2021/6/14

【牧野正幸】ベンチャーは自己成長に振り切れ

 JTがこれまでにない視点や考え方を活かし、さまざまなパートナーと社会課題に向き合うために発足させた「Rethink PROJECT」

 NewsPicksが「Rethink」という考え方やその必要性に共感したことから、Rethink PROJECTとNewsPicksがパートナーとしてタッグを組み、2020年7月にネット配信番組「Rethink Japan」がスタートしました。

 世界が大きな変化を迎えている今、歴史や叡智を起点に、私たちが直面する問題を新しい視点で捉えなおす番組です。

 大好評だった昨年に続き、今年も全6回(予定)の放送を通して、各業界の専門家と世の中の根底を “Rethink” していく様子をお届けします。

牧野正幸 × 波頭亮 「日本の企業」を再考する

 Rethink Japan2、第2回は「日本人の働き方」「日本企業の在り方」をテーマに、株式会社パトスロゴス代表取締役の牧野正幸さんをゲストに迎えてお届け。
 モデレーターは、佐々木紀彦(NewsPicks NewSchool 校長)と、経営コンサルタント・波頭亮さん。
 日本の会社組織を見つめ、近年起きている変化や、手つかずの課題、具体的な改善策について徹底討論。波頭さんが「慧眼」だと絶賛した牧野さんのメッセージとは——。

ベンチャーこそ、「新卒」採用に力を入れよ

佐々木 本日のテーマは「日本人の働き方」「日本企業の在り方」です。ゲストに牧野正幸さんをお迎えします。よろしくお願いいたします。
牧野正幸(まきの・まさゆき)パトスロゴス社長/1963年生まれ。兵庫県出身。日本IBMの契約コンサルタントを経てワークスアプリケーションズを1996年に創業。2001年にジャスダック上場。最高経営責任者(CEO)として売上高500億円以上の企業に成長させた。2019年10月にCEOを退任。2020年10月にパトスロゴスを創業。化粧品企業パスの取締役やメディアドゥホールディングスの顧問も務める。
佐々木 牧野さんはワークスアプリケーションズ(以下ワークス)を創業されて以降、従来の採用方法や雇用体系に問題を提起し、新しい方法を実践していらっしゃいます。過去と比べて、日本企業の在り方は変化しているでしょうか?
牧野 ベンチャー企業は多少変わってきていると思います。上場前のベンチャーでも、上場企業を超えた報酬で、優秀な人材へオファーを出すようになった。赤字を出しても、優れた人材を集めなくてはいけないという意識が随分強まったのだと思います。とはいえ、それはベンチャー企業の成長においてはスタートにすぎないのですが。
 一方大企業は、まだ悩んでいる印象です。大企業の経営者の方々と話した際、皆さん「次世代の経営者はこれからの変化に対応できる人間でないといけない。でもそんな人材が1人もいない。どうやって見つけたらよいか……」と悩んでおられました。
 人材不足や社員の実力不足への課題意識はあるものの解決策は見いだせていない、といった状況なのだと思います。
波頭 私も、総合商社の経営者の方から「給与に見合ったスキルや貢献度がある人間は、上位1/3だけだ」と聞いたことがあります。
 従来の報酬体系が経営を圧迫している企業は多いですが、総合商社は顕著な例です。過去に確立された構造的利権が、現在も主な収益の源泉になっている。だから今いる社員たちは、自ら事業を作った経験がなく、力不足の人が多い。それなのに高給を得ているせいで、自分の未熟さに対して危機感に駆られることもないのが問題ですよね。
佐々木 日本企業の変革を加速させるためにはどうしたらよいのでしょうか?
牧野 私は、大企業はもう変わらないままでいいと思っているんです。時代が進めば、必ず新しいベンチャー企業に駆逐されていくと思うので。
 私は、企業には“寿命”があると思っています。持続可能性という意味では100年安泰な企業もあると思いますが、「生き物として」の企業の寿命は創業経営者がいるまでだと思っていて。そこを超えるともう「マシン」になるんと思うんです。
 日本の大企業は、顧客に価値を提供し続けられる、素晴らしい組織を持った「マシン」です。しかし、どんなにいいマシンでもだんだんと時代に合わなくなっていくものです。その時には企業は身を退くべき。どんなに優れた才能のある人であっても、時代遅れのマシンの中にいては、世の中を変える働きは出来ないと思います。
 だからこそ、変化を加速させなければならないのはベンチャーです。ベンチャーが、もっともっと力をつけなければ。そのためには、新卒を採用して優秀な人材を育てたり、高い報酬を払って有用な人を集めたり、とにかく採用を強化すべきです。
 冒頭で採用への意識が変わってきたとお話ししましたが、それは主にユニコーン企業においてです。その一歩手前の企業だと、まだまだ躊躇しているところが多い。採用に力を入れなければと思ってはいても、「無茶な給与は払えないし」「そんなに人をいっぱい採ってもしょうがないんじゃないか」と二の足を踏んでしまっています。
 そこで悩むのは大きな間違い。人材のレベルの高さで、あなたの会社の10年後が決まるんです。その段階のベンチャーこそ、人材に投資をすべきでしょう。
 私は、相談に来た経営者には必ず「営業や開発の責任者と同じくらい優秀な人間を、リクルーティング責任者に配置しろ」とアドバイスしています。もしくは、自分に自信がある社長は、自ら全力でリクルーティングをやるべきだ、と。
佐々木 ベンチャー企業の中には「育てるリソースがない」と、新卒採用をしていないところもあると思いますが……。
牧野 いやいや、ベンチャーが中途で採用するほうがよっぽど難しいですよ。今の日本の中途マーケットに優秀な人材はほとんどいません。ベンチャーでエース級に活躍できる人材が欲しいなら、新卒を採用して育てるしかないんです。
波頭 そうそう。僕も、「エージェントに100人紹介してもらって、会ってみようと思う人材が20〜30人、採用したいと思えるのは1人」だと聞いたことがあります。
牧野 海外では優秀な人も必ず転職しますから、中途マーケットも人材が豊富ですが、日本では、まだ転職に難色を示す人も多いので、中途人材は欠乏しています。
 その一方で、伸び盛りのベンチャーの中には、既に新卒採用に力を入れている企業もある。きっと10年も経たないうちに、そうした企業からスピンアウトする人材が増えていくはずです。すると日本の中途マーケットももっと充実していくでしょう。
 その時に、大企業が「ベンチャーで10年以上育てた人材を、莫大な報酬の部長・役員級で」引き抜けばいい。私は、日本の採用や人材育成において、これが一つの理想形だと思っています。

