いま、移動や社会のあり方が変わろうとしている。ICTによってシームレスな繋がりを目指す「Mobility as a Service(サービスとしてのモビリティ)」という大きな概念が掲げられ、移動や物流だけにとどまらず社会のあり方まで波及する。新時代のMaaSビジネスとは、モビリティと都市の変化とは。

本連載では書籍『Beyond MaaS 日本から始まる新モビリティ革命─移動と都市の未来─』から全4回にわたってエッセンスを紹介する。

前作『MaaS モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ』はこちら

MaaS×異業種連携による双方の収益化ポイント

MaaS実現によるビジネスインパクトは、主たるプレーヤーである自動車や交通業界にとどまらない、と筆者らは主張してきた。
では、移動分野のデジタルプラットフォームであるMaaSと他の産業が融合していくことで、新たにどのようなビジネスチャンスが生まれ、人々の暮らしがよりよいものに刷新されていくのだろうか。
ここでは、世界の先進的な取り組みをレビューしながら、様々な業界・キーワードと融合した「Beyond MaaS」について具体的なアイデアに迫ってみたい。
読み進めていくと、意外に日本のプレーヤーの事例が多いことに気づくはずだ。
実は、異業種との共創により価値を生み出すBeyond MaaSの世界で、日本はトップランナーの一角に確実に入っている。
それは公共交通を核に百貨店・スーパー、ホテルなどに多角化された「沿線開発モデル」がもともと根づいていることに加え、MaaSの展開において〝後発〞であるがゆえに、よりビジネスモデルとしての検討が進み、一段高いレベルで社会へのインパクトを最大化する方向にMaaSの議論が進んでいるからだ。
高齢化や人口減少など「課題先進国」といわれる日本で創り出したBeyond MaaSのモデルは、これからいくつも世界に羽ばたいていくことだろう。
ともすれば、〝ガラパゴス〞な取り組みになりがちなので、グローバルな観点での戦略も同時に求められる。

