2021/4/15

スマホ業界激震。生き残りをかけた戦いが始まった

NewsPicks Brand Design Senior Editor
 スマホ料金を見直せ──。
 総務省の大号令を受け、大手通信キャリアが安価なプラン提供を始め、地殻変動が起こるモバイル通信業界。“格安”を売りに勝負してきたMVNOは、今、窮地に立たされている。
 そのなかでひときわ存在感を示すのが、フルMVNOを強みにいち早く「eSIM」サービスを提供する、インターネット業界のパイオニア「IIJ」だ。
 総務省のアクション・プランにも盛り込まれた、eSIMの普及。現在その対応端末は限られるが、利用が広がるとスイッチングコストが下がるなど、ユーザーにとってのメリットは大きい。
 今、モバイル通信業界で何が起こっているのか? 業界が大きく動いた先の世界は、グッドエンドか、それとも……。最新の情報を整理する。
 競争が激化する市場において、覇者となるのは誰か。今、MVNOが取るべき生き残り策とは。企業戦略に詳しい立教大学ビジネススクール・田中道昭教授に聞いた。
田中  当初、政府が思い描いたモバイル通信業界の変革は、規制緩和によってMVNOの活動領域を拡大させ、競争が促進された結果、大手キャリアからも魅力的なプランが現れ、選択肢が広がる流れだったでしょう。
シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略及びミッション・マネジメント&リーダーシップ。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)等を歴任し、現在は株式会社マージングポイント代表取締役社長。小売り、流通、製造業、サービス業、医療・介護、金融、証券、保険、テクノロジーなど多業種に対するコンサルティング経験をもとに、テレビ東京WBSコメンテーター等も務めている。
 しかし、先んじて動いた大手通信キャリアは、5G向けの大容量を擁するメインブランドではなく、20GBをベースとする“実質的なサブブランド”で低価格プランを発表。
 格安を売りに勝負してきたMVNOにとって、厳しい状況となりました。
 現在、13.2%のスマホユーザーがMVNOに移行しているデータ(※)がありますが、大手キャリアの寡占はいまだ是正されていません。
 むしろ、今回の動きは業界全体の自由競争を促進するどころか、大手の寡占を強める展開にもなり得る。
 今後、MVNOプレーヤーは、生き残りをかけた戦略策定とスピーディな実行を迫られるでしょう。
 ※総務省「モバイル市場の公正な競争環境の整備に向けたアクション・プラン」(2020年10月27日)より

MVNOの生き残る道は

 では、MVNOはどうすれば生き残れるのか。
 このようなケースで取るべき戦略として、主に3つが考えられます。
 1つ目は「集中戦略」。MVNOは、もともと低価格・低容量サービスに集中してきましたが、今後さらに“なにか”に特化し、独自性を高めていく方法です。
 2つ目が、クレイトン・​クリステンセンの著書『イノベーションのジレンマ』で提唱された「ローエンド型破壊的イノベーション」
 そこまで高度なサービスは必要ないというユーザーに向け、不要な機能を省き、限定的なサービスを安価に展開する方法。
 3つ目の「バリューイノベーション戦略」は、低コスト化と差別化を同時に実現することです。
 MVNOはもはや低価格だけでは生き残れません。
 既存のサービスからいらない機能を取り除いたり、あるいは新たな機能を付け加えたりすることで、顧客のニーズを見極めなくてはいけません。
 いずれにしても、どの領域・どのサービスに特化するかを戦略的に取捨選択することが、戦い方のカギになります。

