2021/4/12

【CEO直撃】保育業界の常識を変える、ライクとは何者か?

NewsPicks Brand Design Senior Editor
働き方、ライフスタイルが多様化する中、今、日本が抱える大きな課題のひとつが「保育」だ。“子育て安心プラン”など国をあげた取り組みの結果、待機児童の数自体は減少傾向にあるが、実際の育児の現場を見ると、まったく楽観視できる状態ではない。

そんな課題が山積する保育業界において、過去の常識にとらわれない革新的な取り組みを多数仕掛ける企業がある。「にじいろ保育園」などを展開する、ライクグループだ。

「保育×ビジネス」「保育×経営視点」で、保育の現場はどう変わっているのか。生活総合支援企業として描く日本の明るい未来への道筋を、ライク株式会社・代表取締役社長兼グループCEOである岡本泰彦氏に聞いた。

保育を変えなければ、日本が変わらない

岡本 私たちは、「世の中になくてはならない企業グループ」でありたいと考えています。
 1998年より人材派遣事業を手掛け、2009年に保育事業、13年には介護事業をスタートさせ、この3つを軸に成長することができました。
 人材ビジネスを手掛けていた私たちが、なぜ「保育」に本気で取り組むのか。
 参入の背景には、社会の「働く」をより広く支援したいという課題意識がありました。
 派遣事業を10年以上やっている中で、出産を機に退職する女性スタッフの数が一向に減らないのです。
 共働きが一般的になった今も、20代半ばから30代・40代の女性が働き続ける上で、大きな壁が「出産・子育て」になっている。50代になると、さらに介護が加わり、働ける時間や場所はより制限されます。
 保育や介護領域も同時にカバーしなければ、構造的な日本の課題解決にはならないのではないか。
 その危機感が、保育事業への注力へとつながっていきました。

「経営視点」が保育業界を変える

 業界には長らく、保育は“福祉領域”であり、この分野で民間企業が利益を上げるのは間違っている、という先入観がありました。
 福祉とは、地方自治体が住民サービスとして提供するものである。あるいは社会福祉法人が、利益のためではなく地域貢献としてやるのが美しい──。
 しかし、その実態はどうだったでしょうか。増え続ける待機児童の問題など、決して構造的にうまくいっているとは言えない厳しい現実があった。
 そんな状況を打開しようと、2000年には株式会社の保育事業参入が許可されたわけですが、今度は「始めたものの経営難に陥る」企業が出てきます。
 そもそも保育事業は、税金をベースにした補助金でビジネスが成り立っています。
 そこで収益を上げていくためには、戦略的なオペレーションが不可欠になりますが、経営自体が立ち行かなくなり「もう保育事業は続けられない」と自治体に泣きつく企業も現れました。
 実際、ライクグループが保育に参入してから、経営難の園の引き継ぎを依頼されるケースがあとを絶ちません。
 お子様とそのご家族の生活にかかわるゆえ、一度始めれば無責任にやめられないのが保育事業です。
 10年、20年、30年という長いスパンで地域に根ざす必要があり、地主さんからお借りしている土地や建物を途中で投げ出すわけにもいきません。
 だからこそ、利益をどう継続的に出していくのか、自律的な健全経営を進めるためのビジネス的な視点が重要なカギになるのです。
 私たちが「株式会社」として培ってきた経営ノウハウを、保育事業にもしっかりと取り入れられれば、業界を変えることができる。
 ここに、ライクグループの参入意義があると考えました。

