【石倉秀明】あの企業はなぜ「ジョブ型」への移行がうまくいかないのか

2021/3/24
「NewsPicks NewSchool」では、2021年4月からこれからの働き方について徹底的に学び、ディスカッションするプロジェクト「ワークスタイル・トランスフォーメーション」を開講します。
プロジェクトリーダーを務めるのは、リクルート、リブセンス、DeNAを渡り歩き、「700名のスタッフほぼ全員がリモートワークをする会社」として注目を集めたキャスター取締役COOの石倉秀明氏です。
開講に先立ち、石倉氏にその概要とプロジェクトへの思いを語ってもらいました。

「集合型」と「分散型」

──「ワークスタイル・トランスフォーメーション」の定義と、講座を実施する理由を教えてください。
石倉 「ワークスタイル・トランスフォーメーション」は、チームで働くすべての人が仕事のやり方、考え方、マインドを新しい時代に合わせて変化させること、と定義しています。
現在は、個人の働き方がかなり多様化しています。リモートワークのみならずフリーランスという働き方、副業で複数のプロジェクトに所属する選択肢も出てきました。
ひとつのチームの中でも、雇用形態から働く時間、働く長さまで違うのは当たり前になりつつあります。そして、この流れは加速していくでしょう。
私たちが経営するキャスターも、従業員全員がリモートワークで働き、雇用形態をはじめ働く時間や長さ、属性も多様ながら、これまでの7年間、当たり前のようにチームを組んで仕事を進めてきました。
NewSchoolのプロジェクトではそこで培ってきた知見を伝え、変わりつつある現代の働き方に生かしてもらいたいと考えました。
──キャスターはコロナ禍の中で注目が高まっています。取り巻く環境の変化を感じていますか。
リモートワークや副業が定着してきた一方、そういった新しい働き方におけるマネジメントや成果の出し方への悩みが増えた印象はあります。
キャスターでは、リモートワークのほかにも、雇用形態にとらわれずに適材適所に人材を配して成果をあげる、“ザ・ジョブ型”のチームの作りを進めてきました。私たちには当たり前のことでしたが、実は世の中では珍しかったと改めて気づかされました。
今まで「働き方」が話題になるときは、個人の働き方がどうなるか?という視点の話がほとんどでした。
ただ実は、同じチームメンバーの働き方が多様になると、その人がどんな働き方をしているかに関わらず「全員」が仕事の仕方、マインドセットを変えないといけないことはほとんど語られてきていないと感じています。
石倉 秀明/株式会社キャスター取締役COO
1982年生まれ。群馬県出身(株)リクルートHRマーケティング入社。2009年に当時5名の(株)リブセンスに転職し、ジョブセンスの事業責任者として東証マザーズへ史上最年少社長の上場に貢献。その後、DeNAのEC事業本部で営業責任者ののち、新規事業、採用責任者を歴任。2016年より700名以上の従業員全員がリモートワークで働く会社、キャスターの取締役COO。リモートワークの会社としては、日本では断トツNO.1、世界的にもほぼ最大級の会社を5年で作り上げる。また副業自由、雇用形態選択可能、同一労働同一賃金など100通り以上の働き方が選べるといった新しい経営手法も取り入れている。著書に『コミュ力なんていらない 』(マガジンハウス)、『会社には行かない』(CCCメディアハウス)、『これからのマネジャーは邪魔をしない』(フォレスト出版)など
──世の中ではメンバーシップ型が主流だったときから、なぜキャスターではジョブ型で組織運営ができていたのでしょうか。
非常にシンプルで、仕事を適任者に任せるこだわりがあったからでしょう。
代表をはじめ、「仕事は最も適した人材に任せる」という考えが創業時からあり、その適任者が社員であろうとなかろうと、どこに住んでいようが問題ないと。しかも給料や評価も役割や仕事によって決まるため、同じ仕事であれば基本的に誰が担当しても同一賃金になります。
──ジョブ型を推進しながらうまくいかない企業も多くあります。共通した原因はあるのでしょうか。
ジョブ型に移行するには、根本的に組織全員の仕事の進め方や考え方を変えなければいけません。たとえとして、サッカーとフットサルほどの違いがあると話すようにしています。
サッカーとフットサルでは、シュートやドリブルといった、ボールを足で扱う基本的技術は変わりません。ところが、ルールは異なります。
ジョブ型への移行がうまくいかないパターンも、ルールにあたるそもそもの仕事の進め方や考え方が異なるのにもかかわらず、従来通りのやり方で仕事のバラエティだけが増えている場合が多い印象があります。
ルールの違いを認識するためには、まず構造を理解することが対応の第一歩になります。
例えば、今までであれば組織全員が同じ場所でコミュニケーションを取る「同期型」が当たり前でした。しかし、今後は同じ時間に同じ情報を取得できるわけではありません。その違いを前提とすると、職場のコミュニケーションもチャットのような「非同期型」に変えていく必要が出てきます。
ほかにも一つひとつのことで細かな変更点があるため、それらをまず知ることは欠かせません。
──細かいながら、明確な違いがあると。
そうですね。私は「集合型」と「分散型」というわけ方をしています。
まず「集合型」のチームは、同じ時間に同じ場所で同じ雇用形態の人が集まって仕事をすること。
一方、「分散型」はその逆になります。
働く場所も、働く時間も、雇用形態も違う。仕事に取り組むモチベーションまでも違うという意味で、「分散型」としています。

