100年に一度の大変革に直面する世界の自動車産業は、モビリティ産業への変革を迫られている。世界の自動車産業が、電動化をはじめとする「CASE革命」の大激変や、MaaSへの対応を進めてきた。

そのさなかに新型コロナウイルスが突如として猛威を振るい、世界は一変した。これからのウィズコロナ時代の自動車産業における新常態(ニューノーマル)とは。

世界の移動ニーズと消費行動、市場特性の変化を読み解き、説得力のある数字に基づいて先行きを展望する書籍『自動車 新常態(ニューノーマル)CASE/MaaSの新たな覇者』(中西孝樹〔著〕、日経BP日本経済新聞出版)から、4回にわたってエッセンスを紹介する。

コロナが自動車産業に及ぼした最大の影響

インコロナの混乱期から、ウィズコロナの回復過程と世界の人々の新たな行動様式を整理し、アナリスト的なアプローチを基にアフターコロナにおいて自動車産業に訪れるニューノーマルの仮説構築とその検証を行ってきた。
本章では、ここまでで得られた検証結果やエビデンスを整理し、自動車産業が対応しなければならない本質的な課題やソリューションに落とし込む。
アフターコロナの自動車産業は何を目指し、ものづくりを鍛え、いかなる企業戦略を捉えるべきか。そのような論考とともに日本の自動車産業の復活に向けた、その足元を少しでも照らしつつ本書を閉じたい。
コロナが自動車産業に及ぼした最大の影響とは、デジタル革命に向けた変革への時間的猶予を奪い、そして財政的なゆとりを取り払ったことにあると筆者は身にしみて感じている。
「CASE革命といっても、ちっとも革命的でないね」との批判はしばしば受けてきた。それはここで起こる巨大な構造変化の本質を見落としている。
確かに、見た目はその通りなのである。自動車のデジタル革命、いわゆるCASE革命とは、携帯電話で起こったようなスナップショットで変わる革命とは違う。
レガシィとして伝統的な車両の保有台数を積み上げながら、全く新しいCASE車両を少しずつ積み上げていく。
変化が革命的でないのではなく、伝統的車両の蓄積の規模が圧倒的に大きいため、革命的な変化の積層が見えにくいだけなのである。
ある瞬間から、堰を切ったように新旧の入れ替えが起こるだろう。

コロナは油断した自動車産業を襲った

自動車産業はデジタル化に大きく出遅れてきた産業であり、クルマのIoTを進めデジタル・トランスフォーメーション(DX)を推進することはコロナ禍の有無にかかわらず、自動車業界の最大の対応課題と認識されてきた。
それを攻撃の好機とばかり、多くのIT企業やスタートアップ企業が破壊的イノベーションを仕掛けては、自動車産業はそれを突き放してきた。
そういった破壊的イノベーションを阻止してきた最大の要素とは、冗談に聞こえるかもしれないが、ニュートンの法則なのである。
1トン以上の質量をもつ物体を時速100キロメートルで安全に動かすというのは大変危険な行為である。
そのため、リアルタイム性やオートモーティブグレードの信頼性を持った最適なオペレーティング・システム(OS)を数多くそろえ、その上にクローズド・アーキテクチャの制御ソフトウェアを乗せ、ハードウェアと擦り合わせながら設計してきた。
常に完全に近い安全性を担保しながら、走って曲がって止まるという機能を定めるには、こういった複雑極まりない設計概念から離れられなかった。
これが、自動車がデジタル化に見事に適していなかった理由だ。
そのため、革命的な変化の積層は薄く、少しずつしか堆積してこなかった。CASE、CASEと騒いでも、すぐに激変の構図が眼前に出現するわけでもなく、レガシィ構造の中でしっかり稼いでそのうちCASE対応を進めていけばいいではないか、というような油断にも近い時間的ゆとりを自動車産業は感じていた。
収益的にもそうである。スマイルカーブ化で自動車産業の「作って儲け、売って儲け、直して儲ける」という付加価値は失われたか?とんでもない。世界の新車需要はリーマンショックから奇跡的な回復を実現し、各社は過去最高益を謳歌した。
相対的に見れば、川上に存在するサプライヤーや部材メーカーより、また川下にいるモビリティ・サービス・プロバイダーよりも、はるかに川中の自動車メーカーが収益的に恵まれてきた。
スマイルカーブ化どころか、逆スマイルカーブに甘やかされてきたと言ってもよい。
コロナは、そんな油断した自動車産業を襲ったのだ。
普及に時間を要すると考えられた在宅勤務や脱都会化の流れをコロナは一気に実現させた。
デジタル化のモメンタムは、自動車のソフトウェア化、電動化、自動運転化、販売オンライン化などの多くの課題までも一気に実現させかねない。
自動車産業のデジタル化は確実に、大きな飛躍への契機となるだろう。
収益面も同様だ。いったんは数量の回復があっても、その先の数量の成長力を奪うのがコロナの特性だ。
コロナは真綿で自動車産業の首を締めるように、長期にわたりじわりじわりと苦しめていくだろう。
何度も繰り返した「コロナはCASE革命を手繰り寄せた」という文章の真意は、コロナはデジタル革命に向けた変革への時間的猶予を自動車産業から奪い、財政的なゆとりを取り払ったということに気づいてほしいためだ。