安定した経営へのこだわり

 現在、ライクグループでは首都圏を中心に認可保育園・認証保育所である「にじいろ保育園」など、376の施設を運営しています。
 これまで、全施設において大きな事件、事故はありません。
 保育事業者として当然だとは思いますが、大切な命をお預かりするため、安全の確保は最優先事項。事故に至る一歩手前の事例である、ヒヤリハットの全園共有などは長年行っています。
 そして、保育の質はもちろんのこと、安定した保育園経営を進める点において、重要な要素は主に二つあります。
 一つは立地。もう一つが保育士の確保です。私たちは、この両者において独自の強みがあると自負しています。
 まず、新しい園を作るにあたり、もっとも重要なのはその場所です。
 認可保育園は主に公募形式でその運営母体が決まりますが、まず自治体からは、「○○駅南口を出たエリアの何百メートル以内の範囲」など大まかな募集要項が出ます。
 同じ駅でも、保育園が足りているエリアと足りていないエリアがあるので、「この場所なら保育ニーズがある」という数値的根拠を示した上で場所を選定し、物件を持ち込んで自治体に提案を行います。
 駅近や公園に隣接した場所など、保育園運営に適した物件に出会うには、デベロッパーとの連携が欠かせませんが、現在は該当する再開発情報等があれば、すぐ私たちに相談いただける関係が構築できています。
 ここもビジネス視点で考えると当然なのですが、物件の話をいただければ、すぐに社内で判断を下し、スピード感をもって我々の答えを伝えます。
 完成後の建物の仕様についてもノウハウを持ち、細かく事前に打ち合わせを行うため、建設プロセスにおけるトラブルも少ない。
 地主さんとの関係が深いデベロッパー担当者にとっても、我々にボールを投げるメリットがある関係を築けてきました。

自治体からの信頼にもつながる採用力

 新しい園の開設において自治体がもっとも懸念するのは、「開園の延期」です。
 開園時期が遅れると、復職予定だった保護者の方の生活に大きな影響が出ます。
 大量のクレームが自治体にも届くため、予定通りに開園できるかどうかは、公募でも非常に重視される。
 物件工事が間に合わないケースもありますが、「保育士を確保できない」人材の問題が遅延の原因になることも少なくありません。
 その点、ライクグループには、すでに5000名以上の保育施設職員が勤務している圧倒的な人材力があります。
 新たに園を出すことになれば、同エリア内の保育園から数人ずつ異動してもらうことで、経験のあるベテラン層を含めた人材の確保ができる。
 そして、人材ビジネスで培ってきた採用力も、我々の強みです。
 信じられないかもしれませんが、ビジネスの視点が欠けていた保育業界では、求職者が求人に応募したのに1週間連絡が来ないことや、面接の日程調整にかなり時間がかかるといったことが日常的に起きていました。
 採用はスピードが命です。我々は即日応答し、3日程度でクロージングまでを行うノウハウを持ち、求人の出し方や動機づけのためのコミュニケーションにも人材領域のナレッジが活きています。
 新卒採用においても、保育士を養成する大学や専門学校を積極的に訪ね、リレーションシップを構築。優秀な学生からも選んでいただける存在へとなってきました。

「保育士不足」解決への糸口

 今、保育士不足が社会課題として取りざたされ、その大きな理由が給料の低さだと言われています。
 もちろん賃金問題は是正すべき重要な課題ですが、私はそれだけが原因ではないと考えています。
 民間企業と保育士の月収を比較した資料を見ると、保育士の平均年齢が若く、民間企業とは10歳以上も離れていることもある。年功序列の賃金制度が残る日本では、より差が大きく際立ちます。
 退職理由を見てみると、ここでも結婚や出産・育児が上位に来ています。出産し、育児の当事者となった保育士が、働き続けることができないのです。
 ライフイベントにかかわらず、長く働き続けられる環境づくりこそ、保育士不足を解消する一つのヒントになりうるのではないか。
 その思いから、ライクグループでは、産休・育休制度はもちろん、多様な研修の実施やスーパーバイザーの配置、保育士から経験を積み、本社勤務への異動も視野に入れた総合職保育士の採用も進めています。
 保育事業のビジネス化により、各園の「保育の質」のバラつきを指摘する声もあります。
 もともと保育事業は自治体によっても大きく違う、属人的な仕事です。そのため、質の均一性を保つことが難しい。
 しかし、少なくとも私たちが運営する保育園に関しては、どこに行っても「保育の質がいいね」と言われる状態を目指したいと考えています。
 ライクグループの基本スタンスは、保育士のみなさんの自主性や創意工夫を最大限尊重する、というもの。
 その中で質の高い保育を実現できているのは、大前提としてライクアカデミーが掲げる「のびやかに育て大地の芽」という子ども理念(保育理念)や「自然共育」という、人としての「根っこ」を育むことに注力する方針に賛同された方のみに働いていただいているからです。
 採用の段階で、我々の保育の考え方を丁寧に説明し、理念に共感していただく方でなければ、どんなにスキル・経験が豊富でもご一緒することはありません。
 譲れない部分を明確にすることは、園長先生をはじめ、保育士が働きやすい職場づくりにおいて非常に大切なことだと思っています。