「コミュニケーション」はどう変わるか

──「分散型」で成果を出すために、「コミュニケーション」、「タスク管理」、「マネジメント」、「マインドセット」が大事とおっしゃっていました。それぞれでのポイントを教えてください。
まずコミュニケーションでは3つの要素があります。1つ目は先述した「同期型」から「非同期型」に移行する認識です。
例えば組織で働いていると、今までなら「ちょっと良い?」と話しかけられたと思います。もちろん、返事もその場で聞くことができます。
ところが、今後は話しかけたいタイミングで声をかければ、必ずしもすぐに返事があるわけではありません。「非同期」では、伝える優先順位やタイミングなどは大きく変わるということです。
2つ目は、読み書き能力になります。コミュニケーションも、「同期型」では会話能力が重要視されていましたが、「非同期」ではチャットやメールといったテキスト中心に移ります。当然ながら、コミュニケーションにおいて必要とされる能力自体も変化するわけです。
そして、最後のポイントが、オフィスで無意識に行っていたコミュニケーションを離れた空間でいかに実現するかになります。
具体的には、カジュアルな相談やブレスト、雑談といったオフィスで行なわれていた会話の再現になります。
時間や場所がそれぞれで異なる「非同期」では、それらの会話は自然に起きず、人間関係が悪化しやすいおそれがあります。それらを緩和するため、オフィスで自然発生していた会話を、意図的に作り出す必要があります。
──次にタスク管理のポイントを聞かせてください。
「どのタスクを・いつまでに・誰がやるか」を明確にすることが、より重要になりましたね。
なんとも当たり前の話ですが、今までであれば、あとから会話でカバーしたり、メンバーの記憶に頼ることもできました。しかし、今後はタスクを組織全員が明確に把握することは必須です。
一方、個人単位で考えるとタスク管理のフレームワークが変わる可能性もあります。
今までであれば、ミーティングでやるべきことが決まり、期日までに実行するという進め方でした。しかし、チャットなどでコミュニケーションがライトになった分、次から次へと連絡が来て、同時進行で業務を進めることも当たり前になりました。
もはや優先度と緊急度の高い順番からこなしていては、タスクが積もり続けるだけですから、“即レス即さばき”というように、タスク管理をせずに来た順番にどんどんこなす重要性が高まります。
むしろ、タスクに優先順位をつけなければいけない状況は危険で、いかにボールを持っていない状態でいるかがカギになります。

情報はオープンにしよう

──マネジメントのポイントはいかがですか。
まず基本的に、マネジメントには「行動のマネジメント」と「成果のマネジメント」の2種類があります。
「行動のマネジメント」に関してですが、分散型のワークスタイルになると部下の動きも実際に働いている姿も見えないだけに、任せた業務の進捗確認やサポートに100パーセント注力するべきでしょうね。
そして、それは「成果のマネジメント」とも連動しています。仕事では当たり前のことを滞りなく進めることが成果の大部分なので、問題なく業務が進んでいれば、部下の成果として認めるスタンスは重要になってきます。
また、マネジメントで忘れていけない点として、情報をオープンにする重要さです。
コミュニケーションが「非同期」になり、時間や場所、雇用形態などがそれぞれ異なる状態で情報が制限されると、業務は停滞しがちです。たとえプロフェッショナルな人材を集めたとしても、得られる情報が限られてしまえば能力を発揮できません。
今までの管理職であれば、情報格差を使いマネジメントしてきた部分もあったと思います。
ところが、今後は情報格差が生まれた瞬間にチームは機能しなくなりますから、セキュリティの問題とうまく向き合いながらも、情報の流通度をどこまで高められるかが、マネジメントで重視されるようになります。
──最後にマインドセットについて、お願いします。
今後は誰しもが企業の理念に共感して、同一のモチベーションで働くわけではありません。働き方にとどまらず、モチベーションや価値観にもそれぞれ温度差が生まれるので、まずはそれらを否定したり押し付けたりしないことですね。
一方、リーダーやマネージャーは不安に駆られ、組織に一体感を出すためにオンライン飲み会などを開催しがちです。ところが、部下が企業にそこまでのことを求めていない場合は、良かれと思ったことすらマイナスになりかねません。
いかに不安に駆られず、組織としてのパフォーマンスを最大限に出せているかに集中できるかが、マインドセットとして求められます。
メンバー同士でも「私はこんな頑張ってるのに、何であの人はあんな働き方なんだ」といった不満が噴出する可能性もあるので、組織として相手の働き方を侵害しない文化や考え方をつくっていく必要もあります。
そのためには、コミュニケーションを普段から誰でも閲覧可能な状態にすることが望ましいです。私も企業から相談を受け、ビジネスチャットに入る場合がありますが、メンバー間のコミュニケーションが少ないパターンが少なくありません。
互いに何をやっているか見えない以上、不安になるのは当たり前のこと。しかし、相談などの日常的なコミュニケーションがビジネスチャット上で行われ、すべてが閲覧可能であれば猜疑心が生まれることもありません。むしろ、「集合型」と比較すれば、情報の取得量は格段に跳ね上がります。
もちろん、仕事の話だけでなく、よりカジュアルな相談や雑談も欠かせません。心理的安全性という言葉があるように、何を言ってもいいという雰囲気をどう作るかがカギになります。
※後編に続く
(取材:上田裕、構成:小谷紘友、写真:鈴木大喜、デザイン:九喜洋介)
「NewsPicks NewSchool」では、2021年4月から「ワークスタイル・トランスフォーメーション」を開講します。詳細はこちらをご確認ください。