2021/5/31

【人事あるある】なぜ意思決定が「経験と勘任せ」なのか

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 人手不足、人材の多様化、雇用の流動性の高まり──「ヒト・モノ・カネ」といわれる経営資源のなかでも、その重要性が増す人的リソースを取り巻く状況は、常に不安定だ。
 ヒトにまつわる課題の克服には、効率的な人材育成や適材適所の配置が欠かせない。にもかかわらず、いまだに人事戦略の重大な意思決定を「経験と勘」に頼ってはいないだろうか
 ユナイテッドアローズで人事領域のデータ活用を推進する山崎万里子氏、そして“科学的人事”を掲げ、タレントマネジメントシステムを手掛けるプラスアルファ・コンサルティングの鈴村賢治氏に、データドリブンな人事戦略の実践のヒントと経営にもたらすインパクトについて聞いた。

重要な意思決定が「経験と勘任せ」の理由

──鈴村さんが思う、いま日本企業に共通している「人事の課題」について聞かせてください。
鈴村 人材データを「管理」してはいるが、「活用」に至っていないことが、一番の課題だと認識しています。
 近年は「ヒト・モノ・カネ」から「ヒト・ヒト・ヒト」ともいわれるほど、経営資源としての人材のウエイトが大きい。人事部門は、労務管理や給与管理など、数々の管理業務に追われています。
 業務効率化を目的に、デジタル化を進める企業も少なくありません。しかしその中身は「データを整理する」「わかりやすい形で見せる」といった“いかに管理を楽にするか”という発想にとどまり、蓄積したデータの分析・活用まで至らない。
 それすなわち、企業にとって重要な人事戦略に対し、誰もエビデンスを提示できないことを意味します。人事にまつわるあらゆる判断が、経験と勘に基づいて行われてしまうんです。
山崎 3年前、私が初めてユナイテッドアローズ(以下UA)の人事部門にやってきて驚いたのも、まさにそこですね。
 現場でも「みんながこう言っている」「○○さんが言っている」といった、まるで“噂”のような曖昧な根拠のまま人事制度を変更する提案がなされることもありましたから。
 長く経営企画や広告宣伝の部門に携わり、定量的な検証が当たり前だった自分とは、まるで発想が違うと感じたのを覚えています。
鈴村 UAでは、どのような組織体制で人事部門が機能しているのでしょうか?
山崎 弊社はブランドごとに部門が独立した、小さなカンパニー制のような体制です。そこに人事や経理、総務などのバックオフィス部門が、全社共通の組織として位置しています。
 各部門からは「来月まで3人採りたい」「こういう研修をしてほしい」と要望が寄せられます。これを何も考えずに受け続けると、人事はただの御用聞きになってしまうんですね。
 さらにありがちなのが、部門トップの意思が尊重されやすく、要望を言う人の声の大小によって物事が決まってしまう。これもまったくエビデンスに基づいていないわけです。
鈴村 わかります。「何を言ったか」ではなく「誰が言ったか」で決まること、本当によくありますよね。
対談はZoomで実施した
山崎 本来、もっと人事は戦略的であるべきでしょう。従業員価値の創造によって売上を上げるとか、自社の社会的な価値の向上につなげていくといった“志”を持つべきなんです。
「○○さんに言われたからやる」といったリアクティブな人事ではなく、根拠に基づいた意思決定によるプロアクティブな人事でありたい。その武器の1つとして、データが必要なのだと思います。
鈴村 意思決定こそ、人間がやるべき高度な仕事ですからね。
 RPAやAIといった技術が進化している今、人事の業務は“人にしかできない仕事”へと高度化しています。そこがいまだに経験と勘頼みでは非常にもったいないですし、危ういですよね。

データの管理は“縦”、活用は“横”

──業務効率化が必要なほど人事部門にはデータが集まっているのに、それを活用できないのはなぜでしょうか?
山崎 人事の各業務が分断されているところが大きいと思います。
 UAの場合、人事の業務は労務・採用・教育・制度企画などに分かれており、それぞれで求められる職能が異なります。 
山崎 各業務は専門性が高く、互換性がない。そして、お互いがどんなデータを持っているかわからなかったんです。
 たとえば、制度企画の担当者から「時短勤務の制度を変えたい」と提案されたとき、「じゃあ今、時短勤務をしている社員の処遇はどうなの?」と聞いても、答えられない。そのデータは労務が持っているから、わからないんです。
鈴村 なるほど。データを業務単位の“縦割り”で管理しているがゆえに、業務をまたぐ“横串”で見るのが難しい、と。
山崎 その通りですね。「○○さんが辞めたがっているから再配置したい」というときも、その人が面談で何を語り、どんなスキルを持っていて、どんな働き方をしていたかは、やはりデータを横断的に見てみないとわからない。
鈴村 業務もデータも部分最適なのが、これまでの管理の発想ですよね。
 管理をいくら極めても、データはバラバラのままです。管理の延長線上に活用があるわけではないので、発想を変えてデータベースを一元化しないと、活用には至らない。
──なるほど。データベースなどのインフラ以外にも、人事担当者が発想を変えねばならないことはあるのでしょうか。
鈴村 適材適所の人材配置には、データ化にとどまらず、社員を深く知ることが欠かせません。
 コロナ禍の今、現場でのコミュニケーションに悩まれている企業も多いかと思います。新たに1on1を取り入れた企業も多いですね。
山崎 1on1は社員の“内側”を引き出す機会として、大切にしたいですよね。
 仕事ぶりは外から見てもわかりますが、「前職でこんなスキルを培ってきた」「こう変わりたい思いがある」といった内側は、本人に聞いてみないとわかりませんから。
 だからこそ上司が気をつけないといけないのは、部下に対して「この人はこういう人だから」と先入観を持ってしまうことですね。
鈴村 確かに。先入観があると、引き出そうとすらしないかもしれません。
山崎 1on1に臨む上司には、自分から見える景色がすべてではない、と伝えたいです。
 自分が思っているような相手ではないことは往々にしてありますし、立場によって見え方も変わります。中間管理職に対してだって、上司から見える姿と、部下から見える姿は全然違うじゃないですか。
 自分から見た姿だけでなく、同僚から見たら、他部署から見たら、過去のある時点で見たら、どう評価されるのか。複眼的に人を見るための“もう1つの目”として、もっとデータを活用すべきだと思います。
鈴村 まさにそうですね。1on1の履歴や、評価面談のアンケートなど、会社にはたくさんの「社員の声」が眠っています。
 テキストマイニングを用いれば、こうした声もデータとして活用できます。その後のパフォーマンスが向上した1on1と、そうではない1on1では何が違うのかを、データから判断することも可能でしょう。
 対面によって社員を知る。それと同時に、データによって社員を知る。立体的に社員を理解することで、適材適所に近づけるのではと思います。

