2021/6/15

【5つの流儀】マネーフォワードに学ぶ「信頼」の育て方

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 ビジネスで信頼を築くことは、容易ではない。
 新たなビジネスが市場に受け入れられるには、時間を必要とする。そうして長い年月をかけて積み上げた信頼も、ひとつのミスで崩れ去ってしまう。
 2012年に創業したマネーフォワードは、金融という信頼が命綱となる業界で実績を重ねてきた。
 ベンチャーという“新参者”から、日本のFinTechをリードする存在に至るまで、どんな信頼を求められ、どのように応えてきたのか。
 同社の執行役員であり、CoPA(Chief of Public Affairs)を務める瀧俊雄氏に、「信頼」をテーマに話を聞くとともに、同氏の長年愛用するビジネスノートPCブランド「ThinkPad」との接点を探った。

「ベンチャーだから許される」なんてない

──ベンチャーとして創業され、金融というカタい業界で信頼を得るまでは、紆余曲折があったのではと思います。創業時には、どんなことを意識されていたでしょうか。
 最初の3年間、マネーフォワードは会社としてあまり目立たないことを意識していました。
 ベンチャーというとイメージされがちな“イケイケ感”から、一歩引こうと思ったんです。
 ベンチャーには熱狂や勢いが欠かせません。でも、社外との温度差があまりに大きいと、悪目立ちしてしまうリスクがあります。
 ましてや、家計簿アプリやクラウド会計ソフトといったお金を扱う事業ですから、ユーザーから十分な支持を得られるまで目立たないことを意識していました。
 それで私は当時、基本的な礼儀について辻(※)から随分と叱られたこともありました。
※辻庸介氏:マネーフォワード代表取締役CEO。瀧氏と同じ、マネーフォワードの創業メンバー。
──叱られていた……?
 野村證券時代にスタンフォード大学に留学していたのですが、その頃のフランクなコミュニケーションが抜け切っていなかったんです。証券会社からベンチャーに移った解放感もあって、ゆるんでいた部分もあったのでしょう。
 典型的だったのが、留学中に出会った辻が5歳も年上だと、数か月経ってようやく気づいたことですね。
 勝手に、同い年ぐらいだろうとタメ口で接してきたんですよ。その間、辻は私にずっと丁寧語だったのに。
 そんな初歩的なことに限らず、辻は礼儀が本当にちゃんとしている。マネーフォワード立ち上げ当初は、言葉遣いや礼儀作法を細かく注意され、私が顧客に打つメールもすべてチェックしてもらっていました。
 だから、10年前の瀧と今の瀧は、だいぶ違う人間なんですよ(笑)。
──会社として目立たないようにしていた3年間、ユーザーとはどのように向き合っていたのでしょうか。
 まずはプロダクトを磨くことに集中していました。お金はすべての人にとって大切なものですから、使いこなせる人だけに向けたマニアックな金融アプリではいけません。
「すべての人の、『お金のプラットフォーム』になる。」というビジョンのもと、誰も仲間外れにならないインクルーシブなものであることをずっと意識していました。
 ベンチャーが作るプロダクトには、セキュリティと利便性をトレードオフにしたり、多少荒削りでもグロースを優先させたりしがちです。
 でも、ベンチャーだから許されることなんて、本当はないと思うんです。
 リスクは制御できますし、利便性は努力すれば向上させられます。両方をきちんと突き詰めないと、世の中は変えられない。
 創業から時が経つにつれ、身に染みてそう感じますね。

