元森ビルCFOとJT副会長が考えた。読書で得る「自分軸」は出世の薬か、毒か
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注目のコメント
人文学に再び脚光が当たる時代が来ている兆しがありますが、この対談もまさにそれを感じさせます。
「教養とは自分をとらえている枠組みを自分でずらすことができる力」。マックス・ウェーバーのいう「鉄の檻」の向こうに出る力。ビジネスパーソンがそれを求めてアカデミアと連携しようとしています。これはまさに現在、あちこちで起きている現象です。
アカデミアのほうでも、「上下関係」で知識を授けるのではなく水平に学び合おうという姿勢で臨むことが大切になってくるという指摘がありますが、むしろこの点はアカデミアのほうが遅れているのかもしれませんね。
飲み会やゴルフなど社内の付き合いに身を捧げる「社内貯金」をすることで出世する「現代の奴隷制」というものがあるという指摘が痛烈でした。笑素直に本を学ぶと、批判的思考や創造性が失われる
じぶん以上に思索を尽くした著者の主張には隙がなく、考える工夫の余地がないように感じることもありますが、自分の組織で伝わる言葉に言い換えるだけで伝えるための創造性は育まれるはず
そう信じ本をパワポやnoteに表現し直したり、新規事業に紐づけるような習慣を続けてます。業務から離れてた書籍ほど意外なアナロジーが生まれて面白いです
本流の正統派ではないので出世は期待してません”人は何のために学ぶかと言えば、究極的には「人を幸せにする」「自分が幸せになる」「世の中を良くする」というためなのだと思います。そうした目的がないのにただ勉強することには意味がないと思っているんです。だからこそ、自分が学んだことをもっとビジネスに還元していきたいと思っています。ビジネスか勉強かという、「どちらかだけ」をやるというのでは意味がないんです。”
実際に周囲を見渡してみても、休日まで勉強している若手はかなり少ないと感じます。休日にインプットしたことを平日に還元するサイクルが成立すると、仕事とプライベートの乖離が小さくなり、仕事がもっと楽しく感じられるのでは、と思います。