「全員が個人事業主」という新しい働き方

波頭 牧野さんは大企業は変わらなくていいとおっしゃったけど、今、大企業でも採用に対する意識は変化していて、既に人材確保に投資している企業もあります。
 でも、仕事のアサインメントが全く変わっていないんですよね。優秀な人にも、最初は必ず底辺の仕事をさせている。ジェネラリストを育成する発想のまま、今もコモディティ型のジョブデザインなんです。
 これは従来の年功序列のスタイルを刷新できていないことも要因でしょう。若い人はみんなで足並みを揃えて底辺の仕事から。長く勤めれば自動的に職位が上がっていく。こんな仕組みでは、会社にとっても社員にとっても成長はありません。優秀な人であれば、3年目であっても10年目の仕事が出来るはずなんですよ。
波頭亮(はとう・りょう)経営コンサルタント。1957年生。東京大学経済学部経済学科卒業。82年マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。88年コンサルティング会社XEEDを設立。著書に『成熟日本への進路』『プロフェッショナル原論』(いずれもちくま新書)、『組織設計概論』(産能大学出版部)などがある。
牧野 おっしゃる通りですね。そんな方法をとっていては、飛び抜けて優秀な奴らは馬鹿馬鹿しくなってすぐに会社を離れるでしょう。優秀な人ほど、無理な仕事をやらせたほうが成長します。
 採用したからには、レベルの高い仕事を与えて、彼らの成長を保証することが会社の責務だと思います。彼らを成長できない環境に閉じ込めてしまうのは、日本全体にとっての損失でもありますから。
 ワークスでは「出来なくてもいいから、最初に最大級に難しい仕事を与えなさい」と指示を出していました。ある優秀な社員から「会社の業績はどうでもよかった。ワークスは社員の働きやすさと、いかに能力を伸ばせるかにコミットしてくれる会社だと思ったから入社した」と言われたこともあります。
波頭 それは嬉しい言葉ですね。ワークスのように、大企業も若く優秀な人材が活躍できて、成長できる場所に変えていかなければ、日本人の能力は低下していくばかりだと思います。
波頭 それからもう一つ、社員の実力低下に拍車をかけているのが「働き方改革」ですよね。17時以降は働けないなんて成長は鈍化しますよ。ビジネスマンにとっては「20代のうちにどれだけ自分の力を磨けるか」が勝負です。会社や社会がそれを止めていたら、日本のプレゼンス(存在感)が回復することはないでしょう。
牧野 同感です。でも、私はこれには一つの解決策を見いだしていて。今の私の会社では全員と個人事業主契約(雇用関係ではなく個人事業主として業務委託契約を結ぶこと)を結んでいるんです。年間で支払う報酬と期待するパフォーマンスを提示して契約を交わ し、翌年以降はパフォーマンス次第で継続か否かを判断します。
 個人事業主契約と言うと、社員側にとって「いつでもクビにされる」という大きなリスクがあるように思えますが、契約上可能だからといって突然クビにするなんて、経営リスクが高すぎます。そんな馬鹿な経営者はいませんよ。
 愛着心などロイヤリティの欠如が問題になるのではと思う方もいるかもしれませんが、心配することは何もありません。社員でも「明日辞めます」と言って二度と出社しない人がいる時代ですから、むしろ個人事業主契約のほうが、ちゃんと期間満了まで働いてくれる分マシなんじゃないかと思うほど(笑)。そもそも、仕事に対してのロイヤリティがあれば、会社に対してのロイヤリティはいらないとも思っています。
 これを見ているベンチャー経営者にも、メンバーと個人事業主契約を結ぶことをおすすめしたいですね。
佐々木 なるほど、プロサッカー選手みたいな感じですね。
波頭 そうした「働き方」については、働き手側の意識も大きく関係しますよね。大企業に勤め続けるほうが楽かもしれない。だけど、「10年後・20年後には働く場所がなくなる可能性がある」という危機感を忘れないでほしいです。これからは、今以上に世界中がコンペティターになっていく時代です。世界のトップレベルまで目線を上げて、真剣に努力してほしいですね。