マーケティング的発想で社員を「見える化」

──では実際にデータ活用を推進していくには、人事でどのようにデータを一元化すべきでしょうか。業務が縦割りだと、なかなか難しそうです。
鈴村 ここで手本となるのがマーケティングです。これまでお話しした横断的なデータ活用は、既にマーケティングの世界では当たり前なんですね。
 マーケティングでは、ITとさまざまなデータを駆使して「顧客の見える化」を実現し、ロイヤリティを上げています。
 顧客がどこから流入し、何を買い、買わなかったのか。カスタマージャーニーを追跡し、検証し、次の手を考える。データを活用し、顧客をとことん理解するわけです。
 同じことが、人事でできないはずがありません。属人的なマネジメントではなく、データに基づいた「社員の見える化」を図るべきです。
 弊社の手掛ける「タレントパレット」も、マーケティング的な発想からタレントマネジメントを実現しています。
タレントパレットの機能「メンバージャーニー」。入社から現在までのエンプロイージャーニー(可視化された従業員体験)を、時系列マップで確認できる
鈴村 タレントパレットは、社員1人に関するすべての情報を一元化するデータベースです。
 どんな動機で入社したのか。どんな経緯でどの部署に配属され、どんな活躍をしてどう評価されたか……。カスタマージャーニーのように、時系列でデータを蓄積するわけです。
鈴村 社員の「見える化」を実現できれば、中長期も含めた人事戦略の策定も可能になります。採用も育成も、あるいは経営計画までを横串でデータ連携できるからこそ、全体最適の人事戦略が描けるのです。
──UAでは2年前にタレントパレットを導入されたと伺いました。決め手はなんだったのでしょうか。
山崎 まず決めていたのは「自社用にシステムを開発しないこと」でした。望み通りに何でも都合よく機能を追加できたら、自分たちが変わらないじゃないですか。
 私たち人事の意識をアップデートするためにも、新たな視点が得られるクラウドサービスであることは大前提でした。感覚的に操作できることも重視しましたね。
鈴村 実際に使ってみていかがですか?
山崎 最大のメリットはスピードです。ビジネスサイクルの短期化に合わせられること。もう1つはエビデンスベースになり、提案する施策の説得力が増すこと。
 これまで人事評価はエクセルに記入し、ワークフローで承認する仕組みでした。すると、点数は集計しても中身の妥当性は見なくなります。
 以前、エクセルの考課表をワークフローから1人分ずつダウンロードして中身を確認してみたことがあるのですが、1カ月かけて800人まで見たところで諦めました(笑)。タレントパレットを導入してからは、4000人分の評価データを1~2時間で確認できています。

“合理”と“情理”の両輪を回す

──「人事は“人にしかできない仕事”へと高度化している」という話もありましたが、今後、人事が担う仕事はどのように変化していくのでしょうか。
山崎 確かにAIが発達し、データ活用が進めば、管理に特化したオールドスタイルな人事は不要になるかもしれません。
 では、最後まで人に頼りたい仕事ってなんだろう?と考えると、励ましとか相談とか、動機付けとか、誰かの背中を押す仕事ではないかと思うんです。
 データを読み解くには、仮説が必要です。でも、「この人はこっちの仕事のほうが向いているのでは?」「実はコロナによる雇用不安で、キャリアプランが見通せなくなっているのかも」といった仮説は、人の声に耳を傾け、気持ちに寄り添ってはじめて思い至るもの。データを眺めるだけでは、仮説は出てきませんから。
 人に寄り添い“情理”を理解しながらも、思い込みで意思決定するのではなく、データによる“合理”で検証する。
 この両立こそ、これからの人事に求められるものではないでしょうか。
鈴村 同じことは経営サイドにも言えますね。最近、いろんな会社で「人材ポートフォリオ」というワードをよく聞くんです。
 経営サイドは社内にどんな人材がいるか、もしくは不足しているのかを、人材ポートフォリオという“合理”によって定量的に把握しておかねばならない。
山崎 人材の領域はずっと情理ばかりの世界でしたから、今まさにそういった科学的なエッセンスが求められるのでしょうね。
鈴村 そうですね。企業経営の実行スピードを、素早く適切な人材をアサインできるかが左右する時代になってきています。だからこそ自社の人材の把握が、経営として非常に重要です。
 とはいえ、施策を考えるのも実行するのも人。今までの経験と勘の精度を高めるには、データを活用した仮説検証が欠かせません。
 このPDCAを回しながら、人事も経営も進化していかなければならないと思います。
山崎 科学的なデータで判断する部分と、ハートで判断する部分の両輪があってこそ、経営や人事がうまく回るのではないでしょうか。