2020/12/18

「本田圭佑の右腕」、立ち上げた九州独立リーグの勝算

スポーツライター
競技人口の減少など野球界には喫緊の課題が山積している。
手をこまねているわけではない。「野球」への思いを持った人たちの新たな挑戦が続けられている。その一つが「独立リーグ」だ。
四国アイランドリーグplusとベースボール・チャレンジ・リーグ(BCリーグ)は毎年のようにNPBに選手を輩出するなど育成の受け皿となり、また地域と密着した「野球」との関わりを作り出す。
他にも、関西や北海道など全国でその可能性が模索され続けられる。そんな中で、今年、九州にも新たなリーグが創設された。九州独立プロ野球リーグである。
右が神田氏。真ん中はピッチングGMに就任した元福岡ソフトバンクホークスの馬原孝治。左は田中敏弘氏。
来年3月にスタートする「九州独立プロ野球リーグ」。リーグの立ち上げに関わり、熊本球団「火の国サラマンダーズ」を設立した神田康範社長は、かつて“本田圭佑の右腕”と知られた人物だ。
「独立リーグの経営が大変か、そうでないかはまだわかりませんが、来年の運営費は順調に集まっています」
そう語る神田社長は現在ボタフォゴでプレーする本田の事務所でマネジメントを担当した後、サッカー・オーストリアリーグのSVホルンでCEOを務め、Bリーグのライジングゼファー福岡の社長に就任。世界を渡り歩きながら、スポーツビジネスの酸いも甘いも味わってきた。
国内外で得た知見を新天地でいかに活かし、生まれ育った熊本で新球団を成功に導こうとしているのか。神田社長にビジョンを聞いた。

球場が少ない熊本に生まれた球団

──九州独立リーグや熊本球団に携わるようになった経緯を教えてください。
神田 去年の秋までライジングゼファー福岡というプロバスケットチームの社長をしていました。2シーズン目に経営不振になり、危機を乗り越えた後、引責するような形で辞任しました。
そのタイミングで熊本の大きな会社の社長さんや県会議員に「野球チームをつくってくれないか」という話をされました。
なぜかと言うと、熊本には球場が非常に少ないからです。「球場をつくろう」という動きは長らくあったのですが、地震などもあってうまくいきませんでした。
行政から「球場をつくるなら、そこにはちゃんとしたコンテンツが必要だろう」というアドバイスをいただき、そうであれば独立リーグのプロ野球をつくろうとなったことが発端です。
株式会社鮮ど市場(熊本に本店を置くスーパーマーケットチェーン)の代表取締役で、社会人野球チーム・熊本ゴールデンラークスのGMも務める田中敏弘さんと一緒に動き始めました。他のチームもいないと試合にならないので、いろんな県に「九州リーグをつくろうと思うけど、入りませんか」と1年かけてアプローチし、来年リーグを開幕できることになりました。
──熊本と大分(大分B-リングス)の2球団で来春スタートし、福岡ソフトバンクホークスや四国アイランドリーグPlusとの交流戦を実施しながら、ゆくゆくは九州8県に広げていこうと?
神田 そうですね。来年について言えば、沖縄の琉球ブルーオーシャンズと各チームの交流戦が12試合ずつ予定されています。リーグに加盟するわけではないですが、うちとの対戦が多くなります。
──「独立リーグの経営は大変そう」というイメージをぼんやり持っているファンが少なくないと思います。将来の成長へ、どんな道筋を立てていますか。
神田 独立リーグの経営が大変か、そうでないかはまだわかりませんが、来年の運営費は順調に集まっています。年間1億円ちょっとのビジネスなので、うまく“応援団”を巻き込めれば成り立つと思っています。
9月から資金集めを始めて、現段階で運営費が全部見えている状態です。しかも複数年で契約できています。
最初は熊本の経済界のキーマンを巻き込んでスタートしました。一人が鮮ど市場の田中さんで、もう一つはシアーズホームという住宅建築事業を手がける会社です。両社を軸にして、スポンサーや出資を集めていきました。
結果、コロナ禍ではありますがスムーズに資金が集まって、いいスタートが切れそうです。
私はこれまでスポーツチームの経営を2つやってきました。もちろんチームを強くすることも必要ですけど、ベースにお金がないとどうしようもありません。逆に資金集めをしっかりやれば、どうにかなると思っています。
監督には今オフで現役を引退した細川亨が就任。