MVNOが見極めるべき「顧客ニーズ」とは

 私は、Amazon創業者ジェフ・ベゾスを長年ベンチマークしている“ベゾスウォッチャー”です。
 類まれなる経営者である彼は、Amazonが10年後どうなるかはわからないが、今までもこれからも変わらないことが3つあると言い続けます。
 消費者が求めるのは、「低価格と豊富な品揃えと迅速な配達である」。そして、そこに対応し続けてきたのがAmazonだ、というわけです。
 同じように、MVNOにも「普遍的な顧客の三大ニーズ」が必ずあるはず。ここをいち早く見極めることが重要です。
 これは私が考える一例ですが、それは「低価格、明確な用途、(その用途での)専門性」ではないでしょうか。
 低価格は非常に重要な要素ですが、それだけで勝負できない今、「低価格×○○」の複合的な打ち出しが必要です。
 機能を付け加える・増やすという差別化戦略にはコストがかかります。
 そこで用途を明確にし、そこでの専門性に特化する低価格サービスこそが、MVNOが提供できるもの。
 なかでも今、明白なのは「法人×IoT産業」のニーズでしょう。製造業のDXが本格的に動き始め、産業用途でのIoTニーズが増大しています。
 法人にとって低価格は譲れない要素であり、IoT分野ではフルMVNOの強みであるeSIMや多様なSIM展開にニーズがある。法人領域においては、ここが生き残り戦略のフィールドになるでしょう。
 一方で個人向けになると、MVNOは現在「低価格」以上の魅力を訴求できていない。この状態で、戦い続けることは厳しくなります。
 できることは、個人の特定のセグメントに対し、アプリケーション領域で商品開発を進めるなど、通信とあわせて専門性の高いサービスを提供していくことではないでしょうか。
 MVNOがこれまでサービスを展開してきたなかで、どういう人たちが、どういう用途で使っているのかはデータからわかるはずです。
 5G時代が到来し、「高速大容量・低遅延、多数同時接続」の3つの特徴を生かした新たなサービスなど、4G時代とは大きく異なる新しいニーズが今後ますます生まれてくると思います。
 ユーザーにとって、本当に必要なものは何か。普遍的なニーズ×時代の変化を見極めた戦略性が問われていくでしょう。
 大手キャリアの値下げに対し、MVNOも続々と新プランを発表。なかでも、4月1日にサービスを開始したIIJmioの「ギガプラン」は、発表時から業界内外に衝撃を与えるものだった。
 2GBから20GBまで5段階に料金がわかれ、最少の2ギガプランは音声通話付きで858円(税込、以下同)。データ通信のみのeSIMであれば、料金は2GBで440円という驚きの低価格だ。
 また、従来のプランから大容量帯の20GBまでラインアップを広げ、大手キャリアの新プランに対しても、1000円程度安価な競争力のある内容となっている。
 ギガプランに込めた思い、そしてIIJを貫くブランド哲学を、IIJ・MVNO事業部コンシューマサービス部の辻久司氏に聞いた。
  ギガプランについて、当初は6月頃に開始する想定で準備を進めていました。それを4月に前倒ししたのは、今こそMVNOの存在意義を示したいという思いがあったからです。
 大手キャリアの動きに対し、正直、危機感を抱いたことも事実ですが、「MVNO、そしてIIJだからこそできるプランを」という強い決意を今回のギガプランに込めました。
 現在、業界の流れとして、シンプルにワンプランで打ち出す風潮があります。
 ただ、我々のなかには、本当にそれが利用者にとって“シンプル”なのかという疑問がありました。
「20GBもいらない」という方は、小さなプランや従量制を選べばよいのかもしれませんが、常に「容量を超えてしまうのでは」「料金が高くなってしまうのでは」という不安がつきまといます。
 ギガプランは、一見、選択肢が多く複雑に感じるかもしれません。
 しかし、我々は今、本当に必要な容量ごとに価格を固定で選べ、いつでもプランを変更できる状態のほうが、利用者の方にとって安心だと考えました。
 また、サービス利用時のわかりやすさを追求。「1年間は安いけれど、2年目は高くなる」などの複雑な設計は一切していません
 スマホ料金は複雑なものが多く、掲げられている料金に飛びついてみたら、実際の契約では必要ないオプションがついていたり、複数回線契約しないと適合しなかったりと理解が難しいケースがある。
「安いけれど本当に大丈夫?」という不安を極力取り除けるよう徹底的に設計した上で、データシェアや翌月繰り越しなど、利用者から本当にニーズが高いサービスを組み込んでいます
 5G通信についても、無料オプションとして自由にオンオフを切り替えられるようにしました(6月以降提供予定)。

「eSIM」は新時代のスタンダードになる

 eSIMについても、これまで業界内で先駆けて提供をしてきましたが、今回はメインのギガプランに組み込みました。
 テレワークの広がりも受け、普段は自宅のWi-Fiがあるので大容量プランは必要ないという方も増えています。
 IIJmioや他社の最小プランを契約された上で、通信が増えるときだけ低価格のeSIMプランを2GB、4GBと購入していただく“サブ回線”ニーズも高いと考えています。
 eSIMの最大のメリットは、回線契約や追加購入のプロセスがすべてオンライン上ですむ点です。
 キャリアやMVNO間の乗り換えも容易になり、利用者の流動性が高まるので、事業者の立場としては厳しい面もありますが、健全な競争のなかでよりよいサービスにつなげていきたい。
 過去を振り返っても、モバイル通信業界の進化の歴史は、「シンプルさの追求」にあります。
 現在、eSIMはデータ通信での利用が一般的ですが、今後は音声通話へも広がり、スマホのメイン回線として使われるようになるでしょう。
 今はまだマーケットが小さくても、間違いなくeSIMがスタンダードとなっていく。
 いち早く注力することで、市場を牽引していきたいと思っています。

スマホだけじゃない、IIJの強み

 我々が戦略上もっとも意識しているのは「通信の多様性」です。
 前回の記事の通り、IIJは個人・法人の需要に対し幅広くサービス展開しながら、通信でどんなおもしろいことができるか、どんな便利なものを出せるかといった「創る」を楽しんできました。
 2012年に個人向けサービスを始めた際には、まだMVNOという市場自体がほとんど認知されていない状態でした。
 そんな状況からチャレンジしながら、新しい通信の選択肢を創り出していく。ここに我々の強みがあります。
 もちろんMVNOである以上、利用者からの最も強い期待は価格であり、絶対に外せないテーマです。
 ギガプランでも、期待される価格感を想定した上でまず売価を決め、今まで以上のシェアを獲るためのチャレンジングな決断をしました。
 直近の注力ポイントは二つあります。
 一つは、利用者の選択肢を増やせるよう、サービス展開を広げていくこと。まずは、6月以降を目処に5Gに無料対応します。
 二つ目は、データシェアの部分。すでに家族契約間でのシェアは実現していますが、今後はSIM機能(音声・SMS・データ・eSIM)が違っても分け合えたり、必要なタイミングでデータ量をプレゼントしたりできるように、その範囲を広げていきます。
 コンシューマーマーケットには、ほとんどセオリーがありません。
「シンプルで、自由であること」をベースに、利用者のみなさんの変化にどれだけついていけるか、求められるものにいかに対応していけるかが最も重要です。
「IIJはこうあるべき」と我々が独りよがりになるのではなく、大事にしているのは「自分たちが本当に使いたいサービスかどうか」という当事者視点です
 価値あるものをちゃんと届けるというサービスの本質を、長年、求め続けてきた点に我々の強みがある。今後もここにしっかり向き合っていきたいと思っています。
【2ギガ 858円】IIJmio「ギガプラン」
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