2021/3/16

自然と会話が生まれる、すごい「オフィス」を知っているか

NewsPicks BrandDesign Senior Editor
 コロナ禍で一気に広がったテレワーク。場所による制約がなくなった一方で、社内のコミュニケーション量が減少。
 2020年12月の総務省の調査では、テレワークのデメリットとして「気軽な報告・相談が困難」「コミュニケーション不足やストレスの発生」といった、社員の悩みの声が挙げられている。
 テレワークとリアルなオフィス、その両方の良い面を活かすツールとして今、注目されているのが「oVice(オヴィス)」だ。
 テレワークで消滅した、雑談のような隙間のコミュニケーションや同僚の気配をバーチャル空間に再現する“新星ツール”の実力はいかに──。
 oVice代表ジョン・セーヒョン氏のもとを、サイエンスジャーナリストの鈴木祐氏と訪ね、テレワーク下でも生産性高く働くためのヒントを探った。
INDEX
  • 現実世界の感覚をバーチャル空間に再現
  • きっかけは、チュニジアでの強制テレワーク
  • テレワークはビジネスにどう影響するか
  • 雑談は「優れたアイデア」の種になる
  • 集中力はオンラインでも伝染するか
  • 「作業場の専用スペース化」で集中力は高まる
  • 使い方は無限、バーチャルな「不動産」
  • 次は「オンラインとオフラインの融合」

現実世界の感覚をバーチャル空間に再現

──本日は「oVice」のバーチャルオフィスにお邪魔しました。ジョンさん、まずoViceが、どんなサービスかを教えていただけますか。
ジョン 鈴木さん、oViceへようこそ!
 oVice最大の特徴は、現実世界のように「距離」の概念があることです。
 鈴木さん、試しに私のアバターからちょっと離れてみてください。
鈴木 わかりました……おぉ、声が小さくなった。
ジョン アバター同士が近づけば近づくほど音声が大きく聞こえ、離れると小さくなり、一定の距離を超えると聞こえなくなります。距離に応じて、音量が変わるんです。
 アバターに付いている赤い矢印は、声の向きを表します。矢印が向かい合った状態で話すと鮮明に聞こえ、矢印の向きを逆にすると聞こえにくくなる。
鈴木 これは、おもしろい。
 リアルな空間のように、対面か、そっぽを向いているかの違いも反映されるんですね。
ジョン はい。オープンスペースでは、他人のアバターに近づくだけで声をかけられます。音が聞こえる距離までそーっと近づいて、他人の会話に聞き耳を立てるなんてこともできるんです(笑)。
 なので、聞かれたくない話をする場合は、今のように会議室に移動してください。そうすれば部屋の外に声は漏れません。

きっかけは、チュニジアでの強制テレワーク

鈴木 ここまでリアルな空間の感覚を再現するツールは、珍しいですね。
 そもそも、なぜ、oViceを開発したんですか。
ジョン 2020年2月、出張中のチュニジアでロックダウンに遭ったことがきっかけです。
 帰国はもちろん、外出もできない。異国の地でテレワークせざるを得ない状況になりました。
 そこで、さまざまなオンラインコミュニケーションツールを試してみたのですが、継続して使いたいものがなかった。
鈴木 なにがダメだったんですか。
ジョン 気軽なコミュニケーションができないんですよね。業務連絡ばかりになって雑談がないから、スタッフとの意思疎通がうまく取れなくなってしまいました。
 たとえば、オンライン会議ツールの場合、時間を決めてURLを発行し、両者がそのタイミングで接続しないと話せない。
 チュニジアの通信環境が低速なために、使えないツールもありました。
鈴木 なるほど、ご自身のテレワークの問題を解決するところから始まったんですね。
ジョン はい、それに私はオフィスが好きなんです。
 リアルなオフィスでは、気になる話がどこからともなく聞こえてきたり、すれ違いざまに自然と会話が生まれたりする。
 テレワークでも、居心地の良いオフィスのような空間で働きたい、と思ったことが開発の原点です。
 私は今、石川の能登に住んでいて、社員は全国に散らばっていますが、リアルなオフィスに集まっている以上に快適な環境で働けていると思います。

