2021/4/28

“具体と抽象”を使いこなし、「新しい常識」を生み出す人は何が違うのか

NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
物流業界が悲鳴を上げている。
労働力不足や貨物量の増大で、確実に進行しつつある物流危機。モノをいくら効率的に生産できたとしても、運べない、届かない時代が来ようとしている。
この大きく歪む需要と供給のバランスの解決を目指し、次世代型物流情報プラットフォームの構築に挑んでいるのがHacobu CEO 佐々木太郎氏だ。
アクセンチュアで、サプライチェーン改革から成長戦略・企業変革を支援するサプライチェーン&オペレーションの日本統括 マネジング・ディレクター 太田陽介氏も、「物流危機の解決は待ったなしの状況」と停滞する物流改革への危機感を隠さない。
ともに物流危機の解決に挑む二人に、差し迫る危機と解決の糸口、変革に導くコンサルタントの条件を聞いた。
INDEX
  • 今そこにある「物流危機」の正体
  • 変わらないために「変わり続ける」
  • 具体と抽象を行き来できる人材へ
  • 経営と物流を表裏一体に

今そこにある「物流危機」の正体

──佐々木さんは、経営コンサルティング会社や食品通販会社の起業を経て、Hacobuを起業しました。そもそもなぜ物流業界の課題解決を目指すことになったのでしょうか。
佐々木 Hacobuを起業する前、出稼ぎでコンサルティングサービスを手掛けていたことがきっかけです。
 そこであるメーカーの卸売子会社の経営改善プロジェクトを支援させていただき、BtoB物流の危機を目の当たりにしました。
 そのプロジェクトは2014年頃のこと。すでにインターネットも普及していました。しかし物流業界のコミュニケーション手段は、電話やFAXが当たり前。
 人手不足、過剰労働による疲弊などの慢性的な課題がある中で、デジタル化は全く進んでいない。非効率な配送プロセスも含め、課題は山積みでした。
 それにもかかわらず、気合と根性、勘で仕事が動いているような、とても属人的な世界に衝撃を受けたのです。
 物流の現場を構成するのは、メーカー、卸、小売、そしてそれらをつなぐ物流会社です。
 各プレイヤーはそれぞれ個別最適化に向けて努力はしていたものの、業界全体の最適化にアプローチをしている企業は少なかった。
 そこで私たちは次世代型の物流情報プラットフォーム構築を実現することで、サプライチェーン全体、物流業界全体の最適化を目指しています。
太田 そもそもサプライチェーンという概念は大きく、調達、製造、物流、販売の過程を指します。なかでも「物流」の過程は、特に多くの関係者が関与し、利害関係が複雑です。
 なんとなく問題があるのはわかっていても、フタをしておけるものならフタをしておきたいのが本音。
 それを解きほぐしながらの改革は、膨大な労力が必要になるため、誰も着手したがらない領域でした。
佐々木 まさにそうです。
 数年前までは物流リソースは無尽蔵にあることが前提で、多くの企業の視線は、いかに効率よく製造・販売するかにばかり向いていたんです。
 その名残からか大半の経営者は、製造・販売プロセスを重視しがちで、物流への関心は必ずしも高くない。経営者の意識・関心に、大きな問題があると感じています。
太田 その証拠に、モノ作りの哲学や販売哲学を語れる方は多くても、物流の哲学を語れる人は多くはないと思います。
──もし物流危機を解決できなかった場合、生活者にはどのような影響がありますか。
佐々木 今私たちが享受している生活レベルは、さまざまな産業に携わる人の努力によって成り立っているものです。決して自然に存在するものではありません。
 これから労働人口がますます減る中で、効率化、省力化、自動化の流れが滞ったとすると、コンビニやスーパーの商品棚には欠品が目立つようになります。
 今はたった100円で買えるおにぎりに物流コストが転嫁され、200円、300円の値が付くことになるかもしれません。
太田 生活者は無駄なコストを支払うことを強いられ、同時に生活の質も落ちていく可能性がありますよね。
 少子高齢化による労働人口の減少やドライバーの長時間労働、世界的な貨物輸送量の増大、地球温暖化対策としてのCO2削減の解決は待ったなしの状況。
 テクノロジーを活用した解決策をいかに社会に実装していくかが、私たちに問われています。
 そのために、どうすれば物流危機、サプライチェーンの問題をより経営アジェンダに格上げできるか。ここに私たちとHacobuの共通の課題意識があります。

