2020/11/24

【中国マーケ】コロナ禍も沸騰する13億の「欲」に、日本企業はどう立ち向かうか

Nogaki Eiji
NewsPicks Brand Design Editor
中国国家統計局の発表によると、2020年7〜9月の中国の実質GDP成長率は消費の回復が寄与し、4.9%。中国経済はすでにコロナ禍から回復の兆しを見せている。中国13億人の「欲」はコロナ禍でも消えてはいない。

今後の世界経済の行方はまだ不透明。しかし、またグローバルでのビジネスが活気を取り戻したとき、日本企業は再び大陸を目指すことになるだろう。

日本企業はどのように中国の市場を攻略するか。日本を代表するマーケターの長瀬次英氏と中国マーケティングのスペシャリストのbalconia 久保山浩気氏に話を聞いた。

本質に触れない日本の消費者、公を疑う中国の消費者

──最近の日本と中国の消費行動をどう捉えていますか?
長瀬 僕はこれまでグローバルブランドのマーケティングを手がけてきましたが、その経験から感じるのは、欧米人と比較して日本人の消費行動は「浅い」ということ。ブランドの裏にある歴史や背景は無視して、「流行っている」「誰かが持っている」から買っていたという印象です。
 別に悪いことではありません。しかし、コロナ禍では「この状況は危うい」とも思います。消費意欲が下がり、本質的なものだけが求められる。何が正しい情報なのかがわからなくなり、インフルエンサーマーケティングも少しずつ効果が薄れていく。日本のマーケティングは変わるべきときなのかもしれません。
日本のマーケター、実業家、経営コンサルタント。日本初のCDO(チーフデジタルオフィサー)でCDO of The Year 2017を受賞。ユニリーバ・ジャパンのブランド開発責任者(飲料)、インスタグラムの日本事業代表責任者、日本ロレアル初のCDO、LDH JAPANのCDO等を経て、現在はコミュニティーマネジメント会社のPENCIL&PAPER.COM株式会社と、経営者目線でのコンサルティングを提供するVisionary Solutions 株式会社を立ち上げ両社でCEOを担い、かつ他にもアパレルブランドのCEOやスタートアップのCMO等の数社を同時に兼任する真のパラレルワーカー&キャリアを実践している。
久保山 わかります。それに加えて私が感じるのは、日本人は情報を取得する範囲が「狭い」ということ。
 マーケティング支援、特に日本企業の中国支援を手がけることの多いbalconiaでは、よく日中のブランド意識調査をするのですが、中国人と比べても日本人の方がクラスターが小さい傾向があります。自分の身の回りからしか情報を引っ張ってこない。そのクラスターの中にちゃんと自分が入れていることを確認できればよいという意識が強い。
 身近なものにしか興味がないという傾向はすごく出ていますね。
IMJの事業部長、外資ブランディングファームでアカウントディレクターを経験後、上海に移り、balconia執行役員、上海法人代表、およびブランドストラテジスト。 消費財、通信、リテール、メディア、エンタメなど幅広い業界でブランドマーケティングに携わる。 コンセプト開発、コミュニケーション戦略、チャネル戦略、日中ブランドマネジメント体制などテーマも幅広い。
長瀬 中国人の消費行動にはどういう傾向があるんですか?
久保山 中国の消費者もヨーロッパと同じようにブランドの背景を探ろうとしますね。ただ、動機となっているのは「公的なものへの疑い」です。
 中国は情報がコントロールされているので、商品に嘘が隠されていないかと疑う人が多いんです。成分や製法は? どんな会社が作っているのか? 購入に失敗したくないから疑って、調べるんです。
長瀬 疑いが前提にあるって、おもしろいですね。
久保山 中国では性悪説が主流なんです。人口も多く、悪いことをする人も一定層いるという考えから逆にデジタル化が進んだという一面もあります。たとえば、中国の代表的なオンラインモールであるタオバオも「商品が無事に届いた」と評価されてからでないとお金が払われない仕組みです。
 その点、日本の場合は品質が信頼できる分、何を選んでもそれなりの物が手に入りますよね。「疑わないけど、興味もない」という側面もあると思います。