テレワークはビジネスにどう影響するか

──鈴木さん、そもそも科学的に考えたとき、テレワークはビジネスにとってプラスでしょうか、マイナスでしょうか。
鈴木 どちらの面もありますね。
 メリットとしては、生産性の向上。スタンフォード大学の先行研究では、最大で生産性が13%は上がると言われます。
Bloom, Nicholas & Liang, James & Roberts, John & Ying, Zhichun. (2013). Does Working from Home Work? Evidence from a Chinese Experiment. The Quarterly Journal of Economics. 130. 10.1093/qje/qju032.
 理由はシンプルで、仕事に邪魔が入りにくく、自分で自由にスケジュールを組み立てられるから。人間のモチベーションを最も高めるのは「自律性」なんです。
 デメリットは、社交的な人ほど孤独感が増すことです。
 テレワークではコミュニケーションが減るうえ、即時的なフィードバックをもらうことが難しい。やっぱり、寂しくなっちゃうんですよね。
 だからといって、自分にとって都合の悪いタイミングで、一方的にフィードバックがくるのも問題で、そこが難しいところです。
──寂しい、という感情的な問題は仕事のアウトプットに影響を与えますか。
鈴木 もちろん、ストレスは悪影響です。
 会話のアルナシは、生産性にも影響します。従業員同士が話した後と、会話なしで仕事を続けたときでは、平均10%も生産性に差が出ると言われます。
Methot, Jessica & Rosado-Solomon, Emily & Downes, Patrick & Gabriel, Allison. (2020). Office Chit-Chat as a Social Ritual: The Uplifting Yet Distracting Effects of Daily Small Talk at Work. Academy of Management Journal. 10.5465/amj.2018.1474.
 人間のストレス解消にとって、コミュニケーションに勝るものはありません。
ジョン それに会社というチーム単位で成果を出す場合、人間関係が構築されていないと、いい仕事はできません。助け合いも生まれないでしょう。
鈴木 気軽な雑談がないと感情が共有されないから、人間関係はどうしても薄くなります。人がチームで働くうえで、感情のやりとりは不可欠ですね。

雑談は「優れたアイデア」の種になる

鈴木 雑談のメリットは他にもあります。いいアイデアを生み出しやすくなる傾向があるんです。
 オンラインに限らず一般的な会議だと、その場で出てこない情報が必ずあります。
 たとえば、XさんはABCの情報を持っていて、YさんはABDの情報を持っていて、ZさんはACEの情報を持っているとしたら、その3人の会議では「ABC」の話題に偏りがちです。
 つまり、DやEの話がされないまま終わっていく。
 でも、会議を振り返りながらちょっと雑談する時間があると、DやEの情報も共有されて、正しいゴールにたどり着きやすくなるし、アイデアの精度も上がる。その結果、生産性が5〜20%向上するというデータもあります。
Andrew J. Guydish, J. Trevor D’Arcey, Jean E. Fox Tree. Reciprocity in Conversation. Language and Speech, 2020; 002383092097274 DOI: 10.1177/0023830920972742
──「毎朝15分、雑談タイムを設けよう」とか「毎月、20日はオンライン飲み会です」と企業側が決めてコミュニケーション活性化を図る動きも最近ありますが、これは効果的ですか。
鈴木 うーん、人間は時間や場所を決められるのが大嫌いな生き物ですからね。
 一定のプラス効果はあると思いますが、自分で時間を決めて、自由に行動できて、たまたま会った人と自分の意思で話すかどうかを決められるほうがいい。
 自律的に動ける感覚が、モチベーションには大きく関わってくるでしょう。

集中力はオンラインでも伝染するか

──鈴木さんの著書『ヤバい集中力』には、「周囲に集中力の高い人がいたほうが、自分の集中力も高まる」という話があります。オンラインでも、“他人の気配”みたいなものは集中力に影響しますか。
鈴木 いわゆる「集中力の伝染」ですね。
 できる人間に近づけば自分もできる人間になれるし、周囲の生産性が低いと自分の生産性も下がってしまう。これはオンラインでも、おそらく同じだと思います。
 周囲に人の気配があったほうが、集中できるタイプの人もいます。
 環境音の実験というのがあって、無音の部屋で作業をしたときと、カフェのような環境音を流している部屋で作業をした場合では、後者のほうが能率が上がる結果もある。
Ravi Mehta & Rui (Juliet) Zhu & Amar Cheema, 2012. "Is Noise Always Bad? Exploring the Effects of Ambient Noise on Creative Cognition," Journal of Consumer Research, Oxford University Press, vol. 39(4), pages 784-799.
 前提として、心理的安全性が担保されている環境だと、人の気配は集中力の向上につながるでしょうね。
 でも、「監視されている」と感じる場合、人の気配はかえって脅威になる。ここが難しいところです。
ジョン 昨年6月にoViceベータ版をリリースしましたが、当初は「テレワークになって社員がなにをしているかわからない」という理由で、マネジメント層からトップダウンで導入されるケースが多かった。
 ですが、今ではテレワークの長期化にともなって、「社内の連携がうまくいかない」といった課題解決のためのコミュニケーション活性化が目的の企業が圧倒的多数です。
 現場の社員から「oViceを使ってみたい」と要望が上がり、ボトムアップで導入を決める企業も増えています。
鈴木 いい傾向ですね。マイクロマネジメントが生産性にとって最もよくないことは、あらゆる統計で明らかになっていますからね。