夢を語る前にお金を集める

──試合が行えても、多くの人に観てもらう必要もあります。例えば地元のテレビ局で試合中継はありますか。
神田 中継してくれるという確約はありませんが、メディアはどうしても巻き込もうとスタートし、4つのキー局は全部株主に入ってもらいました。株を買ってもらい、全局にスポンサーをしてもらっています。バランスよく露出をつくれると思っています。
──熊本以外に大分球団が立ち上がったのは、経営資金のメドがついたからですか。
神田 発起人の森慎一郎さんは少年野球チームを運営されるなど、野球が大好きな方です。最初にお会いしたときは、「強くしたい」「プロを発掘したい」と野球のことばかり語っていました。私の印象としては、それだけでは厳しいなと……。
「夢を語る前に、お金を集めてください。潰れるようなチームは絶対リーグに入れません」と1年間ずっと話をするうちに、マインドが変わっていきました。
大分は資本金と運営費予算を7000万円くらいでつくっているので、「一応のラインとして、8月下旬までに見込みを立ててください」と伝え、加入してもらえるところまできました。
──そうした裏には、ライジングゼファーで経営不振を経験した神田社長の経験もありますか。
神田 そうですね。結果だけで言うと、ライジングゼファー福岡ではお金が2億円くらいショートして、最後は回収してなんとか生き残りました。
経営不振の要因はチームだけを強くしたことです。チーム経営において、全体の支出予算に対して30〜35%くらいのトップチーム人件費が適正だと私は思っています。あのときは60%くらい行っていました。
例えば独立リーグで1億円支出するのであれば、最大4割くらいがライン。チームばかり強くしようとすると、フロント側のお金がとれなくなる。トップチーム人件費がどんどん膨らむ一方、マネタイズする能力がないと、球団経営のアンバランスが起きます。
だから先にフロントから成長させて、そこで確保できる収入の予算から支出の予算を考える。ライジングゼファー福岡ではこれができていませんでした。
チームはB1に行き、B1に定着しようと強化にばかりお金を使ってしまい、マーケティングの部分がしっかり機能していませんでした。
──神田社長にとって、その次の場として選んだのが熊本です。活動の根底には地元を活性化させたいという思いがあるのですか。
神田 本田圭佑選手から指名を受けてSVホルンというサッカーチームの経営を行い、次にバスケに行きました。バスケでは失敗していますが、スポーツビジネスをずっとやっていく中で、年を取ったらノウハウを熊本に戻そうとずっと意識していました。人にも宣言していたくらいです。
バスケで引責してやめることになったので、その機会が早く訪れました。

本田圭佑に学んだ「無理」は禁句

──これまで本田選手からどんな学びや刺激を受けてきましたか。
神田 わかりやすく言うと、私たちの間で一つ禁句を設定していました。「無理」という言葉です。
絶対「無理」という言葉を使わずにビジネスもスポーツもやっていこう、と。実際にそれを実行していくと、今までできなかったことができたりするんです。
福岡のバスケチームでも「無理」を禁句にしていました。
例えば、チームは10年以上続く中、会場でお酒の販売をしていなかったんですね。条例で禁止されていると、フロントのみんなが誤認していたからです。
私からすればあまりにも疑問で社員に聞いて回ると、「行政がやっているから無理なんです」と言うから、「じゃあ“無理”を言わずに、その理由を聞いておいで」と伝えました。
そうしたら、別に問題なく売れるわけです。10年間、行政が認めていないと思い込んでいたものが、じっくり話してみるとそうではなかった。
つまり「なんで無理か」ということをつきめて考えていったら、その日からお酒を売れるということが起きたわけです。
今も「無理」という言葉を排除し、壁を自分でつくらないでおこうと実行しています。
──「無理」とあきらめるより、どうやって実現するかが先にくるわけですね。
神田 そうです。あとは「無理」と言われた場合、なぜ無理なのかをロジカルに言われないと、やっぱり納得できないようになりますよね。
──神田社長は「無理」を禁句にしてから、自身の価値観は変わりましたか。
神田 その言葉を排除したことによってそうなっているのか、本田選手と一緒にいさせてもらったおかげでそういうマインドになっているのかはわからないのですが、通常、「それは無理だよな」と思われることでもとにかくやってみて、結果としてダメであれば仕方ないというチャレンジ精神は、39歳になってもしっかり持てています。
その辺は本田選手に教わった、いい部分かなと思います。
──そういう精神は九州独立リーグ、熊本球団の経営にも注がれるわけですね。「公開取材」などの企画(※1)もプロ野球などで持ち上がるようになれば、取り組む前から「無理」と言って片付けるケースが減る気がします。
※独立リーグの発展に向け情報共有・議論をする場として設けられたオンライン企画。12月19日(土)14時から「独立リーグの『稼ぎ方』」として行われる。神田社長、四国アイランドリーグPlusの馬郡健社長、ルートインBCリーグプラスの村山哲二代表、九州産業大学でスポーツビジネスを研究する福田拓哉准教授らが登場。記者、メディア、フリーライターはもちろん、ファンも「取材に参加」できる。詳細はこちら
神田 はい。私のようにさまざまなスポーツチーム経営をしてきたのはレアキャラだと思います。自分がしてきたレアな経験をいつか地元に活かしたいと考えてきました。
おごるわけではないですが、「今の熊本なら自分がやらないと」いう意識で、自分しかできないと思ってやっていきます。