2021/6/14

【解説】クッキーレス時代のマーケティング「5つの変化」

NewsPicks Brand Design Editor
 2022年1月、Google Chromeがサードパーティクッキーのサポートを終了する時。ユーザーの許諾を得ないトラッキングを前提としたデジタルマーケティング手法は、ほぼ壊滅的な状況になるだろう。

 デジタル広告の特徴でもあった「ターゲティング」「効果測定」は、サードパーティクッキーの受け渡しによって成立していたものも多い。

 タイムリミットは、あと半年だ。

 サードパーティクッキー終了に伴うゲームチェンジ。その後、マーケティングの世界に何が起こるのだろう。

 アドビ株式会社 DXマーケティング 本部長 祖谷考克氏と同社エヴァンジェリストの安西敬介氏に話を聞いた。
INDEX
  • ポストクッキー時代がやってくる
  • 変化の時を迎えたデジタルマーケティング
  • ファーストパーティデータの可能性
  • Personalization 2.0の世界へ
  • ファーストパーティデータ活用「4つのプロセス」
  • マーケターの仕事はより本質に近づいていく

ポストクッキー時代がやってくる

祖谷 今、世間を賑わせている「クッキー*規制」。その根幹にあるのは「データのオーナーシップをユーザーに返そう」とするトレンドです。
*クッキー:Webブラウザに蓄積されるユーザーデータ
 これまではユーザーの知らないところでオンライン行動のデータが蓄積されていき、企業の好きなように使われていることも多かった。ある意味で不義理な状態だったのです。
 それらが白日の下にさらされ、あるべき姿に戻そうとする動き。それが今の「クッキー規制」の潮流のはじまりと捉えています。これから企業は「信頼」「透明性」をユーザーに担保しなくてはなりません。
安西 サードパーティクッキー*が制限されることになったそもそものきっかけの1つは、Safariのトラッキング防止機能です。
*サードパーティクッキー:第三者のWebサイトから発行されるクッキー
 ユーザーのプライバシー保護を目的にした取り組みの1つとして、Safariに搭載された「ITP(Intelligent Tracking Prevention)」の対応の一環でサードパーティクッキーをブロックしました。
 それを追いかけるようにFirefoxやGoogle Chromeも対応を発表したことで、サードパーティクッキーは終焉を向かえようとしています。
 また、クッキーはWebブラウザを起点とした話ですが、iOSのアプリでもトラッキングに制限がかかるなど、同様の動きがはじまっています。
これらの動きを後押ししているものとして、GDPR(EU一般データ保護規則)、CCPA(カリフォルニア州消費者プライバシー法)でクッキーを個人情報とすることやデータの主権をユーザーにもたせる流れとなった背景もあります。
 また、このようなプライバシーへの配慮を強める動きは日本においても2022年に施行予定の改正個人情報保護法でさらに加速するでしょう。

変化の時を迎えたデジタルマーケティング

──「ポストクッキー」の時代になると、企業のマーケティング活動にはどのような影響があるのでしょうか?
安西 まず、1度サイトを訪問したユーザーに絞って広告を表示する「リターゲティング広告」が難しくなります。広告ネットワークとの連携はサードパーティクッキーを利用していることが多く、ここに影響が出ます。
また、第三者が運営するサイトの閲覧行動からユーザーの属性・興味関心などを推測していた「オーディエンスターゲティング」。これも難しいでしょう。
 これらを新しいアドテクノロジーによって代替しようという動きはありますが、まだ業界標準と呼ばれるものが出来ているわけではなりません、企業としては「頼らない」ことも前提とし、準備をしていくことが良いでしょう。
 また、データによる顧客理解にも影響を与えます。これまでサードパーティクッキーから得たユーザーデータは、自社サイトの訪問ユーザーの属性・興味関心を推測するために活用されていました。
 あとはメディアごとの広告効果を測るアトリビューションなどの、効果測定もやりにくくなるでしょうね。
──企業のデジタルマーケティング活動に対する影響は甚大ということですね。
祖谷 私はサードパーティクッキーを活用することのすべてが悪だったとは思っていません。ユーザーも含めて、みなさんが便益を得られていた側面もあります。
しかし一方で、誰でもサードパーティクッキーのデータを利用できていたことで、ユーザーの体験やプライバシーを損なうこともあった。それにより、望ましいものも望ましくないものも一度すべてカットすることになった。それが今起こっていることです。
たとえば、さまざまなメディアと組んでコンテンツをばら撒き、クッキーを収集して、そこにアプローチしていく。以前はよく見られたそんなデジタルマーケティングの手法も、今後はできなくなります。