自動車産業の6つのニューノーマル

本章の論考に入るまえに、ここまでで検証したアフターコロナの自動車産業の6つのニューノーマルを以下に整理してから先に進もう。

ニューノーマル①:新車販売台数の長期的な成長力が奪われた

ベースラインシナリオでは、2024年に世界の新車需要は2016年のピーク需要に回復すると見るが、長期トレンドラインに到達するには相当の時間を要する。
第2波悲観シナリオの場合、ピーク需要を更新するのは2025年以降となり、自動車産業はゼロ成長を視野に入れた戦略の再検討が必要となってくる。
2022年以降の回復ペースが遅く、コロナ前の予測と比較して2022年の段階で、ベースラインシナリオで1000万台弱、第2波悲観シナリオでは1500万台も需要が下振れする。
こういった量的変化に対応できる戦略の検討が急務だ。

ニューノーマル②:各市場やセグメントは際どい二極化が進む

類型で見て、「米国都市型」「中国都市型」のニューノーマルはビフォーコロナの姿とそれほど大きく変化はしないが、「先進国大都市型」「欧州大陸都市型」は多大な構造変化が起こる可能性が高い。
どの類型にも共通するのは、極端な二極化が進むということだ。
高級車と足代わりの小型車、パーソナルユースとレジャーユース、自家用車(POV)とMaaS車両の構図に見られるような、両極端に成功要因がある。凡庸な中間層が最も苦難を強いられるだろう。

ニューノーマル③:車両走行距離は安定成長できるが、MaaSシフトが進む

2030年に向けて車両走行距離は年率2%程度の安定成長を予想する。
車両走行距離も減少し、その結果、新車販売台数が減少するという単純な議論には与しない。
世帯あたり保有台数、年間トリップ回数、平均移動距離などの変数は各類型都市で動きが異なる。自家用車での
人流の成長力は減衰するだろうが、MaaSは人流、物流ともに大幅な成長が望める。

ニューノーマル④:CASEは際どく加速する

コロナは自動車産業のデジタル化を推進し、CASE革命の実現を手繰り寄せる。
コネクテ ィッドは劇的なパラダイムシフトを引き起こし、自動車はフル・コネクティッド化とソフトウェア化へ疾走することになる。
自動車産業のDXがいっそう加速される。自動車の流入規制、都市道路の低速化がMaaS領域でのレベル4の自動運転車の社会実装を早める。
社会政策、SGDs(持続可能な開発目標)の実現とも相まって、電動化時代の本格到来を早めるだろう。
2030年の電気モビリティの普及予測はより強気に見ていかなければならない。

ニューノーマル⑤:顧客接点オンライン化は想像以上に早い

新車販売ディーラーにおける顧客接点のデジタル化は大幅な加速が不可避となった。
ディーラーの販売・サービスプロセスの多くはオンライン化が着実に進み、「米国都市型」「欧州大陸都市型」ではその変革速度が速い。
2030年頃には、ディーラーの役割を根底から覆したオンライン販売が定着する時代が訪れる可能性がある。
「作って儲けられず、売って儲けられず、直して儲けられない」時代の到来をコロナは早める可能性がある。ディーラーの構造改革とDX推進は待ったなしだ。

ニューノーマル⑥:スマートシティの重要性は高まる

脱都市化の進展と公共交通依存率の低下によって、スマートシティのアフターコロナでの役割は修正する必要が生じた。
しかし、経済需給ギャップの解消、SDGsを実現するニューディールを模索するなかで、社会変革型のイノベーションを推進する大きな波はスマートシティの存在意義を強く認識させることになるだろう。
CASEとMaaSが交差し、リアルとサイバーが融合した壮大なスマートシティの重要性はアフターコロナで高まる。
モビリティと暮らしの事業領域では、自動車メーカーは自動車バリューチェーンの拡大と非自動車の事業拡大、サプライヤーには膨大な非車載領域の事業拡大の好機となる。
※本連載は今回が最終回です
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