2021/3/12

森林大国・ニッポンはカーボンニュートラルをどう実現するか

NewsPicks Brand Design Editor
 南は瀬戸内海、北は中国山地。豊かな自然に囲まれる山口県周南市。古くは日本海軍の石炭・重油の補給地として栄え、現在は石油・化学各社がコンビナートを形成する「エネルギー・化学の街」だ。
 世界的なCO2排出量削減のトレンドの中、今、この「エネルギー・化学の街」は地元企業と共に生まれ変わろうとしている。そこで中核を担うのが出光興産だ。
 2050年カーボンニュートラルへの挑戦を追う連載企画。第1回は周南市が出光興産をはじめとするコンビナート企業と取り組むエネルギーのサプライチェーン構築に迫る。

岐路に立つ「エネルギー・化学の街」

 出光興産と周南市の関係は深い。1957年、出光興産は同社として初の製油所を徳山(合併により現在は周南市)に開設した。創業以来、石油の販売を生業にしていた出光興産にとって、自社でエネルギーを生産・供給する製油所の操業開始は悲願だった。
“販売の出光”から“製造の出光”に変わった原点。いわば徳山は出光の『技術』の発祥の地です」(出光興産 技術戦略室 伊井憲一氏)
 山口県・瀬戸内海沿岸のほぼ中央に位置する徳山下松港は大型船の入港が可能。そのため出光興産のほか、化学メーカーの東ソー、トクヤマ、日本ゼオン、また日鉄ステンレスなど、各社が拠点を置き、燃料や原材料を輸入して製造を行ってきた。
 各社がコンビナートを形成することで、周南市は工業都市として発展をとげた。周南市の製造品出荷額は1兆3,000億円。山口県全体の約2割を占める。
 そんな周南コンビナートの強みの1つが、「自家発電設備」だ。
「周南コンビナートには石炭火力自家発電設備を持つ工場が複数あります。その合計は152万8,900kW。石炭火力自家発電としては日本最大規模で、周南コンビナートの競争力の源泉になっています。
 石炭は経済性とエネルギー安定供給の点で優れた燃料です。一方で、菅首相が2050年カーボンニュートラル宣言を発表するなど、CO2排出量削減は国家レベルのテーマでもあります。
 エネルギーを競争力として発展してきた周南コンビナート、そして工業都市『周南市』は今、岐路に立っています」(周南市産業振興部 商工振興課 吉村渉氏)

2050年を見据えたエネルギー都市へ

 20世紀にエネルギーと共に栄えた周南市だが、カーボンニュートラルへの世界規模の潮流の中で生まれ変わろうとしている。鍵を握るのは再生可能エネルギー、「バイオマス」だ。
 バイオマスとは、化石燃料を除く動植物から生まれた生物資源のこと。その中でも木材由来のものを「木質バイオマス」と呼ぶ。木材などを加工したバイオマス燃料を燃焼し、タービンを回し発電機を動かすことで電気を供給する。
 ものが燃焼するときにはCO2が排出される。それは木質バイオマスでも変わらないが、発電のための木材を植林することで、光合成により大気中のCO2が吸収される。つまり、差し引きゼロのカーボンニュートラルの考えに基づいた発電だ。
「周南市は面積の約8割を森林が占めており、その約5割が人工林です。一般的に木材として利用できる樹齢は46年経過後といわれています。すでに森林の内の66%が46年経過しているのに、実はそのままになっているのが現状です。
 その要因の1つが林業の担い手不足です。林業は植林し、育てるのに長い年月が必要です。2代目、3代目と受け継がれて、はじめて樹木を伐採・収穫することができる。
 しかし、最盛期ほど林業が魅力的ではなくなった。そのために後継者が街で就職してしまい、その構造が崩壊してしまっているのです」(周南市産業振興部 農林課 課長 河津浩之氏)
 森林の循環的な利用が進まない現状を踏まえて、周南市ではバイオマス利活用を推進していくことに決めた。そして、早生樹という早く育つ木を利用したバイオマス生産の実証事業を令和元年度からはじめている。これまで約50年サイクルだった森林を15年から20年サイクルにして、バイオマス材として活用する予定だ。
 利用されていない森林資源を再生可能エネルギーとしてコンビナートで活用し、CO2削減につなげる。2つの地域課題を一度に解決しようという試みだ。

