2020/12/21

日本に“ジョブ型”はハマる? 求められる経営改革と生き方改革

編集ライター (NewsPicks Brand Design 特約エディター)
 欧米を中心に海外ではスタンダードな「ジョブ型雇用」と、日本で定着している「メンバーシップ型雇用」。
 年功序列で管理しやすい利点のあるメンバーシップ型雇用だが、大手企業を中心にグローバル化への対応やプロフェッショナル人材確保のため、ジョブ型雇用へのシフトを検討するケースが増えている。
 仕事に対する考え方が大きく異なるジョブ型雇用の導入にあたって、日本企業ならではの課題はないのか。企業、ビジネスパーソンの双方がどう適応していけばいいのか。
 スイスに本社を置き世界60の国と地域で総合人材サービスを提供するアデコグループ日本法人の代表取締役社長・川崎健⼀郎氏と、2015年までGoogleで人材育成や組織開発に従事したプロノイア・グループ代表取締役のピョートル・フェリクス・グジバチ氏に話を伺った。

メンバーシップ型は“何でも屋さん”?

──日本企業が新たにジョブ型雇用の導入を実現させるには、何が必要だと思いますか?
ピョートル 前提として、アウトプット重視で仕事や役割が決まっているジョブ型雇用は、日本でもフリーランスなどの働き方として以前から存在していました。
川崎 我々が手掛けている事業の一つである人材派遣事業も、企業の条件にマッチした人を派遣して働いてもらう仕組みで、そもそもジョブ型なんです。
 その意味では、ジョブ型の考え方になじみのあるビジネスパーソンは、日本にもいるはずです。
ピョートル ただ、日本企業がジョブ型を導入するならば、間違いなく「ストラクチャー」が必要です。日本企業の多くにはこれが欠けている。
 つまり、企業の掲げる目標に対して「いつまでに・何をして・どんな成果を出す」という明確な個人の目標が設定されていないのです。
 よく「オフィスにいると、急に別の仕事が降ってくる」という話を聞きますが、それはストラクチャーがない証拠。
 業務範囲が曖昧で、事業戦略に紐づくその人の役割を意識せず、単なるメンバーの一人として認識してしまっているのです。
 ストラクチャーなしには、リモートワークもジョブ型も成り立ちません
 リモートワークからオフィス出社への“揺り戻し”が起こる企業が増えているのは、そういう要因もあるかもしれませんね。
川崎 自分の存在理由や役割、求められている成果を明確にすれば、オフィスにいる必要がなくなるんですよね。
 誤解を恐れずに言えば、メンバーシップ型の働き方には“何でも屋さん”の要素があるのかもしれません。
 「チームメンバーなのだから、イレギュラーでもチームの仕事をするのは当然だよね」と。
ピョートル GoogleやNetflix、日本のメガベンチャーやスタートアップを見ると、ジョブ型だけどメンバーシップ型の要素もあるんですよね。
 例えば、僕がいた当時のGoogleは、採用時と入社後でジョブディスクリプションが変わり、数カ月後にまた変わる、といったこともありました。
──いわゆる「総合職」のような臨機応変な面もあるのですね。
ピョートル そうですね。非常に柔軟な組織だからこそ、変化に適応できるのです。
 日本のメンバーシップ型と違うのは、すべてのジョブディスクリプションが、明確にストラクチャーと結びついていること。
 「自分は何の仕事でチームや会社にどんな貢献をするのか」が明確で、今週は何をどこまでやるのか、うまくいかないときはどうするのかといった会話が絶えません。
 日本企業はそういったコミュニケーションが圧倒的に少ないように思います。
 上司との1on1でも、何を話せばよいのか迷ったり自分の評価に影響するのを恐れて本音で相談ができなかったりするのは、ストラクチャーがないからなのです。

