2021/4/22

初の民間衛星から30年。宇宙はいかに「事業創出」の現場になったのか

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 1989年、日本初の民間通信衛星を打ち上げたスカパーJSAT。以降30機以上の衛星を活用し、通信や放送、様々なセンシングのインフラを構築して宇宙ビジネスを開拓してきたパイオニア企業だ。
 30年にわたって民間宇宙ビジネスを牽引してきた同社は、どのように事業創出に取り組んできたのか。また、AIやセンシングなどのテクノロジーによって、現在の宇宙事業にどんなイノベーションを起こそうとしているのか。
 スカパーJSAT執行役員で宇宙事業部門の経営企画部長を務める森合裕氏、同社の新領域事業本部 スペースインテリジェンス事業部の加藤鉄平氏が登壇したNewsPicks Live「宇宙ビジネス創出BOOTCAMP」のセッションレポートをお届けする。
INDEX
  • 宇宙ビジネスはどう開拓されてきたか
  • インフラから衛星データのアプリケーション開発へ
  • 宇宙空間は「事業開発」の現場になった

宇宙ビジネスはどう開拓されてきたか

── まずは、スカパーJSATがこれまで日本の宇宙ビジネスをどのように切り拓いてきたのかをお聞かせください。
森合 私はスカパーJSATの宇宙事業部門で30年ほど、宇宙ビジネスをやってきました。弊社は1985年に設立し、89年には民間初の人工衛星を打ち上げ、衛星通信事業からスタートしました。
JCSAT-1が活躍した1990年代前半は、厳密な規制によって通信衛星を放送用途に使えなかった時代。国の利用や通信事業者の衛星回線を中心に事業を拡大していった。
 その後、放送事業が始まったことで宇宙事業は拡大し、2008年には放送事業を担うスカイパーフェクト・コミュニケーションズと、宇宙事業を行うJSATおよび宇宙通信が合併し、スカパーJSATとなりました。
 スカパーと聞くと一般的にはメディア事業の印象が強いと思うのですが、利益は宇宙事業のほうが大きいんです。このようにビジネスとしての結果がしっかり出せていることも、宇宙でのインフラ事業が着実に成長してきた証だと自負しています。
1機あたり数百億円規模の投資が必要な人工衛星を、現在は18機保有。通信エリアも国内にとどまらず海外に広がっている。一般には衛星放送などメディア事業のイメージが強いが、実は純利益では宇宙事業が2/3近くを占めている。
石田 現在、世界の宇宙産業の市場規模はおよそ40兆円で、そのうち衛星通信と衛星放送で全体の1/3を占めています。
 スカパーJSATが宇宙事業のプレーヤーとして非常にユニークなところは、アジア最大の衛星通信・衛星放送のオペレーターであるだけでなく、衛星事業とメディア事業の両方を持っていること。
 この点が、ほかの国のオペレーターとは大きく違います。宇宙ビジネスでバリューチェーンの両端を持っているのは、世界でもスカパーJSATくらいではないでしょうか。
 もうひとつ独自性を感じるのは、新規事業に非常に積極的な点です。世界の衛星通信オペレーターは伝統的な企業が多く、慎重なところがあります。
 そのなかで、スカパーJSATは数え切れないほどの新規事業を立ち上げている。それがこれからの日本の宇宙ビジネスにどんな影響を与えるか、注目しています。

