2021/4/13

住宅が「電脳化」する未来。その時、“暮らし”はどう変わるか 

NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
新型コロナウイルスは私たちの生活を一変させた。デジタルが生活に浸透したことで、場所や時間に縛られることが少なくなり、多様な働き方や新しい「住まい」の在り方を生んだ。

郊外・地方移住、複数拠点生活、ワーケーションなど、住まいへの新しい価値観が芽生えた人も多いだろう。それに対して建設業界においても、3次元設計の導入やデータを活用した建物の設計・施工など、デジタルを活用した住まいづくりが進んでいる。

私たちの未来の住まい・暮らしは、どう変化していくのか。

スマートホームの先駆けである1000個以上のチップやセンサーを住宅環境に組み込む「TRON電脳住宅」の開発や、住宅・ビル・都市など多種多様な領域のIoT活用を推進する東洋大学 情報連携学部学部長 坂村健教授と、デジタルを活用した住まいと暮らしの創造に挑戦する長谷工コーポレーション代表取締役社長 池上一夫氏が語り合った。
INDEX
  • 多様化する「住まいの価値観」
  • 住まい×暮らしのデータ活用
  • 新しい暮らしの未来へ

多様化する「住まいの価値観」

──コロナ禍は、私たちと住まいの関係を大きく変えました。
坂村 これまで私たちは長年、住居の購入を人生の目標の一つに設定していました。要するに住まいは「所有」することに意義があるものでしたよね。
 しかしコロナをきっかけに、住居を所有するかどうかよりも、「快適に暮らす」ことを目標にするほうがずっといいのではないか、そう考える人が増えました。
 住居で過ごす時間が増えたことで、自分の人生の意味や目的を見つめ直した人も多いのではないでしょうか。
 購入or賃貸という論点は本質的な問題ではなく、より豊かな人生を過ごすための手段として住居がある。
 自らが幸せに過ごすために、どんな暮らし方をするべきなのか、その中で住まいとの関係はどうあるべきなのか、そう思考を巡らした人は多いと思います。
池上 社会全体の消費活動が「所有から利用」に価値を感じる時代になっていく中で、住まいへの概念が大きく変化していますよね。
 ただどうしても二元論で私たちは考えがちですが、住まいを所有したい人がゼロになる、ということはないでしょう。要するに、選択肢が増えたということです。
 所有することで心が豊かになれる人もいれば、暮らしを快適にすることで心が豊かになる人もいる。住まいへの価値観が多様化しているということでしょう。