求められる経営改革・生き方改革

──ジョブ型にシフトしようと思ったら、企業はまずストラクチャーを設計する必要があるのですね。
川崎 その前段階としてもっと重要なのは、企業のミッション・ビジョンです。
 まずミッション・ビジョンで「何のために自社が存在しているのか」を示し、それを実現するための戦略を明確にする。
 そして、その戦略を実現するために、どんな職種のどんなレベルの人が何人必要かを考えるときに、ストラクチャーが整理されていきます。
ピョートル 経営改革と個の“生き方改革”の両方が必要なんですよね。
──生き方改革。
ピョートル ミッション・ビジョンに沿って事業戦略を立てて組織を作る企業に対し、個人は「どんな生き方をしたいのか」という自身のビジョンに基づいて、働く場所や働き方、仕事内容を決めていく。それが生き方改革です。
 正規雇用を魅力に感じる人もいれば、フリーランスとしてプロジェクト単位で活動したい人もいます。本業を持ちつつ自分のスキルを複数社で生かして副業を楽しみたい人もいますよね。
川崎 人は働くために生きているわけではないので、どんな人生を送りたいかを考えるのは重要です。
 もちろん、生きていくための労働ですが、同じだけ働くなら、本来は自分の価値観やライフビジョンに近い仕事を選ぶのが理想です。
 ただ、親や学校から受ける教育には「自分の人生はどうあるべきか」を考える機会がほとんどなく、生き方に対するビジョンを持ちにくいという現状があり、私はこれを日本ならではの課題だと感じています。
 実際、欧米に比べると「あなたの仕事はライフビジョンに近い仕事ですか」と聞かれて「Yes」と答える人は、圧倒的に少ないと聞きます。
──日本では、個の生き方を考える文化が薄い?
川崎 なんとなく良い大学に進学して、なんとなく良い会社に就職するのが幸せな人生だと言われ続けてきましたからね。
 本来は、人それぞれ価値観や個性が違うのに、見えない既定路線があった
 ポーランド出身のピョートルさんは、日本のような新卒一括採用なんて経験されていないでしょう?
ピョートル そうですね。私は大学時代から学業と並行して働いていたし、新卒で就活はしたことがありません。周りも、働いて大学に戻って、また就職して……など、キャリアは多様でした。
川崎 もしかしたら、高度経済成長期に物を作れば売れ、人口も右肩上がりで増えていた日本は、生き方を考える必要がなかったのかもしれません。
 かつては、コツコツ働いて、定年後は楽しい老後が待っている、そんな成功シナリオがありましたから。
 でもそのシナリオは、高度経済成長の終焉とともに崩壊しているので、日本は早急に変わらないとまずいと思っています。
ピョートル 子どもの頃から生き方のビジョンを持っていると、自分の人生にとってのチャンスが圧倒的に増えるんですよね。だから、自らのビジョンに照らし合わせて、能動的にキャリアチェンジできる。
 むしろ「転職しようか、どうしようかな」なんて悩むことのほうが不自然で、やるか・やらないかの二択しかありません。
 私は今、9歳〜18歳の子どもたちが起業家を目指すプログラムに携わっているのですが、コンセプトは「自己実現」です。
 自己実現に必要な3つの要素とは、「何が欲しい・欲しくない」という自分の希望と、「何を大切にする・しない」という価値観、そして「何が正しい・正しくない」という信念
 日本では大人でも答えられない人が多いと思いますが、この3つを開示し続けると、自分のアイデンティティやストーリーが見えて自己表現ができるようになります。
 すると、それを支持するサポーターも現れて、自己実現につながっていくんです。
 結局、そうして「どう生きたいか」を明確にしないと、条件面を見比べただけで「いい会社に入社できた」「いい人と結婚できた」という出来事が自分の幸せだと勘違いするようになります。
 でも、結婚しても会話がない、パートナーが家に帰ってこない、旅行することもない…となると、それは本当に幸せなのでしょうか。これは仕事に置き換えても同じことが言えます。

