2020/11/25

【仲暁子】なぜ、ビジネス職でも「クリエイティブスキル」を問われるのか

Nogaki Eiji
NewsPicks Brand Design Editor
もう、「クリエイティブ」は特定の職種のためだけの言葉ではなくなった。

先の見えない時代──、そしてあらゆる業務が自動化されるであろう、これからの時代。「クリエイティブ」であることは、“人”の存在意義そのものになりつつある。

すべてのビジネスパーソンに必要な「クリエイティブ」とは何か。過去に漫画家を志し、自らサービスのプロトタイピングまで手がけたというウォンテッドリー株式会社  代表取締役 CEOの仲暁子氏に話を聞いた。

「機能」より「価値」が求められる時代

──なぜ今、ビジネスに「クリエイティブ」が求められているのでしょうか?
仲 今は、もので溢れている時代です。仮に自動車の燃費を5%改善できたとして、必ずしもその自動車が売れるとは限りません。
 求められているのは「機能」ではなく、それよりもっと根源的な「価値」なのだと思います。生活者がどういう人生を生きたいのか、彼らのライフスタイルそのものを売るような。
京都大学経済学部卒業後、ゴールドマン・サックス証券に入社。退職後、Facebook Japanに初期メンバーとして参画。その後、現ウォンテッドリーを設立し、ビジネスSNS『Wantedly』を開発。2012年2月にサービスを公式リリース。人と人が繋がることにより、個人の可能性を最大限広げるサービス作りに取り組む。
 言い換えれば、企業の売り物はビジョンやブランドのような、もっとクリエイティブな部分になっていくと思います。
 Apple社がその最たる例で、彼らの魅力はツールももちろんですが、ツールによって得られる体験や感情そのものですよね。
 ビジョンやブランド、コンセプトなど、さまざまなラベルがつけられていますが、総じて企業にはこれらの源泉となるクリエイティビティが求められています。
 それに伴い、企業で働く個人にも同じようにクリエイティブであることが求められているのではないでしょうか。

「伝える」ことが組織を活性化させる

──「クリエイティブ」の役割とはどのようなものでしょうか?
「伝える」ということではないでしょうか。
 たとえば1つのペットボトルの水があったときに、そのブランディングの方法って何万通りもありますよね。赤ちゃん向けの水とか、宇宙飛行士のための水とか。同じプロダクトでも伝え方次第でまったく変わります。
 ノイズの多い世の中で、いかにコンセプトをシンプルに尖らせて、届けるべき人に届けるか。その設計がとても重要です。
 そして、先鋭化したコンセプトをビジュアルデザインやプロダクトの機能、キャンペーンに至るまで一貫させなければなりません。
 企業としてのコンセプト、つまりビジョンやバリューが組織として理解され、浸透することで各メンバーが各自で意思決定を行えるようになり、事業のスピードも増します。
──「伝える」ためにはどうすれば良いのでしょうか?
 現代は多くの情報で溢れているため、何かを伝える際には、その情報を整理取捨選択し、優先順位をつけていかなければなりません。
 会議でも相手に10の言葉を投げかけても、1つも伝わらない、ということが往々にしてありますよね。これは社内会議だけでなく、営業でも、すべての業務で起こりうることではないでしょうか。1を伝えようと思ったら、1つに絞って投げかけると良いでしょう。
 企画書や発表資料のレベルでも、情報をわかりやすくまとめられることが大切です。この段階では、見た目の美しさだけの話ではなく、情報設計の部分が大きいのだと思います。
 また、3つの要点を箇条書きにしただけでは伝わらない内容が、ビジュアル的にも工夫して三角形の図に整理すれば、伝わるようになるかもしれない。
 さらには、見た目の美しさなどのディテールが備わっていると、一気に「信頼度」が増します。外部とのコミュニケーションにおいてはこのディテールも重要だと思います。
 私は学生時代にフリーペーパーを創刊したり、同じ京大生が起ち上げたシステム開発会社でインターンとして働いたりしていました。
 当時、デザインのスキルを身に着けるために、分厚いPhotoshopの本を買って1冊まるまる勉強して、Illustratorも少し勉強したかな。学生時代にクリエイティブツールに触れたことは、ビジネスパーソンとしての自分の考え方を形成する上で重要な経験だったように感じます。
 デザインの力って、凄いですよね。資料のディテールを詰めてかっこよくしたり、コピーをきちんと考えられたものにしたりするだけで、付加価値が生まれ、アウトプットのレベルを引き上げることができるんです。
 きちんとデザインされた名刺を渡すのとそうでないのとで、相手の対応が変わることもあります。当時は学生の活動だったので、なおさら相手に信頼してもらうことが大切。そういった細部にこだわりはあったと思います。
──実際に「デザイン」するのは、専門ではない人には難しそうですが。
 食わず嫌いで「デザインは難しそう」と感じる人も多いと思います。でも私が学生時代の経験から感じたのは、やり方さえわかれば意外とできるということ。Photoshopの本を1冊勉強した程度でも、全然できない人と比べればずいぶんと差になります。
 自分がまったくわからないために、外注に頼らざるを得ないということも、ビジネスの現場ではよくある話です。簡単なデザインができるだけで、同じ外注するのでもイメージを持って伝えられて、自分の市場価値が上がったりするんです
 私は、Wantedlyの初期開発のタイミングで、デザインだけでなくてプログラミングも覚えて、プロトタイプを作成しました。自分でデザインできてコードも書けると、何より社内のデザイナーやエンジニアへのリスペクトが増し、そういったメンバーとのコミュニケーションも円滑になり、的外れな指示も出しづらくなります。
 抽象的な言葉で「こういう機能が欲しい」と伝えるだけだと、そこから具体化するための余計なコミュニケーションが発生したり、イメージと違うものができあがってしまいます。
 一方で、「こういうイメージ」とプロトタイプを作って見せると、追加で考えなくてはならないことがその場で明確になったり、意思決定の材料になったりします。
 自分にほんの少しでもクリエイティブの経験があるだけで、クリエイターと仕事がしやすくなるし、イメージ通りのものを作りやすくなり、成果も出しやすくなるのです。

