2021/5/20

【オードリー・タン×日立CEO】物事の「捉え方」を変えれば、あなたの世界は一変する 

NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
「信じるもの」「頼るもの」「やること」がなくなる未来──。
コロナ禍は気候変動や経済格差など多様な社会問題を、人類により明確に突きつけるきっかけとなった。
社会システムそのものを見直す必要性に迫られているいま、私たちはどんな未来を描き、社会をデザインすべきか。
「2050年の将来、信じるもの=未来、頼るもの=国家、やること=労働、この3つを喪失し、それが人間の悩み、社会課題となる」
そう語るのは、日立製作所 執行役会長兼社長兼CEOの東原敏昭氏だ。日立と京都大学による2050年の社会課題探索プロジェクト「Crisis 5.0」では、30年後の未来をそう予測する。
NewsPicks Brand Designは、徹底的な透明性や共有を信条とし、誰も置き去りにしない社会づくりを目指す、台湾デジタル担当政務委員オードリ・タン氏と東原氏による対談を実施。
ともにテクノロジーを駆使した社会課題の解決に挑む二人が、目指すべき社会モデルを語り合った。
INDEX
  • 30年後、「信頼できるもの」はあるか
  • 「共通の価値」を見出せるか
  • 社会づくりに関与する「きっかけ」が必要
  • 捉え方で世界は変わる
  • 世界を輝かせよう。

30年後、「信頼できるもの」はあるか

──そもそもなぜいまから30年後の未来、2050年の社会課題の探索に注力しているのでしょうか。
東原 いま人類は、制約ある環境、限りある資源のなかで、どのように持続可能な社会を目指せばいいのかという問いを突きつけられています。
 気候変動や資源不足などの社会課題は、時代の流れとともに多様化、複雑化しています。
 日々複雑化する社会課題を解決するためには、長期的な視点で未来を描き、未来を起点にいま何をすべきかを考えることが重要になります。
 そこで歴史経済学、哲学、社会心理学を専門とする京都大学の先生方との議論を通して、2050年の社会課題の予測をまとめたのが「Crisis 5.0」です。
 2050年の未来に人間は「信じるもの=未来」、「頼るもの=国家」、「やること=労働」の3つを喪失し、それが社会課題になる。Crisis 5.0では、そう考察しています。
 いま私たちは、自分の目で見たものを信じることができます。ですがVRで視覚や聴覚、味覚まで感じられるようになったら、私たちは何を信じれば良いのか。
 AIやロボットが中心の世界では、人はどこに存在意義を見出せばいいのか。
 このまま経済成長や物質的幸福を追求し続けた先に、生きがいや、やりがいはどこにあるのか。
 30年後の未来、私たちはそんな苦悩に襲われている可能性があります。
オードリー 非常に興味深い考察です。まず時間軸を長く捉えることが、社会問題の核心につながるという点には全く同感です。
 例えば短期的な視点でAIを開発すると、人の仕事を置き換えることが目的になってしまう。しかし長期的な視点があれば、人とAIの共生が目的になるはずです。
 私の考えですが、Crisis 5.0が予測する3つの苦悩は、30年後の未来も継続して「信頼できるものはあるか」という問いに集約されます。
 例えば2050年に私がまだ自分自身を信じ、頼ることができているのであれば、他に頼るものや、やることがないのは大きな問題ではありません。
 つまりCrisis 5.0による重要な示唆は、「信頼」を失わない社会をデザインする必要があるということです。
 しかしいま私たちの社会は、責任と権限が少数の人々に集中する「中央集権的な社会構造」に依存しすぎています。
 それでは一部の人たちの異なる意見が拾えない。意見が社会に反映されなければ、自分や社会への信頼を喪失する人が生まれてしまいます。
 要するに中央集権的な体制、トップダウンによる社会構造への過度な依存こそ、Crisis 5.0を引き起こす要因ではないでしょうか。