インフラから衛星データのアプリケーション開発へ

── スカパーJSATでは、2015年頃から宇宙事業の拡大にシフトしてきたそうですが、その背景にはどのようなことがあったのでしょう。
森合 2010年代になると光ファイバーが普及し、通信事業における衛星の強みが薄れてきました。そこで、我々が進むべき道を改めて議論したのが2015年頃です。
 衛星を打ち上げるインフラ事業だけでは、事業を広げていくことは難しい。通信や放送以外にも衛星にはもっといろいろな可能性があるはずだ、と。行き着いたのが、自分たちで新たな需要を創出すべく、宇宙インフラを活用したソリューションまで提供するというアイデアです。
 衛星で観測したデータをほかのデータやAI技術と組み合わせ、より付加価値の高いサービスを生み出す。その事業開発部門として、スペースインテリジェンス事業部を新設しました。
人工衛星を使った旧来のスペースインフラ事業と、そこから得られる衛星データの利活用で新たなビジネスを創出するスペースインテリジェンス事業。現在のスカパーJSATは、このふたつを宇宙事業の柱と位置づけている。
加藤 私はスカパーJSATのスペースインテリジェンス事業部で、低軌道衛星を使った新規事業開発を担当しています。当社のアセットを使って新しい事業をつくろうとしたときに、まず考えたのが、2030年にはAIや自動運転モビリティ、ロボットなどを使った「自律自動の世界」がやってくる、ということです。
 あらゆるハードウェアが通信でつながり、自律的かつ自動的に動く社会では、広域を高頻度で観測する宇宙からのセンシングデータが非常に重要になります。
 地球を観測する用途でわかりやすいのは気象衛星ですが、気象衛星は高度36,000kmの静止軌道から地上を見ています。今、我々がやろうとしているのは、もっと低く地球に近い位置にある衛星からのセンシングです。
石田 宇宙業界では、スペースインフラ事業をアップストリーム(上流)、インテリジェンス事業はダウンストリーム(下流)と捉えます。スカパーJSATが今やろうとしているのは、上流のインフラから下流である衛星データ利活用への垂直統合です。なぜそういう動きが出てきたかというと、宇宙ビジネスの裾野が広がり、需要が変わったからなんです。
 宇宙ビジネスは長い間ニッチな分野で、技術やインフラの提供先も半分が政府系、残りも一部の限られた民間企業だけでした。ところが、この10年で技術革新が進み、参入コストが大幅に安くなって、民間企業の参入やデータ活用が一気に広がろうとしています。
森合 まさにそうなんですよね。つい最近まで、低軌道衛星の運用には厳しい制約がありました。あまりつぶさに地上を覗かれてしまうと、国家安全保障上のリスクもありますから。
 そのあたりが徐々にゆるやかになり、一律に規制するのではなく、ここからここまではコマーシャル(商業利用)で使ってもいいというルールが整備されたんです。
加藤 もうひとつ、今のトレンドとして、技術革新によって衛星がどんどん小型化し、衛星の製造や打ち上げのコストが下がっていることも挙げられます。これまでは大型衛星で画像を撮り、それを高い価格で売ることでビジネスが成立していました。
 ところが、昨今は大量の小型衛星により様々な衛星データを低コストかつ高頻度で取得できるようになり、そこにAIやクラウドといった新技術が組み合わさることで、宇宙から新しいインサイトを抽出できるケースがどんどん増えてきました。
 このような「衛星×データ」を提供する事業は、これまで衛星通信市場で宇宙インフラを構築し、ニーズに即したサービスを開発し、顧客をゼロから開拓して市場拡大を図ってきた自社のノウハウや強みを活かせる領域だと考えました。
トークセッションが行われた3月25日、スカパーJSATは同社初のフルデジタル衛星「Superbird-9」をエアバス社より調達することを発表。衛星データを活用したスペースインテリジェンス事業を加速させる。
森合 我々が今注力しているのは、防災情報です。たとえば地震のような災害が起こると、地上のインフラの点検や整備に膨大な労力がかかります。広域・高解像度の衛星データがあれば、災害前後の画像解析によって被災状況を確認できますし、データが溜まればAIによるスクリーニングで災害予測も可能になるかもしれない。
加藤 こうした衛星データは、撮影頻度が増えるほどに有用性が高まります。より地上に近いところではドローンなどによる観測も行われますが、より広い範囲を長期間継続的にモニタリングするには、じつは観測衛星のほうが効率的でコストパフォーマンスがいい。
 つまり、宇宙がビジネスとして成立する時代になり、これから石田さんがおっしゃる「宇宙は遠いものではなく、身近なものである」という世界が到来するわけです。

