【須藤憲司×西山圭太】DXに必要な「抽象化」と「現場力」

2021/7/1
いま、会社、産業、社会、そして国家、個人までが、DX(デジタル・トランスフォーメーション)の「対象」かつ「主体」となる時代が到来しているー。
こうした時流のなかで、我々はどんな戦略を描けばいいのだろうか。
今回、経済産業省商務情報政策局で局長を務めたキャリアを持ち、『DXの思考法』を最新上梓した西山圭太氏と、元リクルート最年少執行役員で、現在はDXの専門集団Kaizen PlatformのCEOを務め、NewSchoolでも「DX」をテーマとしたプロジェクトの講師を務める須藤憲司氏の対談が実現。
2人のDXのプロに「DXの思考法」について存分に語ってもらった。

DXの要諦は「抽象化」にある

須藤 西山さんの著書である『DXの思考法 日本経済復活への最強戦略』では、「DXの要諦は『抽象化』にある」と書かれていました。
アメリカと日本、中国などの企業と取引すると、「経営」という言葉の意味がそれぞれで異なっている印象を持ちます。そして、日本において経営が舵取りできる範囲は非常に狭い。おそらく急激に舵を切ってしまうと、船ごとひっくり返ってしまうからでしょう。
そんな小さな舵さばきを、少しずつでも変えていく必要性を感じています。「抽象化」こそが舵の切り方の一つになっていくのではないかと。
ただ、悩ましいのは、アグレッシブに転換をしようとすると「イノベーションのジレンマ」が起きてしまうことです。
西山 舵の範囲の狭さは、もちろん感じます。「イノベーションのジレンマ」も、日本は現場力が強いからこそ起こる事例だと思います。
須藤 欧米や中国より、日本は現場力が圧倒的に高いために品質も上がり、劇的な変革ができないというジレンマを、実際にDXの仕事を通して常に感じています。属人化と提供価値のコモディティ化という、表裏一体の問題です。
西山 著書では「抽象と具象を行き来する」と記しましたが、「現場力」と「抽象化」はともに必要です。物事を抽象化して空中戦を考える人材と、それを現場で具現化する人材は共存していなければなりません。
ただ、両者のミッションは異なるため、自分のやり方で相手を染めようとするのもご法度。互いが良さを生かすためにも、両者が尊敬しあえる関係が理想になります。
須藤 「抽象」と「具象」という表現のように、DXで抽象化に成功した企業の見る世界と、DX化の最中である企業の見る世界では、おそらく大きな違いがある。実際にバイトダンスやアリババ、フェイスブックの人材と話していても感じることです。
とはいえ、彼らのやり方をそのまま日本企業の経営に当てはめることも、間違っているのではないか、という仮説もあります。
現状、日本の大企業をはじめとする大組織の問題の根源には、箱としての企業や環境の影響があると考えています。多くの企業や組織は重たい船であり、過去の歴史や巨大な負債を抱えて走っているタンカーと言えます。もちろん、そんな巨大な船はモーターボートのようにはなかなか扱えません。
一方、抽象化された経営から見える世界も当然あります。そこへのアプローチ方法として、例えばジョイントベンチャーを作るのも一つです。あるいは新規事業を作ってスピンアウトさせる方法もあるのかもしれません。
ただ、これまでと同じ箱の中で挑戦をする選択肢は、あまりセンスがないと感じてしまいます。どうすれば大企業や大組織が抽象化にチャレンジできるかが、実際に現場でDXに関わっている人たちを支えながらも、毎回考えてしまいます。