「共通の価値」を見出せるか

東原 同感です。トップ自らが改革を推進する意思自体は大切ですが、それではトップへの過度な依存が生まれてしまう。
 とはいえ、ボトムアップがいいかといえばそうではない。
 未来の社会づくりにおいて大切なのは、社会と市民がフラットに対話できる環境です。
 そして人々と「共通の価値」を共有することです。これらのヒントは、オードリーさんのコロナ禍での市民との対話にあります。
 台湾である男の子がピンクのマスクをつけて学校に行ったら、からかわれてしまい、その悩みが新型コロナ対策のホットラインに寄せられた出来事がありましたよね。
 それを聞いた対策本部の指揮官たちは、翌日の記者会見に全員がピンクのマスクをして登場した。
(画像提供:台湾中央防疫指令センター)
 その結果、多くの企業や個人が、ロゴやプロフィール画像の背景をピンクに塗り替え、誰もがピンクのマスクを受け入れるようになりました。
 政府と市民が対話できる環境、特定の人やグループを非難するのではなく、コロナ対策を共通の価値として共有できたからこその結果だと思います。
オードリー ええ。もし政府が、からかった子供を罰する方針を打ち出していたら、異なる結果になっていたでしょう。
 からかった子供を学校から遠ざけ、差別や復讐の循環を生んでいたはずです。
 コロナ禍の人々の共通の価値は「どう感染症と対峙するか」です。であれば、特定の人を責めることに価値はありません。
 ピンクマスクをめぐる出来事は市民が社会づくりに参画するきっかけにもなり、寛容で安全な社会へと一歩前進する大きな成果でした。

社会づくりに関与する「きっかけ」が必要

東原 素晴らしいです。私たちは2050年の社会課題の解決策として、「Imagination 5.0」を提示しています。
 まさに一人一人が社会課題の解決に関与することが大切だと考えているからです。
 想像力を発揮し、どう変えたいかという主体性を持って、自ら社会に参加していく姿勢が必要になる。
 人間が技術をコントロールして、信じるもの、頼るもの、働く意味を自ら創り出していくことが大切になります。
 例えばデンマークの首都コペンハーゲンの地下鉄では、日立が支援し24時間無人運転を実施していますが、新たな実証実験を進めています。
 駅や電車にセンサーを搭載し、待っている乗客の人数を測定することで、自動的に運行ダイヤを変える仕組みの実験です。
 人が多いときは数分間隔で電車が来ますが、人が少ないと10分に1本になるといったイメージです。そのため、待ち時間が少し長くなってしまう時間帯もあります。
 でもこのシステムを使えば、人間の少しの我慢で、最も多くの人を、最も小さなエネルギーで運ぶことができる。
 少しの我慢する時間があることで、一人一人が環境負荷の低減に貢献しているという意識も生まれる。
 このように人々が社会課題の解決に関与できるようなきっかけづくりは、非常に重要です。
デンマークの首都 コペンハーゲンので運行する無人電車(画像提供:日立製作所)
オードリー 日立のように技術を駆使し、市民と共同で社会イノベーションを起こしていく。まさに私が目指している世界です。
 社会イノベーションにおいて、政府は決して主体ではなく、市民の方向性をコントロールする存在でもありません。
 重要なのは市民の「信頼」。政府は市民を信じ、市民はその信頼に応える。そうした相互の信頼が存在する時にのみ、政策は浸透します。
 私の政治的信条を表すキーワードの一つに「徹底的な透明性」がありますが、信頼を生み出すために重要なのは「透明性」と「共有」です。
 徹底的な透明性があれば、自らの行動が社会や組織に与える影響を確認でき、それは自分や社会を信頼することにつながります。
 例えばコペンハーゲンの取り組みにおいても、CO2削減の結果を「共有」することで、自分の行動が地球の未来を救うことにつながっているのを確認できます。
 他者や社会にもたらす良い影響を確認できれば、自分の行動に意義や情熱を感じ、自信を持ち、自らを信頼できるようにもなります。
 そして信頼に値する自分が関与する社会を、信頼することもできるでしょう。
 逆に私たちの行動が未来の地球や人類を犠牲にしていることがわかれば、CO2排出の抑制に関心を持ち、行動を変えるきっかけになります。
 このように徹底的な透明性は、市民と社会が一緒に社会課題を解決していくために、とても大切な原則です。

