2020/12/7

【徹底分析】“toBテック”のGAFA? Salesforce 、爆速成長の「7つの秘訣」

NewsPicks, Inc Brand Design Head of Creative
GAFAに代表されるコンシューマ系テック企業は、馴染みがあるビジネスパーソンが多いと思うが、企業などの法人に向けたテクノロジーソリューションを提供している企業は、あまり詳しくない人が多いかもしれない。

この領域で、爆速成長する企業がある。それは、設立後約20年で時価総額が2331億1470万ドル(24兆2439億2880万円、11月18日時点)となり、日本企業No.1のトヨタ自動車(23兆9079億8300万円、同)を一気に追い抜いたセールスフォース・ドットコム(以下、Salesforce)。

わずか20年の間にここまでの成長をみせた理由は何か。

GAFAに引けを取らない成長力を持つBtoB系ITベンダーの巨人を、テック系企業の研究に強い立教大学ビジネススクールの田中道昭教授が分析した。
田中 Salesforceの成長の秘訣を私は大きく7つあると分析しました。今回はそれを一つひとつ解説していきます。
 Salesforceの最大の特徴は、カスタマーサクセス、「顧客のビジネスの成功」を徹底的に追求していることでしょう。これは、創業者のマーク・ベニオフの強いこだわりだと思いますが、「顧客第一主義」を徹底しているように感じます。
 その表れとして、事業構造と収益構造がカスタマーサクセスと連動している。
 事業構造で言えば、CRM(顧客情報管理)やSFA(営業支援)ツールの開発・販売から始めた事業基盤は、顧客の要望に合わせてどんどん拡大し、今では「Customer 360」の名のもとに、企業のビジネスを支えるさまざまなソリューションをラインアップしています。
 また、単純に売ったら終わりではなく、導入前、導入直後、1カ月、3カ月、半年などといったスパンで、ユーザー企業の導入ステータスごとに顧客のビジネスを支援している。ソリューションの使い方をサポートするだけでなく、業務改善などにも踏み込んでいる。ここまでやる企業はそうはないと思います。
 一方、収益構造では設立当初から、サブスクリプションモデルだけでビジネス展開していることがその証左。創業当時、ソフトウェアの機能を一括買取り型で販売する企業が圧倒的に多かった中 、Salesforceは敢えてサブスク1本で勝負した。
 サブスクは、企業が手軽に導入できるため受注しやすいですが、月額や年額など期間契約のため解約もされやすい。
 Salesforceのソリューションが多くの企業に一時的に売れて、Salesforceのビジネスが拡大しても、そのユーザー企業のビジネスが伸びなければ、解約される可能性は高まり、その場合、Salesforceのビジネスも縮小しますよね。
 法人向けのサブスクは、顧客のビジネスの成否にかかっている。この収益モデルを選んでいることからも、カスタマーサクセスを重んじていることがうかがえます。
 私は企業の研究をするとき、ミッションと収益構造と事業構造が三位一体になって機能しているかどうかを見ます。Salesforceはそれがしっかりとつながっていると思います。
 2点目は、「エコシステム」でビジネスを伸ばしていることです。
 Salesforceは、「SaaSの会社」だと思われがちですが、それだけではありません。
 SaaSを提供している他の企業に向けた開発基盤も提供しています。この開発基盤を開放することで、SaaSベンダーは手軽にSaaSを開発できるようになります。
 そして、こうした他社が開発したSaaSを、ユーザー企業に販売できるマーケットプレイス(*)も用意しています。つまり、SaaS企業にとってSalesforceは、開発も販売も支援してくれるパートナーなんです。
*売り手と買い手をつなげるネット上の「市場」。コンシューマサービスで言えば、アップルの「AppStore」やGoogleの「Google Play」のようなもの。
 ソリューションラインアップが増えたとはいえ、Salesforceがすべての業種のすべてのビジネスを支援するソリューションを自前で用意できるわけではありません。
 Salesforceが提供しない分野のSaaSは、パートナーが補完する。同じ開発基盤で開発したSaaSは連携が取りやすいですから、ユーザー企業の利点も大きい。
 こうしてSalesforceは自社だけではなく、他のSaaSベンダーも仲間にして「Customer 360」を実現し、「Salesforceのプラットフォームに行けば欲しいものがある」という状態を作り出しているのです。コンシューマ系ネットサービスで言えば、Amazonのような存在でしょう。
 まさに、自社だけの世界ではなく、他社も巻き込んだ「エコシステム」の形成。これこそがSalesforceのビジネス戦略上の強さだと思います。
 3点目は、顧客との「一体感の作り方」です。
 Salesforceは、顧客のことを「Trailblazer」と表現しています。「先駆者」という意味で、名付け親はマーク・ベニオフ。Salesforceの全ユーザーは、それぞれのビジネス現場で改革をリードする先駆者であるということを、敬意をもって表したいという思いからこう呼ぶようになったようです。
 単純に呼び名をつけただけでなく、変革を起こした顧客を定期的にイベントで表彰したり、また「Trailblazer Community」 というコミュニティを作って、ユーザー同士が交流し悩みや問題解決をシェアする場を丁寧に運用したりしています。
 こうした活動を通じて、顧客との一体感を醸成し、カスタマーエンゲージメントを高めている。ユーザーコミュニティを運営する企業は最近増えていますが、Salesforce以上に顧客との一体感を作れている企業はなかなかないのではないでしょうか。