「よそ者」「ばか者」「若者」

西山 私も役所時代のうち、4年間は東京電力というまさに典型的な大企業に在籍していました。当時を振り返ると、東京電力という箱のなかで新規事業を立ち上げるのには、かなりの難しさを感じていました。まさに箱を変えるように、今までと異なる空間をつくる必要性は迫られていました。
東電でもう一つ感じたことは、社員を見渡すと「友達が少ない」のではないかということです。
大袈裟かもしれませんが、人間関係が家族と親戚、それに加えて自分の部門の同僚だけで完結してしまう。もちろん学生時代の同級生など、友達と言える存在はいるはずです。ただ、自分と全く異なるバックグラウンドを持った人材との交流が少ないのでは、という印象でした。
官公庁や日本の大企業に勤めながら、箱を突き破って新しいことにチャレンジするには、その組織内の人材、仲間だけに支えられて実現するのは、難しいと思います。組織内の人材はリスペクトしながらも、異なる組織の人材と互いに刺激し連携し合いながら、お互いの力を借りていかなければチャレンジすらもままならないと思います。
須藤 そういう意味でも、同じ箱のなかだけでは無理だと。
西山 そうです。オープンイノベーションという言葉が表現していることには、そうしたことも含まるはずです。
当時の東京電力の例に戻ると、毎朝全員のデスクの上に業界紙が置かれていました。もちろん、その業界紙が悪い新聞だと言いたいわけでは決してありません。私もお世話になりました。
しかし、毎日自分の身を置く業界紙を読むことから仕事をスタートさせるという習慣を全員が持つということは、明らかに組織としての視野を狭めるし、結果として自分の今ある箱の環境を復習して再生産することにつながることになります。
読む習慣をつけるのであれば、むしろ自分の属していない業界の専門紙であるべきです。そういったちょっとしたことを変えるだけでも、刺激は生まれるのではないかと思います。
須藤 確かに箱の問題に、同質化した人が同質化した会話をし、同質化した意思決定をする点がありますね。
西山 サラリーマンは誰もが「しっかり仕事をしたい」と真面目に考えているので、そこに同質化が重なってしまうと、箱の大枠は気にすることなく、細部ばかりに注意を払うようになってしまいます。その状態では、DXもままなりません。
毎日自分の業界の専門紙を読むということも、本人からすれば、「同業他社から学ぼう」というつもりのはずです。
心掛けは間違っていませんが、結果として業界の秩序という現状を再確認することにつながり、昨日と今日で変化が生まれない状態に陥ってしまいます。まずはその習慣を変えなければ、舵を切る余裕もなくなってしまいます。
須藤 今いる環境を復習して再生産している以上、いくらトップが危機感を持ちメッセージを出したところで、部下たちは過度にプレッシャーを感じたり、あるいは冷ややかな反応にもなりがちです。
ただ、同質化の問題があるからこそ、私のような縁もゆかりもない外部の人間がポツンと入ると、会議も盛り上がったりするのでしょうね。変化を起こすのは、「よそ者」「ばか者」「若者」とは、まさにその通りだなと。
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とにかく門を叩いてみよう

