【NewSchool受講生作品】三日月(ワキシュンシュン)

2021/6/19
「学ぶ、創る、稼ぐ」をコンセプトとする「NewsPicks NewSchool」。
映画監督の大友啓史氏と編集者の佐渡島庸平氏がプロジェクトリーダーを務めた「ビジネスストーリーメイキング」では、半年間を通して22名の受講生が「ビジネスストーリー創り」に取り組んだ。
今回は、受講生であるワキシュンシュンさんの作品「三日月」の一部を掲載する。

講師からの講評

・大友啓史監督のコメント
中国にルーツを持つ筆者の、実経験から拾い上げられた深い慟哭が胸を打つ。中国現代史に大きな禍根を残した文化大革命によって、仲の良かった家族が引き裂かれ、翻弄されていく。
主人公の父が残した手紙からは、親の悲哀と情愛が強烈に匂い立ち、臓腑を抉られるような感情に囚われる。その手紙の登場と共に、歴史の非業が個人の足跡と融け合い、作品の根幹を太く貫き始める。
この作品は、その一点だけでも十分に大きな可能性を持つといえるだろう。日本に逃れ、静かに暮らしている兄と訪ねてくる妹の思い。事実だけが持ち得る厚みと、余白語りを志向する筆者には、日本語による文章表現にまだまだ難があるとはいえ、さらなる熟達による、より完成度の高い作品への昇華を期待したい。
素材としては圧倒的に重層的で、映像化への渇望をもっとも刺激された。
・佐渡島庸平さんのコメント
文化大革命に翻弄された、ある一家を描いた物語。素材にとにかくパワーがあり、惹かれる。ご自身の経験に基づいた題材を、最小限の文章や言葉を選択して詩的に、社会背景と一緒に描こうとする試みがすごく伝わってくる。
家族がそれぞれに遺した手紙が、印象的な小道具として利いていて、すごく良かった。
遠い世界の物語ながら、情景が頭に浮かんでくる。

「三日月」(あらすじ)

死んで贖罪する?
それとも悔恨の中で生きて償う?
時代に翻弄され、最愛の家族を 自殺させた 一人の男の物語

序章

過去にも幾度か映像化されてきた文豪レフ・トルストイの長編小説『アンナ・カレーニナ』が再度映画化された。
キーラ・ナイトレイ演じるアンナ・カレーニナは、政府高官の妻で、なに不自由ない生活を送っていた。社交界の華として注目を集めていた。
列車が動き出し、アンナは感情の動くままに生きる。社交界のルールを破ったアンナは、社会全体を敵に回し、全てを失い、破滅する。
列車で始まった映像は、列車に飛び込むアンナの「死」で終結する。
劇場公開の時、見逃した映画を、東京から上海へ行く機内で見た。アンナが生きていた時代の「愛と死」は長い歳月が流れた今でも私達の心を揺さぶり、決して色褪せない。
愛は永遠のテーマである。「真愛」の代価は「死」なのか?破滅なのか?
人類社会は本当に進化を遂げて来たのか?
果たして、われわれは生きるために「愛する」のか、それとも「愛」のために生きているのか?
全てを賭けて、「真愛」を選んだアンナは「死」を選ばないといけなかった。
過ぎ去った歴史の中で、兄一平が選んだ密告によって「死」を決断する母親。大学制度の校則に違反し、大学生活の最後の年に退学処分され、妊娠8ヶ月の彼女は「死」に追い込まれた。
兄一平は、その後の生涯を如何に生きていくか?
この作品は、兄一平と同じ日に生まれてきた大事な人に捧げる誕生日ギフトである。

第1章. 叔父の訃報(2016年春)