Salesforceが開くコミュニティイベントでは、優れた実績を上げたユーザーを表彰することがあり、ユーザーとの一体感を強めている(写真提供:Salesforce)
 4点目は、「信頼、カスタマーサクセス、イノベーション、平等」と定めたコアバリュー。
 私がこれに触れて感じたのは、ビジネスを推進するうえでのコアバリューというよりも社会的役割を果たすうえでのそれに位置づけられているように思える内容だったことです。企業は、社会においてこの4つの役割を果たさなければならない。そういう観点で定めているように感じました。
 「マーケティングの神様」と称されるフィリップ・コトラー氏は、「事業活動は文化活動でなければならない」「本物のブランドになるには文化ブランドになることが必要である」という言葉を残しています。
 後述しますが、企業が社会での存在価値を高め、ブランドを上げていくためには、純粋にビジネスが伸びていることや将来性だけではありません。「社会にどう貢献しているか」という視点も重要です。
 事実、Salesforceは社会貢献活動に積極的で、たとえば「1-1-1モデル」という従業員の就業時間の1%、製品の1%、株式の1%を社会貢献に充てるという活動を行い、社員が自発的に行動していると聞きます。
 「こういう社会でありたい」という願いをコアバリューに込め、それを社員が実践し、社会の文化を創り出す。そういう意志と行動がSalesforceの価値を高めているように私は感じます。
 企業が事業活動をする時、目標と計画を立て、進捗を管理し、場合によって修正するといったPDCAをまわしてマネジメントしますよね。そのやり方は企業や事業によってそれぞれですが、Salesforceは、「V2MOM」というツールを使って社員、チームをコントロールしている。それが5つ目のカギです。
 V2MOMとはSalesforceが定めた独自のツールです。何かというと、Vision、Values、Methods、Obstacles、Measuresの5つの頭文字を取った造語。
 経営学的に言えば、構築した戦略を実行し人や組織を動かしていく際に重要なのはリーダーシップとマネジメントの両輪です。大半のマネジメント手法は、数字やリソースなどの管理に主眼を置いていることが多い。
 ですが、V2MOMではビジョン、バリューといったリーダーが発信しなければならない項目を組み合わせている。リーダーシップとマネジメント両方の役割を果たしていて非常にバランスがいい。事業や部門によって内容は異なると思いますが、こうした共通指標を全社的に運用しているのは非常に効果的だと思います。
 調べてみると、V2MOMは設立時の1999年から存在するようで、内容も進化させながら、こうしたPDCA指標を当時から運用しているので、しっかりと根付いているのだと思います。
 6つ目は、セールス活動におけるムダを徹底的に省く「The Model」です。The Modelとは、マーケティングとセールスの一連のプロセスを細分化し、組織で分担する考え方でありフレームワーク。
 それぞれのチームがプロセスの一部分だけを担うため、効率が上がり専門性も高まるというものです。組織は分かれるものの、あるプロセスのゴールが次のチームの母数になるため、分断されることはなく、逆にチームワークを形成しやすい。
 ムダのないセールス活動とチーム作りにおいて非常に効果的です。また、セールスだけでなく、カスタマーサクセスを最終プロセスに据え、KPIを設置しているのも秀逸だと思います。
 Salesforceが面白いのは、このThe Modelの知見を他のSaaS企業にも伝授していること。「自社だけのもの」と閉じておくのでなく、ほかの企業に開放してSaaSマーケットを広げるとともに、セールスフォースプラットフォームに取り入れて、よりエコシステムを強靱にしている。
 同社のエコシステムを拡大するためのビジネスモデルが、このThe Modelとも言えるでしょう。ここでも、Salesforceの自社だけでなくパートナー企業とともにマーケットを広げていくという視点を生かしています。
 最後は、創業者、マーク・ベニオフです。
 米国のテック企業は創業者が今でもトップを務めているケースが多く、総じて強烈な個性を放っていますよね。Salesforceも同様で、これまでの急成長の根底には、やはりマーク・ベニオフの強力なリーダーシップがあると思います。
Salesforce創業者のマーク・ベニオフ。Fortune誌「世界の最も偉大なリーダー25人」やハーバードビジネスレビュー誌「15 Best-Performing CEOs」に選出されるなど、経営者としての手腕が高く評価されている(写真提供:Salesforce)
 これからの企業や社会はどうあるべきかを考え抜いてミッション・ビジョンに落とし込み、そして創業前のオラクルに勤務していた時代、セールスやマーケティング、ディベロッパーの経験をもとにソリューションや仕組み、ルールを作った。そして、それを社員に広げ、次に社会に、そして世界に発信している。
 私はリーダーシップには下記のような構造があると思っていて、Salesforceはまさにこのピラミッドを上っていると感じています。
 7つのポイントで解説してきましたがどの業界、どの企業を問わず、これからはカスタマーサクセスを真に願い、それを実際の事業や製品・サービスに練り込んでいるカスタマーセントリックな企業でないともはや生き残れないというのが私の持論です。
 口ではどの企業も言いますが、「言うは易し行うは難し」で誠実に向き合っている企業は少ない。日本語の「誠実」の英訳であるIntegrityとは、「思っていること、言っていること、実行していること、の3つが一致していること」を指す、行動が問われる重みのある言葉なのです。
 Salesforceはカスタマーサクセスという言葉でこのカスタマーセントリックを徹底的に追求している。それがもっとも大きな強みであり、それを強力に推進するマーク・ベニオフの存在が大きいと思います。