西山 役所時代には、箱を外そうと、吉本興業の「よしもと住みます芸人」を真似して「住みます役人」と名付け、若手を企業に送り出す試みをしました。
例えば須藤さんのKaizen Platformのオフィスに、「勝手に席を確保して、一週間そこにずっと座っていろ」と向かわせるという具合です。
役人も多くは真面目ですから、民間企業と関わる際も時間を頂く以上はしっかり事前に勉強して臨もうとします。そして、ヒアリングするための質問も作ってしまいます。
もちろん真面目さは尊ぶべきですが、そこに罠があります。事前に質問を作ることから始めると、その質問は自分の理解していることの範囲内からしか生まれません。
それが結果として学びの可能性を狭めてしまいます。また答える側も、自分にとってあまりにも当然なことは、本当は相手には役立つことであっても、説明しないものです。
それを避けるためにも、「間違ってもヒアリングとかしてはいけない。ずっとただ座っていなさい。職場で働く人々が毎日何時に出社し、何を着ていて、どんな話題で笑い、何をランチに食べているかをじっと観察するだけでいい」と伝えていました。
役所の当時は、若手の発想を箱から外すための準備運動のつもりで、こうしたことを試していましたね。
須藤 ほかの企業を実際に訪れてみれば、自分たちの何がおかしいか如実にわかりますね。
西山 誰に会うかも大事です。自分の会社として或いは世間的にいかにも当然という立場にある人に会うことでなく、「面白そうだ」と感じたらとにかく門を叩いてみる、というのが大事です。
もちろん、私もそうでしたが、お門違いだと門前払いされることもあります。しかし、お互いにすごく貴重な出会いになり、話題が盛り上がって色々と教えてもらえる場合の方がずっと多いです。
須藤 「面白いと感じたので、その面白さを教えてください」と聞いてみると、案外教えてくれますよね。
西山 もちろん同業他社が「教えてください」と頼んだら難しいでしょうが、例えば役所と民間企業くらい離れた距離があれば、相手も「役所とウチではそんなに違うんだ」と面白がって教えてくれます。
須藤 職場での会話をはじめ、会議に出席してみるだけでも効果はありそうです。
最近はリモート会議が主流なので他社の会議にもかなり出席していて、面白い発見も数多くあります。外資系企業でも、むしろ外資系企業ほど忖度は蔓延っていますし、全ての会議書類にレビューが必要になったり、どんな発言をするか?まで打ち合わせをする事もあり「まるで将軍様に謁見する江戸時代のよう」と思うところもあったりします。
西山 少なくなさそうです。
須藤 カバン持ちもリモート化され、インターンも私の出席する会議に同席したりしています。「あの会議は何だったんですか?」など、会議後に聞かれたりして気づきもあります。
西山 社員全員参加で役員会を行っている企業があると聞きました。そうすると役員も、「真面目に議論して、かつ何か結論を出さないとまずい」と感じるらしいですね。やはり見られると、何も決めていないことがバレてしまいますから。
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会社という「箱」を外して発想しよう

西山 大きな組織では、「ともかく沢山資料を集めて細かく記述すれば正しい意思決定に近づく」という誤解があります。「大雑把にまとめることは間違い」だと思い込んでいるんです。
これも東電での経験ですが、電力自由化が始まった頃に担当者に新しい電力契約プランの説明を求めると、「西山さん、ちょっと10分頂けませんか。」と言って長い説明が始まってしまう。
「いやいや、ちょっと待ってくれ」と。
須藤 一般的に電気の契約を交わす際、説明を10分も聞きませんからね。
西山 本当は社員も私生活ではわかっていて実践しているはずなんです。「10分頂きます」と言っている社員も、(その人は男性だったので)帰宅して奥さんから「近所に新しいイタリアンレストランができたけど、あそこ美味しいと思う?」と聞かれて、「ごめん、10分くれ」とは口にしていないはずです。
長く説明すれば正しさに近づくという考えは、実は私生活では普段やらない行動であり、まさに会社という箱の中に入っているから起こる発想と言えるのです。
須藤 その箱を外すことが、DXを進める上でも重要になりそうです。
西山 箱を感じない状態は、仕事をしていても楽しいものです。当然失敗するときもあれば、リスクを取ることでストレスを抱えたりもします。
ただ、自分の経験からいえば、細かなことにこだわって前に進めないよりも、ずっと楽しいです。基本的に楽しいかどうかは、仕事がうまくいっているかどうかを測る上での単純かつ重要なバロメーターだと思います。
決してヘラヘラ笑いながら仕事をすることではありませんが、役所でも民間会社でも、若手が仕事を楽しく感じないのであれば、何かの不具合があり、本当の成果は出せないはずです。楽しくなければ、内容的にミスも起きたりして、当然長続きもしません。
須藤 言われなくても考えてしまう、あるいは放っておいても追及するような好奇心は本当に重要です。
失敗や成功よりも、「こうなんじゃないか」という実験や探求の先に何かを見つける。仕事はその繰り返しですからね。
西山 楽しく仕事をしていると、徐々に自分の人生が多彩な意味あるものとして見えてくるはずです。
すると、今目の前にあることだけでなく、取り巻く現象にも意味を見出せるような視座を持つようになり、今までよりも多くのことが糧となります。同じ時間を過ごしていても経験値もたまり成果も上がっていくものです。
(構成:小谷紘友)
後編に続く
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