日本と中国、マーケティング活動の違い

──消費行動が異なる日本と中国。マーケティング活動にはどんな違いがありますか?
久保山 中国では、カスタマージャーニーがクチコミから始まる傾向が、日本よりも顕著ですね。
 中国にInstagramとAmazonが一緒になったような「RED」というSNS型ECアプリがあるんですが、まず多くの人がそういったアプリでクチコミを確認します。アプリ上で比較検討、購入までできますし、さらに体験イベントやポップアップストアへの来客につなげることも可能です。
長瀬 海外、特に華僑が多い国はその傾向ありますよね。クチコミを見て、クチコミでつながっていく。信頼できる情報を発信してくれる人を自ら見つけにいって、中身を聞いて、納得してから買う。
 僕自身、ロレアルにいたときにアジア圏を担当していたのですが、クチコミはすごく重視していて、SNSで誰が起点になって広がったクチコミかを調べあげていました。ブランドのことをきちんと語ってくれる人や、本当に好きなのが伝わってくる人の発信はすごく引きがいいんです。
 日本でもクチコミは重要ですが、少し違いますよね。トレンドに流されるというか、みんなが「おいしい」と言っていたから食べに行くみたいな。
久保山 そうですね。小さなクラスター内でのクチコミに留まりますよね。日本だとマスメディアがマーケティングの起点になっていると思うんです。
 一方、中国でマーケティングを考えるにはクチコミを創出する「体験」が起点になる。大規模なイベントを開催してインフルエンサーが大勢集まると、大量のクチコミが生まれます。それがニッチにも伝わっていく。だから、中国では体験の提供に重きを置いたマーケティングを行います。
長瀬 その体験をライブ配信していますよね。「今の、本物のクチコミを伝えますよ」というのがすごくいい。
久保山 中国では今年はライブコマースが伸びましたね。ライブコマースをやっていないブランドは売上げが落ち込んだと思います。
 ただ、中国はカスタマージャーニーもマーケティング手法も変化がすごく早い。変化に対応する一方で、ブランドとして一貫して不変的な価値を創る必要があります。
 しかし、ここが難しいのですが、ブランドの世界観を前面に打ち出せばよいかというとそうではない。中国の消費者にとっては「買ったらどんな良いことがあるの?」ということが一番大切です。
 まずはわかりやすくベネフィットのある象徴的な商品、スター商品を作る。売るときはブランドではなく、商品を目立たせ商品にブランド価値を代弁させる。スター商品が生まれたら、次のスター商品を作る。それを繰り返した結果、ブランド全体の世界観が見えてくるようなアプローチが多いと思います。

オンラインチャネルの影響で、リアル店舗が増えた

──チャネルにおいては、日本と中国でどんな違いがありますか?
久保山 やはり、中国はオンラインを中心にしたチャネルになっていますね。
 たとえば、中国ではUber EATSみたいな配達サービスを総称して「外卖(ワイマイ)」と呼ぶのですが日本以上に普及していて、コンビニからも商品を運んでくれるんです。家にいるときにビール飲みたいなと思ってスマホで注文すると、30分くらいでコンビニから配達してくれる。
 同じチャネルで、高めの化粧品も買うことができます。デジタルで接点をもったものがすぐ自宅に届くんです。
長瀬 ECだと配送に数日かかることもあるのに、「ワイマイ」だとあっという間に商品が届くんですね。
 オンライン、オフラインという話だと、日本の場合はオンライン自体がまだ弱くて、リアル店舗に行きたいのに行けないもどかしさの中でオンラインで買う、というネガティブな背景がある気がするんですよね。純粋にオンラインで買い物を楽しんでいるわけではないのかなと。
 一方で、中国は便利で早くて信用もできると、ニーズがすべてマッチしているからオンラインを使っている。オンラインがオフラインの先にある。
久保山 そうですね。加えて、中国ではオンラインのチャネルが広がる一方で、最近はリアルの店舗も増えているんです。
 理由は2つ。1つは、デジタルで採算が取れるから。店鋪だけで採算が取れなくても「ワイマイ」で採算が取れればいいので、出店のハードルが下がっているんです。安い空中店を借りて料理だけをしているゴーストレストランも増えています。
 もう1つは、体験がクリエイティブの中心になっているので、ブランドそのものを体験する場として旗艦店が必要だから。旗艦店でイベントもたくさんやりますし、「WeChat」経由で販売して旗艦店で受け取るといったO2Oの取り組みをする企業も増えています。
 オンラインでスター商品をプロモーションしていくだけでは、消費者にどんなブランドかを体験してもらうことができません。TVCMも日本ほどの浸透力は期待できない。そうなると、ブランドが大切にしていることをちゃんと知ってもらうリアルな体験の場としての店舗が必要になるんです。
長瀬 まさにそこですよね。日本の場合はどこでブランドを体験させるのかが見えてこない。特にコロナ禍になってからは、ブランドを体験してもらうことが一層難しくなったように感じます。
 日本は今、消費を楽しんでいないと思うんですよね。意味のある買い物をしてないんじゃないかな。ブランドを探す時間もお金もないし、結局、奥さんに言われた物を買ったり、みんなが持っている物に合わせて無難な買い物をしたり。
久保山 日本では消去法的な買い物になっていますよね。中国では買い物が楽しそうですよ。
 中国は消費するのが大好きなんです。すごく健康的だと思います。中国の方は素直で欲望に忠実な傾向があって、思ったことは言いたいし、欲しいものは欲しい。だから消費するし、旅にも出る。