メンバーシップ型とジョブ型の共存

──自己実現や個人の目標設定が苦手な日本人がジョブ型に適応するのは、想像以上にハードルがあるように思えてきました。
川崎 もし表面だけまねをしてジョブ型を導入したら、失敗するでしょうね。それを回避するには、企業の外の仕組みも整備していかねばなりません。
 実は、7〜8年前まで日本には、人材業界でさえもジョブ型の仕組みがありませんでした。
 同じ職種で同じアウトプットが求められる仕事でも、A社では年収1000万円、B社では500万円ということがよくありました。
 ジョブ型であるはずの派遣業界でもそんな状況になっていたのは、常に変化するマーケットの中で、職種ごとの需給バランスを整理しきれていなかったからです。
 相場はなんとなく決まっていたけれど、結局のところ企業の懐事情に左右されていました。
ピョートル 欧米では同一労働同一賃金の考えが当たり前にあって、例えばマーケティング職なら、マーケターのレベルによって年収が決まっています。
 だから、どの業界のどこの企業で働こうが、同じスキルレベルのマーケターであれば、基本的に給与は変わりません
 仕事の評価は成果主義。定期昇給の概念がないし、年齢も性別も一切関係ない。
 同じ仕事で同じパフォーマンスを発揮しているなら20歳の人と60歳の人が同じ給与です。日本では考えられませんよね。
川崎 この状況を変えるために、アデコグループは10年前に全職種と全レベルを整理し、それに応じて給与を設計した、ジョブ型のキャリアマップを作りました。
 派遣で働く方にも、このキャリアマップを適用しています。
 ここ最近、顧客企業のキャリアマップ作りをご支援するケースが増えているのですが、事業戦略に必要な職種とレベルを整理し、個人の生き方を明確にした上で目標を設定すると、急にやる気がグンと上がる現場をいくつも見てきました。
 ビジョンを持つことで、圧倒的に高いパフォーマンスを発揮できる。ビジョンが“生産性の源泉”とも言えると思います。
 よく「最近の若者はやる気がない」というセリフを聞きますが、「やってもやらなくても評価は変わらない」という状態なら、やる気が出るはずがないのです
──自らのビジョンのために努力を惜しまない人が報われるのがジョブ型雇用だと考えると、第一線を退いた年配者を脅かす存在かもしれませんね。
川崎 この流れに身構える方も多いでしょうね。でも案外そんなこともないんです。
 例えば、日本の大手企業には「役職定年」という制度があって、順番待ちで役職者になった人は、55歳くらいになるとその役職を降りることになります。
 55歳前後で役職定年を迎える超優秀層は、日本にとって非常に貴重な人材。その人たちが承継者のいない中小企業に行くだけで大いに活躍できるんです。
 そもそも、戦略やマーケット環境が常に変化する世界で、社員の給与が毎年右肩上がりで増えていくようなメンバーシップ型の人事制度では、この先どう戦っていくのか想像がつきません。
 ただ、メンバーシップ型も悪いことばかりではないので、共存させればいいと私は考えています。
──人事制度を共存させる。
ピョートル 職種や役割によって、メンバーシップ型の方が合う人もいれば、ジョブ型の方が合う人もいますからね。
 例えば、伝統的な食品を作っている地方の中小企業が、世界中で商品を売るためにデジタルマーケティングのプロを雇ったとしましょう。
 最先端のマーケターの処遇はジョブ型を、長い時間をかけて技術を磨く職人さんたちには、メンバーシップ型を維持する。こうして働き方に合わせて制度を分ければいいということです。

ビジョンマッチングで日本は変わる

──この先、ジョブ型が日本に浸透した先に、人材サービス企業であるアデコグループは、どのようなビジネスを目指していくのでしょうか。
川崎 この先、さまざまな企業にストラクチャーが整理され、個人はどう生きたいかが明確になったら、我々は「ビジョンマッチング」をやりたいと考えています。
 今までは、仕事と人を給与や福利厚生などの条件でマッチングさせていたので、入社後に価値観や文化が合わなくても「条件はマッチしているから、しばらく我慢して働こう」という状況が生まれていました。それでは当然、生産性は上がりません。
 そうではなく、企業と個人のビジョンでマッチングしたい。
 その実現のために、個人がキャリアオーナーシップを身につけ、自らのビジョンを明確にしていくのをサポートをする「キャリアコーチ」という職種も5年前に作りました。
 キャリアコーチは、派遣で働く人の派遣先が変わっても、個人に伴走するメンター的役割を担っています。
 実際に、「今まで何のために働くのか考えてもみなかったけれど、キャリアコーチのおかげで自分がどう生きたいのかわかるようになり、人生が好転しました」といったお手紙をたくさんいただくんです。
 ジョブ型雇用が普及すれば、こうした役割がより重要になると考えています。
ピョートル それは重要な仕事だと思います。
 これまで「何のために働くのか」「何のために生きるのか」と問われる機会がなかった人が、突然そんなことを聞かれても答えが出ないのは当然です。
 でも、きっと頭の片隅に“問い”は残るはず。すると、ふとした瞬間に「そうだ、子どもの頃に好きだったことをもう一回やってみようか」とひらめくかもしれない。
 そこから自己認識につながれば、生き方のビジョンが見えてくるでしょう。
 だから、社内でも生き方に関する会話の機会を持ち、キャリアコーチのように企業が個人のビジョンを導いてあげることもとても大切だと思います。
川崎 間違いありません。ジョブ型であれメンバーシップ型であれ、大切なのはまず「個がその仕事で輝けるか」ですからね。