BtoBで突き抜けるカギは「営業の強化」

佐々木 牧野さんは、ワークスでの経験から、BtoBのビジネスにお詳しいと思います。これからBtoB企業が大きくなっていくには、何がカギになりますか。
牧野 BtoB、特に日本の大企業にまで製品を普及させるために必要なことは3つです。
 まずは、営業。営業が嫌いな企業や経営者って多いんですよ。特にIT系企業のトップは営業経験がない人がほとんどです。BtoC向けや、BtoBでも中小企業向けならフリーミアムモデルなど、そこまで営業に力を入れずとも製品を普及させる方法はあるでしょう。
 しかし、日本の大企業はいまだに訪問営業でしか購買しません。大企業も含めたBtoBでもっと製品を普及させたいと思うと、セールスの強化が必須です。
 2つ目は、繰り返しになりますが「人材の確保」です。もっともっと優秀な人材を確保し、育てていく必要がある。
 そして、ベンチャー経営者は経営経験が足りません。なので3つ目として、経営についてアドバイスを受ける必要があると思います。僕もそうでしたが、創業経営者って能力が偏っていて、余計な失敗を沢山するんですよ。常識やセオリーを知らない人間が多い。本人にとっては失敗も成長の糧になりますが、会社にとっては無駄な失敗は避けるべきです。
 私や波頭さんもアドバイスできることは沢山ありますし、それ以外にも経営経験が豊富な人間は多くいます。
波頭 たしかに若い人たち、特に就活生の中で「営業やりたいです」と言う人は少ないですよね。営業ってまさに全人力を問われる職種。頭が良くなくちゃいけないし、話法の巧さも必要だし、心持ちも大切。
僕は、営業が一番面白くて、知的に高度な職だと思っています。営業職に対するイメージは改善されてほしいですね。

「利益病」から抜け出し、成長のみにコミットせよ

佐々木 日本のスタートアップは、突き抜けて大きくならない印象があります。原因はどこにあるのでしょうか?
牧野 その理由はたった一つ、利益を気にするからです。僕は上場直前の経営者に、必ず「投資家に対して何もコミットするな」とアドバイスしています。何を聞かれても「分かりません」と答えろ、と。利益を一切気にせずに成長に振り切った経営をしない限り、突き抜けたメガベンチャーは生まれないでしょう。
 経営者って責任感の強い人間が多いんですよ。「投資家に対しても社員に対しても、コミットを果たしてなんぼだ」と思っている。だから、上場する時に「大企業が本気を出したら潰されるんじゃないか」と投資家に言われれば「絶対にうちは伸びます!」と言うし、「とはいえ利益が出ないんじゃないか」と返されれば「利益も出します!」とコミットしちゃう。
佐々木 投資家は、経営者の負けん気をくすぐってくるわけですね(笑)。
牧野 そう、経営者って負けず嫌いなんですよ。投資家の挑発に乗らずに「利益のことは分かりません、成長だけが今の僕にとって大事なことです」と宣言すべきなんです。
波頭 たしかに僕も不思議に思っていました。経営者自身がお金が欲しいわけでもないのに、何故ベンチャーで利益を出そうとするんだろうって。戦略的な経営をしようと思ったら、早々に利益を出すってもったいないですよね。
牧野 もう「利益病」ですよ。とにかく「気にするな!」と言い続けて、その病から抜け出すしかないです。