日本企業が中国進出でぶつかる文化の壁

──さまざまな違いがあるなかで、日本企業は中国市場とどう向き合っていけばいいのでしょうか?
久保山 日本市場と同じ戦略では中国では戦えません。ブランドや商品が持つ本質の部分をカルチャライズする必要があります。
 balconiaで最近、ヤマハさんのイヤホン・ヘッドホンの中国マーケティングのお手伝いをさせていただいた事例をご紹介します。
 高音質でクリアに音が聞こえ、リスニングケア機能により耳への負担も少ないという商品で、グローバルでは「Stay True」(=真実でいる)というキャンペーンを展開していました。
久保山 これを中国でどう展開するか検討したときに議論になったのが、「何がこの商品のベネフィットなのか」でした。商品特性をふまえると、ターゲットは本格的に音楽を楽しみたい人たち。
 いくつか調査した結果、彼らは商品の明確なベネフィットである耳を保護することよりも、音楽を心から楽しみたい気持ちが強いことがわかりました。そこで、リスニングケア機能そのものを打ち出すより、ターゲットの心の声である「真実の音を聴きたい」という点を重視し、「私の態度は誰にも邪魔はできない」という意味の中国語コピー「我的态度,不由分说」を開発しました。
 「Stay True」というコピーを直訳するのではなく、その前にあるブランドメッセージをまずはカルチャライズする。そのうえで、翻訳した意味を表現に変えていくということを行ったのです。
長瀬 なるほど。日中の価値観の違いがわかっていないとできないですね。
久保山 そうですね。balconiaではクチコミやデータの定量調査に加えて、訪問調査や買い物随行調査などもしています。ターゲットがどんな服を着て、どんな家で、どんなライフスタイルを送っているのかを直接見て、一段階深く理解することで、ブランドの本質的なメッセージを中国文化にあわせた形に翻訳していくんです。
長瀬 やっぱり、現地にカルチャライズさせるのは重要ですよね。ブランドのビジョンやミッションを置き換えて、崩しはしないけど伝え方を工夫していくのが大事。
久保山 そういう意味では、どんなに優秀な日本人クリエイティブディレクターでもその土地で生活していなければ適切なブランドカルチャライズは難しいと思います。国が違うと、共有する文化や価値観、生活習慣などの前提が違うので。そのため、balconiaでは現地人のクリエイティブチームを抱えています。

欲しい人がいる場所に商品を持っていく

──日本での消費が伸びない今、企業はどんな取り組みをすべきでしょうか。
長瀬 今、日本の方に「何が欲しいですか?」と質問しても、ぱっと答えられない人が多いでしょう。どうせ家から出ないし洋服もいらない。マスクをつけているから口紅もいらない、とかね。
 消費することもマーケティングも本来はすごく楽しいことなのに、コロナ禍で日本はその楽しみ方がわからなくなってしまった。おそらく、明日からマスクをしなくても良いと言われても、多くの人はマスクを着け続けるでしょう。このマインドはそんなにすぐには変わらないと思います。
 皆のマインドがオープンになるまで、今は耐えなければいけない時期。コロナ禍が終わるその時を見越して準備を続けなければなりません。
 アフターコロナでは「やっぱり体験型だよ」と店舗に回帰する動きが起こるでしょう。でもその時に改めてお客さんとつながろうとしても、もう遅いかもしれない。
 なぜラグジュアリーブランドが長きにわたり続いて来たかを考えてみると良いでしょう。彼らはブランドとお客さんのつながりを大切にしてきた。その結果、さまざまな苦境を乗り越えてきました。
 それを踏まえて、現時点でできることを考えるべきです。ブランドのファンになってもらうためにどうすべきなのか。今、日本市場に向けてやるべきはマーケティングじゃなくなってきている気がするんですよね。マーケティングはマーケットが活況であるときに、初めて意味を成すものなので。
久保山 買う気がない人に、無理に買わせるのは難しいですよね。
長瀬 今はデータを分析すればブランドを好きな人、嫌いな人がわかります。買いたくない人に買わせるよりは、すでに欲しがっている人を大切にして、長くブランドのファンでいてもらうことの方が意味がある。
 消費欲が落ちている日本ではマーケットが一段階明るくなったときに動けるように準備をしておく。一方で、消費欲が旺盛な中国に進出し、新たな顧客獲得にチャレンジする。今はこれをバランスよく進めるのが最善なのではと思います。買いたい人がいる場所に商品を持っていくのがビジネスの基本ですから。
久保山 日本のブランドが欧米へ出て行くには地政学的なハードルがあるし、中国で勝てないと厳しいですよね。
 日本のブランドは品質が良く、中国でも信頼されています。その価値やブランドの背景を適切に発信して伝えていくことが、中国や海外のマーケットで成功する第一歩になると思います。
日本企業の中国市場への進出が活発になるにつれて、文化や風土の垣根を越えて戦略的にブランディングを実行するクリエイターの存在が求められる。

久保山氏が上海総経理を務めるbalconiaでは、中国に強い日系のブランドコンサルのNo.1になることを視野に入れ、積極的な人材採用を行っている。

高い戦略性で独自のポジショニングを築く同社で求められる戦略的クリエイティブアプローチは増々需要が高まっていくだろう。

希望次第で上海法人での採用もあり、アジアの中心となっていく上海でグローバル人材としてのキャリアを積むこともできるという。

「今、世界の重心は再びアジアに戻ろうとしています。日本の国力を支えているのはやはりブランド。そしてそのブランドが海外で成功するためには、私たちのようなブランドコンサルもまた成長する必要があります。

優秀な人材にはスタートアップ企業だけでなく、ぜひbalconiaのような企業にも目を向けて欲しいです」(久保山氏)