【林篤志】「ポスト資本主義社会」はどうすれば具現化できるのか

2021/4/30
プロジェクト型スクール「NewsPicks NewSchool」では、2021年5月から、2021年5月から「サステナブル・イノヴェイション」を開講します。
プロジェクトリーダーを務めるのは、「ポスト資本主義社会」の具現化に取り組むNext Commons Labファウンダーの林篤志氏です。
開講に先立ち、NewSchoolではオンライン説明会を開催。その内容をハイライトしてお伝えします。

社会構造そのものを変えていく

皆さん、今日はお集まりいただきありがとうございます。
サステナブル・イノヴェイション・プロジェクトを開催させていただくことになりました、ネクストコモンズラボ(Next Commons Lab)の林と申します。
まず、簡単な自己紹介ですが、僕自身は今、ネクストコモンズラボという一般社団法人の代表を約4年務めています。
地方創生という言葉ができる前から、日本の地域や地方、なかでも過疎地や限界集落といわれるところで活動をしてきたので、一般的にはソーシャルアントレプレナーというカテゴリーの人間なのかもしれません。
もともとはエンジニアで、サラリーマンを辞めた後は、自由大学という学びの場を東京の廃校スペースにつくったり、高知県の土佐山という、かつて人口約1200人の村だった地区(現・高知市)で、人間が自然の一部として生きていくための文化をつくり、その文化を育むサステナビリティ人材を育てるために、中山間地域を丸ごと舞台にした学校を日本で始めて立ち上げる、といったことをやってきております。
今回サステナブル・イノヴェイションというプロジェクトを立ち上げるうえでの根本的な認識として、私も含めて皆さんの身の回りには、小さなものから世界全体に共通する大きなものまで、課題が山積しています。
その中で「課題解決」という言葉がかなり簡単にいわれています。
特に社会起業家は社会課題を解決することを生業にしているわけですが、「課題は解決されていない」というのが今の現状だと、僕は認識しています。
たとえば皆さん、想像してみてください。シングルマザーの母子家庭の貧困率は非常に高いわけですが、そのシングルマザーの家庭の貧困率が高い原因は何かと突き詰めていくと、1つに絞られることはありません。
原因が1つだけで、それが明確にわかっていれば、そこをつぶせばいいだけですが、ほとんどの課題はさまざまな原因が複雑に絡み合っており、社会全体が古くて制度疲労を起こしている中で、それをなかなか解きほぐせない状況にあるわけです。
もちろん目の前にある課題を1つひとつつぶし、できるだけ良い方向に進めていくことも大切です。でも、そもそも課題が生まれ続けてしまう社会構造に問題があるわけで、社会構造そのものからつくり直せないだろうか、新しくつくれないだろうかということを、日本の地域や地方を舞台にして考え(行動し)ているチームがNCLなのです。
このサステナブル・イノヴェイション・プロジェクトでもそういうことを考えていきたいと考えています。
もう1点、これは非常に重要なことですが、(今日の)参加者には大企業にお勤めの方、もしくはスタートアップの創業者の方、自治体の職員の方、議員の方など、さまざまな立場の方がいらっしゃると存じ上げています。
サステナブル・イノヴェイションを前に進めていくには、それぞれの方がそれぞれの役割を果たすことが大切ですが、結局、個人がそれぞれの立場で頑張っても、なかなか変わらないというのが現状です。
その意味で、まったく異なる立場にいるステークホルダーの方々を隔てる垣根を取り払うことが最も重要で、NCLはこの役割を担っています。
ありとあらゆるステークホルダーを巻き込みながら、新しい社会像をイメージし、デザインを行い、それを前に進めていかなければなりません。
今まさに商品のプロトタイピングということがよくいわれるようになりましたが、社会そのもののプロトタイピングを行っていかなければならないのです。
今回のサステナブル・イノヴェイション・プロジェクトでも、この部分がかなり重要な要素になりますので、皆さんと、こういった観点でも議論していきたいと思います。