「作業場の専用スペース化」で集中力は高まる

ジョン 鈴木さん、テレワークのパフォーマンスをさらに上げるためのoViceのいい使い方があれば、アドバイスをいただきたいです。
鈴木 部屋は自由につくれるんですか?
ジョン もちろん。部屋の種類や空間レイアウトは、ユーザーごとに自由に設計できます。
クルーズ船風のレイアウト
 たとえば、集中して黙々と仕事をするための「サイレントルーム」。ここにいる人に話しかけることはできません。ただ、メンション付きのチャットだけは届くようになっています。
鈴木 じゃあ、取り組む仕事の内容によって部屋や場所を使い分けるといいですね。
 作業場の専用スペース化は、集中力を高めるのに効果的ですから。
 人間の脳は「場所」と「情報」を結びつけて、脳内のデータベースに記録する性質があります。
 何度も同じことをしている場所に行くと、自然といつもの行動を取ろうとするんです。
 学生を対象にした実験では、勉強専用のスペースで学習をするグループは、そうでないグループよりも成績が10〜20%の範囲で向上したという結果もある。
Smith, S.M. A comparison of two techniques for reducing context-dependent forgetting. Memory & Cognition 12, 477–482 (1984). https://doi.org/10.3758/BF03198309
 だからタスクごとに特定の部屋を割り振って、そのタスクは必ず決めた部屋で行う。そうすれば、その部屋に行くことで仕事モードのスイッチが入りやすくなります。
 自宅からのテレワークの場合、仕事とプライベートの空間が一緒になりがちです。だからどうしても脳が混乱して、モチベーションのスイッチが入りづらいんです。
ジョン 「バー」があるレイアウトも人気です。オンライン飲み会が流行りましたが、終業後に気軽に立ち寄るコミュニケーションの場として使われているようです。
バー付きオフィスレイアウト(左下がバーカウンター)
 弊社でも、よく社員が集まってワイワイと話しているのですが、昨年、おもしろいことがありました。休日の夜にoViceで雑談していたら、そっと近寄ってきた見慣れない人がいたんです。
 なんと投資家の方で、その場で「投資したい」と。それがきっかけで、昨年の資金調達が実現しました。
鈴木 えぇ、そんなことも。世界中どこからでもアクセスできると考えると、リアルなオフィスより可能性にあふれていますね。

使い方は無限、バーチャルな「不動産」

ジョン 私自身も、かなり驚きました。ちなみに、今、私たちがいるのは「1階」なんです。
鈴木 どういうことですか?
ジョン oVice社のバーチャルオフィスは、ビルになっているんです。
 1階は日本語対応、2階は韓国語対応、3階は英語対応。屋上にはプールがあって、絶景写真を背景にしています。ここでは社員も雑談していることが多いですね。
鈴木 こうした機能は“飾り”のように思われるかもしれませんが、遊びの感覚は非常に重要です。
 きれいな写真って、人間のストレスレベルにすごく作用する。コルチゾールというストレスホルモンのレベルが低下するという研究もあります。
 創造性は、リラックスしているときにしか生まれないので、テレワークをサポートするツールとしては、意外と本質的な機能かもしれません。
ジョン 我々の仕事は、バーチャル上のスペースをレンタルする「不動産業」だと思っているんです。
 50人のスペースが月5000円なので、50人で使えば一人あたり100円です。
 でも、人口密度が高いのはみんな嫌だから、やっぱり広いスペースがほしいと言ってたくさん部屋を借りていただくケースが多いんです。
鈴木 へぇ、おもしろい。広いほうが快適と感じるのは、バーチャル空間でも現実世界でも同じなんですね。使う人が増えれば増えるほど、無数に使い道が生まれそうです。
ジョン 今、7割程度はテレワーク利用ですが、展示会や交流会、イベントの場として活用されるケースもあります。
 カスタマイズの自由度がかなり高いので、新しい使い方をユーザーのみなさんと一緒に考えていきたいですね。

次は「オンラインとオフラインの融合」

──ジョンさん、oViceの今後の展開はどう考えていますか。
ジョン 次に目指すのは、オンラインとオフラインの融合です。そのための技術開発をすでに始めています。
 コロナの流行が落ち着いても、テレワークの文化は残るはずです。
 もし多くの社員が元のオフィスに戻ったとしても、オンラインとオフラインがもっとシームレスにつながれば、テレワークの人が一定数いても、コミュニケーションの問題はなくなります。
鈴木 これまでのコミュニケーションツールは、仕事というものを一元的に見ていたと思うんですよ。
 頭の切れる人たちが、自分の考えたことを素早く伝達できる、という点のみにフォーカスして開発されていた。
 でも、大半の仕事は感情をやりとりして人間関係を築いておかないと、なかなかうまくいかないものです。
 その点、oViceは現実世界の感情のやりとりを担保しつつ、心理的な不安や恐怖を取り除く仕組みや、動画や画像、テキストをやりとりするコミュニケーションツールとしての基本的な機能も備えている。
 多様性を組み込んだツールが、オンラインとオフラインが共存するコロナ後のトレンドになる可能性を感じました。
 でも、このツールのおもしろさを言葉だけで説明するのはかなり難しそうですね。
ジョン そうなんです。oViceのバーチャルオフィスで誰でもデモ体験できるので、ぜひ来てみてほしいですね。1、2分滞在していただくだけで、すぐにどんな場所かがわかると思います。