信頼は“利息”の積み重ね

──マネーフォワードは、バリューの1つに「ユーザーフォーカス」を掲げています。ユーザーとの信頼関係は、どのように築いてきたのでしょうか。
 実は創業当時のユーザーサポート窓口は私の担当で、すべての問い合わせに対応していたんです。
 起きている間は、ずっとユーザーへの返事を書き続ける生活を3年ほど続けていました。メールは最大で1日150本ほど。チャットサポートも私1人。ときには10人以上を同時対応することもありましたね。
 たとえばサポートに問い合わせて、5分で返事が返ってきたら、嬉しいじゃないですか。信頼を得るのって、そういう小さなプラスアルファというか、“利息”を積み重ねるしかないと思うんですね。
 “利息”は「自分がされたら嬉しいこと」と言い換えられます。
 メールを素早く返す、質・量ともに相手の想像を超えた答えを用意する、資料をどっさり付ける……。そうした利息の積み重ねが、信頼につながっていくのではないでしょうか。
──とはいえ、ユーザーの声には辛辣な意見もあったと思います。そこに1人で答えるのは神経もすり減るのではないかと……。
 いや、ユーザーからリアクションをもらうのは、どんな内容でも嬉しかったですね。
 サービス提供というのは、私たちからの“求愛行動”なんです。私たちを愛してください!と。そんなの、気に入らなければ普通は「キモい」で無視して終わりじゃないですか(笑)。
 でもなかには、「こんなの使えない」とわざわざ言って、平手打ちまでしてくれる人もいる。こんなにありがたいことはないですよね。
 ユーザーとの対話は利息を付けて返すチャンスなんです。それと同時に、サービスを磨き込むヒントでもある。
 大げさに聞こえるかもしれませんが、これまでの仕事で一番楽しかったのがユーザーサポートなんです。SaaS(Software as a Service)が意味する“サービス”とは、本来こういうものなんだと、肌で感じられた時間でした。
 この経験があったからこそ、この後のFinTechへの取り組みも、リアリティを持って臨めたのだと思います。

公平無私でなければ言葉は届かない

──マネーフォワード創業から3年後の2015年は、日本でもFinTechの動きが活発になり、「FinTech元年」ともいわれた年でした。
 金融庁をはじめ、全国の金融機関と密にコミュニケーションを図るようになったのも、まさに2015年頃からですね。
 マネーフォワードは「Webスクレイピング」という技術で金融機関にアクセスしていました。ユーザーからネットバンクのIDとパスワードを預かり、本人の代わりに口座情報を取得する形です。
 もちろん、技術としてベストの状況ではありません。ユーザーが増えるたびに、本来は預かりたくないIDとパスワードが弊社にどんどん蓄積されるわけですから。
 これを解決するには、金融機関に「オープンAPI」を用意してもらう必要がありました。2015年当時、既に欧州ではオープンAPIが制度化されており、日本でも金融庁で検討が始まっていたんです。
オープンAPIとは、金融機関の口座情報などを、外部のサービスに安全に連携するための接続方式。金融機関が認可事業者に対してトークンを発行し、接続を許可する。喩えるなら、信頼できる相手に合鍵を貸すようなもの
──その流れのなかで、マネーフォワードはどのような動きをしていたのでしょうか。
 2015年に金融庁から「FinTechについて講演をしてほしい」という依頼があり、これをきっかけに官庁から声をかけていただく機会が増えました。
 マネーフォワードで「Fintech研究所」を立ち上げ、自分が所長になったのもこの頃です。
 いわゆる「ロビイング」をすることになるわけですが、個人的にロビイングという言葉自体あまり好きではなく……。
 政策提言の場でも、自社の紹介をせず、いきなり資料説明に入っていました。ずっと自社利益を一切捨てたロビイングをしていたんです。「この人はどこの誰なんだ?」と思われながら(笑)。
 自社の紹介をした瞬間に「宣伝だな」と受け取られますし、利益や保身が少しでも透けて見えれば、言葉は届きません
 極論を言えば、マネーフォワードが終わってしまっても、オープンAPIさえあれば別の会社が新しいサービスを作れる。
 なので、自社利益よりも「オープンAPIが存在する世界」を理解してもらうことに努めました。
 日本の金融界が、このままデジタル化の波に取り残されていくのに耐えられなかった、というのもあります。
──その活動が実を結び、2017年には改正銀行法が施行され、オープンAPIが制度化されました。となると次は、各金融機関にオープンAPIを実装してもらうことになります。
 そうですね。当然、金融機関のなかでも温度差があって、イノベーションに前向きなところもあれば、「現状のままで何も問題ない。余計な仕事を増やさないでくれ」というところもありました。
 ここ5年ほど、全国の金融機関と会話を重ねるなかで意識していたのは、“0.5歩先の言葉”で話すことです。
 イノベーションを起点にすると、「APIを開かないと10年後に成長が止まります」と、いきなり“2歩先”の話をしてしまいがちなんですね。
 理解を得るには、そこに至る前提を共有しなくてはいけません。
「金融庁からこういうレポートが出ました」が0歩とするなら、「APIによってこんな機能が実現できます」「既に取り組んだ銀行ではこんな成果が生まれています」が0.5歩先です。
 現在に軸足を置いたまま、少しだけ未来の世界を語る──こうした丁寧なコミュニケーションこそが、次の扉を開くものと感じています。