宇宙空間は「事業開発」の現場になった

石田 ようやく今、宇宙空間をビジネスの場として使える時代になった。そういうステージでビジネスを立ち上げるには、いろいろな企業とつながり、需要と供給を合わせた産業自体の活性化を目指していくことになります。
 プレーヤーが増え、利活用が拡大すれば、それが再びインフラの成長にも反映されていく。ただ、それをやるためには時間がかかるんですよね。
加藤 そうです。市場が未成熟なうちにいきなりインフラで事業をしようとしても、リスクが高いのも事実です。
 ただし、これまでの宇宙業界は研究開発的予算が上流から下流に落ちる流れでしたが、これからはようやくバリューチェーンの下流でも、新しい利活用シーンでマネタイズできるケースが増えてきています。
 私はその土台をさらに固めていくことで、上流の宇宙インフラをよりサステナブルに成長させられると思っており、スカパーJSATとしてもその想いを持って今の事業に取り組んでいます。
 もちろん、一足飛びに衛星データがビジネスになるわけではなく、我々もスペースインテリジェンス事業の構想から立ち上げまでに約4年かかりました。2019年頃にようやく事業として立ち上げられましたが、本格的なスケールにはまだまだ時間がかかると思っています。
 昨今、宇宙ビジネスに様々なプレーヤーが参入して盛り上がっていますが、やり抜くには中長期的な視点が必要です。
 個人的にも、宇宙から得られる様々なデータや観測技術を使って少しでも社会の課題解決や価値創造に貢献したいという大きな目的と共に、エンドユーザーがどんなベネフィットを得るのか、消費者レベルへ落とし込むことを大切にしています。
 宇宙のデータや技術は目新しく、それだけで注目を集めがちですが、そのデータや技術が具体的に、誰に対して、どのように役に立つのか、アプリケーションやサービスとしてのニーズを徹底的に追求しないといけない。これは、宇宙に限らず事業開発の基本ですよね。
森合 これは、宇宙が単なる夢やロマンの対象ではなく、現実的なビジネスの場になったということです。
 民間企業が宇宙へ出ていくには、やはりビジネスという基本から外れてはいけないと思います。ビジネス構築には様々な知識、ノウハウ、人材、社内外のネットワークが必要で、それがあって初めて事業を継続し、発展させることができます。
 我々が扱う衛星インフラやそこから得られるデータは、手段でありアセットです。それを活用するビジネスプレーヤーもエンドユーザーも、宇宙ではなく地上にいる。
 また、採算度外視でサービスを提供しても、結局は事業を継続していくことはできませんので、企業としての責任も果たせないんです。
加藤 逆にいうと、もっともっと他業界のビジネスプレーヤーやユーザーと協業して、我々には思いつかないようなアプリケーションをつくっていきたいんですよね。
 これまでのように衛星データを渡すだけでは、それをどう読み解いて何を判断すればいいのかわからない。でも、ドローンでモニタリングしているデータとかけ合わせるとどうなるか、スマートシティやミラーワールドを構築するために衛星データをどう使えるか。
 様々なプレーヤーが知見を交換することで、宇宙と地上のビジネスがつながっていく。その行き来が今、必要なんです。
石田 そのとおりですよね。今は宇宙がフロンティアだから「宇宙ビジネス」という言葉が使われていますが、普通は空間でビジネスを括ることなんてありません。近い将来に宇宙へ行くことが当たり前になれば、情報通信や自動車、物流など、地上と同じような業種に統合されていくでしょう。
 だからこそ、エンドユーザーを知っている様々な業種の人たちが、「宇宙を使ってビジネスをやろう」と参入してくれることが重要になる。宇宙業界、非宇宙業界の人たちが一緒になって、「宇宙で何ができるのか」というところからビジネスを創っていく。そういうサイクルをうまく回していきたいですね。