「ポスト資本主義」の新しい社会

5年前にNCLを立ち上げたとき、ポスト資本主義社会を具現化するというミッションを掲げました。
この図を見ていただくと少しイメージが湧くかもしれませんが、僕たちは結局、誰かがつくった、もしくは誰かがつくり始めたものをみんなで育んできた、大きな社会システムの上に乗って生きているわけです。
Next Commons Lab公式サイトより
今でいえば、みんなが金融資本主義という一つの大きなルールの中で生きていて、その中で恩恵を得ている一方、さまざまな歪みも生まれています。
僕たちがやりたいのは、それを否定するのではなく、うまく活用し、そこに立脚しながら新しい社会像を、小さくはあってもプロトタイピングし、実装していくことです。
そのフィールドとして、じつは日本の地方や地域という場所に、可能性があるのではないかと思います。皆さんにお伝えしたいのは、地方創生をしたいからとか、地域活性をしたいからとか、まちづくりをしたいから、このプロジェクトをやるわけではないということです。
前回、NewsPicksの「NewSchool」で実施したのは、ローカルプロデュースというプロジェクトでした。
地域活性化や地域資源を使った事業の立案に、よりフォーカスしたものですが、そのベースになったのが、地域資源を可視化することで、大都市圏から縁もゆかりもない土地に集団移住し、事業を興す人たちを育てるサポートを行うという、NCLが一番最初に手がけた事業なのです。
全国で今140名近くの起業家と、彼らを支えるコーディネーターという人材がいて、その中からさまざまなプロジェクトが生まれつつあります。
ほとんどの方が起業経験もなく、東京などの大都市で大企業に勤めていましたが、彼らは会社を辞めてNCLのローカルベンチャー事業に参画し、移住して事業を立ち上げました。それから3年後の今、その土地に残りながら事業を継続している人が66〜69%に達しています。
これは、働き方や企業のあり方が変わってきていることを示しています。IPOや企業売却などのイグジットを目指し、劇的な成長を志向するスタートアップとは違い、自分の生き様や価値観を体現・表現するためのツールとして、起業という手段を選ぶ人たちが多いのです。
それが身の丈に合ったローカル事業やコミュニティ事業につながっており、各地で今さまざまな広がりを見せているところが面白いと思います。
ここから今回、なぜサステナブル・イノヴェイション・プロジェクトを立ち上げたのかというところにつながっていきますが、最初はローカルベンチャー事業のための起業家育成から始めたNCLですが、この数年間は大企業からの相談が圧倒的に多いという状況です。
僕はこの10年間、日本のローカルに張り付いて仕事をしているので、大企業の考え方や動き方がずいぶん変わってきたなという印象を持っています。
10年前は、社会貢献やCSRにつなげていこうという文脈でお話をいただくことが多かったのですが、最近ご相談をいただく企業様からは、CSRや社会貢献という文脈は一度も聞いたことがありません。あってもCSVですね。
もっというと新規事業開発もしくはR&D。たとえばトヨタ自動車が東富士工場跡地(静岡県裾野市)を舞台に実験都市「Woven City(ウーブン・シティ)」の構想を進めていますが、それに近い形で自社のテクノロジーや事業の未来を想定したうえで、ゼロから街をつくりたいという相談が増えています。
そして今、こうした企業様と実証実験を続けていくための仕掛けづくりを、NCLとして手がけさせていただいているところです。

「サステナブル・イノヴェイション」への挑戦

次なる挑戦として、今回のサステナブル・イノヴェイションというキーワードが大きく関わってきます。
まさにNCLとしては、ポスト資本主義社会を具現化するため、あるいは100年後200年後も、自分たちの次の世代がサバイブするためのイノヴェイションを起こすべき、待ったなしのタイミングになったと考えています。
5月に正式にリリースを行いますが、NCLでは、自治体から大企業、スタートアップ、起業家まで、ありとあらゆるステークホルダーが交わり、それぞれの知見やアイディアをうまく活かし合いながら、社会実験や社会実装を行っていく、実践を伴った研究会、サステナブル・イノヴェイション・ラボ(SIL)を立ち上げようとしているところです。
イノヴェイションという言葉が至るところで使われるようになってから、ずいぶん時間が経ちます。日本経済が行き詰まっているのはイノヴェイションが足りないからだとか、売上が伸びないのはイノヴェイションが生まれていないからだというように、イノヴェイションという言葉が安易に使われていると感じます。
そこで、イノヴェイションという言葉をどういうベクトルで使うのかということも、このプロジェクトでは明確に定義したいと思います。
つまり、無限の成長を促すためのイノヴェイションは、もはや必要ではないのではないか。また、過度に利便性を促すイノヴェイションは必要なのか、と問いからスタートします。
私たちの暮らしはもう十分利便性が高まっていて、社会全体としての成長が停滞する中で、誰かを蹴落としたり、目先の売上のために多くのものを喪失しながら前に進んでいくこと自体が、社会にフィットしなくなってきています。
今までステークホルダーとは、協業先や卸先、商品を買ってくれるお客様やパートナー企業といった、ビジネスの中でのステークホルダーだと当たり前のようにいわれてきました。
ところが明確に変わったのは、いまはステークホルダーが、要は地球になったということなのです。
地球というステークホルダーと自分たちはどう向き合い、どう距離をとっていくかを考えざるを得ない状況になってきていると思います。
コロナ禍以前は、インバウンドで観光客がどんどん押し寄せ、売上がものすごく伸び、外貨をたくさん稼いでいるのが地方創生の好事例の一つであり、主流だったわけですが、コロナ禍で何もなくなってしまいました。
その結果、地方自治体は今、BCPの観点やエネルギー、食料の自給といった、持続性可能性に本当に目を向けるようになっています。これはビジネスの世界でも同じだと思います。
会社はただの箱ですし、自治体もただの枠組みですので、僕たち1人ひとり、もしくは皆さんの子供や家族などの身近な人や、まだ見ぬ次の世代の人たちの幸せに向かい、今こそ垣根を越え、持続可能な社会をつくっていくためのイノヴェイションを生み出すために、SILを立ち上げようとしています。
また、その自治体が、今後自治を行っていくことが難しい状況になりつつあります。これはSIL立ち上げの非常に大きなポイントであり、象徴的な背景ですが、実際に自治体側からの相談の内容も変わってきています。