プロダクトを磨け! AIを“ブーム”で終わらせないために

佐々木 AI時代の到来や中国の台頭、コロナウイルスの流行と世界全体が大きな変化を迎えています。こうしたマクロな状況は、日本企業の在り方にどう影響をもたらすのでしょうか。
牧野 中国に関して言えば、あと15年から20年の間に世界最大のIT大国になることは間違いありません。ひとえに人材が多く、そのレベルが高すぎるからです。
 AIに関しては、日本においては単なる“ブーム”に終わってしまいそうだと危惧しています。今、AI事業を行う企業の大半が受託研究をやっているんです。プロダクトを作れる会社がない。アイデアが思いつかないからか、プロダクトを作ろうとしていない印象さえあります。
 本来そうした研究は、世の中にある問題を解決するために、そのプロダクトを作るために行われるものです。しかし、日本の企業はそこを考えきれていない。これでは研究のレベルにかかわらず、単なる研究に終わってしまい、ビジネスにはなりません。
佐々木 何故プロダクトを作ることに思考が向かないのでしょうか?
牧野 AIのビジネスに必要な人材って2種類いて。いわゆるデータサイエンティストと、彼らが見つけたことをプロダクトに具現化する「AI知識のあるエンジニア」が必要なんですよ。日本は後者が圧倒的に不足しているのだと思います。
波頭 なるほど、やはり牧野さんは慧眼ですね。例えばソニーも、ダイオードの技術があってもラジオを作らなければ東通工(東京通信工業株式会社。ソニーの前社名)で終わっていたでしょう。営業の盛田さんと技術の井深さん(ソニー共同創業者の盛田昭夫・井深大)、二人がいなければ製品は生まれなかった。
 技術だけではビジネスにならないし、プロダクトがなければ世界では勝てない。これは核心をついたメッセージだと思います。
佐々木 日本のベンチャーが世界で勝てる分野はあるのでしょうか?
牧野 今の時点では、世界に進出するのは無謀だと思います。ワークスもアメリカに進出して大敗しました。最大の敗因は、僕らが持っていた営業の概念が一切通用しなかったことですが、プロダクトにおいても勝てなかった。国内ではシェアが高く、圧倒的な製品だと自負していましたが、アメリカのベンチャーと対峙すると、もっと良い製品が続々出てくるんです。
 他国と比べると、日本は「優れた人材の数」でも圧倒的に劣ります。人海戦術で勝負することも出来ないでしょう。
 ですから、まず国内で圧倒的なシェアをとることを目標にしたほうがいいと思います。日本にもどんどん海外の製品は入ってきていますが、少なくとも国内では、海外製品より日本製品に勝ち目があります。日本は言語障壁が高いですし、営業などの企業文化も海外とは異なる部分が多いですから。
まずは、日本に来る海外製品に勝つことが、世界と戦うためのスタートラインだと思います。
佐々木 最後に日本人の働き方についてキーワードをいただきたいと思います。
牧野 「20代は自己成長のみ考えろ! (成果不要)」
 これには「30代は成果がすべて」と続きます。20代のうちは大した成果なんて出せません。若い時にちょこまか成果を出すことを考えていたら、こぢんまりした人材で終わってしまいます。30代で大きな成果を生むために、20代の間はとにかく失敗を重ねてほしい。上手くいかず、トラブルで爆発しているようなところに顔をツッコんでいく気概が大切です。
佐々木 ちなみに40代、50代の続きもあるんですか。
牧野 もちろんありますが、それはまた別の機会で(笑)。
佐々木 波頭さん、本日の議論はいかがでしたか。
波頭 「プロダクトを磨け」というメッセージは、僕にはすごくグサッときました。今後ますますインターネット型ビジネスが主流になる世界で、日本企業もソフトなプロダクトを創出する力をつけていかなければならないと強く思います。
佐々木 お二人とも、本日はありがとうございました。
Rethink PROJECT (https://rethink-pjt.jp

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私たちは「Rethink」をキーワードに、これまでにない視点や考え方を活かして、パートナーのみなさまと「新しい明日」をともに創りあげるために社会課題と向き合うプロジェクトです。

「Rethink」は2021年4月より全6話シリーズ(予定)毎月1回配信。

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