ファーストパーティデータの可能性

──少なからぬマーケターにとってデジタルマーケティングのセオリーが変わるわけですよね。今後、企業はどのようにデジタルマーケティングを行っていけばよいのでしょうか?
安西 この潮流は「クッキーレス」とよく言われますが、誤解をされている部分があります。
 サードパーティクッキーについては制限されるものの、クッキー自体がなくなるというわけではありません。つまり、クッキーはファーストパーティデータとして自社ドメインのセッション管理をする本来の役割に立ち戻っていくだけなのです。
 IABとWinterberryGroupの共同調査によると、「サードパーティクッキーのサポートが中止されることで、データの利用にどんな影響があるか」という問いに対して、60.4%のマーケターが「ファーストパーティデータの価値を重視する」と回答しています。
 ファーストパーティデータとは、自社で収集・保有するデータです。自社サイトやアプリに訪問したユーザーのオンライン行動だったり、POSやCRMのデータ、あとは店舗行動も含まれます。
 これから企業は自社サイトのクッキーを中心に、さまざまなファーストパーティデータを統合させ、顧客を理解し、コミュニケーションしていかなければなりません。
──これまでよりも顧客理解に活用できるデータの種類は限定的になりますよね?
祖谷 そもそもサードパーティクッキーから得られるデータや推測は100%正しかったわけではありません。デモグラフィックデータでさえ34〜35%は誤っていると言われています。決して万能だったわけではないのです。
 つまり、これまではサードパーティクッキー経由のそこまで精度の高くないデータで顧客を理解した「つもりになっていた」
 信頼のできるファーストパーティデータ同士をつなぎ合わせて顧客データをエンリッチ化していくことで、これまでより正確な顧客理解が進んでいく可能性もあるのです。
安西 多くの企業はファーストパーティデータを活用しきれていないのが現状です。自社サイトで言えば、PVや訪問者数、離脱率など。限られたデータを中心に分析していることが多かった。
 ファーストパーティデータからもっと顧客を知れるようにオウンドメディアの在り方を再考していく。それが、これからの「ファーストパーティデータのつくり方」になると思います。
 たとえば、あるグローバル金融企業は膨大な商材のなかから顧客に何を提案すればよいかを知るために、コンテンツマーケティングを実施しています。
 記事の閲覧行動から、その人の興味、何を探しているのかを把握して、ユーザープロファイルの解像度を上げていく。そこからパーソナライズされた商品を提案しているのです。
 サードパーティクッキーからユーザーのプロファイルに必要な属性情報を得ることができなくなった。年齢、性別、居住エリア──。しかし一方でそれは本当に必要な情報だったのでしょうか
 カメラを販売しているのであれば「良いレンズを探している」「風景写真を撮りたい」「風景写真を撮るために旅行をしたいと思っている」など。そういった情報さえ、オンライン行動からわかれば、そのユーザーにどの商品を提案すればよいかはわかります。
 それらのデータを取得できるように、コンテンツを考えればよいのです。

Personalization 2.0の世界へ

──極端に言えば、マーケターはユーザーが誰なのかを知っている必要がないということですか?
祖谷 おっしゃる通りです。むしろユーザーの「背景」の方を理解できていることが重要になります。もちろん商材やビジネスモデルによっては相手が誰かを知っていた方がよいケースもありますが。
 サードパーティクッキーで顧客の解像度を上げてもアクションにつなげることは難しい。むしろ信頼のおけるファーストパーティーデータの方が、実は有用なデータになる可能性が高いのです。
安西 次世代マーケティングのトレンドとして「Personalization 2.0」と言われる考え方があります。
 Econsultancyの創設者 アシュリー氏が提唱した考えですが、「ユーザー個人のプライバシーを犠牲にしない」「利用されるデータをユーザーがコントロールできる」「個人を特定するデータを必要としない」「機械学習の予測により、コンテクストに応じたサービス提供をリアルタイムに行う」というような内容です。
「Personalization 1.0」はサードパーティクッキー経由の属性情報をベースにユーザーを認知することを前提とし、やたらとデータを取得しようとするものでした。
 これを契機に、私たちは「Personalization 2.0」の世界に移行していくべきなのだと思います。

ファーストパーティデータ活用「4つのプロセス」

──「Personalization 2.0」において、ファーストパーティデータを有効活用していくためのポイントを教えてください。
祖谷 日本企業は「データを取れるだけ取っておこう」とする傾向があります。しかし、結局データは持ちすぎることもリスクだったりするわけですよね。あるに越したことはないとデータを取得しても、実は使わなかったり、使えなかったり。
 ビジネスをドライブしていくために本当に必要なデータは何か。さらには何をお客様に提供したいのか。それらを明確にして背骨を通した上で、部門や部署単位ではなく全社でデータに向き合っていく必要があります。
安西 私たちはエクスペリエンスドライバーと呼んでいますが、顧客とのタッチポイントで自分たちはどのような顧客体験を提供したいのか、そのためにどんなタッチポイントやタイミングがあるのか、顧客の視点に立ち、何ができれば最適な体験となるかを整理をしておくことが重要です。
 それらを整理すると、エクスペリエンスドライバーを拡張させるためにどんなデータが必要なのかがわかります。そうすることで、取得したデータをきちんとアクションにつなげられるようになります。
──Adobe Summit 2021では、「クッキーレス」時代に対応するAdobe Experience Cloudの展望について語られました。
安西 複数ドメインやアプリ、クロスデバイス、オムニチャンネルなど、企業の断片化したファーストパーティデータをつなぎ合わせて、プライバシーを尊重しながら管理する。
 そして機械学習などを活用しながら顧客の解像度を上げていき、顧客とのリアルタイムのコミュニケーションへ活かしていく。
 これが、アドビが提唱するクッキーレス時代へのスタンスです。
 Adobe Experience Cloudは、データの「収集(Collect)」「整理(Organize)」「ガバナンス(Govern)」「強化(Enrich)」という4つのプロセスを連携させ、クッキーレス時代のマーケティング活動をサポートするCXM(顧客体験管理基盤)です。

マーケターの仕事はより本質に近づいていく

──データに関するあらゆる業務をAdobe Experience Cloudが担えるようになります。マーケターの仕事も変わっていきそうですね。
祖谷 Adobe Experience Cloudは、ばらばらだったマーケティングツールとデータを束ねて効率的に管理できるようにします。
 またAdobe SenseiなどのAIが作業の一部を自動化することで、マーケターがオペレーションに忙殺される時間を減らし、よりクリエイティブな業務に時間を費やせるようにします。
 逆に言えばシームレスなプラットフォームを利用していれば、データハンドリングはマーケターの必須スキルではなくなります。
 次世代を担うマーケティングを担うみなさんには、よりマーケターの本質に近い「顧客を生み出す」ことに、そして顧客の心を動かすような卓越した体験を提供していくことに、今後は時間を費やしていただきたいと考えています。