捉え方で世界は変わる

──では私たち一人一人が「信頼」を生み出すためにできることはありますか。
東原 周囲の人々を思いやる、理解するといった「利他の心」こそ、自分や社会への信頼を生み出すために大切なことです。
 日立も創業以来「利他の心」を大切にしてきましたが、共有や共生をベースとした社会では、他者を理解する力がこれまで以上に必要になるのは間違いありません。
 利他の心で社会課題を自分事として捉え、人々と協力し解決に向けて取り組むことが、自身の存在価値を再認識することにもなります。
 人間は本来、エゴイスト(利己主義者)です。大量生産、大量消費に慣れてしまった私たちの欲望は留まることを知りません。
「利他の心が大事」と言葉にするのは簡単ですが、営利主義である資本主義というシステムの上では、行動に移すのはそう簡単ではないのも正直なところです。
 しかし誰かが勝ち、誰かが負けるような社会ではなく、両者がともに幸せになれるような社会を目指さなければいけない。
 ある種、利己的な欲求を超えたところで、利他の心と向き合わなければならないのです。
オードリー 「利他の心」は、私も大切にしている重要なキーワードです。
 人はみな「利他の心」を生まれながらに持っています。そのため大切なのは、他者や社会に貢献できていることに、気付けるかどうかです。
 例えば自分へのコロナの感染を防ぐため、隣の人に「マスクを着用してください」と言うとします。これは利己的な欲求から始まっていますよね。
 しかし捉え方を変えると、その人がマスクを着用したことで、周囲の人のためにもなっています。
 このように、実は自分のためにする行動も捉え方を変えれば、誰かの幸せにつながっている。
 人は必ず何らかの形で、他者や社会に貢献しています。つまりすべては捉え方次第であり、それに気付けるかどうかです。
 目の前の物事を、さまざまな視点から考えてみると、物事の捉え方は変わります。
 その積み重ねが、自分や社会への「信頼」を生み出すことにもつながるはずです。

世界を輝かせよう。

東原 そして私たちの役割としては、繰り返しになりますが一人一人が自然に社会課題の解決に関与していることを実感できる社会をつくることです。
 ピンクマスクやコペンハーゲンの事例のように、共通の価値に向けて人々が団結することで、幸せな社会を実現できるはずです。
 一人一人が社会づくりに参画することは、自分や世界を幸せに導くことにつながります。
オードリー 私も人が本当に幸せを感じるのは、人々の幸せを願い、世界をより良くするために、周囲と力を合わせている時だと思います。
 共通の価値のために、利他の心を分かち合う経験は、私たちの心を幸福感で満たします。
 だから私は、世界中の人々の幸せを描く「Hitachi Social Innovation is POWERING GOOD 世界を輝かせよう。」という日立のスローガンが大好きです。
東原 まさに私としても「利他の心」で溢れた社会を実現していきたい。
 日立のスローガン「Hitachi Social Innovation is POWERING GOOD 世界を輝かせよう。」は、世界中の人々が望む“良いこと”を実現するため、お客さまやパートナーとともに全力を注ぐ、企業姿勢を表したメッセージです。
 日立は1910年の創業以来、「優れた自主技術・製品の開発を通じて社会に貢献する」という企業理念を掲げ、長くモノづくりを起点に社会イノベーションを起こしてきました。
 社会の課題を解決し、社会の発展に貢献する。それは、私たちのDNAそのものです。
 私は、日立を2050年には社会貢献No. 1企業にしたい。
 そのためにはお客さまやパートナーをはじめ、多くの人の力が必要です。
 ぜひオードリーさんとも「持続可能な社会」という共通の価値に向けて、一緒に力を合わせていけると嬉しいです。
オードリー 喜んで。なんだか未来が楽しみになりますね。
 ぜひ、ともに社会イノベーションを目指す仲間として、協力していきましょう。
最後に、東原さんにお祈りの言葉を伝えさせてください。
「心の平穏と長生き」を。
 パンデミックが終わったら、直接お会いできるのを楽しみにしています。
※インタビュー実施時期:2021年3月。プロフィールは、2021年5月20日時点の内容になります。