「保育×DX」でより働きやすい職場に

 今後、少子化の流れが大きく止まらなければ、ある一定のラインで、保育園が余る時代がくるでしょう。
 ライクは、その未来も見据えた上で、開園計画の段階でもっとも重要なロケーションにこだわりぬき、妥協して出す園を「ゼロ」にしてきました。
 認可保育園では、特別な教育方針を打ち出しにくいからこそ、場所と保育の質が重要です。
 保育士さんが定着し、高いクオリティで均一なサービスを提供できることが、将来も選ばれ続ける保育園につながっていきます。
 そのために、保育士さんの労働環境の改善は、これからも絶対的に注力すべき分野。
 ライクグループでは、業務負担の効率化につながるDXにも力を入れています。
 たとえば、保育者と保護者の間で、手書きでお子様の一日の様子をやりとりをするのが一般的だった「連絡帳」をアプリに変え、出欠席などの連絡もアプリ上でできるようにしました。
保育園向けの連絡アプリ「ナナポケ」
 今後はさらに範囲を拡げ、子どもの写真を等しく撮影できる顔認証システムなども取り入れたい。
 業務の効率化によって、子どもと向き合う時間がより多く確保できるようになれば、保護者の方からの安心と保育士さんの定着性も高まり、すべてがWin-Winになります。
 そんな風に、テクノロジーの力を活用することで、働く環境をよりよくしていきたいと考えています。

「日本一」の立場から、業界に変革を起こす

保育事業に参入してからずっと、「業界でトップを目指す」と公言してきました。
 一つひとつ問題を解決しながら、そのための準備が、やっと整ったのが今。
 過去何十年と続いてきた「保育=福祉=収益を求めないことが美徳」とする考え方や、保守・前時代的で非効率な働き方に、より大きな変革を起こしていきます。
 きちんと収益を上げる経営体制の構築こそが、保育士さんが安心して働ける環境づくりにつながり、そうすると保育の質も上がります。
 業界トップの立場から好例を示すことで、保育業界全体によい影響を拡げたいと考えています。
 保育は、人の命を預かる、リスクの高い事業です。
 どうしても「超労働集約型」になるため、収益を出すまでには時間がかかり、急成長を期待できるビジネスではありません。
 しかし、新規参入のハードルが非常に高く、誰もがすぐに始められる事業でもない。これは、経営的な安定度という観点では、とても強いんです。
 膨張はないけれど、安定成長を続けていく。
 そんな超労働集約型企業グループを目指して、これからも地道にコツコツと成長していきたいと思っています。
少子化が進む日本において、保育をめぐる環境や事業のアップデートは喫緊の課題とされています。一方で、その実態にはまだ不透明な部分もあり、過去の慣例なども根強く存在するのも事実。そんな日本の保育業界は、どう改革されるべきか?これから子どもたちが生きる明るい未来のために、今、考えるべきことは?保護者側、経営側、働く人たち、それぞれから見える課題を可視化しつつ、日本の保育事業をめぐる改善ポイントを抽出。さらに、未来に向けた保育改革について考え、新しい保育事業のスタンダードを探ります。