辻愛沙子が京都で語る「色と美のインスピレーション」

2020/11/27
「豊かさの再定義」を模索するNewsPicksアカデミアとの共同企画「THE KYOTO ACADEMIA」。今回は、天然染料だけを使って古来の美しい色を生み出す「染司よしおか」の6代目吉岡更紗さんと、クリエイティブディレクターの辻愛沙子さん、異国にルーツを持ち京都を拠点に活動する音楽家のLUCAさんが、「色と美のインスピレーション」について語り合った。(聞き手:各務亮)
天然染料だけを使い、古来の美しい色を生み出す「染司よしおか」。クリエイティブディレクターと音楽家の2人の女性が美の本質に迫った。
昔ながらの手法で色を生み出す「染司よしおか」の工房。染織家吉岡更紗さんは、ここで職人たちとともに、胡桃(くるみ)や支子(くちなし)の実、紫根などから染料を作り、絹や麻、木綿といった天然素材を変身させていく。
クリエイティブディレクターの辻愛沙子さんと異国にルーツを持つ音楽家のLUCAさんは、その丁寧な手作業を目に焼き付け、新しい視点から美を見出す時間を過ごした。

情熱が生む「天然色」

──色は、日本人の美意識を表す大きな要素。吉岡さんは天然の染料を使い、昔ながらの手法で色を生み出しておられます。それらの色の魅力はどこにあるのでしょう。
吉岡 明治期に化学染料がヨーロッパから伝わり、京都の染め屋は全て化学染料になったと言われています。けれど古来、花や葉、根からどんな色が出るのか人々が試し、生み出された色の美しさを再認識し、戦後、先々代が植物染めの研究を始めました。単なる懐古主義というわけではなく、単純に植物で染めた色がきれいだから、という側面もあります。
吉岡更紗(よしおか・さらさ) 染司よしおか6代目/染織家。江戸時代末より200年以上続く「染司よしおか」で、紫根、紅花、藍など植物を中心に全て自然界に存在するもので、古法にのっとり日本の伝統色を再現する。奈良・東大寺二月堂修二会など、古社寺の行事に関わり、国宝の復元なども手掛ける
辻 新しい色のために試行錯誤した人々の情熱に驚きます。1色ずつ、はるか昔の誰かが試し、その恩恵を受けているのですね。私は日々、東京・渋谷の雑踏の中で企画の仕事をして、クリエイターと名乗っていますが、じっくり自然の色と向き合う時間を持てていないですね。
辻愛沙子(つじ・あさこ) arcaCEO/クリエイティブディレクター。中学、高校時代をイギリス・スイス・アメリカで過ごす。慶応大学SFCに入学後、2017年4月エードット(カラス)に入社。「社会派クリエイティブ」を掲げ商品企画、空間演出、広告コミュニケーションなど幅広い領域を手がける。F0/F1層を得意としたブランド・企画クリエイターとして活躍
吉岡 色は何のために生まれたのか考えると面白いです。生活の中で色を使わなくても生きていくことはできますが、人間は自分や、自分の周りの環境を彩ることをしてきた唯一の動物です。日本では、四季があるからでしょうか、季節を色で表現することが美しいとされていました。ヨーロッパでは、冬が長いので、室内を彩り豊かにするイメージがあります。
LUCA 私は各地の民謡を歌いつなぐ活動もしていますが、色と音楽は似ています。色や音のない世界は、生きられるけれど多分つまらない。色や音は、豊かな気持ち、クリエイティブな気持ちを生んでくれます。
──色は、人々の暮らしとどのように関わってきたのでしょう。
吉岡 日本では、色に関する記録が書物や詩に残っています。染織技術は中国から伝わったのですが、平安時代に入ると日本独自の文化が花開き、貴族はさまざまな色に染められた衣装をかさねる「かさね色」で季節を表現しました。春は桜や柳のかさね、初秋になると撫子(なでしこ)や女郎花(おみなえし)など秋草のかさね色を着ると「ときに合いたる=超センスいい」となるわけです。ただ、それを見る人にも同じ感性がないと成立しない。

制約で生まれる工夫

辻 着物の裾から中の色が見える工夫など、素敵です。こういう文化的なことは、余裕がないと難しいですね。
吉岡 そうですね。時代によって、かなり変わりますね。例えば江戸時代には、爆発的に茶色の種類が増えます。贅沢を禁じる奢侈(しゃし)禁止令下で、町人が派手にならず美しいものを楽しむために多くの茶色や黒を作り、「四十八茶百鼠(しじゅうはっちゃひゃくねずみ)」といわれる多彩な色が誕生しました。
LUCA 制約の中で、工夫を重ねた結果、豊かな色が生まれたのですね。面白い。
辻 企画でも「自由に」と言われると難しく、制約がある方が工夫を凝らすので意外といい案が出てきます。
吉岡 一見無地に見える鈍(にび)色の小紋の裏には、紅花で染めた真っ赤な裏地などもあって、それらは、今の学生の制服の着こなしや、髪形をツーブロックにしてこっそりおしゃれする感覚と似ています。反骨精神や、限られた中でも「美」を楽しみたいという思いは同じですね。

風土で異なる色の印象

──日本独特の色もあるのでしょうか。海外の色みとは違った印象があるようにも思います。
LUCA アメリカ、デンマークとフランスで長い時間を過ごしたのですが、確かに日本の色と印象は違います。ヨーロッパは、イタリアのポンペイ遺跡の朽ちた色が本当にきれいでした。あせた感じの絶妙な中間色の印象です。
辻 ヨーロッパの色味に比べると、日本の色はミニマルでそぎ落とした美しさがありますね。ヨーロッパは、同じ茶色やグレーでも暖色系。東京は、青や白に近いグレー。冬の朝のモヤっとした白い空気をイメージします。
吉岡 「日本らしい色」を一言で表現するのは難しいですね。ただ、日本には四季があるので、同じ植物でも少しずつ彩りが変化していく。時間や空間、光の当たり具合でも色の見え方も変わる。この仕事についてから、その変化に敏感になりました。
LUCA 色と気候の関係は密接ですね。言われてみれば、水の色も、光の当たり方で青の種類が全然違って見えるし、同じ海でも全然違います。自然の色には奥行きがありますね。これから見る目が変わっていきそうです。
(執筆:小坂綾子、写真:町田益宏)

新番組のお知らせ

いけばな発祥の地「六角堂」を舞台に、華道家元池坊 次期家元の池坊専好さんをMASTERにお迎えし、坊垣佳奈氏(マクアケ 共同創業者)、明石ガクト氏(ワンメディア 代表取締役社長)、佐々木紀彦氏(NewsPicks Studios CEO)らが弟子入り。

池坊専好さんの指導のもと、ゲストが実際に「いけばな」を体験し、会社経営やチームマネジメントとの意外な共通点を見出します。

視聴はこちら