企業と連携した、エネルギーのサプライチェーン構築

 しかし、周南市の森林から生まれた木材をどこでどうやって、バイオマス材として発電に役立てるのか。
「出光興産は周南市にバイオマス発電所を建設中で、2022年の営業開始を目指しています。このバイオマス発電所が地域のバイオマス材の出口になれるのではないかと考えています。
 また、出光興産は木材を半炭化した、石炭と混焼可能な『ブラックペレット』という高カロリーなバイオマス材を製造する技術を持っています。周南市には石炭火力の発電所があります。それらの発電所にこのブラックペレットを提供し、石炭とバイオマス材の混焼での発電を推進することも考えられます。
 出光興産のバイオマス専焼の発電所。そしてコンビナートにある石炭火力自家発電設備でのバイオマス混焼。これらが出口となり、バイオマスを巡る新しいチェーンが周南市に生まれることを期待しています」(出光興産 伊井氏)
 出光興産のバイオマス発電所の発電出力は5万kW、年間発電規模は約10万世帯分の電力に匹敵する3億6千万kWhを想定している。また、発電所は徳山製油所の跡地を再利用して建設される予定だ。
 「石油の時代」を切り開いた出光興産の徳山製油所は、2014年にエネルギー供給構造高度化法に伴い石油精製機能を停止したが、石油化学製品の生産および周南コンビナートへの原料供給を行う徳山事業所として操業を継続している。
 そしてさらに時を経て、徳山事業所は再生可能エネルギーの拠点としての機能を担いはじめる。エネルギーの主役が変わりつつあることをまさに象徴している。
 周南市における木質バイオマスを活用したサプライチェーンの構築は、エネルギーの「地産地消」という面でも大きな意味を持つ。
「エネルギー自給率は日本の大きな課題です。石油の場合は輸入に頼ることになりますが、木質バイオマスであれば日本の国土の7割を占める森林を生かすことができる。輸入木材と比べてコスト面での課題はあるものの、企業としても国産エネルギーを大事にしていかなければなりません。
 森を再生すれば、CO2の吸収量も増えていく。森を元気にしていくことで、日本も元気になる。そして、企業も元気になる。それが出光興産の目指すべき方向だと考えています」(出光興産 伊井氏)

循環型都市のロールモデルになるか

 周南市の取り組みの特徴は、森林だけでない。日本の製造業の要を担う各種の大企業や地元企業と、あらゆる地域資源を再利用することで新たなエネルギーのサプライチェーンをつくりあげようとしている。地域資源を有する周南市ならではと言えるだろう。
 では、周南市の取り組みから他の地域が学べることは何か。
「これまでの林業は木を育てて、用材として売っていくというのが基本的なビジネスモデルでした。しかし、森林が新しい国産エネルギー源になるとすれば、それは林業自体のあり方を変える可能性があります。
 今回、早生樹の育成・利用を試みています。これらのモデルが上手くいけば、他の地域でも同じような取り組みが生まれるかもしれません。
 周南市としては森林と発電所が近距離にある点を利用しているため、そのまま他の地域で実施するのは難しい点もあるかと思います。
 ただ、自らの街の地域資源を改めて見直して、なにができるかを検討する。そういった観点では、他の自治体でも応用できることなのではないかと思います」(周南市産業振興部 河津氏)
 周南市では今回紹介した木質バイオマスのほかに、水素の利活用にも積極的に取り組んでいる。
 化学製品の製造過程で大量に発生する副生水素を活用した2カ所の水素製造工場や水素ステーションを中心に、水素燃料電池自動車の無料貸し出し、公共施設での水素エネルギーの活用など、水素サプライチェーンの構築をしようとしている。
周南市の 水素先進都市イメージ
 これも、化学工業で発展した周南市の“地の利”を生かした試みだ。
「周南市はエネルギー・化学を基軸として発展してきた工業都市です。水素やバイオマスなど、カーボンフリーでサステナブルな新エネルギー、技術と共に環境と調和しながら発展していかなければならないと考えています。
 企業と連携しながら進めていく中で、新たな産業が生まれ、雇用の創出も期待できます。そして、これらの取り組みを街づくりのさまざまな場面に生かしていく。
 それが工業都市、周南市ならではの街づくりにつながればと思います」(周南市産業振興部 吉村氏)