「第二の自治」、「第二の公」

たとえば地方創生的な文脈でいうと、移住者を増やしたいとか人口を増やしたい、起業家を育てたい、産業をつくりたいという相談は10年前にもあり、現在進行形でもあります。
ところが、この1年半で、自治体の機能をダウンサイジングしたいという新しいタイプの相談が増えてきているのです。
人口が増えている間はよかったのですが、人口が減って税収が落ち、社会保障費が増え続ける中で、自治体がこれまで行政サービスの名のもとに行ってきた多くのことができなくなるといわれているわけです。
「消滅可能性都市」に関する論文が発表され、一時期話題になったこともありますが、自治体そのものの存続が危ぶまれています。
都市に住んでいる方が多いので、イメージがあまり湧かないかもしれませんが、当たり前のようにある道路や水道、電力エネルギーなどのインフラや機能が維持できなくなるという未来が近づいているのです。
となると、自分たちが生きていくためのインフラや、自治そのものを自分たちの手で運用しマネジメントすることが、今後大きな課題になってくるでしょう。
ただし、これは悲観的な話ではなく、非常に面白いチャンスだと私は思います。
本当のサステナビリティとは何なのか。持続可能な社会をつくるために、自分たちはどの範囲で自律分散的な経済を構築していくのか。
その中で、資本を金融資本以外にも、自然資本や社会資本などに多元化し、それらをどうバランスよくマネジメントしていくのかという視点が求められており、その受け皿となる「第二の自治」、「第二の公」というものが今後必要になってくるでしょう。
たとえばオフグリッドの仕組みや最新のテクノロジーを使ったブロックチェーン、AIなどを活用しながら、従来の国や自治体という枠組みにとらわれず、地球、そして100年後の自分の子孫をステークホルダーとして、どうすればサステナブルに生きていけるのかといった問いを立てることもできます。
つまり、そもそも課題を生み出さないような生き方や暮らし方、経済活動のあり方とは何なのかということを考え、今すぐに実験的に取り組んでいく必要があるわけです。
その役割を担っているのは、すべての人たちです。とくに大企業は大きな資本を持ち、自治体も大きな権限を持っています。
そうした中で1人ひとりが動くことにより、その資本や力を、新しい社会をつくっていく方向に、緩やかにかつスムーズに移行していく必要があるでしょう。
「NewSchool」といわれているので「勉強の場」だと思う方も多いかもしれません。もちろんそういう要素はありますが、今ここまで説明したように(当スクールは)いわゆるプロジェクトです。
個人や専門家、スタートアップの一員もしくは大企業で新規事業を担当している方々で、このSILというプロジェクトで一緒に走って下さるメンバーを集めるために、今回この「NewSchool」を立ち上げようとしているところです。
※後編に続く
(構成:加賀谷貢樹、写真:是枝右恭、デザイン:九喜洋介)
「NewsPicks NewSchool」では、2021年5月から「サステナブル・イノヴェイション」を開講します。詳細はこちらをご確認ください。