【視点】「女性だから」にとらわれない社会、北欧から日本の今を考える

2021/4/2
 NewsPicksコミュニティチームでは、ジェンダーギャップについての連載を4回にわたってお届けいたします。第3回目はノルウェーに拠点を置く環境経済学の専門家であり、企業が取り組むマーケティング施策とSDGsとの関連などを研究している
小野坂優子氏が、SDGs指標から考える日本と北欧のジェンダーギャップを解説します。
INDEX
  •  SDGsとジェンダー平等
  • 日本は「びっくりするほど」女性の地位が低い
  • 女性の7割がパブリックセクターで働く、ノルウェーの実情
  • ジェンダー平等を社会の「どこ」に感じるか
 国連のSustainable Development Goals (SDGs)は、皆さんもご存じの通り、持続可能でより良い社会を目指した国際的な取り組みであり、すでに日常生活でもよく目にするようになりました。上位を占める北欧諸国と比較されることも多いSDGsですが、ここでは実際にノルウェーに10年以上居を構える筆者自身の意見も含めて、SDGsの指標を使って北欧のジェンダー平等の現在地、そして日本との違いについて考察してみたいと思います。

 SDGsとジェンダー平等

 まず、これは基本的なことですが、サステナビリティ=環境問題ではありません。日本でのSDGsに関する情報を見ていると、環境やエネルギー関連に偏っている印象ですが、SDGsは重要な社会課題も含めた全部で17項目のゴールで成り立っています。
出所:About the Sustainable Development Goals
 そして、ゴール5はまさに「ジェンダー平等を実現しよう」であり、「ジェンダー平等を達成し、すべての女性及び女児の能力強化を行う」ことが目的とされています。貧困や教育などの社会課題で特に女性の貧困問題、男女の教育の不平等など、他の項目の関連でもジェンダーギャップが数値化され、モニターされています。
 2020年のサステナブルデベロップメントリポートでは最新の国別SDGsランキングが発表されています。順位を見てみると、1位スウェーデン、2位にデンマーク、3位フィンランド、と北欧諸国が続きます。ノルウェーは6位、日本は17位です。
 ノルウェーがほかの北欧諸国に比べて順位が低いのは、産油国であることが大きく影響しています。他国に化石燃料を輸出している分、ゴール13「気候変動に具体的な対策を」で大きく順位を下げています。
 そのほかの社会課題のゴールに関してはほかの北欧諸国と同等かそれ以上の評価です。化石燃料に関しても、現在国として石油や天然ガスに頼った経済からの脱却とサステナブルな発展を目指した「グリーンリストラクチャリング」を重要課題と位置付けており、再生可能エネルギーへの投資も盛んです。
Photo:istock/Boonyachoat

日本は「びっくりするほど」女性の地位が低い

 ジェンダー平等に関しては、スウェーデンとノルウェーでは達成された(SDG achieved)という評価になっています。反対に、日本が産油国のノルウェーよりランクが低いのは、環境やエネルギー問題よりも社会課題の解決度の低さが原因です。貧困率の高さや幸福度の低さもさることながら、ジェンダー平等に関しても4段階評価で一番下となっています。
 ジェンダー平等のパフォーマンスを指標別で見てみると、教育年数や就業率では向上したものの、国会において女性が占める議席の割合など、リーダシップでの女性の割合の低さが際立ちます。スウェーデンは国会議員の女性比率が47%、ノルウェーでは41%、日本は10%です。男女の賃金格差も、スカンジナビア諸国では男女の賃金差が男性の中央値に対して5~7%、であるところ、日本は25%の差が存在します。無償の家事やケア労働に使われる時間の男女差はスカンジナビア諸国はおおむね1時間ほどであるのに対し、日本では3時間です。
 これらの指標でみる限り、男性とほぼ同じ基礎教育を受けたはずなのに、男性より圧倒的に賃金が低く、責任あるリーダーの役職に就けず、家事やケア労働を一手に引き受けているのが日本女性です。「私はそうではない」という人もいらっしゃるでしょうし、いや、家庭では実は女性の方が立場が強い、という意見もあることでしょう。しかし、現実として国際指標では日本は他国がびっくりするほど女性の地位が低く、国際社会では日本はジェンダー平等後進国とみられていることは認識すべきですし、しっかりと直視する必要があるのではないでしょうか。
Photo:iStock/Masafumi_Nakanishi