一.葬式現場の親戚達(紹興の水郷にて)
叔父が死んだ。父の一番下の弟で、父の10人兄妹の末っ子だ。
父の最期に駆け付けた際に頼まれたことがある人だ。「叔父の面倒を見てやれ」と一言だけ。
父の兄妹は10人もいたが、男兄弟は長男の父と末っ子の叔父だけだ。紹興の田舎では、やはり男の子が重宝され、もう一人男の子が産まれないかと頑張ったら、10人も産んでしまった。末っ子が男の子でたくさん産んだ甲斐はあった。親戚一同ほっとしたらしい。
真ん中の8人の叔母達は「出嫁他人」 ということで粗末にされがちで、長男の父と末っ子の叔父は大事にされていた。特に学校に行かせることでは絶対男の子は最優先されていたという。余裕がない時、資質関係なく躊躇なく女の子の学校はやめさせられた。
とはいえ、その叔父に私は一度しか会ったことがない。5歳の時だったこともあり、記憶は薄い。目が異常に大きかったことと、細くて背が異常に高く猫背の印象しかない。笑わないと怒ったように見えるから近寄り難く、鋭くて神経質そうな人に見えた。
眉間に皺を寄せているせいかもしれないが、子供が嫌いではないが、子供との遊び方を知らない大人に見えた。どちらかというと、子供がちょっと苦手そうな人だった。子供は意外とその辺のことを迅速に判別できるのだ。
親戚のおばあちゃんの話しによると、長男である父が国費留学でモスクワに留学するほど優秀な学生でスポーツ万能だったため、末っ子の叔父は無意識に比較され、その影で多少コンプレックスがあり、ほとんど親戚からは注目されない存在だったらしい。その反面、自由でもあった。
長男というのは、そうでないにしても家族内での地位は違うらしかったが、優秀だとなおさらだった。
叔父は若い時に大恋愛をした恋人に、未婚で子供を産ませてしまう。なぜか両家の親からは同時に猛反対された。親の反対に根負けし、彼女が別の人に嫁に行ってしまったため、その娘を育てながら小説を書く仕事をしていた。今では決して珍しくないケースだが、叔父の若い頃の中国ではあまり見られない出来事だったため、世間の見る目はわりと厳しいものだった。
他の兄弟が皆大都市に出かけたせいで、一人娘の小敏(シャウミン)と二人で親のすぐ隣に住んでいた。ごく自然に叔父は年老いた両親の面倒を見て、ほかの兄弟は相談して決まった金額を専用口座に振り込む形を取っていた。父は長男として、そのことにおいては末っ子の叔父に頭が上がらない様子だった。ありがたさやら申し訳なさも重ねて最期の遺言らしき言葉を残したのは自分なりに理解できた気がする。
叔父の憂鬱そうに窪んだ大きな目は、人より何倍も思慮深いことでも考えているようにも見えた。子供の目には少なくともそう見えた。
しかし、一度旧正月に爆竹を一緒にやろうとして自分の眉毛に火が移り、危ない思いをした記憶から、決して思慮深い訳でもないことが判明した。
彼は意外とおっちょこちょいな性格で頼りなく、不器用で、人付き合いが悪い。人と群れ合うのを極端に嫌がり、何事も一人でするのを好む性格だ。そんな末っ子の叔父は長男である父からすると、安心できない歳の離れたたった一人の可愛い弟だった。
知らぬ間にふっとどこかに消えていなくなりそうな、あるいは壊れそうな脆さがあった。そして面倒を見てあげないといけない存在なはずなのに、結局親の面倒まで見させてしまった申し訳なさが強かった。
「百善孝為先」 ということわざがあるぐらいなのに、長男としての役目をきちんと履行できなく、奥さんの自殺を機に中国語もろくに話せない韓国から流れてきた彼女のいる片田舎に隠れ住むことになった。ほとんど親の面倒は見ておらず、弟に任せるしかなかった。
その叔父は、いつも手に本を欠かさず持っていた。本を読んでいる時だけは表情が柔らかかった。目もキラキラ光っているように見えた。
本をあまりにも持ち歩くので「書虫」というあだ名が付いていた。
実際、生涯独身を貫いた叔父は男手一つで小敏(シャウミン)を育てた。おばあちゃん家がすぐとなりだったので、ほとんどおばあちゃんに育てられたようなものと言っても間違いではない。
お母さんがいない小敏(シャウミン)ちゃんは、小学校に入学してすぐの頃、よく同級生にいじめられていた。「お前のお父さんはノッポ、お母さんに逃げられた。」とかいいながら長い髪の毛を椅子に結びつけて痛めつけたり、教科書を破ったりと、いじめにあっていたらしい。実際、明らかに子供たちの悪戯は大人達の噂が情報源だ。
父に遺言で言われたにもかかわらず、忙しいことを言い訳に、その叔父の面倒を見てあげることは何もできなかった。まだ誰かの面倒を見てあげるほどの余裕が時間的にも経済的にもなかったという方が正確かもしれない。
6歳から新体操の選手をしていた自分は、全寮制の学校に通うようになり、いつも練習ばかりしていた。叔父どころか、自分の親ともほとんど一緒に暮らした印象はない。
たまに週末にお家に帰った時も疲れ切ってずっと寝ていた。母はというと、私の部屋に入ってきては鼻の下に手を当てて、生きていることへの安否確認はしていたらしい。大卒後は日本に留学し、そのまま就職したので、ずっと余裕はなかった。
叔父の訃報の電話を手に取った時、父の顔が一瞬目の前に浮かんだ。悩みや迷いが出ると、蕁麻疹が右腕にバ〜ッと広がった。変な体の反応だが、何かに焦ったり、困ったことが起きた時はいつもそうだった。
会社の休みが取れない可能性が大きいのは、親ではなく叔父の葬式だという微妙に必須だと思われない事情からだ。言い出せずにうずうずしていたら、タイミングよくも会社から急遽上海出張に行ってくるように言われたので、その日のうちに、チケットを予約し、翌日の昼ごろには飛行機で上海に着いていた。
上海は、雨だった。6月に入ったら紫陽花が道いっぱいに咲き、梅雨入りする東京と上海の梅雨入りはほぼ同時期で、ジメジメと湿気が強くしんどかった。よく似ているのだ。急遽出かけてきた出張だったため、服をあまり持って来られなかったので、何か軽く買い物でも出かけることにした。
上海出張の時にいつも使う貸し切りタクシーのおじさんにM50というエリアに連れて行ってもらった。紹興まで移動やすいように上海駅の近くのホテルを予約してもらった。歩いていける距離だったのに、雨なのでやはり車で送ってもらった。
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