“拾う神”を裏切ってはいけない

──お話を伺っていると、瀧さんは「自社の利益を追求せずに公益性を重視する」というパブリックアフェアーズ(PA)の役割を、早くから体現されていたように思います。
 最初からPAを意識して活動していたわけではありませんが、結果としてつながりましたね。
 耳慣れない言葉かもしれませんが、PAとは広報や社会への提言を通じて、自社の公共的な関係性を築いていく仕事です。
 まさにFinTechのような新しいビジネスが社会に根付くには、さまざまな法整備が必要になる。そこで自社の利益よりも、社会性や公共課題の観点で政府や業界団体に提言するのがPAの役目です。
 だからこれまで私たちが自然と取り組んでいたことに、「CoPA(Chief of Public Affairs)」という“ちゃんとした肩書き”が付いた、というのが実情に近いと思います。
 公益性を重視した発信は、創業当初からブログなどで行っていました。そもそも、最初に金融庁から連絡が来たのも、私が書いたブログがきっかけだったんですよ。
──金融庁からの連絡というと、先ほどの「FinTechについて講演してください」という依頼ですか?
 はい。当時Fintech研究所の公式ブログで、FinTechに関する記事を週1ペースで書いていたんです。
 もちろん、ただ右から左に情報を流すだけではありません。海外事例を和訳して紹介するなど、他にはない価値提供を意識していました。これが業界内で読まれるようになり、金融庁にまで届いたんですね。
2013年にスタートしたブログは、現在も瀧さんの手で更新が続けられている
──ブログがなかったら、金融庁で講演することも、オープンAPIについて働きかけることもなかったかもしれませんね……。
 そうですね。「FinTechのことはマネーフォワードに聞いてみよう」とキーマンに第一に想起されるか否かで、未来が変わったかもしれません。
 自分が書いた内容は、自分が思っている以上に“拾う神”にとって重要かもしれない。その状態を期待し、畏れながらも発信を続けるのが、「ブログを書く」という仕事だったのだと思います。
 発信を丁寧に続けていれば、必ず拾う神がいます。そんな存在を裏切ってはいけません。適当な記事を書いてしまえば、そのクオリティ以下の未来しか待っていないんですから。

信頼を損なわない存在であること

──瀧さんはマネーフォワード創業以前から、レノボのノートPC「ThinkPad」を長年愛用されていると伺いました。
 そうなんです。毎日サポートで書いていたメールも、週1で綴ったブログも、金融庁に政策提言した資料も、すべてThinkPadから生み出されたものですね。
「2001年頃に父親のを横取りして以来、これで4台目のThinkPadです」と瀧氏
 先ほど、信頼は小さな利息の積み重ね、という話をしましたが、同時に「信頼を損なわない」のも大事だと思うんです。
 得られた信頼を失うのは一瞬です。辻が創業当時に教えてくれたのは、まさに信頼を損ねないためのスキル。これまでの仕事でも、意思決定から逃げない、感情的にならない、というのは常に意識していました。
 そういう意味では、ThinkPadも信頼を損なわないブランドだと思います。
 実は一度、他社のノートPCに浮気したことがあるんです。
 留学先に持ち込むために買ったのですが、大学で使おうとしたら全然ネットワークにつながらないわ、画面に変なスジが入るわで……結局、現地でThinkPadを買い直しました。
 ThinkPadはどんな環境に連れて行っても「なんかうまく動かない」ということがない。この信頼感は、他では担保できません。今では妻にもThinkPadを使ってもらっています(笑)。
 もしも自分にとってのThinkPadのように、誰からも信頼を担保できる何かがあるなら、お金を出して買いたいくらいですよ。
 でも、私は人間という言葉のとおり、“人の間”のやりとりにしか信頼は生まれないと思うんです。
 であるならば、求められたものに最大のリターンを返し続けるしかない。信頼を得るには、本当にそれだけだと思いますね。