女性の7割がパブリックセクターで働く、ノルウェーの実情

 ジェンダー平等のSDG達成済みといわれる北欧諸国ですが、男女の差や区別がない社会かといえば、実はまったくそうではありません。ノルウェーの例を出せば、確かに女性の就業率は高いですが、女性の大多数はパブリックセクターで働いています。つまり公務員。そして、その割合はなんと7割で、パートタイムの比率も高いです。
 公務員といっても、私のように公立の教育機関で働く人もいれば、医療関係で働く人もいます。役所や政府機関で働く人もおり、職業も医者や研究者などから事務の人まで含まれるので、日本でいう公務員とは実態が異なります。ケア労働を行う保育士や介護士などもここに含まれます。北欧のような大きな政府と高福祉社会においては、国や自治体が巨大な雇用主であり、ノルウェーではこういった政府雇用が全雇用の30%を占めています。この値のOECD平均は18%、日本ではたったの6%なので、いかにノルウェーの値が高いかが分かります(出所:OECD/Employment in general government)。
 女性が働く上でネックとなるケア労働ですが、北欧でケア労働者が政府雇用されているとはつまり、税金で大量のケア労働者を雇い、その結果各家庭がケア労働をアウトソースしている、ということです。その大部分が女性であることを考えれば、結局ケア労働は女性が担っているという構図は北欧でも変わりません。しかし、日本との大きな違いを言えば、ケア労働を無償ではなく、経済活動として行っている、つまり、給与や税収を生んでいるということです。そして、プロとして対価を受け取って働くのと、無償で家族のケアをするのとではまったく異なると私は思います。ケア労働には家族だからこその難しさがありますし、やはり素人がやるのと、その道の訓練を受けた人がやるのとではクオリティーにも違いがあります。任せられるところはプロに任せて、自分の比較優位が効く分野で活躍した方が社会にも経済にも貢献する上に家族の関係もより良好な気がします。
 実際北欧人は家族をとても大切にして、家族で過ごす時間も長いのが特徴です。労働時間が短く、夕方4時以降と週末は家族との時間となります。また、アウトソース先が税金で賄われているパブリックセクターなので、家庭もキャリアも、という選択肢が金銭的に余裕のある人だけでなく、誰にとっても可能です。
Photo:istock/Isbjorn
 パブリックセクターの職は安定している一方で、民間に比べて賃金が低くなりがちです。他国に比べて小さいとはいえ、ノルウェーでも男女の賃金差が存在する大きな理由はまさにここです。同じ仕事において男女で賃金が異なることはありません。しかし、男性と女性では選ぶ仕事が違います。男性はエンジニアやビジネスパーソンになってより多くの収入を得る一方で、女性は「人を助ける仕事がしたい」と看護師や教師になるケースが少なくありません。
 理系に進む女の子が少ないのはノルウェーでも同じです。これが、男女の嗜好の違いによるのか、構造的な問題なのかは判断が難しいところです。ノルウェーでも女の子のSTEM(サイエンス・テクノロジー・エンジニアリング・数学)分野への進出を後押しする努力はしていますし、民間セクターで相対的に女性が少ないとはいえ、女性リーダーは様々な分野で活躍しています。私が教えているビジネススクールの修士課程でも、300人ほどの学生の半数は女性です。

ジェンダー平等を社会の「どこ」に感じるか

 ジェンダー平等の社会で私が感じる日本との大きな違いは、性別に左右されることなく自分の人生をデザインできることだと考えます。「男だから」「女だから」という制約に縛られることなくやりたいことが選べる自由さです。
 ここで重要なのは、働けばそれなりの収入を得られる社会であることです。民間より収入の少ないパブリックセクターやパートタイムで働く女性が多いとはいえ、2020年の統計によると、女性の平均月収は額面で約56万円で、税金も物価も高いノルウェーでも普通に生活できる収入を得ています(男性は約64万円)。女性も経済的に自立できることで、自分のキャリアや人生を選択できます。例えば、パートナーの稼ぎを気にせず、一緒にいたい人と一緒にいられるし、別れたければそうできる。パートナー間での収入差も低いため、家事や育児の分担の平等にも繋がっています。
ノルウェー統計局のデータをもとにNewsPicks作成
 また、小学校から大学院まで教育は無償で、年齢に限らず学びを得る機会は豊富なので、キャリアアップを目指したリカレント教育も男女ともに一般的です。男女関係なく、キャリアを構築したり、リーダーの地位に就きたい人はそうすればいい。一方で、子供が小さいうちは仕事をセーブしてパートタイムで働きたい、という人は男女に関わらず、そうできます。
 最後に、ノルウェーや北欧の話をすると、日本とは違いすぎて参考にならない、というコメントをいただくことがあります。もちろん、日本には日本の事情があることでしょうし、サイズも文化も違う国の制度をそのまま移植することはできないでしょう。しかし、下の表が示すように、ノルウェーでも1985年の時点では「家庭も仕事も男女平等」と考える人は全体の半分以下で、「女性は家庭に専念すべき」「女性は働いても家庭優先」という人も合わせて半分ほどいました。
 しかし、1985年以降、家族政策では産休・育休期間が大幅に延長されたり、父親のみ取得できるパパクオータ制が導入されたりしました。また、同じ頃から政党内でジェンダークオータを設けたりすることで女性議員の割合なども増えていき、2006年には民間セクターでも取締役会などでのジェンダークオータの達成が義務となりました。それとともにノルウェー人の男女の役割に関する意識も変わっていき、現在では「家庭も仕事も男女平等」と考える人が全体の8割以上です。
 この表が示すのは、男女平等達成済みという評価のノルウェーも、昔からそうであったわけではなく、何十年もかけてここまできたということです。それは、日本も変わろうと思えば十分変われるということではないでしょうか。この先日本をどういう国にしたいのかを考える上で、ノルウェーや北欧の例を参考にしていただければと思います。
 
小野坂 優子 スタヴァンゲル大学 教授

米国ワシントン大学学士(経済学、統計学)、カリフォルニア大学デイビス校修士・博士(農業資源経済学)修了。コロラド州立大学准教授を経て、現在ノルウェーのスタヴァンゲル大学ビジネススクール教授。専門分野は環境経済学、計量経済学、マーケティング、労働家族経済学、イノベーションの経済学及び計量テキスト分析。同志社大学ITEC(技術企業国際競争力研究センター)客員教授

(執筆:小野坂 優子、編集:染原 睦美、企画・構成:下總 美由紀、デザイン:九喜 洋介)