伊賀大記

[東京 17日 ロイター] - タカ派的なFOMC(米連邦公開市場委員会)を受けた金融市場では、金利上昇・ドル高・株安が進んだが、反応は限定的だった。低金利によるカネ余りに大きな変化はないとみられたためだが、世界を見渡すと金融緩和環境に変化の兆しも見え始めてきた。心地よい「ゴルディロックス」な相場環境が続くかどうかは微妙な段階に差し掛かっている。

<「対話」に成功>

FRB当局者の今後の見通しを示すドットチャートの予想中央値で、2023年末に2回の利上げが予想されるなどタカ派的なサプライズ感もあったFOMCだが、その後の市場反応は意外と小さかった。

米10年債利回りは16日の米債市場で一時、1.594%と、6月4日以来の高水準を付けたものの、3月30日の1.776%には届かず、17日のアジア時間に入ると低下に転じた。米主要株価3指数の下落率はいずれも1%以下で、金利上昇に最も敏感に反応するはずのナスダックは0.24%安にとどまった。

「マーケットとのコミュニケーションがうまくいっている」と、シティグループ証券のチーフエコノミスト、村嶋帰一氏は指摘する。2013年のテーパ―タントラム(かんしゃく)のような状況を避けるべく、市場が驚かないように微妙な姿勢変化を織り込ませていると評価する。

「議論をすることについて議論した」──パウエルFRB議長はFOMC後の会見でテーパリング(緩和縮小)について、非常に慎重な言い回しをした。政策変更をいきなり始めることはない、ということをくどいくらいに市場に織り込ませようとしており、市場も今のところ強いリスクオフ反応をみせていない。

<「財政従属」の米国>

米国は、低金利環境を止められない状況にも直面している。政府債務が積みあがっており、金利上昇は利払い費の増加となって財政を直撃するためだ。金利上昇とともに景気が回復すれば税収が増加するが、金利だけが大きく上昇すれば、財政状態は一気に悪化する。

米議会予算局(CBO)の予想では、21年度の公的債務額は21兆0190億ドル(約2310兆円)、対国内総生産(GDP)比は102.3%だ。現時点でも、単純計算で金利が1%上昇すれば利払い費が23兆円増える規模となっているが、CBOは51年のGDP比率は202%に達すると試算している。

フィデリティ・インスティテュートのマクロストラテジスト、重見吉徳氏は金融政策がいわゆる「財政従属」の状態にあると指摘する。「政府債務が大きくなりすぎたために、金融引き締めが容易にできない状態になっている。インフレもある程度であれば、債務を減らす方向に作用する」という。

タカ派的な印象に隠れてしまったが、今回のFOMCでは政策金利は据え置き、月1200億ドル(約13兆円)の資産購入も継続された。超過準備の付利金利(IOER)は引き上げられたが、テクニカルな修正とみられている。「カネ余りの状況はしばらく続く」(重見氏)見通しだ。

<「潮目」は変化>

ただ、相場環境の「潮目」は変わりつつある。新型コロナウイルス変異種の感染が広がっているものの、ワクチン接種の広がりで、経済再開(リオープン)の方向に踏み出し始めている国が増えている。

一方、一般物価や住宅価格の上昇などインフレ的な動きが強まる中、一部の国では、金融緩和のアクセルを弱め始めている。4月にはカナダ銀行がテーパリングに乗り出し、来年中に利上げする可能性を示唆。イングランド銀行も5月に、週間の国債買い入れ規模を減らした。ブラジル中央銀行は16日に3会合連続での利上げを決定した。

FRBもアクセルを緩め始める時期はともかく、これまでの姿勢を変化させたのは間違いない。アライアンス・バーンスタインの債券運用調査部長、駱正彦氏は、想定内のタカ派シフトだったと指摘。「米国でのワクチン接種が進み経済正常化に向かう中では、これまでの金融緩和姿勢がいずれ修正されるとみていた」と話す。

「ゴルディロックス」とは童話に出てくる少女の名前で、話の中に登場する適度な温度のスープにちなみ、マーケットが心地よい状態にあることを指す。

景気回復期待が強まっても、低インフレの中では金融緩和環境が続くとの見方から、金利は低く抑えられ、株高の原動力となってきた。金融相場から、景気回復をエンジンとする業績相場にスムーズに移行することができるのか、これから正念場を迎えることになる。

(伊賀大記 編集:石田仁志)

*本文1段落の誤字を修正しました。