、私たちのビジネスターゲットは「全人類」というわけです。
 初手として、Ubieは半年前にシンガポール法人を設立しました。今まさに、現地の病院にプロダクトのセールスを行っています。
 まずはアジアから、ゆくゆくはグローバルに。世界中の人々の健康に寄り添っていきたいと考えています。

急成長の裏にある独自の「組織戦略」

── 2つのプロダクトのローンチ、グロースに加えて海外展開まで。創業4年で、Ubieがここまで成長できた「秘密」があれば教えてください。
 秘密、ですか。そうですね。よく驚かれるのは、事業組織を2つに独立させていることです。
──どういうことでしょうか。
 私たちは創業の時から、事業を進める上でのスピード感を重視しています。
 プロダクトの非連続的なグロースのため、1年前には事業部を採用基準やマネジメント体制、行動指針の違う、2つの組織にわけました。
 一つは、プロダクトや事業の開発・新規立ち上げ(0→10)をミッションとする「Ubie Discovery」、もう一つは、そこで立ち上がった事業のグロース(10→100)を担う「Ubie Customer Science」という組織です。
※人数は2021年6月末時点のもの。
 組織の分離を徹底するため、オフィスでの執務フロアやSlackのワークスペース、Googleのドライブなども完全にわけています。
 組織間のコミュニケーションもあえて限定し、最低限のKGI(目標達成指標)の共有などに留めています。
── なぜ、そこまで徹底してわけているのですか。
 それぞれの組織に、最適なカルチャーを醸成するためです。
 事業の0→10フェーズは、スピーディなアイデアの仮説検証が肝になります。
 そこで「Ubie Discovery」では、階級や役職を取り払ったホラクラシー組織を採択。各人が裁量を持ってアイデアをすぐにアクションを移せる「実験の場」としての雰囲気を重んじています。
 一方の10→100では、プロダクトを最速でユーザーに届けるオペレーション体制の構築が欠かせません。それを担う「Ubie Customer Science」では、レポートラインを整えた階層型の組織を組成し、メンバー一丸となって目標に向かう「チームプレー」を大切にしています。
 2つの組織が役割にあった最適なカルチャーを形成するからこそ、それぞれのチームが最高に気持ちよく、最も高い成果が出せるのです。
── 違う強みと役割を持った組織が一つの大きなミッションに向かっていく。さながら超合金のようですね。反発が起こることはないのでしょうか。
 はじめは情報共有などの面で少しだけ不便もありましたが、今では自分たちでもびっくりするほど、うまく機能しています。
 むしろ、お互いのチームへのリスペクトが自然と生まれ、各々のプロフェッショナリズムに磨きがかかっているように感じますね。

トップビジネスパーソンが集う理由

── 0→10、10→100で組織をわけるのは理にかなっていると思う一方で、実際に運用するのは難しそうです。なぜ、Ubieではこうした組織体制がワークするのですか。
 それはシンプルで、成熟したメンバーが集まっているからだと思います。
 私たちはスタートアップですが、投資銀行やコンサルティングファーム、Googleやリクルート、DeNAなど事業会社の出身者から、医師、製薬関係など医療現場の経験者まで、さまざまな業界・業種から人が集まっています。
 共通しているのは、事業への本気度や、まっすぐコトに向かう姿勢。これは、0→10、10→100の組織をまたいでも変わるものではありません。
 もちろん、多くのメンバーがマーケットや事業そのものに魅力を感じてくれています。
 ですが、それ以上にさまざまなスキルを持つメンバーと、大きなビジネスで真っ向勝負がしたいと、入社を決めてくれる方が多いですね。
── 優秀なメンバーと働きたいけれど、給与の面でスタートアップへの転職に二の足を踏むビジネスパーソンも多いです。
 私たちもスタートアップなので、今は潤沢に資金があるわけではありません(苦笑)。
 ですが、世界で戦えるプロダクトを作ると考えた時、このタイミングでの事業開発やサービスの磨き込みは欠かせない。
 なので、採用基準は絶対に落とさず、新しくジョインしてくれる仲間には、市場の水準より高い給与に加えて、ストック・オプション(SO)をお渡しており、上場時までの総報酬期待値は極めて高いと自負しています。
── 差し支えなければ、上場時の時価総額はどのぐらいを目指しているのでしょうか。
 まだまだ道半ばではありますが、数兆円規模の時価総額での上場を目指しています。
 ですから、ここから「大きなビジネスを仕掛けてやるんだ」という気概を持ったメンバーを求めているんです。
── 医療ビジネスときくと、どこかソーシャルグッドなイメージを持ちますが、Ubieは徹底的に事業にコミットする姿勢が印象的です。
 もちろん、事業が事業なのでソーシャルグッドなのは間違いありません。
 ですが、それ以上にロジカルに議論を展開し、パワフルにビジネスを推進していくメンバーが多いのは、おっしゃる通りですね。
 Ubieを創業する前、私は一人の医師として「自分をどこに投資すると、医療のリターンが最大化できるか?」を考えていました。ここでのリターンとは、人々の健康寿命の延伸です。
 医師として働き続ける、研究の道に進む、NPOを立ち上げる。いろいろな選択肢がありましたが、最終的には起業を選びました。
 ソリューションの開発や社会実装、人材や資金の調達などの面において、柔軟なオプションを持ち、多くの人に価値を届ける手段として最適だと考えたからです。
 現場の外から、業界の中枢にある課題に切り込み、医療のROI(Return on investment)を最大化していく。
 その結果として、世界中の人々の健康寿命をのばせるとしたら、これほどインパクトの大きいビジネスはないと確信しています。
 ミッションである「テクノロジーで人々を適切な医療に案内する」の達成に向け、これからも医療というビジネスのフロンティアで挑戦していきたいと思います。