住宅×不動産MaaS

世界では、MaaSを前提に、駐車場のない、あるいは駐車場を極力抑制した新しい住宅開発が急速に進んでいる。
集合住宅に付帯する駐車場を削減できれば、不動産会社にとっては、そのぶん、居住面積を拡充したり共有面積を充実したりできる。
連携する交通事業者にとっては新規需要の開拓につながり、行政としては持続可能な社会の実現に貢献できる。まさに三方よしの方策である。
例えば、スウェーデンのイエーテボリでは「カーフリーリビング」という新しい概念の集合住宅が2019年3月に誕生した。
不動産会社向けのソリューションを提供するEC2BのMaaSアプリを通して、居住者は公共交通の電子チケット、GoRideの自転車シェアリングやSun fleetのカーシェアリングが利用できる。
EC2Bはアプリの提供だけにとどまらず、住民に対して新しいモビリティの利用方法や、その意義などを講習する活動も行い、また、新しいモビリティを提供したい企業と地域を結ぶ役割も担っている。
EU(欧州連合)のスマートシティプロジェクトであるIRISとも協力、政府機関などの支援も受けて取り組むプロジェクトが始まっている。
また、英国の不動産会社MODA Livingがマンチェスターの都心部で開発中の賃貸住宅(エンジェルガーデン)では、居住者の特典として市の交通事業者と協力し、ゾーン1外に勤務する人に対して先着50人に年間の無料パスを提供するプログラム(16歳以上を対象)を予定している。
466戸中、駐車場は149台に抑え、モダ・リビングの専用アプリを通して、居住や移動などの様々な情報も提供される。
また、配車サービスの米ウーバー・テクノロジーズと提携しており、駐車場を利用しない居住者には月100ポンド(約1万4400円)で、ウーバーを利用できるプランも計画中だ。
サンフランシスコでも、新しい概念の集合住宅が開発されている。
ParkMercedは、サンフランシスコ市街地から南西にあるエリアにある集合住宅である。エリアの近くにバスとトラム(Muni)の停留所があり、隣にはサンフランシスコ州立大学が立地している。
サンフランシスコ市はシリコンバレーの活況などもあって人口が増え続け、道路の渋滞や市街地の駐車場不足の解消が大きな課題となっている。
パークマーセドの不動産会社では、スウェーデンと同じく「カーフリーリビング」というコンセプトのもと、毎月100ドル(約1万1000円)を交通系ICカードであるCLIPPERカードか、ウーバーのアカウントに10ドル(約1100円)刻みで付与するという制度を開発した。
こちらの集合住宅に引っ越しを考えるユーザーとしては、交通費の補助がもらえ、さらにエリア直近のバスもトラムも利用でき、必要に応じてウーバーを呼ぶことができるメリットがある。
不動産会社としては、駐車場用地を縮小でき、居住スペースや共用施設を充実させられる。
今後このようなモデルにより、渋滞緩和や中心市街地の駐車場不足の問題解決につながり得る可能性がある。
一方、住宅・不動産業界に激変をもたらす暮らし方自体の変化として、日本では「多拠点居住」という新しいライフスタイルが広がり始めている。
その名の通り、複数の生活拠点を持つことで、自宅という概念すらなくなる可能性がある。
これを先導するのは、全国どこでも住み放題の月額サブスクリプションサービス「ADDress」を運営するスタートアップ、アドレスだ。
アドレスは、19年10月29日に本格サービスをローンチ。
年契約のレギュラープランは月4万円(税別)で、家具や家電、各種アメニティーを完備した全国拠点のアドレス管理物件から好きな場所を選び、連続して1週間住むことができるユニークなサービスだ(法人向けベーシックプランは月5万円)。
2033年には、日本全国で実に2166万戸が空き家になると見られているが、そうした主に地方の遊休資産の有効活用と、そこに滞在したい会員のマッチングを通して「関係人口」を増やすことで地方の消費を活性化する狙いがある。
ただし、アドレスホッパーのように多拠点で自由に暮らすには、そもそも拠点間の移動に莫大な費用がかかるのが課題だ。
そこで同社は、ANAホールディングスやJR東日本・JR西日本などとの連携を始めた。例えば、ANAとは2020年1月31日〜3月31日の期間で、航空券定額制サービスの実証実験を行った。
これはアドレス会員に対し、月額3万円の追加料金でANA国内線の指定便に月2回往復できるサービスだ。
対象路線は羽田〜新千歳、鳥取、高松、徳島、福岡、大分、熊本、宮崎、鹿児島線となりANAが指定した便(1日当たり片道1〜2便)を会員向けの専用サイトから予約できるようにする。
平日の昼間など、飛行機の空席が多い時間帯をアドレス会員に格安の月額プランで提供するモデルだ。
同じような取り組みは、JR東日本・JR西日本の新幹線でもできるだろう。
これは、アドレス会員がリモートワークによる場所にとらわれない自由な働き方との親和性が高いから成り立つ。
彼らは、そもそも多くの人が移動する曜日や時間帯に移動する必要がないからだ。
また、通常より移動時間が長くかかっても、移動コストが安くて、かつ車内で快適に仕事ができたり、エンターテインメントを楽しめたりする環境が整っていれば、そちらを選択する可能性も高い。
航空会社や鉄道会社にとっても元手は〝タダ〞であり、彼らのニーズをうまくくみ取ることで移動自体が増えれば、収益的に苦しい地方路線を維持しやすくなるし、送客先の地域経済にも貢献できるというわけだ。
もう1つ、クルマを使ったモビリティサービスにも商機は見える。
アドレスは中古車大手のIDOM(旧ガリバー)と連携し、定額乗り換え放題のサービス「NOREL」の車両をアドレスの指定物件の駐車場に設置。
近くのアドレス拠点間やガリバー販売店で乗り捨て可能にするカーシェアリングの実証実験も行う。
地方では公共交通のみならず、レンタカーすら借りにくい状況があるので、これを解消して会員の利便性を向上させる狙いだ。
また、アドレスの各物件には「家守」と呼ばれる管理人がおり、地域と一緒になったコミュニティーづくりを行っている。
こうした関係性の中で、家守や地域の人が空き時間を使ってクルマで送迎サービスをするといった仕組みも取り入れやすいだろう。
今後についてアドレスの佐別当隆志社長は、「月4万円からのアドレスの会費に、例えば月10万円を追加すると、飛行機や鉄道、カーシェアリングなど、すべての交通手段を使った移動の自由が担保される、住まいと交通の定額パッケージをつくっていきたい」と話す。
多拠点居住のような新しい暮らし方に対して、柔軟にモビリティサービスやMaaSのプレーヤーが対応していければ、移動需要の創出につながる上、自社の〝遊休資産(空席など)〞の活用に役立ち、経営の非効率性を解消することができる。
データ化された都市、スマートシティやコネクテッドシティに発展していく、これからの住まい、暮らし方を考える上では、モビリティやMaaSプレーヤーにとって、不動産や住宅産業は欠かせないパートナーとなるだろう。
※本連載は全4回続きます
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本連載は書籍『Beyond MaaS 日本から始まる新モビリティ革命─移動と都市の未来─』(日高洋祐、牧村和彦、井上岳一、井上佳三〔著〕、日経BP)の転載である