変わらないために「変わり続ける」

──閉塞感を打開するために何から手を付けるべきでしょうか。
佐々木 何らかの改革を断行するためには、変革のトリガーとなる人に加え、予算と人事権を持つ経営者のコミットが必要です。
 「物流は経営アジェンダではない」と思い込んでいる経営者に、「今サプライチェーンの再構築に投資すれば、数年後の利益にインパクトが残せる理由」を説明し、彼らのマインドを変えることが私たちの役割。
 実際プレゼンさせていただくと「サプライチェーン改革がこんなに利益に影響するの?」と驚かれる経営者も多い。
太田 とはいえ経営者にとって苦しいのは、単年の利益に追われてしまうことです。
 しかし時代は変わり、経営者が向き合うべき責任は非常に増えました。生活者への責任、業界や取引先への責任、従業員やその家族への責任、株主への責任、環境への責任。
 その責任を果たすためにも、すべての人に価値提供を目指す「360°バリュー」の考え方でサプライチェーンの改革を行うことは不可欠です。
佐々木 短期的な利益を志向しがちな株主資本主義から、取引先や社会、従業員といった幅広いステークホルダーを重視する長期的な成長を志向する経営に移行しないと生き残れない時代を迎えていますよね。
 変わらないために変わり続ける。
 私の経営の師匠であるアスクル創業者の岩田彰一郎さんは、「お客様のために変わり続ける」ことを経営哲学に掲げています。サプライチェーン改革にも、同じことが言えます。
太田 生活者の価値観が変わりつつある今、コンサルティング業界にもこれを後押しする責任がある。
 そのためには生活者やそれに対峙するクライアントが大切にしたい本質や価値観の理解、改革の本質を捉えるためにも、データによるオペレーションの「見える化」が欠かせません。
佐々木 データで現状を斬ってみると、今までブラックボックス化されて見えなかった課題が露わになりますからね。そうなってしまったら「現状維持でOK」というわけにはいかなくなる。
 苦痛が伴う作業になるかもしれませんが、この過程を経ない限り議論が噛み合うことはありません。
 ただこうした苦痛が伴う取り組みの先に「大きな果実」があることをきちんと示す役割は非常に重要です。
太田 精緻に積み上げた数字やデータが示すファクトの先には、人の幸せがなければいけません。
 クライアントであるお客様と決めたゴールにたどり着くまで、伴走するのがコンサルタントの仕事。
 私たちには、お客様をゴールに導く技術と責任が問われているのは間違いありません。