住まい×暮らしのデータ活用

──住まいへの価値観が多様化する中で、その先にある“未来の暮らし”はどう変化していくのでしょうか。
池上 坂村先生が開発した「電脳住宅」は、まさに“未来の暮らし”を形にしたものですよね。
坂村 「TRON電脳住宅」は、1000個以上のマイクロチップやセンサーを使って、コンピューターが自動制御する住宅です。「未来の住宅」を表現するために、住宅関連メーカーと共同でさまざまな住宅機器や建材を開発しました。
 例えば、今なら小さなマイコン1個でできることにバックヤードでワークステーションを使うというようなやり方で、当時の技術を使って未来の機能を表現した、いわばコンセプトモデル住宅です。
1989年に六本木に完成した「TRON(トロン)電脳住宅」の外観。30年も前に今で言うスマートハウスとよばれる住宅モデル、未来の住宅像を公開し、注目を浴びた
 窓や屋根、天井、壁、家電製品など住宅を構成する設備全てにIoTを活用し、住宅を覆う約300枚の窓の全てに、アクチュエーター(駆動装置)を入れ、手ではなくコンピューターで開閉するようにしました。
 風の向きが変わったり、雨が降ったりすると、センサーが感知して窓が開閉するわけです。
 今では当たり前になりましたが、温水洗浄便座や人感足元灯、屋内での植物の自動灌水による水耕栽培など、各種動作の自動化のアイデアも、ここでの技術をベースに、後から商品化されたものです。
 また、なるべく自然の光や風をたくさん取り入れる設計として、住む人がいかに快適に過ごせるか、を追求しました。
植物を植え、自然光を取り込める工夫も
 住宅を構成するあらゆる部品をインターネットで繋いで、健康やセキュリティ面での住宅性能を高めたりエネルギー消費量を少なくしたりする。なおかつ快適な生活空間をも実現するという、未来の住宅に対する考え方は80年代から変わっていません。
──長谷工でも「HASEKO BIM&LIM Cloud」と名付け、BIM(Building Information Modeling)による「住まいの情報」とLIM(Living Information Modeling)による「暮らしの情報」を集めた、独自のプラットフォーム構築を目指しています。
池上 私たちが描く未来も、まさに電脳住宅が見据えた世界と同じです。坂村先生が電脳住宅で目指した、センサーが暮らしを快適にする生活は既にかなり浸透しています。
 そこからより進化して、いまはデータを収集・活用する時代です。
 長谷工では2020年3月から「Living Information Modeling(LIM)」と名付けて、マンション内のさまざまな暮らしのデータを収集し始めています。今後、そのデータを保守メンテナンスや最適な住環境づくり、セキュリティなどに役立てたいと考えています。
 また、2012年から推進してきたコンピューター上に3次元化した建物モデルを構築する設計手法「BIM(Building Information Modeling)」も導入率100%を実現させました。BIMとLIMを組み合わせることで、DXを強力に推し進めています。
 テクノロジーを活用した暮らしの利便性や安全だけではなく、建設現場のデジタル化も推進することで、ともにより豊かな暮らしの未来を実現したいと考えています。
──LIMによる「暮らしの情報」は、具体的にどのような活用ができるのでしょうか。
池上 わかりやすい例としては、地震センサーがあります。地震による建物への影響というのは、その土地の地盤、建物の形状、向きなどさまざまな条件で、同じ震度でもまったく違ってきます。
 そこで建物に地震センサーを取り付け、個別にデータ化することで、地震による建物への影響を細部まで正確に予測でき、被災後の建物の安全性や修繕・耐震補強にも役立ちます。
 地震センサーはハード面の対応ですが、LIMでは暮らし方というソフトウェアの側面でもデータ活用を進めています。例えば、生活者のエネルギー消費量から、最適な明るさや温度、湿度を自動制御するなど、最も快適な住環境をつくりだすことができるのです。
 未来の住まいという側面では、健康サポートがあります。生活者の脈拍、血圧、体温などのバイタルデータを収集し、体調が悪くなると、自動的に医療機関などと連携し、医師の診察を受けられたり、処方された薬が自宅に届いたりするようなサービスを提供したいと考えています。
 5年以内には、このような健康サポート付きマンションを実現させたいですね。
 実際、昨年3月に入居開始した学生向け賃貸マンションでは、生体認証技術により非接触での入場、EV乗降が可能です。
 また地震センサーや環境センサーのデータを収集蓄積できる仕組みを構築しました。将来的に蓄積したデータをもとに、補修時期の予測や、居住者の生活パターンを分析して必要な設備を提案することも可能になってくると考えています。
建物が各種センサーで情報を集める「IoTマンション」。入居者が共同玄関に近づくと顔認証カメラが判定し、ドアが開く。壁の大型モニターには「○○さん、おかえりなさい」というメッセージと、宅配ロッカーの荷物の有無が表示される
坂村 まさにマンションを建てて終わりではなく、データの蓄積拠点として活用するビジネスモデルへの転換ですね。
 マンション管理のDXの大きな目的の一つは、収集したデータから未来を予測すること。建物のメンテナンスも、人の健康も、データを収集して分析することで、その先どうなるかという未来が予測できます。
 それを実践する場として、マンションは非常に適しています。同じような家族構成で間取りも似ているので、違いが生じたときは原因も特定しやすい。
 電気代が1軒だけ異常に高ければ、何らかの異常を疑って適切に処理できます。これも暮らしを安全にする手段になっていく。消費エネルギーの効率化もできます。

新しい暮らしの未来へ

──デジタル化を推進する上で直面している課題はありますか。
池上 私たちはBIMを活用することで、マンションの品質・生産性の向上や意思決定の迅速化、より効率的な設計・施工にも取り組んでいます。
 ただし、建設現場や協力会社はデジタル化のメリットを実感している反面、効率化で自分たちの仕事がなくなるのではと懸念している人も少なくありません。
 建設業で働いている人は約500万人。そのうち、現場で手を動かす職人と呼ばれる人は約300万人いると言われています。とにかく多くの人が関わっている、国を支える巨大産業であり、雇用の確保は重要な問題です。
 建設現場は、多くの協力会社がいるからこそ成立しています。だから私としても、現場や協力会社との対話を大切にしながら、デジタル化を推し進めていきたいと考えています。
坂村 難しい問題ですよね。ただ、DXで人の仕事が失われる、ということにはならないと思います。ただし、仕事は失われなくても、仕事が大きく変わります。それがDXのXである「トランスフォーメーション」が意味することですから。
 単純な仕事や危険な業務はデジタルやロボットに任せるようになり、建設現場の人たちはよりクリエイティビティな仕事に時間を割くことができるようになるはずです。
 人の仕事が新しく転換していくというのは、歴史的に繰り返されてきたことです。江戸時代の移動は籠や馬で、それが自動車や鉄道、船や飛行機に変わってきました。
 いつの時代も、進化に合わせて思いもつかないような職種が生まれ、そこに意欲的に取り組んだものが生き残ってきました。建設業界でも、その変化に敏感になって、新しい可能性を模索することが求められますね。
池上 そこは我々も、協力会社と一緒に考えながらチャレンジしていきたいですね。あくまで私たちが目指す世界は、人々が快適に、豊かに過ごせる未来です。
 そのためにも「HASEKO BIM&LIM Cloud」構想を実現させ、建設業に携わる人々とマンションに暮らす住民の双方が、より良い豊かな人生を過ごせるような世界を作りたいです。
坂村 DX時代のリーダーは、これまでと同じことに固執せず、新しいことに挑戦するマインドこそが必要条件です。池上さんが10年前からBIMに目をつけ、現在BIMやLIMを実現しているというのは、まさに新しいチャレンジを形にしているということ。
池上 ありがとうございます。新しい暮らしの未来の実現に向けて、これからもチャレンジ精神を忘れることなく、精進していきたいと思います。