未来を生む「クリエイティブ」が求められる

──「クリエイティブ」スキルは採用市場でも付加価値になりますか?
 めまぐるしく環境が変化する時代ですし、企業はイノベーションを求められています。
 これまで就職活動で、表計算ソフトの使用経験などを履歴書に書いていた人も多いと思います。でも、表計算ソフトって「過去」のデータをまとめたり、その過去をベースに未来を予測するものなんですよね。数%の改善を積み上げていくことはできても、そこから10倍、100倍の「未来」は生まれにくい。一方で、クリエイティブツールは「未来」を表現することができるものです。
 Wantedlyの社内でもクリエイティブツールを使えるかどうかで、生産性に差が生まれたり、業務の幅も変わったりということが起きています。PCをタッチタイプできるのと同じレベルで、クリエイティブツールを使えることは必須のスキルになっていくのかなと思いますね。
──「クリエイティブ」スキルの今後の需要をどうお考えですか?
今、DXと盛んに言われていますが、多くの産業はデジタル化し、産業と産業の垣根がなくなる傾向にあります。これまでの事業会社はクリエイティブやデジタルの領域は外注して、できあがったものに対して意見を言うというのが一般的でした。
 でも今では、クリエイティブやデジタルの領域もインハウス化していく流れが起こっています。この流れは今後も加速していくと思うんですよね。
 つい最近、マッキンゼーさんがWantedlyを利用してエンジニアやUI/UXデザイナーの求人を開始しました。これまでマッキンゼーさんは戦略を練るところまでというイメージだったのが、今、クリエイティブ人材を求めている。これはシンボリックな出来事だと感じました。
 自分がクリエイティブ職ではなかったとしても、社内のクリエイターやエンジニアの言葉を理解して、スムーズにコミュニケーションをとれたり。イメージが伝わる程度のプロトタイプを作ってクリエイティブ職の人に渡したり。
 新卒採用だけでなくて、中途採用でもクリエイティブツールを使えるかは、今後重要になるのではないでしょうか。
 また、これからの採用においては、個人のWillと企業のWillがきちんとかみ合っているのかも大切です。これからの時代、今持っているスキルはAIなどのテクノロジーによって陳腐化していくかもしれない。そうなれば、今持っていないスキルを習得しなければなりません。
 そのとき、Willが合致していなければ、新しいスキルの習得は苦しく感じるかもしれません。逆に、Willさえ合致していれば、それに基づいてさまざまな情報を自らキャッチアップしていくことや、新たなスキルを習得することも、努力と感じなくなる場合もあるでしょう。

アドビ調査:新卒採用で企業が重視するスキル

 アドビは2020年7月、国内企業の人事担当者500名を対象に「新卒採用で企業が重視するスキル」についての調査結果を発表した。
 新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、就職人気企業の58.6%が採用減を検討している状況のなか、「新卒採用において以前よりも重要度が上がったと思うスキル」という問いで増加したのが「デジタルリテラシー(ITを使いこなせる能力)」「クリエイティビティ/創造性」「プレゼンテーションスキル」だった。
 また「デザインや制作を行う特定の部署以外でも、クリエイティブ系のITツールを使いこなせる能力が必要だと思うか」という問いに対しては、就職人気企業の85.5%が必要だと回答している。
 仲氏の述べたように、すべての産業がデジタル化していく時代においては、クリエイティブ系のITツールを使いこなす能力は、文書作成ツールや表計算ツールと同様、社会人にとって当たり前のスキルになっていくのだろう。
 アドビでは、就職活動世代への支援として、デジタルクリエイティブスキルを学ぶ授業の大学への提供や、学生が自分で学べるさまざまなオンラインコンテンツ提供などを行っている。
 アカデミックの場においても、これからデジタルクリエイティブの重要性が見直されていくに違いない。