具体と抽象を行き来できる人材へ

──佐々木さんは新卒でアクセンチュアに入社し、半導体のサプライチェーン改革プロジェクトなどに携わっています。コンサルタント時代に学んだことで、経営者になった今も役立っていることはありますか。
佐々木 質問を受けて真っ先に頭に浮かんだのは「具体と抽象を行き来する」という言葉です。特に新たな世界を切り拓くモノを作っていくような時に、今も非常に役立っています。
 まずは理想から始めてビッグピクチャーを描き(抽象)、徹底的に仮説を立てそれを検証していく(具体)力はとても重要です。
 起業前に、配送会社や物流ブローカーに片っ端から電話を掛けて「話を聞かせてほしい」とお願いして回った経験があります。
 怪しい人間だと思われたのか多くの人に断られましたが、業界の実情を包み隠さず教えてくださる方もいて、多くの学びがありました。
 なかには「そんなことをするのは自分のプライドが許さない」と思う方もいるでしょう。
 でもその「泥臭さ」に肩まで浸からないとわからない真実があることは、知っておくべきです。
 アクセンチュア時代に何度も現場に足を運び、具体と抽象を行き来した経験があったからこそ、身体に染み付いた素養だと思います。
太田 「現場」に足を運ぶという、当たり前のことを当たり前に行動できる人はやっぱり強い。
 私もメンバーに、現場の感触を必ず尋ねるようにしていますし、私自身もなるべく現場に足を運ぶ機会をつくり、メンバーと感触について意見交換する機会を設けるようにしています。
 オフィスや工場の雰囲気、人々の仕事ぶりや話しぶりから、守るべきものと変えるべきもの、その境界線が見えることがあるからです。
 もちろん前提として経営判断はファクトに基づいて下すべきです。しかし、データを並べるだけで判断できるなら、経営者やコンサルタントの存在意義はどこにあるのでしょうか。
 人間には1つの経験から10の想像を生み出せる力がある。その力を変革に生かさない手はないと思います。
佐々木 本当にそうですね。実は先日ある番組の収録で秋田に行ったんです。
 限界集落から出ている買い物バスが赤字続きで存続の危機にあるということで、その解決法を考えるというのが番組のテーマでした。
 そこで現地に赴き、バスを運行するコストと利用者数、1人あたりの買い物金額を路線図が描かれた地図にあらわしてみたところ、不採算路線の廃止が必要なことは誰の目にも明らかでした。
 私自身「存続させたいなら収益性の低い路線を廃止するしかない」と思いましたし、実際、疑問を差し挟む余地もなさそうでした。
 でも最終的な結論を出す前に、関係者全員で利用者に話を聞きに行くことになったんです。
太田 どうでしたか?
佐々木 会ってくださったのは、不採算路線を利用する限界集落に住む女性でした。その女性がこう言うんです。「あのバスに乗って買い物に行くことだけが楽しみなんです」と。
 私はその時思いました。会議室に張り出した地図上にあった、あのたった1つの点がこの女性だと知っていたら「路線は廃止すべき」と、即断しただろうかと。
太田 なるほど。
佐々木 あの女性に出会わなければ、そのまま廃止を主張していたところでした。
 すぐに運行目的を福祉やCSR的な価値に切り替えることができれば、運行を続けられるのではという思考に切り替えました。
 確かにデータは重要です。でもデータだけで物事を即断することは、多くの可能性を排除することにもつながるということを、改めて思い知らされた出来事でした。
太田 コストにも2通りあって、切っても構わないコストと切るべきではないコストがあります。先ほどの社会課題と向き合いつつ商売も成立させることにも通じるお話ですね。
佐々木 「現場に寄り添いすぎるとキツいことが言えなくなるから、距離を置くべきだ」というコンサルタントもいます。確かに、ただ現場に迎合するだけではいけない。
 でも個人的には、現場に足を踏み入れ、データにはない景色を確認することの重要性を再確認しました。
太田 本気で具体と抽象を行き来しようとすると、コンサルタントには大きなストレスがかかります。現場に寄り添って共感を覚えたとしてもオフィスに戻ったら頭を切り替え、自分の感情を抑えた結論を出さなければならない。
 どちらかに偏っていたほうが気持ち的には楽ですが、両極を行き来するストレスから逃げていてはコンサルタントの使命は果たせない。
 特にサプライチェーンの改革は、経営と現場、あらゆる関係者をつなげる存在が必要です。
 だから私としても、データによるファクトは大事にしつつも、人のつながりを大事にして、関係者と心を通わした上で、最適解に導けるコンサルタントを育成したい。
 まさに佐々木さんのように、具体と抽象を使いこなし、新しい常識を生み出せるような人材を育成したいと考えています。

経営と物流を表裏一体に

──物流業界の危機を解決するために、今後サプライチェーン&オペレーションをどんな組織にしていきますか。
太田 商売と社会課題解決という、2つの価値観を両立させることが求められる時代です。
 この難問を解決するには、経営者のマインドを変え、仕事の成り立ちや業務の組み立て方を根本から見直す必要があります。
 こうした変革の営みを支えるのが、アクセンチュアにおけるサプライチェーン&オペレーションの役割です。
 理想的な絵を描いて「仕事の組み立て方を変えましょう」と伝えるだけではいけない。
 オペレーティングモデルをデザインするには、やはり経営者や現場と向き合い価値観を共有するプロセスが必要です。
 それができるのは、佐々木さんのような、優れた知見を持つ方々ともコラボレーションできる人であり、具体と抽象を往復できる人ということになる。
 ですからサプライチェーン&オペレーションでそういう優れた人材を育て、輩出する組織にしたいと考えています。
佐々木 アクセンチュアの強みは、変革に必要なリソースをワンストップで提供できる点にある。
 グローバルファームのなかで、これだけ幅広い領域をカバーしている存在は業界内でも貴重な存在です。
 それに私がかつて過ごしたアクセンチュアで得た経験は、今も大いに役に立つことばかりで、卒業後の人生を豊かにしてくれています。
太田 佐々木さんとの対話を通じて、サプライチェーン&オペレーションの使命を再確認できました。今はまだ変化の兆しがようやく見えはじめた段階。
 個人的にも劇的に変わりつつある経営者の価値観を、サプライチェーンに転写することをしっかり支援していきたい。
 そのためには多くの仲間の力が必要です。サプライチェーンの未来を明るいものにするためにも、いま私たちは積極的に人材を募集しています。
 私たちの仕事は決してスマートなものではありません。コンサルタントの仕事は、本来「泥臭い」もの。データや技術の知見はもちろん重要ですが、「現場」を理解することだけは怠ってはいけない。
 キャリアの礎になる経験や成長ができる環境は用意しています。少しでも私たちに興味を持っていただける方がいたら、ぜひ気軽に一度お会いできると嬉しく思います。